虹がかかっている午後


ユニオン・スクエア、といっても、わしのマンハッタンの南チェルシーのアパートから近い広場のことではなくて、サンフランシスコの観光客でごった返す広場のほうです。
有名店がぐるりと取り巻いていて、その一辺をなしているパウェル通りに面して
The Westin St.Francisというホテルがあります。

子供の頃、わしはそのホテルのロビーでかーちゃんを待っていた。
いまのわしを知っている人は誰も信じてくれないが、子供の頃のわしは、極めて行儀のよいガキであって、かーちゃんが2時間くらい約束の時間に遅れても、特に感情を険しくするわけでもなく、ときどきため息をつきながら座っているベンチの足下をみるくらいで、手にとって読む本がなくても、じっと待っていた。

そのときも、だいぶん時間は経ってしまっていたが、なにしろ、かーちゃんはわしが当時もっとも信頼していた人間なので、特に不安になるわけでもなくベンチに腰掛けて、いま思えば不憫に思ったに違いない制服のアフリカン・アメリカンのおっちゃんと話したりしながら時間をつぶしておった。

ホールの向こうにはおとなたちが蝟集しているバーがあって、そこにいるひとびとを観察して時間をつぶした。

そのうちに、わしは、ひとりの輝くばかりの金髪の美しい若い女の人が、時計をみつめては、形のよい唇をかみしめていたり、ため息をついたりしているのに気が付いた。

バーテンダーが、もうちょっと何か飲み物がいりますか、と訊いているのを断って、落ち着きのない様子で誰かを待っている。

わしは子供の頃はそれが癖で、頬杖をついて、その美しい女の人を見ていた。
「花のようだ」と考えました。
ひとつには、その人が明るい花柄のドレスを着ていたことからのバカガキらしい単純な連想だと思われる。

ふつうなら暖かい感じがするはずの薄い灰色の目が、そのひとに限っては氷の世界への窓のように冷たい感じがするのが、なんというか、心に棘のように刺さってくるような感じだった。

回転ドアがまわって、大きな花束をもった、小柄な小太りのおばちゃんが入ってきます。
なんだか田舎の家でビスケットをつくっているところが思い浮かぶような、とても暖かい感じのするおばちゃんである。
見ていると、おばちゃんは、まっすぐ灰色の目をした美しい女の人のほうへ歩いて行った。
歩いていった、とおもうまに、ふたりは固く抱き合って、なにごとか謝っているおばちゃんの肩に両腕もまわして、美しい灰色の目の女の人は涙ぐんでさえいます。
花束を渡されて、心から嬉しそうにしている。
花束をカウンターにおいて、もういちど抱き合うと、長い長いキスを始めた。

わしは、少し離れたところで、軽蔑しきった顔で、このふたりの女の人を眺めながら、何事かを言い合っている、絵に描いたように首の後ろが赤そうなおっちゃんたちにも気が付いていた。
見ていて、あの若い女の人が、なぜあれほど緊張して思い詰めていたか、ぼんやりと判るような気がしました。
あの人は氷の海を泳ぎ渡るようにして、この世界を暮らしているのだ。
自分が愛するひとひとりの存在だけを希望にして、です。

それが、わしにとって女の同性愛のひとびとを見た初めだった。
話には、かーちゃんの遠縁のいとこ(はとこ?)の奥さんがダンちゃんをぶち捨てて同性愛の女の教師にはしったとかで「同性愛」という言葉は生活のなかにすでに登場していたが、現実感をもって触れたのは、あのときが初めだと思います。

チェルシーの8thAveを歩いてゆくと、あちこちに虹色旗が翻っている。
あれは「同性愛者を歓迎します」というサインである。
レストランにもブティックにもヘアドレッサーにも掲げられてある。

だいたい午後7時くらいになると、男同士のカップルが無数にあらわれて、手をつなぎあって道を闊歩する。
カフェでも、わしのアパートから近い「ヴァイニル」
http://www.vynl-nyc.com/welcome.html
というウエーターが機知に富んでいて、気難しいわしをすら冗談で笑わせる店に行くと席を占めている半分はゲイのカップルで、ヘテロのカップルに較べると少し高い調子の賑わいがある。

「ヴァイニル」の舗道の椅子に腰掛けてカクテルを飲んでいるモニとわしの目の前で、ゲイのカップルが交差点で信号を待ちながら、前に立っている男の小さくて固そうな尻を指さして、冗談を言い合いながら、くっくっく、と笑い転げている。
モニが、「楽しそうです」と指さして、笑っておる。

