個人のための後退戦マニュアル・その2

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ずっとむかし、(とゆって、いま見ると去年の11月だが)「ラナウエイズ」
≈https://gamayauber1001.wordpress.com/2010/11/28/ というブログを書いた。
自分で書いた文章ながら外国語の文章は読みにくいので、適当にとばし読みすると、
いまの日本は集団発狂しているから、いったん外に出て、正気が残存している社会の空気をすって、ついでにIT革命という巨大なパラダイムシフトや人種差別が徐々にだがいまや確実に消滅しつつある事実や、そーゆーことを経験してから、そのうちにはおおごけにこけるに決まっている日本の再建に参加するのも悪くないだろう、という趣旨(多分)のブログで、ついでに「いまの日本社会は旧ソ連と似ている」というような、自分ではすっかり忘れていた偉大な卓見も書いてあったりして、なかなかよい記事である(^^)

後退戦は防衛に適した地形なり町なりを選んで、じっくり腰をすえてしぶとく戦うのが基本だが、清右衛門という友達が「逃散があんだぜ、逃散が」というので、つい遠くにいくことも考えてしまった。
(だから、ここからわしが何かボーロンのようなことを書いたら、それは全部清右衛門 
http://prunusmume16.blog28.fc2.com/ 
ツイッタ @p_mume1980
の責任なので抗議や嫌がらせはそちらのほうへよろしく。
なお、他の記事については、ブブリキという人がすべて責任を負っています。
(ウソです)

具体的な留学の方法などは簡単であって、きみが30歳より若ければ、有名なワーキングホリデービザという誰でも1年から2年は、そこの国へ行って何をやっていてもよい、という素晴らしいビザがあります。

アホでもええねん。
自分のTシャツがたためなくても受け入れてもらえます。
英語が出来なくてもダイジョーブだ。

現地に行ってワーキングホリデーで来た人間用、あるいは、その国のふつーの求人掲示板で職業を見つけて暮らせばよい。
下宿とかも、部屋をシェアすればたとえばニュージーランドなら週50ドル(3500円)くらいからあるだろう。
わしが家に出入りの日本の画廊主人の息子はワーキングホリデービザでやってきたが、女優志望の無茶苦茶はくいねーちんとルームメイトをしておって、英語を全部このねーちんから教わった。
お礼にマッサージをしてあげていたもののよーである。
ただでお礼してたのかと思ったら、ちゃんと1時間10ドルとっていたのだった。
10ドルじゃ、割にあわねっすよ、という。
太股とかすげー凝ってるんすから。
ふ、ふともも。
ふ・と・も・も、ですか?
あっ、いや。

それで、一年ごろごろしていて、その国が気に入ったら大学にはいるなり、就職したりすればよいのです。
大学にはいれば3年間の就学ビザに卒業したあと一年間の就職猶予期間ビザがあるはずである。
(わしは留学とかしたことがないので、具体的には自分で調べませう)

きみが会社なり政府機関なりで働いている場合は、もうちょっと工夫がいるであろう。
乾坤一擲、職を投げ出して、という手もあるが、乾も坤も一擲すれば二度と返らないという。乾坤象背に帰らず、といいます。
だから会社や政府の制度をうまく梃子にして日本を出て行かねばならぬ。
古い時代、80年代、Mさんは○○省の役人であって、憂国の情に燃えて目の下にクマをつくって毎日3時間睡眠で日本の未来を設計すべく頑張っていたが、
日本のトーダイおじさんたちが口を揃えて「日本史上の最悪党・日本の破壊者」と罵り出すと止まらなくなる中曽根康宏が首相の時代に、キレてしもうた。
酒を飲まないMさんが嘔きくるうまで飲んだ翌日にやったことは「試験に出る英単語」(^^)を買ってくることであって、そこから狂ったように勉強して人事院留学でHBS(ハーバード・ビジネス・スクールという、やたら狭いブロイラー養成所みたいな寮に学生を閉じ込めて「これって一ヶ月分の読書ですかあー」という量の本を一日で毎日読ませて徹底的に自己主張させまくるという経営学の海兵隊訓練所みたいなバカな学校のことです。  チャールズ川よ、静かに流れよ)に行ったそうです。
人事院留学は国費で留学させてくれる代わりほんまは日本に戻って役人を続けねばならないが、「絶対いやだ」とがんばって、就職したアメリカの大学に全部賠償金を払わせて日本には帰らなかった。

