放射能鎖国

フクシマの原発事故で最も同情されない「被害者」はときどき東京にやってきては、築地や銀座の日本料理屋で「やっぱり本場の天ぷらはうまいな」をやっていた海外の金持ち美食家たちであると思われる。
「日本食」はブームというものは、とおのむかしに終わって、「健康食」というようなカテゴリーのものでもなくなって、プレゼンテーションがかっちょいい、しかも微妙な味わいと舌触りにすぐれた調理法として定着した、と思う。

調理法というものは、そのまま文化の形を示しているようなところがあるので、たくさんのひとが日本食を通して「日本人は知的な国民だ」ということを、直截な感覚で理解した。
わしはまだグラシアのアパートで来週フランスに移動するかなあー、どうすっかなあー、もうちょっとカタランソーセージ食べて遊びたい、とくたくたして優柔不断をしているところだが、もともと食べ物に関しては途方もなく保守的なカタロニア人は、インド料理、とかは全然たべません。
ときどき冒険的なのかマーケットリサーチというものがまったく出来ないのか、インド料理屋が忽然と出来ていたりするが、インド人街のまんなかに出来たレストランすら潰れてしまう。
中華料理屋も、ぶっくらこくくらいおいしい高級店が何軒かあるが、昼飯時にはビジネスマンたちがやってきて食事をしても、夜は行きません。
金曜日の夜でも、がらがらである。

ところが日本料理屋だけは、たいていの場合、中国人が経営して調理人も中国のひとであって、チューゴクチューゴクした「鮨」が出てくるが、金曜の夜は延々長蛇の列であって、前にブログでかいたことがある「巻き寿司」を頼んだらスーパーで50円で売っていそうな焼き鳥が一本だけ出てくる(しかもたしか5€)、という、せめて日本語の料理名くらいベンキョーせんかい、というレストランも、相変わらずバルセロナのトップレストランのひとつとして君臨してます。
わし自身が日本料理屋に行かないので、詳しくないせいもあるかもしれないが、どうも日本人が調理している日本料理屋はないと思われるのに日本料理屋だけは、すさまじい数であて、一街区に一軒がキャパシティと思われる中華料理屋、バルセロナ全体で、一軒がキャパシティと思われるタイ料理屋に較べると、途轍もない人気を誇っておる。たとえばディアグノルのfnacがはいっているビル(名前忘れた)の地下フードフロアにあるうどん屋でも、いつ通りかかってもいっぱいです。
他国のエスニック料理がここまで人気を呼ぶのは、はバルセロナの歴史始まって以来とゆわれている。

この事情はニューヨークでもどこでも同じことで、マンガやアニメが廃れつつある一方で、日本料理屋は定着した上で勢いをのばしつつあるよーだ。

それにつられて、たとえば流行として漢字Tシャツにとって代わったカタカナのTシャツであるとか、日本式タトゥー(極彩色倶利伽羅もんもんのことね)も興隆しておる。
イーストビレッジを散歩すると、1960年代に高倉健とならんで全共闘を熱狂させた「緋牡丹お竜」(寺島しのぶかーちゃん)そっくりの背中をしたハクイねーちんが通り過ぎる。
マンハッタンの初夏の太陽に緋牡丹が映えて、かっけええー、と見とれてしまいます。

「知的で好もしい」文化とセットになった日本料理は、とりあえず知的そうならなんでもやってみます、な、お富豪さんたちに当然うけて、「すきやばし次郎」よりは数段うまいと思われる銀座のQには、ロシアから自家用ジェットとチャーターヘリを乗り継いでやってきた若夫婦が、真剣な面持ちで白木の台前に座って、「これはなにか?」「カウンターの向こうから鮨を出す、というすごいアイデアは誰がおもいついたのか?」と職人を質問攻めにしていたりする。

連合王国からはるばる「変わったおいしいもの」を食べにやってきたとーちゃん友達のご領主さまを数寄屋橋の小料理屋につれていくと、飛竜頭をひとくち食べた途端に感極まってしまって、「しまった、こんなうまいものを食べるのではなかった」と訳のわからないことを口走ったりしている。

しかし、そういう遊びも原発事故でみな諦めねばならないことになった。

ふだん放射能と一緒に生活していて、それがだんだん生活の一部になっているらしき日本の人が聞けば笑うだろうが、放射能を迷信的に怖がるガイジンどもは、ふつーにはない放射性物質がそのへんの土壌に含まれている、というだけで、どおおおおおひゃああああ、なので、そんな土地にでかけるなど思いも寄らない。
わしにしてからが、4月だか5月だかにいちど日本に一週間くらい出かけて実況を見聞したい、という希望は秘書のねーちんにあえなく却下されてしまった。
そのときの話では10月まで待てば関西空港経由の航空券を買っておいてやる、4日くらいなら、でかけてもいい、という話だったが、その後の展開が気に入らないとかで、これも「やめました」「絶対、日本に行ってはいけません」という。
結局、日本には当面、百年くらいは行かせてもらえないことになってしまった。

義理叔父は、どーしているだろーか、と思って電話して様子を訊いてみると、かーちゃんシスターが万が一、未来において病気になって、「これはひょっとすると、あのとき日本に一ヶ月戻った祟りなのではないか」と考え出したりしたらたまらん、と気が付いたので、もう日本に戻るのはやめたわ、という。
でも、ほんとうは安全みたいよ、とのほほんとしたことを言ってました。

