零細な夜についてのメモ


ひきこもりでプーなへんなひとでもときどきは自分の会社の人間を集めて、その前に姿を現すことがある。

午後九時。
会社のクルマを断って、雄々しくも自分でタクシーを止めて、フニクラ(注)というグラシアの山の上にあるレストランに向かうわしの姿があるとおもいたまえ。
もちろん、自閉症じみた、ちょっと吃るみたいなヘンな話し方の旦那を見守るようにしてモニも一緒です。

グラシアの後背の丘は新しい住宅地として開発されていて、若い共稼ぎ夫婦にとってはあこがれの住宅地である。
そこを抜けて、もっとずっと登ってゆくとレストランやバーが何軒かある丘の頂に出ます。

いつまでも無理矢理隠しているのもカッコワルイので、むかしからのネット友達は知っていることでもばらしてしまうと、わしはこのバルセロナに会社をもっていて、その会社は実はウクライナ人とロシア人ばかりが働いている不思議な会社である。
いや、数の上ではカタロニア人のほうが多いけどね。
幹部は、カタロニア政府から見れば許し難いことにすべてガイジンであって、シャチョーもウクライナの元戦車兵です。
しこうして、会社の持ち主はひきこもりのクマのプーさんなニュージーランド人である。

なんというヘンな会社でしょう。

こんなこと書いて信じるやつがいると思っているのか。
いや別に信じなくてもいいのよ。
第一、書いているひとも、(「はてな」のひとびとによれば)ニセガイジンだし。

モニとわしは午後九時20分くらいについたが、当然さきについているべき会社の諸君は、はっはっは、わしの会社だからな、誰もいねーんでやんの。

モニとわしは案内されたテーブルのすみっこに腰掛けて、外を眺めながらカバを飲んだ。
日本でゆえば高級料亭の鰹節みたいに薄く削られたハモン・イベリコを食べながら社員たちの到着を待ちます。

午後九時半。
どどどっ、と音を立てて階段を歩いてあがるエネルギーが充満したひとびと。
先頭は元戦車兵であって、横にはちびっこいが、あいもかわらずすげー美人の奥さんが立っている。
戦車兵は若かりしころのアーノルド・シュワルツネガーみたいな肉体の持ち主だが、眉毛がうすくて一見すると危ないひとみたいな顔のほうはにっこり笑うと、しかし、子供のようです。
「ああああー、ガメだ。ガメがここにいるんだ。信じられない」という。
信じられない、って昨日も会ったやん。

それから、わしらの楽しい夕餉がはじまった。
わしはもう長いあいだ大陸欧州では牛肉を食べなかったが、今日はよいことにした。
ひさしぶりに食べる牛肉を楽しみながら、カタロニアの経済がいかに危機的か、スペイン全体に足をひっぱられて、いまにも沈没寸前であるか、というみなの話に耳を傾けた。
カタロニアの経済危機は、わしがマンハッタンで考えていたよりも遙かに深刻であって、話が具体的な数字に及ぶと、元戦車兵も、ドイツ軍の88ミリ砲に照準をすっかりつけられてしまったように怯えた表情です。

こんなに酷いとは思わなかった。
来てよかった。

口々に話してくれる実情の、その口吻でほぼ事態が理解されてしまったので、わしはエラソーに手をあげて、「もうここからは仕事のはなしはやめるべ」とゆいます。
わしは、のんびりなので、会社がつぶれて破産が宣告されたころには、方策を思いつくであろう。

ロシア人たちとウクライナ人たちは、もともと仲がわるい。
話す言葉も、イタリア語とスペイン語くらいには違います。
スペイン語に英語やフランス語やロシア語やウクライナ語、それにカタロニア語まで混じって、わけがわからない会話を交わしながら、わしらはだんだん酔っ払っていった。

ロシア人たちはたとえばウクライナ人たちに較べても、途方もなくアジア人的なので、日本人や中国のひとたちがやるように、立ち上がって来て「まあ、一献」をちゃんとやります。
礼儀正しく受けているあいだに、マジで酔っ払ってしまった。

なんだか、暫時記憶が途切れていて、桁外れにおいしかったはずの食後のデザートのあとは、わしらはおおぜいのまま広いテラスのあるバーにいた。
今日は空気が澄んでいるので、夜のバルセロナの町が遠く海辺まで見えておる。

