「自由」を見にいく


スタテン島行きのフェリーに乗りに行った。
別に用事があったからではありません。
スタテン島へのフェリーは自由の女神像のすぐ傍を通ってゆく。
むかしマンハッタンに居だしたばかりの頃は、このフェリーによく乗りに来た。
片道30分のフェリーはタダです。
一円もかからない。
ビンボというのもバカバカしいくらいビンボだった初期セーガクわしは、大西洋を越える航空券代で持ち金をあらかた使い尽くすと、時間が余ってもてあましたあげくhip flask(フラスコ?)に安いバーボンを詰め込んでジーンズのお尻のズボンにいれて、このフェリーに乗り込んで朝から海を見ながらちびちびやったものだった。
ポケットに手を突っ込んでくしゃくしゃの1ドル札が何枚かあると、それで(アメリカン)マフィンを買って食べた。
オーボンパンの気取ったマフィンちゃうねん。
もっとでっかくてもっと甘くて荒っぽい、トラック運転手なんかが大好きなマフィンにバターをいっぱい塗って、バーボンを飲みながら、食べる。

舷側のベンチに座ってぼんやり見ていると、いつのまにか頭巾を被っていないマリアンヌが松明をもって世界を照らすために立ち上がっておるのが見えてくるのです。
なんだか愚かな人間たちのために乾杯してくれているように見えるのね。
だから、わしもフラスコを掲げて乾杯の返礼をした。
「人間の愚かさのために、乾杯」

あれから7年、わしはモニと結婚して、なんだかまともなことになってしまった。
ときどき、こんなはずではなかった、
いまごろは妹やかーちゃんにも見放されて、ピカデリー通りの地下道で薄汚れたなんだかどす黒いような赤ら顔で、コンクリートをみつめながら酒臭い息を吐いているはずであったのに、と思う事がある。
むかしから神様にむかって悪態ばかり吐いているのに、まるで神様が意固地になって破滅させまいとしているかのよーである。
友人どもに言われなくても、わしが一見まともな人間のような顔をして道を歩いているのは、ひたすら、他人に話しても到底信じてもらえるわけにゆかない強力な運の力であって、他には何も理由がない。
(あんなもんにそんなまともなものがあるわけはないが)神様に人格があるとすれば、
余程の偏屈じじいなのであると思われる。

アパートを出て、7thAve をおりていって、イタリア料理屋が外に出しているテーブルに腰掛けてモニとふたりでパスタの朝食を食べた。デカンタのNero d’Avolaは5月のマンハッタンの(飛行機雲でいくつにも区切られた)抜けるような青空の下で、あっというまになくなってしまう。
わしの、ややパンチェッタが多すぎるカルボナーラもおいしかったが、ちょっと味見をさせてもらったモニのボンゴレはもっとおいしい。
見事なアルデンテです。
なんだか、ふたりで幸せになってしまった。
良い天気とおいしい食べ物の組み合わせは人間をとても幸福にする。

ソーホーを抜けて、トライベカに辿り着いたところで、タパスバーでまた広々としたスペースにテーブルを並べている店をみつけたので、洋梨のサングリアとテンプラニーニョを頼んで、アフリカンアメリカンのねーちゃんと3人で世間話をして遊んだ。
ウオール街の裏通りを歩きながら、「テロ日和りだなあ。わしがムスリムの狂信者であったら、こういう日を西洋人へ怒りの鉄槌をくだす日として選ぶであろう」と呟いて、モニに怒られました。
マリアンヌも松明をろうそくにもちかえて、わしのお尻に鑞を垂らしてお仕置きをしようと考えるかも知らん。

スタテン島へ行くフェリーはファイナンシャルディストリクトを抜けた少し先のど派手なターミナルから出ている。
わしが朝からデースイしてフェリーのベンチで寝転がって寝ていた頃はまだ、煤けた、うらびれたビルだったのを憶えているが、いつのまにかモダンにカッコヨクなってしまった。
現代的でかっこよいものの常としてなんとなくケーハクだが、そのくらいは我慢しなければなりません。
なにしろ、タダだからな。

遠くに自由の女神が逆光のなかに立っている。
小さくて寂しげです。

これが観光船ならば、皆、息をのんで女神像を見つめるところだが、スタテンフェリーは通勤船なので、わしの目の前では(一年生なのでしょう)NYUのでかいにーちゃんが床にバカでかい本を落っことしたまま、涎を流しながら眠っておる。
その隣では、アフリカンアメリカンのねーちゃんが、緊張した面持ちで経営学の本を読んでいます。
東欧人らしい父親が5歳くらいの子供とじゃれている。
インド人の女の子が中国人らしいクールカットのかっちょいいにーちゃんと何事か楽しそうに話し込んでおる。

