ノーマッド日記7

あぢー。
マレーヒルのインド料理屋までお午ご飯を食べに行ったら、帰りにはこのあいだまで青空をふけてどっかにぶっちしていた太陽の母上が放蕩から帰ってきて、夏だと告げに来たのであった。
わしは暑いのが嫌いなので、オーバーヒート。
子供の時から身体の組織全体が摂氏12度前後に最適化されているので、昨日や今日のように気温が20度を越えた上に湿度が80%を越えると、いきなり出力が低下してしまう。
ジュースやスムージーでときどき冷却するが、それでもみるみるうちに真っ赤になって、赤鬼というかなんというか、かっこわるい。
フィジー生まれのインド人友達がオオマジメに告げた前世はシロクマの王だったという悲しいカルマの説はほんとうだったのだろうか。
ワニに瞞されて毛皮をはがれたマヌケ時代の大国主命はシロクマ時代のわしの物語ではなかろうか。
ウサギの神様がどうして商売の神様で商家のおかみさんになったのだろう。
よう、わかりひん。

あぢー。

近くのデリでレギュラーコーヒーを買ってフラットアイアンビルディングの前の広場の椅子に腰掛けてモニとのんびり午後を過ごした。空を眺めたり、ビルの谷間から頭を出して誇らかに輝いているエンパイアステートビルディングの光の反射を楽しんだり、なにより、世界一バリエーションが豊富な道を行き交うひとたちの姿を眺めているだけで少しも飽きないのがマンハッタンという街のよいところです。
欧州旅行の話をした。
折角火山が爆発したのだから、デンマークからスウェーデン、ノルウェーにまで足を延ばしてひとが少ない北欧の夏を楽しもう。
あの火山の灰は重いというから、きっとパリまでは来ないだろう、という見通しは甘いのではないか。
バルセロナは、たった二週間しかいないし、きっと失業者ばかりで街がますます荒んでいるだろうから、グラシアだけでランブラのほうには行きたくない。行くなら、午前1時前にしよう。
行きたいところはグラシアにしかないし。

それからブロードウエイをぶらぶら歩いて帰ってきました。
モニの身体のあの表現のしようがない良い匂いをかぎながら真新しいシーツにくるまってころころしながら午寝するのだ。
夜になればビレッジにでかけると思う。
そのあと足をのばしてハドソン川が見えるかっちょいいバーにまで歩いていってもよい。

ひさしぶりにクラブ「A」へ遊びに行ったら、バンドのおっちゃんが「ガメ、ひさしぶりに一緒にやるべ」というので、おっちゃんのオリジナルとJames Morrisonの
「Broken Strings」
http://www.youtube.com/watch?v=26PAgklYYvo&feature=artistob&playnext=1&list=TLoJKl8K23XEA
をやった。
わしはいつでもギターをやりたいが、高校生のときから「声がセクシーだから」とかなんとかゆって誤魔化されてヴォーカルしかやらせてもらえませんねん。
どうも、どこのどんなことにおいても知的なことは向いていないと思われているよーだ。
ガメにギターなんか握らせるとバカヂカラでネックをへしおってしまいかねない。
この頃は、冷菜凍死においても、戦略にはあんまり混ぜてもらえなくて、事後に承諾するやくばかりでくだらん。
同じ天井からオカネがばらばら降ってくるんでも、他人が考えたビジネスモデルだといまいち面白くない。
眉をひそめて、自分が頭に描いた図面に従って一個づつ線路をつないでいって、手元の電源ボクスのつまみを「ビッ」とひねると、事情が判らない人には複雑を極めてみえる9ミリゲージがひよひよひよと動き出すからビジネスや凍死はオモロイのであって、儲かるだけなら、アホでも出来る。
小学5年生の算数ドリルで70点とれる程度の頭があれば、どんなひとでも金持ちくらいにならなれます。
35歳を過ぎて一億円の現金をもっていない人間は、余程のバカか、金銭と正面から取り組むことのなかった怠け者のどちらかだ、運なんか関係ないのさ、とわしの年長の友人はなんでも運のせいにするわしを非難して言うが、案外ほんとーなのかもしれません。

ステージから降りてきて、モニとふたりでマルガリータを飲んでいたら、二人連れの無茶苦茶かっこいいねーちんたちが話しかけてきた。
ひとりは、この頃世界中で流行っているゴムブーツ(ゴムなが、ともいうな)をはいている。
もうひとりは、ぶっとんだボリュームの明るい銅色の髪が似合う、アイルランド訛がばりばっりの見るからにデルモなねーちんである。足の甲に趣味の良い、蝶の入れ墨をしてます。
話してみると、オモロイひとたちだったので、4人で、マヨルカ島の話や、夏のボンダイビーチ、ニコチンパッチをしたまま葉巻を喫うと気持ちがいい(よく死ぬ人がいるので悪い子もマネをしてはいけません)話や、もっといけない話をして遊んだ。
話すのに疲れると、踊る。
わしが人生でもっとも得意な技芸は「踊る」ことなので、こっちのほうはいくらぶっ続けで踊っても疲れるというようなことは起こりません。

シャチも驚く大ジャンプはおろか、ステージに戻ってバク転と前転までこいてしまったので、モニに子供のように喜ばれました。

マンハッタンの夜は、暗いステージの上でフラメンコを踊り狂うダンサーがいれば、ブレークダンスを踊るガキどもがいる。「Take it off!」の声が木霊するホールで服を脱いで裸で踊りまくる若い衆のセックスの匂いで充満したクラブがある。
夜をあげて、「この世界なんてどうなったっていいのさ」
「人生なんて、知ったこっちゃねーよ」
「このドラグレースをブレーキを踏まないでどこまでもいけるかやってみるのさ」
世界をふりきって、情熱と呼ぶよりはもっと冷たくて感情もない冷淡で気持ちのよいものの軌道を滑走してゆく人間のはっきりとした「愚かさへの意志」が感じられて、いまの世界では「大都会」と呼びうるようなものは、ここにしかないのだ、とはっきり判ります。

予定に順えば、二週間と少ししたら欧州に戻らねばならないが、あんな古くさい世界はくだらん、と思う。
築2000年を軽く越えておるからな。
歴史の悪い息がそこここに染みついておって、アジアの若い国から来た人間たちはありがたがるが、わしにとってははっきりゆって鬱陶しいだけである。

行くのやめて、ずっとマンハッタンに居ちゃおうかしら。

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