先週の新聞には、ここからすぐの通りと公園の名前を挙げて、午前2時をまわるころになると「同性愛者狩り」をする十代の男の4人組がいるからゲイのひとびとは気をつけるようにという記事が出ていた。
長い時間にわたって殴る蹴るの容赦のなさで、もう5組のゲイカップルが病院に送られたそーだ。

モニは、そのニューズ記事を見ながら「わたしは世界をどう許容すればいいかわからない」と涙ぐんでいたが、わしにも、どれほど非寛容を受け入れてやれば世界は納得するのだろうと訝る気持ちがある。

NYCに住んでいるひとは知っているかも知れないが、第一、女の同性愛者に至っては、(男同士のカップルとほぼ同じ数がいるにも関わらず)(同性愛のどこが悪い、という住民が多い)ヴィレッジの近辺ですらほとんどみかけない。

ときどき、あの子供のときに見た女同士のカップルはいまごろどうしているかなああー、と思います。
わしは多分あのとき8歳だったので、あれからもう20年が経っている。
あの頃でも、知的ではあっても冴えないおばちゃんとゆえなくもなかった小太りコートの人は、いまやばーちゃんになっているであろう。
あの輝くばかりに美しかったひとは、いまでも美しいに決まっているが、あれから、あのおばちゃんと一緒に幸せに暮らせただろうか。
そう考えるのは男同士のカップルがほぼふつーになった合衆国の社会であっても女同士のカップルに対してはまだまだ抵抗が強いからです。
わしの年長の友達にアイルランド系のLというやたらめたらに親切なHBS(ハーヴァード・ビジネス・スクール)部落出身の有能なファンドマネージャーがいるが、このひとは女同士のカップルで養子をとるために法廷闘争をした合衆国でも初めの頃に属するひとだった。
心臓病を抱えている癖に、アイアリッシュバターをトーストにたっぷりつけないで食べるやつはバカだ、とゆってヴェジマイトを塗って健康的なトーストをかじっているわしをよく、あの快いおおきな笑い声で嘲笑したものであった。
このひとの養子が認められたときには、わしも妹もかーちゃんもとびあがって喜んだものです。
子供の頃いちばんの素晴らしい大ニュースだった。

そうやって、「他のひとと異なるひとたち」が、すこしづつ権利を恢復してゆけたのは、アメリカという国が「手続きの国」であって、手続き的に正当であれば正義が構築できるという「アメリカの正義」の特徴に依っている。
このすぐれて哲学的な信念にはサダム・フセインやオサマ・ビン・ラディンの虐殺、O・J・シンプソンの無罪に見られるように欠点もあるが、やはり、もっと根底的にすぐれたところがあるようです。
「あのひとはいいひとだから」「どんなひとにもいいところと悪いところがある」「清濁あわせのむ」「是々非々でのぞみましょう」というような人間にとっての最も基本的な倫理すら欠いている、バカたれなひとびとの耳には聞こえはいいが浅薄なご都合主義としかいいようがない低劣で醜悪な見地を拒絶している。

「正義」というものは、世界中のどこのものでもくだらないが、アメリカ製のものには唯一くだらないなりに実質が感じられる由縁であると思います。

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2 Responses to 虹がかかっている午後

  1. buruu_burakku says:

    ニューヨークのようなところでも女性の同性愛者だと厳しい目を向けられるのか。なんだか意外だな。NYに行ったことはない
    けど、ガメさんや海外在住日本人の話を聞いてきたのでそう感じた。

    日本では(日本でも、かな)、あくまでも俺の漠然とした印象だけど、女性の同性愛者だと社会的に存在を認知されてない気がする。

    なんだかありきたりになってしまうけど、ガメさんの見た
    カップルが幸せになってるといいな。

  2. buruu_burakkuどん、

    >ニューヨークのようなところでも女性の同性愛者だと厳しい目を向けられるのか

    「厳しい目」というものはいまは表だってはない。
    「見えない嫌悪」があるだけだと思いますが、見えないものは、とてもこえっす。エレンも、自分が同性愛者であることを公表してから不思議なくらい人気がなくて戻ってくるのに何年もかかった。
    職場でも、どういう壁があるか、簡単に想像がつきます。

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