向こうに行っっちゃって、その国で必要な人間だと、その国の学校なり会社なりヘアドレッサーなり鮨屋なりが認識してくれればあとはどうにでもなる、という好例であると思う。
歴然たる国法違反だからな。
おおげさに言えば国事犯なのに某旧帝大から教授になってくれと何度もゆわれたそーなので、世の中とかは、やはりそういう隠微な仕組みになっているのです。

(言い忘れたことを唐突に書くとTOEICは全然ダメなテストですねん。由来から言えば役所間抗争から生まれた「役人都合試験」です。
英語資格、というようなものはIELTSかTOEFL以外は存在しません。だから、どっちかの点数を目標にしないとダメなのね)

(内緒だが)もっと酷い例を書いておいてもよい。
これも画廊の息子だが、さっきとは別の画廊です。
あまりにアンポンタンなので大学に行けるわけがなかったNは、2浪しても代ゼミ偏差値で40の大学に合格しない(元マイクロソフトの古川会長みたいだのい)ので父親にどーするんだおまえ、と言われて、なんにもおもいつかなったので美術の勉強にミラノに行きます、と口からでまかせをゆってみた。
ところが、多分父親のほうもしばらくバカ息子を厄介払いしたかったのだと思われる、バカ親とバカ息子の阿吽の呼吸で、ミラノに二週間(美術の勉強で「二週間」がすごい、とわしはカンドーしたが)の予定ででかけた。
「でもさあ、おれ、美術なんてキョーミねーじゃん」という。
つまらないから、ホテルにこもって、酒ばかり飲んでいて、食事はなにしろ「チャオ」しか知らない驚異の一単語イタリア語会話術だったので、毎日ホテルの前の同じピザ屋にでかけて買ってきて食べていた。

一週間経ったころ、店の主人が支店でアルバイトをしていた日本人の女の子を従えて待っていて、「なんでおまえはうちのピザばかり毎日たべにくるのだ」と訊いたそうである。
このひとの、そこが良いところであって、どこまでもいいかげんな人なので
「おたくのピザが好きなんです」という。
「じゃ、いっそうちで働けば」ということになって、結局二年ミラノにいた。
わしが、うっかり「ビザ、どうしたんですか?」と訊くと、すっかり嬉しそうな顔になって「やあー、いろいろなビザなんだけどね」とゆってました。
いろいろビザ(^^;)

いまはイタリア語で仕事をしているので、もしかすると、イタリア人主婦のポルチュラカ @portulaca01 はこのひとを知っているかもしれません。
あの人、たしか、日本からイタリアに輸出された「倦怠期の主婦に愛情を注ぎ込む機械」とかのマニュアル翻訳をして暮らしているはずなので、あの狭い業界である、知っているのではなかろーか。
外廊下。

日本の初代の首相はいつまでもテロリストをやっていて人殺しばかりやっていても仕方がないと考えて、英国に密航した人であったのは連合王国では有名である。
多少とも日本についての知識がある英国人の日本人への好感は、そういうところに由来している。
わしも、そういう事実を初めて習ったときの「近代日本」の若々しい、爽快な印象が忘れられない。

19世紀の終わりに、この近代世界という荒海に乗り出した日本人は、決して「歴史のある大国」として乗り出したのではなかった。
若々しい、冒険的な、空中ブランコに立って向こうの闇のなかにこれから飛び込んでゆこうとしている勇敢な若者国家として登場したのでした。