午前二時。
わしはひょろひょろとたちあがって、演説をぶっこきます。
何語で演説をぶったか、そんなことはたいへん酔っ払っておったのでおぼえておらぬ。
「去年もボロもうけであって、まことに祝着である」という出だしが冷菜企業の持ち主のガハハのおっちゃんらしくて、愛嬌がある、とゆわれている。
ロシア人もウクライナ人ももともとが礼儀正しい国民なので、国民性をむきだしにして皆姿勢を正して、話をやめて、口元を引き締めて、ガハハガメのやくざな演説にひたむきに耳を向けておる。
バー全体が、シン、としてます。

「われわれが住んでいる、この世界はもうすぐぼろぼろになってゆくに違いない。
ひとびとは狭量になり、外国移民を次には自分達の同胞(はらから)である女たちを、経済世界から追い出そうとするだろう」
「でもさ。わしらは、いままでもこの会社がそうであったように、戦いに勝ってゆくに違いない。きみたちも、わしも、狐のように賢いからな。わしを競争において打ちまかせる人間など、この地上にはおらん」
「万が一、どうしてもダメなら、みなでオーストラリアに移住するのさ」
(ここに至って、社員たちから笑いがもれておる)

「共産主義が現実世界で無効であると確認されて以来、」というところで、わしはみなが一段しんけんになったのを感じます。
「この世界は3%の勝者と97%の敗者で構成されるようになった。
人間性というようなものには、なんの価値もなくなった。
よいひと、であるということに何の価値もみいだせない世界が、そこではじまった。
革命もなく、人間が平等であるという妄想も喪なわれて、われわれは自分達がやってきた故郷の荒野にまた戻ってしまった」
しかし、97%の敗者のことをわれわれは忘れるわけにはいかないのさ。
なぜなら、われわれがいつでも勝者であるということそのものが、われわれの文明の敗北を意味している。
われわれは、どうしても、また、いまの弱肉強食のくだらない世界に対抗する、新しい価値の体系を経済世界で見いだしてゆかねばならないのだ、とゆってインチキな演説を締めくくりながら、
あー、長い演説だった、ちかれたび、と思って腕時計を見るとたった3分しか経ってへんやん(^^)

引きこもりにとっては、やはり他人の前で演説をするのはてーへんなことなんだのい、と思っていたら、みなが「ガメに乾杯!」という。
「ガメはバカだが、わしらはあんたが大好きだぞ」
なんじゃ、そりゃ。
「そーだ、そーだ、愚か者のガメに乾杯!」
「わしらは、たとえ、この会社がつぶれても、ここで働いたことを誇りに思うだろう」
わしの会社を勝手につぶさんでくれたまえ。

しかし、冷菜会社の持ち主であることにも、たまには良いことがあるのであって、
モニとわしは夜の「幹部社員総会」を心から楽しみました。

午前四時の丘の頂上で、ひとりひとり、わしらはお互いの肩を抱き合って別れた。
来たときと同じように会社のクルマを断ってタクシーで帰ってきました。

楽しい夜どした。
アパートに着いたら、いきなり気を失うように眠りこけてしまった。
モニが寝る前にデコにキスしてくれた。

これを読んだひとはみな、「いったい、これはなんだ?」と思って顔をしかめるに違いないが、いつもは日本語では書かない備忘録を、今日は、縦書きの感情に敬意を表して、この言語で書き留めておこうと思います。

(注)ほんとうの名前ではないが「フニクラ」のせいでバルセロナに住んでいる人には直ぐに「ああ、あそこか」と判るはずである。

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11 Responses to 零細な夜についてのメモ

  1. じゅん爺 says:

    <この世界は3%の勝者と97%の敗者で構成されるようになった。
    人間性というようなものには、なんの価値もなくなった。>
    なんて言えばいいのか分からんけど、まぁ、そーいうことを爺も感じてるんっすよ。
    こんなブログ読むと、ネットで知り合いが出来てよかったな、と思います。

    • じゅん爺どの、

      >こんなブログ読むと、ネットで知り合いが出来てよかったな、と思います。

      わしはネットでもなんでもじゅん爺からいろいろ教わったり、じゅん爺のやることを眺めて笑ったりする、
      愛妻家ぶりに感心したりしたことをとてもよいことだったと思ってます。

