バーで

風邪だか花粉症だか判らない症状でモニは調子が悪い。
「温和で成熟したオトナは風邪をひかない」という日本の諺どおり、わしはなんともないが、モニは鼻をぐずぐずゆわせて苦しそうです。
セントラルパークへ行って遊ぶはずであったが、花粉症だとするとでかける先としては最悪の場所なので取りやめにして昼寝をすることにした。
ふたりとも眠ろうと考えればいくらでも眠れる体質なので午後2時までゆっくり眠ってからCVSというファーマシーにでかけました。
調剤おばちゃんから薬をもらって、ビレッジのダイナーに行った。
モニはブルーベリーパンケーキ、わしはベーコンとハムが付いたフレンチトーストを食べた。あとコーヒーふたつ。
あー、うめー、やっぱりここはうめーなあーと思いながら支払いをするときにふと見るとチップをいれれば30ドルである。
わしの大好きな持ち主のおやじをつかまえて、「このあいだまで20ドルだったじゃないか。いつのまに値上げしたんじゃ」というと、ニヤリと笑って
「へっへっへ。ガイドブックに出ちったからな。人間、稼げるときに稼がねば」だそーであった。
「せちがらい」と日本語ではゆーな。
マンハッタンもだんだんロンドンのようになってきた。

ダイナーを出て、でわ、家に帰るへし、と思うとモニが立ち止まって、「つまんないなああ」という顔をしている。
わしはモニが「遊びたいなあ」と思っている気持ちを、わしが前頭葉に内蔵している「モニ・ソナー」で探知したが、ここで遊ぶと二週間前と同じに「ガメ、わたし、また気持ち悪い」になってしまうので、
「ダメです。家に帰ります」というが、舗道で立ち止まったままMPD(ミートパッキングディストリクト)の再開発ビルの屋上に見えているバーを見上げて、
「ああ、世の中のひとは楽しそうだなああ」とおおげさにタメイキをつく。

しょーがないなあー、もう、と考えて、今度気持ちわるくなったら、絶対まる一日ベッドから出ない、と約束させて、バークローリングをして遊ぶ事にした。
最近英語をちゃんと日本語にしないでめんどくさいから、英語のまんまカタカナで放ったらかしじゃん、と怒っているお友達のために便宜を図って説明すると、バークローリング、(bar crawling)ちゅうのは、バーからバーへはしごをして遊ぶことです。

このあいだにも書いたが、NYCではタパスバーが大流行を通り越して猖獗を極めておる。
これは明らかな風潮で、どこに行ってもタパスバーやピンチョスバーがごろごろあるが、
もうひとつ、こっちは地味だが、むかしから段々段々増えて、いまや数の上で主流になっているのは「マルガリータがおいしいバー」であると思います。
バーテンダーの人がラティノの人が増えたせいもあるであろう。
バーといえばマティニが売り物であったのはむかしのことで、いまはマルガリータがおいしくないと、なかなか人に来てもらえない。

自然、どこのバーもマルガリータに秘術をつくすようになって、いろいろなマルガリータが進化の枝の先端で妍を競うようになった。

モニとわしは、では、マルガリータに飲み物を決めて、おいしそうなバーを伝ってあるこう、ということにしました。

MPDの土曜日は午後3時ともなれば、もうすげー酔っ払って踊り狂っているひとびとがいるクラブがいくつかある。
しかし、それらは中途半端なクラブであって、人気はあっても番いにきたいもにーちゃんといもねーちゃんが夜のベッドめざして必死の努力を繰り広げているごとき趣のところなので、いまひとつ下品である。

だからビレッジに行きます。
マンハッタンに住んでいてこれを読んでいる人が3人はいるはずで、そーゆーひとびとは「えっ?イーストビレッジじゃないの?」と言うであろうが、違うんだね。
マルガリータがおいしいバーは「ビレッジの周辺」に点在しておる。
知らない人がたどりつけないところで姑息に営業しておる。
実際にはビレッジは騒音規制がうるさいので、うるせー音楽がなければ盛り上がらない人々のために規制がなくなる場所につくったからそうなったのだと思われる。

合衆国人の第一の国民性は「絶叫する」ことである。
マンハッタンで特に顕著だが、大きい街ではどこも同じで、人間に与えられた音量ボリュームが10であるとすると、みなが11くらいで話します。
男も女も、いきなりぶち壊れたPAのような話しかけてくるのでほぼキチガイの集まりのなかに放り込まれたような気になる。

