傘がない

ツイッタで友達の「もちこ」はん(@mochoco)と話していて、バルセロナのMUJIの傘っていいんだぞ、と言ったら「がめさ かさをさすの?」と訊かれたので面白いと思ったのだった。

わしは、もともとは、傘なんて全然さしません。
もってなかったもん。

クライストチャーチ人は、全然傘をつかわない。
最近は、ゴルフに使うデカ傘をさして歩いている人もいるにはいるが、それがどういう人なのか想像がつかないくらい、もともとのクライストチャーチ人は傘とは縁がない。

ロンドンからクライストチャーチに越してきた人は、たとえば夏に夕立がやってきて、慌てて隣の家に「雨がふってきましたよ!洗濯物をとりこまなくてわ」と言いに行って、ぶっくらこいてしまう。

「なんで、とりこむの?」と驚かれてしまうからです。
クライストチャーチ人は雨が降っても洗濯物は干しっぱなしである。
濡れたら、またほっといて乾くのを待ちます。

むかしは、理由を考えた事がなかったが、空気が綺麗だからよね。
街の家はさすがに周りの明かりが明るすぎて見えないが、「牧場の家」に行くと、
いまでもバッチシ天の川が見える。
夏にデッキチェアを出して寝転がって、シャンパンを飲みながら暮れなずんだ夕方の空を眺めていると人工衛星が偏執的に運行表に忠実なバスのように軌道にそって、ぶぶぶぶぶ、と動いてゆくのが見えます。
流れ星は、ひっきりなしに空を横切っている。
マジメな本にも、「ニュージーランドは南極に近いのでオゾン層が壊れた穴から世界の平均よりも遙かに高い紫外線が降り注いで皮膚癌の発生率が高い」と書いてあるが、あれ、ウソですのや。
真実は、他の文明から遠く離れていて、しかも日本の7割くらいの国土に400万人しか人口がないニュージーランドという国は、極端に空気が綺麗だから、なのね。

だから、雨と水道の水を区別する必要を感じない。
1994年頃、マレーシア人の観光客の団体だったかが、川の上流をトイレにように使って大腸菌が検出されたのをきっかけに飲んではいけないことになるまでは、川の水は下流でも飲めて当たり前だった。

だから、夏の雨は濡れて歩くのがふつーのことだった。
もっとも、夏には雨が滅多に降らないが。

もうひとつの理由は、クライストチャーチは完全なクルマ社会で、道を歩く習慣がない、という理由もある。
クライストチャーチの一般的な家にはクルマ二台分の車庫がくっついている。
新しいデザインの家なら、車庫から直接家にはいれるようになっている。

一方、オークランドのように道路システムが歩く人に対して配慮されている街とは違って、歩いてみれば判るがクライストチャーチは歩くには、ものすごく不便な街です。
歩行者用の信号が短すぎるし、道路を渡るポイントもとても少ない。

小さな声で言うと、バスに乗ったり歩いたりするとビンボーな人だ、という偏見もある。

冬は、「雨が地面から降る」という。
風が強いので、傘なんてさせやしない。
だから、長い距離を歩かなければならない用事があっても、面倒くさいのでやけくそで冷たい土砂ぶりのなかを歩いて行く。

もちこはんがゆっていたロンドンはどうかというとクライストチャーチとは正反対で、あの街の変態みたいな道を運転したいと思うやつはあんまりおらんだろう。
じゃ、歩くのが楽しい街かというと、全然そんなこともないのです。
なんというか他人に運転してもらってうろうろするかタクシーで移動するのに便利なように出来ていて、通りと通りのつながりが悪いというか、歩いて楽しい街とはゆわれない。
マンハッタンや東京のような街とは違うのね。
もちこはんが教えてくれたサイトには確かに「ロンドンは歩行者用に雨が降っても濡れないように設計された街だ」ちゅうようなことが書いてあったが、ははは、そんなんウソでんがな。
そうであるとしたら、あるはずのない通りがロンドンにはたくさんあります。
英国人の得意技「もっともらしい能書き」にころっと瞞されてはんねんな。
あれが「雨に濡れない街」なら大阪のアーケード街などは完勝であると思います。

もちこはんの発言を読んでから、とつおいつ思い出してみると、どうやらわしは、バルセロナでしか傘をささないようだ。
わしはバルセロナは冬が好きなので、冬にいることが多いが、多分すさまじい数の中国製スクーターが盛大に撒き散らす排気ガスのせいでただでさえドキタナイバルセロナの空気は冬には絶頂に達して、どうかすると広い通りなどは向こう側がかすんでいたりする。
あんなところでナマの雨に打たれると黒いまだらの条痕を体中につくって行き倒れになりそうな感じがするので、バルセロナでは、しょぼしょぼな雨ならともかく、本格的に降れば傘をさします。
だからMUJIの傘が玄関にかかっている。
いまは、わしの傘の隣に、ちゃんと付録でついてきた綺麗なバッグにはいったモニさんのデザイン傘も並んでかけてあります。

四月のマンハッタンは雨が多いが、モニに訊いてみると、どうもわしは傘をもったまま濡れて歩くことが多いよーだ(^^;)
「気がついてなかったのか」とゆって笑われました。

わしにはもともと傘をさして歩く習慣がないが、自分ではまったく判らない謎な理由により、モニと結婚して以来、マンハッタンにいるときは土砂降りでない、普通の雨降りでも折りたたみ傘をもって出るようになった。
でも、ささない。
ずっともったまま歩いていて、うるさそうにしているそうです。

わしは雨が降っていると、だいたい帽子をかぶって歩く。
いろいろな帽子がクロゼットでお休みしているが、もっともわしの頭の上に載ることが多いのは黒いポークパイハットです。
むかしは深緑色のポークパイハットがお気に入りだったが、あれは広尾のアパートに置き忘れてしまった。

ショートコートを着ればステットスンのカッチョイイ帽子に変わるが、そうでなければ、たいていポークパイハットです。
雨に濡れれば、ドアの取っ手にかけておく。

わしが知っているなかでは「傘をさす」ことの最も美しい文化をもっていたのは日本だと思います。
むかし、そのことを「傘かしげ」というブログに書いたことがある。

https://gamayauber1001.wordpress.com/2008/05/18/傘かしげ/

わしの育った世界では傘というのは、日本の傘のように美しい文化の一部ではなくて、なんだか余計なもので「awkward」な感じのするものなので、未だにこんなんなのかなあああー、と考えました。

(画像はNYCのあちこちにある「ビルの壁に描いてある絵」。初め、ほんもんのおっさんが剪定してはるのかと
思ったやん)

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