モニとわしは、じっとマリアンヌを見ている。
正面に来た一瞬、わしはマリアンヌと目があったような気がしました。
わしがむかし読んだ子供向けの本にはマリアンヌは啓蒙の光をもって世界を照らしているのだ、と書いてあったが、あれはやはり浅はかなガキ向け本であって、ほんとうはマリアンヌは、この暗黒を照らす啓蒙の光をつくれ、と人間に言っているのだ、と考えた。
この私のもつ希望の松明に炎を点せ、と告げている。
照らせば虚しい「正しさ」と思想や暴力の向こう側に、もっと人間に相応しい何かがあるのが見えるかも知れないではないか。

マンハッタンでいちばん古い教会であるTrinity Churchが世界貿易センターの瓦礫と灰にすっかり埋もれて墓石すら見えなくなったあの日にも、もっとずっと前、ナチス・ドイツのスパイが大量のTNTを爆破させて彼女の高く掲げた右腕を傷つけた日も、マリアンヌは暗黒のなかに立ちすくんで、たくさんの生命が人間の頭の悪い「正義」によって破壊されるのを見つめていたに違いない。
圧政と貧困から逃れてやってきた欧州人には偉大な希望の象徴と見えた彼女の立像の内部には、わずかな希望によって照らされた極小な文明と広大で荒々しく、しかも無慈悲な「正義」の闇が渦巻いていたに違いない。

スタテン島に着いたその船で、モニとわしはマンハッタンに戻りました。
プロシュートとパンが滅法おいしい料理屋で、ふたりでワインを一本飲んだ。
その後もあちこちのバーやクラブに寄りながら、最後はビレッジのモニとわしが大好きなバーに寄った。
びっくりするくらい演奏が上手で、いつも気が遠くなるくらい不幸そうな顔をしているピアニストのおっちゃんにラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」18番
 http://www.youtube.com/watch?v=h_BArG3ollw&feature=related 
を弾けるか、と乱暴なことを訊いたら、小さくうなづいて、モニもカクテルを飲むのをやめてびっくりして見つめるほどの素晴らしい演奏だったので
驚いてしまった。
手がとても大きいおっちゃんなので、きっとうまく弾くだろうとは前々から思っていたが、ものすごくびっくりしたので、ピアノの上のチップ用の壷に50ドル札を二枚いれてしまった。

ドケチなわしが、それでも全然後悔する気にならないくらいすごい演奏だったのです。

バーテンダーのねーちゃんにいろいろなカクテルをつくってもらって、6杯くらいも飲んでからバーを出てから、ねーちゃんは初めの一杯しかビルにつけてないのに気がついたので、「しばらく戻らないほうがいいな」と冗談を言う。
モニがマジメな顔をして「違います。ガメ。あのひと、ラフマニノフを聴きながらガメが泣いていたのを見ていたのよ」という。

マンハッタンは素晴らしいところだが、この競争が激しい街に住んでいるひとたちにとっては、すべてはカネなのさ、という、わしの口癖の意見を改めよ、と神様が言っているような夜であった。

いろいろと告げたがって、まことにうるさいおっさんだのい。

画像は、かっこいいセーターを着せてもらっている近所の消火栓。摂氏4度の寒い朝に毛糸屋のねーちゃんが冷たい舗道に尻餅をついて一生懸命に何かやっているのお、と思って見ていたら、帰りがけには、これが出来ていた。
消火栓ながら、うらやましいやつめ。

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3 Responses to 「自由」を見にいく

  1. jiu/100haco says:

    本当に羨ましい消火栓。
    先日よりこちらを見つけ度々拝見しています。
    (本当はLikeをプッシュしたかったのに、なぜかWPのパスが思い出せない。これはサイトのとは違うのですかね)
    すみません・・・ともかく、文体と写真の世界(ガメ&モニの二人にも)引き込まれます!これからも読ませてください。
    ともかく足跡のみ・・失礼します^^

  2. Nym Phaea says:

    ああ、とっても聴きたいです、その方のラフマニノフ。こういう時です。NYCを羨んでしまうのは。いいなあ(嘆息)。

  3. ぽんぴい says:

    〜〜〜ん

    わたしゃ不幸なときにしか幸せを感じないので
    みんなが幸福になろうとしてもがいている

    あるいはまことに幸福であろうときに

    かわいそうにともいます

    アーメン

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