わしは前々から、なぜわしが立ち回る先ではアジア人をひとりも見かけないのだろう、と思っておった。
これはマンハッタンのようなところではかなり異常なことです。
義理叔父にお伺いを立ててみると、「おまえが行くようなところは、オトロシくてアジアの人間は、よう行かんわい」ということであったが、そりゃまあ、ジジイはそう思うであろうが、若い人はそんなことはなかろう、と常々考えていた。
でも、あれて、この音量のせいだな。
アジアの人間は発語聴覚において文化的に繊細なので、この阿鼻叫喚が耐えられないのであると思われる。

モニとわしは行きつけのバー「B」から始めることにした。
わしらの姿をみると、いきなり抱きついて歓迎してくれるひとはパレスチナの女の人である。
このひとは、地中海の壁画に描かれた女神がそのまま抜け出てきたような顔と姿のひとであって、とても親切なひとです。

やや離れたところで、微かな目配せで歓迎の意志を表明している(あるいは、したつもり)なのは、あれは自分ではアクセントを隠しおおせている、と思い込んでいるイギリス出身のにーちゃんであって、なんとなく斜め5度上くらいに視線を漂わせていて、客商売の人間として素っ気なさすぎるが、ほんとうは親切な良いにーちゃんである。

わしは、このバーでブラックカラントのフローズンマルガリータやラズベリーのフローズンマルガリータ、マンゴーとヴァニラがはいったマルガリータや、ちょっと喉が渇いたのでピッチャーのテキーラでつくったサングリアを飲んだ。
知らない合衆国人が次から次にモニとわしのテーブルにやってきて、「これは、どんな飲み物? まあ、綺麗! なにが入っているの?」と訊く。
しまいには、自分のテーブルから友達をぞろぞろ引き連れてやってきて、ラズベリーマルガリータを見物しておる。

目を見張り、オーマイゴッド!と叫び、Rをぎんぎんに響かせて、声帯が小さい人は金属音のような音まで立てて、必死に自分を主張し、全力で会話する。
大音響で鳴っているローリングストーンズ(音楽が古いのよ、あの店)に負けじとばかり、でっかい声で会話し抱き合ってじゃれておる。

そのうちに支払いを終えて立ち上がった6人連れの二十代の客が踊り出したが、そーゆーのは田舎者の態度なので、店のひとびとはパレスチナの女神も含めて露骨に嫌な顔をします。

さっきまで入り口の近くで食事をして酒を飲んでいた30代くらいの女の二人連れがタバコを喫うふりをして外に出たままとんずらこいてしまった。
マンハッタンでは、とてもよくあることです。

店の女のマネージャーとイギリス人が、そのふたりが座っていたテーブルを眺めて、なんだか悲しげにため息をついている。
金銭の損害よりも、「一見ディーセントなひとびとなのに払わないで逃げてしまった」ということにやりきれない気持ちなのだと思われる。

その頃になると、わしの頭には「アメリカ人」という言葉が点滅して、消えなくなってしまった。
寂しい、という言葉を使ってしまうと、もうそれだけでなんだか違うものになってしまう。
寂しい、というよりももっと乾いた砂の匂いがするところにアメリカ人たちは住んでいる。

おいしいものを食べたい、うまい酒が飲みたい、素晴らしい家に住んで、綺麗な女とセックスがしたい。
そういう直截で剥きだしの欲望が束になってストレートにアメリカ人をつきうごかしている。
ヘンな奴らだなああー、と思うが、全然違う種族のひとびととして眺めて、好感がもてない、というわけではない。
連合王国人のように、すべてに二重三重の意味をもたせて、ありとあらゆることにsubtleのカムフラージュをかぶせて、十年二十年しか連合王国に暮らしていないひとや露骨に言えば階級が違う人の無理のない誤解をこっそり冷笑するような、嫌らしさとは無縁である。

合衆国人の連合王国人に対する嫌悪、というか、忌み嫌う気持ちは「気取りやがって」という単純なものではなくて、もっと本質的なものである。
そのことはまた別の機会に話すと思うが、そうやってお互いに忌み嫌いあいながらも英語という共通言語を伝ってお互いに判りあえる、というか、そっと手をつなぐように共感することがある。

でも、この「人間がひとりであること」への在りようの違い、寂寥の性質の根本的な違いだけは決定的なもののようでした。

そのあとも、5.6軒バーを徘徊して、モニもわしもすっかり酔っ払って、歩いてアパートに帰ってきた。
くしゃみをすると怒られると思って、必死にこらえているモニが可愛いと考えたが、言うと怒るので黙っていた。