それに伝統だなんだといって安物の箔付けをしたのは、本人が昨日までは田んぼで這いずり回っていた明治の官僚たちだった。
鎮守の森は「世界に対して恥ずかしい」といってすべて平らにせよ、と命じ、日本中の精霊の殺戮を命令して偉大なフンドシ男の南方熊楠を激怒させたのも同じ官僚たちだった。
いまフクシマのゲンパツをぶっとぶままにして、「放射能が危ないわけはない」とうそぶいているひとたちと同じ人達です。

理屈も同じだと思う。
そう言えば
https://gamayauber1001.wordpress.com/2008/09/08/ミッドウェイ海戦__官僚主義の敗北/
の頃から、この官僚主義が日本を破滅に導いてきたことを何度書いたことだろう。

日本人たちは、もと海外に徒手空拳で出かけていた頃、その自由闊達さと可笑しさ、人間としての愉快さ、悲運にあってもまったく意に介しない楽観主義的な勤勉さ(高橋是清を見よ!)と他人の善意を信頼する能力に抜群に恵まれていることで西洋人たちをして終始一貫舌をまかせてきた。
感心した、のではなく、自分達もこうであらねばならぬ、とたくさんの西洋人が日本人たちを見て考えたのです。
その素晴らしい伝統も、どうしようもなく甘やかされた留学生たちが80年代に欧州や合衆国に洪水のようにあふれてゆくことによって西洋側では「うんざり」に代わり、それに答えるようにして甘ったれ日本人バカガキども(とゆっても、この出来が悪いのでユーメイな日本人留学生世代は今は50歳くらいになっているわけだが)が相手を「人種差別主義者」と狂ったようにわめきちらしだすことで終わってしまったが、いま20代の日本人は、また自由闊達の伝統に戻って、肩に力すらはいらず
「ふつーの人」としてニューヨークでロンドンでシドニーでパリで暮らしている。
それを、わしは日本という国にとっては大きな希望であると考えます。

これからしばらく厳しい後退戦を戦わざるを得ない日本という社会にとって、最も大きな予備戦力、あるいは、「救いの神」は案外、いまこの瞬間には他国の土地で暮らしている若い日本人たちなのではないか、と考えるのです。

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4 Responses to 個人のための後退戦マニュアル・その2

  1. ponpoko says:

    ガメさん、ボア ノイチ!

    ちょっと動くのが遅いですが、今度の秋ぐらいから2ヶ月ほどブラジルに行く仕事ができました。
    もう若くない自分ですが、これをチャンスにブラジルで生き延びる道を探そうと、ポルトガル語を勉強中です。
    あちらにはサンパウロを中心に日系人も多いことだし、そのままあちらに住みつくのも良いかな?と思ってます。
    でもまぁ、そんな事を言うと「お前は天皇陛下に忠誠を誓ったのではないのか?」と罵倒してくる奴が周りにいるんですけど・・・。

  2. J.Hasegawa says:

    いつも大切な助言をありがとうございます。

    自分個人を大切にしない文化は、他人をないがしろにする文化であり、自己犠牲を尊ぶ社会は、他者の犠牲を要求する社会でもあります。自分の命を大切にしない人間がどうして、他人の命に価値を見いだすことができるでしょうか。
    集団強姦の根もその土壌から生えてきているのでしょう。

    佐藤亜紀さんと言う小説家はなんだかおもしろそうな人ですね。日本社会が死ぬほど嫌いなはずなのに、できあがった姿は日本人そのものだなんて。

    嫁さんは海外行く気満々で英語の勉強を息子たちと始めました。

  3. ぽんぴい says:

    ガメさんや、やっぱお主は単純抽象思考だ。
    若い性かも知れんがモノゴトをすぐに単純化したがる。
    地図を描くにはそれでもいいが、現実は地図ではない。

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