      ずっと友達でいよーぜ。

  2. nenagara says:

    >この世界は3%の勝者と97%の敗者で構成されるようになった。
    その3%の人が「暖かい知性」を持って運営していく形があればそれが良いのではないかと思っています。
    「暖かい知性を持った流線型の独裁って最強やん」と最近の衆愚政治を見ていると特に思う、とか書いたらいろんな人に苦笑されそうですけど。
    まぁ という訳で、「当たり前やん、あほ」と怒られるの覚悟で言わせてもらいますけど、ガメさんサイドが勝ち続けることを祈っております。

  3. じゅん爺 says:

    <われわれがいつでも勝者であるということそのものが、われわれの文明の敗北を意味している。>
    ウン、そう思う。

  4. Sie says:

    >何語で演説をぶったか、そんなことはたいへん酔っ払っておったのでおぼえておらぬ。
     こういう境地に早く到達したいと思います。
     実際は、一度だけ、留学生の宿舎でパーティをしたときに、日本語と英語のちゃんぽんでしゃべったことがあって、その時は大変幸せな思いをしました。
     これからゆく土地は日本語と英語の……というわけにはいかないので、第三外国語を早くマスターしたいです。

     マジメな方の話で行くと、自分もまた「敗者」であるにも関わらず、他の「敗者」をなじるような言い方をする人間は、すべからく信用しないように決意しました。

  5. あめつち says:

    私はガメさんをtumblrで知り、リンクしここに来ました。今日は始めてガメさんを知りました(これ位はガメさんの上着の裾くらいか、内側に隠れてる服のサイズタグ程なのかもだけど・笑)

    <これを読んだひとはみな、「いったい、これはなんだ?」と思って顔をしかめるに違いないが、いつもは日本語では書かない備忘録を、今日は、縦書きの感情に敬意を表して、この言語で書き留めておこうと思います。>

    縦書きの感情は礼儀を損じません。
    ガメさんに「ありがとう」と今日は残して
    スタコラサッサ。

    • あめつちどん、

      >私はガメさんをtumblrで知り、リンクしここに来ました。

      著作権にとどめをさすだろうとゆわれているtumblrはおもろい。わし、よく見に行きますねん。あれはきっと人間の頭のなかに似ているのだな。

  6. Sieどん、

    >こういう境地

    理性が停止するくらい酒を飲めば、みな簡単にこういう境地ですねん。
    わしは両方でたらめな日本語とドイツ語で愉快に談笑しているNZ人と中国人というたいへん興味深い組み合わせの会話を目撃したことがありますが、ふたりとも言っていることが意味をなしてないにも関わらず、ちゃんと会話しておった。

    >なじるような言い方をする人間は、すべからく信用しない

    失礼なやつは問答無用で殴るのが最もよい、とゆわれておる。

  7. Sie says:

    > 理性が停止するくらい酒を飲めば、みな簡単にこういう境地ですねん。
     ああ、そうでした。
     はじめて二日酔いをする前の日、生まれて初めて大量の酒を飲み、はじめて一か月も顔を突き合わせて付き合ったランゲージパートナーと話をしたときはそうでした。今にして思えばでたらめなはずだった英語で、信じがたいほどスムーズに会話できていた記憶があります。
     第三外国語もそうやって覚えようかな。

    >失礼なやつは問答無用で殴るのが最もよい、とゆわれておる。
     「殴るのは一番悪い」という(おかしな)常識がまかり通っている国ですので、まだ二の足を踏んでいます。

  8. Sieどん、

    > 第三外国語もそうやって覚えようかな。
    みっつめからは、いくつか一緒にやったほうが効率がええんちゃうの?

  9. Sie says:

    >いくつか一緒にやったほうが効率がええんちゃうの?
     お、おお。そうですか?
     実は保留にしている言語は山ほどあるので、この期にやってみようかな?
     今やっているのと近いのは、ドイツ語でしょうか。中央・東欧州の留学生友達の母語/得意言語なので、やってマスターする価値はありそうです。
     英語と今やっている言語の間を、なにかしら補完してくれそうな期待もあります。
     ガメさんの劇的な速度での言語習得は、そうやって同時並行によって実現しているんですか? たしかに、英語の語順が身についたら、あとは他のヨーロッパ系言語は単語の置き換えに近いところ、ありますけど。

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