お腹がすいたので、今日は下品なものを食べるべ、と思ってバーベキュー屋によった。
隣に座っていた「ティムとジョン」というふたりの気のいいおっさんたちが話しかけてきて、ティムが通っていたコロンビア大学に近いところの知らないバーをいくつか教えてもらった。
むかしはとんでもない危ないところだったあの大学の周りも、最近は安全になって、
普通の中流人では買えないほどアパートが高くなった。

わしが「ジョンさんは、いつごろニュージーランドを出られたのですか?」と話しの弾みで訊くと、文字どおり開いた口がふさがらない、という顔で、「穴が開くほど」わしの顔をみつめています。
そうなのか、自分にも、まだニュージーランドのアクセントが残っているのか、と呟いてから、24年前です、と答える。
それから一度ももどっていない。
私のワイヒキの家族は、もう私を受け入れてくれないんです、と言う。

いきなり紙ナプキンに自分の電話番号とe-mailアカウントを書き殴って、気が向いたらでいいから、どうか連絡をとってください、と言う。
手をさしだして、ずいぶん長いあいだわしの手を握りしめてから、ようやく暗くなったマンハッタンの道に消えていった。
話のあいだじゅう陽気に大声で笑っていたティムさんがジョンさんの肩に手をまわして、たたいてやっています。

モニが「人間が生きてゆくのはたいへんだなあ」とおばさんのようなことをゆっておる。
そうでもないさ、と答えて、わしはジョンさんのメモを大切に財布にしまう。

この騒音の街で、絶叫して金切り声まであげて、なんとか相手に届こうとしているひとたちは、案外、それが醜いことなのを知っているのかもしれません。
醜くても、不可能でも、なんとしても相手とわかりあいたい自分を相手に知っていてもらいたい、というなりふりかまわぬ努力なのかもしれない。

そうだとすると連合王国人の好む静かで抑制の利いたもの腰などは、ただのスタイルであって浅薄な知恵に過ぎないのかも知れない、と生まれて初めて考えました。

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3 Responses to バーで

  1. buruu_burakku says:

    ガメさんこんにちは。

    今日は、以前一方的にコンタクトを拒絶したことが冷たいことだと思ったから謝りに来たよ。ごめんなさい。

    俺は以前、鬱病で精神科に通院してたんだ。それにガメさんは、俺が子供みたいに下から見上げる存在だったから話すだけで緊張が嵩じて、居たたまれなくなった。人のことを指して言葉のキャッチボールが出来ないなどと言ってる場合ではなかったな。それに、ガメさんの正鵠を得た批判には我が身に思い当たることも多く、何かを言うのが恥ずかしいということもあった。面倒くさい奴だと思うだろうけど。

    しかし、勝手に居なくなった身でいつまでもピーピング・トムをやってるのも惨めだし(ガメさんのブログはとても面白いから、見に来ずにはおられないんだ)、あれは目が潰れるという不吉な言い伝えもある。さんざん覗き込んでおいて今更だが。

    俺は生まれ育った家庭でいわゆる亭主関白の夫婦を見てきたから、ガメさんの「日本の男はゴミ」という意見には同意するしかない。日本の男として恥ずかしいが。以前は、ごく個人的な理由で「女の側にも責任があるのではないか」という考えを捨てられなかったが、今は、やっぱり隷属させられている立場の人達にとやかくいうのは間違っていると思う。

    やっぱり日本語は話しづらいと思う。チャットなどで英語が母語じゃない外国人とお互い下手くそな英語でなんとかかんとか意思の疎通をしようとしてる時のほうが、言いたいこと言えてるように感じるだ。

    最後になってしまったが、個人のための後退戦マニュアルを書いてくれてどうもありがとう。「関東脱出を諦めた時点で自分は正気を失っているんじゃないか」という自問が、いつも頭から離れなかった。

    • buruu_burakkuさん、

      >今日は、以前一方的にコンタクトを拒絶したことが冷たいことだと思ったから謝りに来たよ。ごめんなさい。

      いまメールアカウントを送ります。

      >「関東脱出を諦めた時点で自分は正気を失っているんじゃないか」という自問が、いつも頭から離れなかった。

      汚染を理解していて、自分はここから逃げないでなんとか戦ってみせる、という立場が国民の大半でない場合には日本という国は確実になくなってしまうではないか。
      どんな場合でも「主力」は踏みとどまり組、なのね。

      あたりまえです。

      • buruu_burakku says:

        ガメさん、暖かくしてくれどうもありがとう。
        とても驚いた。必ずメール出すよ。

コメントをここに書いてね書いてね

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