安全みたい、安全みたい、といいながら、日本に事務所がある合衆国人に至るまで誰も日本に行きたがらないのであって、この合衆国人はいままでは「日本は大事な戦略拠点だから」と言い募って、チョーくだらない用事でも自分で出かけては銀座のわしが紹介してやった料亭で酒池魚林をしていたのに、最近は、若い衆を飛行機に乗せて、「しっかり、がんばってきてね」をしているよーである。
「わたしゃ、カミカゼでんがな」と若い衆がこぼしていました。

ニューヨークの一流料亭は、実は築地からの直送の魚だしてんのよ、と教えてやったら、ダッシュでトイレに駆け込んで吐きにいったアホなマンハッタンおっさんもおった。

トーデンや日本政府や「原子力は素人には判らないのだから、おれにまかせんかい」の「斯界の権威」日本人学者がいうとおり、ガイジンは騒ぎすぎる。
しかし、当たり前だが日本の外に住んで日本を取り巻き、貿易し、投資して日本人たちと一緒に経済を回転させているのは、これらアホガイジンであって、日本人以外は世界中みな「ガイジン」なのです。
で、ね。
ガイジンどもは放射能嫌いなのよ。
ちょっとだけなんだから、いいじゃない、といくら日本の人に言われても、ダメである。
ちょっとでも、嫌です。

そういうバカガイジン反応にうすうす気づいてきたのでしょう。
最近は、同じ記事が日本語と英語とで部分的に違う文章だったりする。
どうも都合が悪いところは書き換えているよーだ。
チベット、とかで検索すると、部分的にまったく違う差し替えられた記事が出てくる「中国版英語ウイキペディア」という話があったが、それとあんまり変わってへんやん。

放射性物質が「人体に安全な範囲」で日本中に蔓延することによって、日本は世界から遮断されつつある。
いや、前から言語やなんかのせいでブラインドがかかって、
よう見られへんかったんやけどね。
もうブラインドがセシウムやストロンチウムの同位体で固まって壁になって、塗り込められて文化石棺化しつつある。
その石棺のなかで行われていることを「日本語の術」という法力を使って透視して眺めていると、
どひゃああああ、うひゃああああ、ぐわああああ、と思う事がいっぱいあるが、そっちのほうは、ここに「余計なお世話じゃ」と怒鳴り込んできた諸先生方の意見を尊重して、ほっぽといていいわ、ということにします。
だから、最近、何もゆってひんやん。
「日本のことは日本人にまかせなさい」とわざわざ、この零細ブログや更に零細なツイッタにおしかけて豪語していったくらいだから、あのひとびとはいまごろはさぞかし祖国防衛に邁進しておるに違いない。
それが話に聞くと暢気な茶飲み話をしているようにしか見えないのは、彼らの公共知性が最新型のステルス性を帯びているのだと思われる。
ほんとうに何もやってなかったら、ただの尊大なウソツキだが、まさか、そんなことはないであろう。
あれだけ、「言論、言論、ゲーンロン」と叫んで、いろいろエラソーをゆったんだからね。
ここで何もしなかったら知性として自爆というものである。

日本が「イタリア化する」とゆって警鐘を鳴らしているオモロイおっさんが日本語版ニューズウィークか何かに書いていたというが、いくら文末で「イタリア化にはいい意味もあります」という2ch風遁辞を付け足してみても、少なくともこのひとにとってはイタリア人たちの長い歴史を通していまでも続いている偉大な努力が少しもピンと来ないもののよーである。
と、義理叔父から聞いたことの受け売りで、自分では読む気もしないが、わしなどは「イタリア化」と聞いただけで、ぶ、ぶわっかやろう、連合王国人なんかここ千年くらい「イタリア化」したくてたまらんでおるのに、おめーなんかにそー気安く「イタリア化してしまう」とかち、ゆわれたくないわい、と思う。

イタリアには迷信的にわしが恐怖する放射性物質が土になく、科学的知識に乏しいために危険に決まってるだろーが、とついつい思ってしまうセシウム同位体やストロンチウム同位体が煮詰まった食べ物が今秋から食材屋にあふれだす、ということがないだけでも、「日本化」よりは「イタリア化」のほうが、ええなああー、と思うのです。
迷信家め、と笑わば笑え。
迷信でもなんでもセシウム同位体いりのお茶なんか飲んで、なごめるかい。

…あっ、いけないわ。ほんとうのことをついゆってしまった。
検閲されてしまうわ、わたし。
べったりマジックを塗られてしまったら、どうしましょう。
ブラジリアンワックスにゆかなければならなくなってしまう。

(画像は、バルセロナのふつーの住宅地のふつーの夕暮れの光景。スペイン人は「座り文化」なのでアングロサクソンどもと違って立ったままでいるのを嫌う。
わし、楽ちんだし、が好きなよーだ。
この椅子は町中に無数にあるが、ぶっくらこくくらい座り心地ええっす。左側上方に見えているのはコンクリートの卓球台で、これも住宅地のあちこちにある。
ペタンクと並んで、暇つぶしとして人気があります)

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4 Responses to 放射能鎖国

  1. とら says:

    あたしなんぞが心配して言うことじゃないんですが。
    初めのころガメさんが「秋には日本に行ってみようか」と書いてるのを見て、
    せっかく外にいるのに来ちゃだめだよう、と思ってました。
    チビチビモニガメのためにも、絶対。

    近所に英米からのALTが続々帰ってきています。
    「お婆ちゃんには行かないでって言われたんですが、来ました!」
    20代前半のお嬢さんだったりするんで、こっちは泣き笑いですよ。

    もう、勇気とか責任なんてどうでもいいや。

    あ、マニュアルその4にはしびれました。

  2. nenagara says:

    クジラの問題も同じことを考えてたけど、変なプライドがあるのでしょうか。
    「助けて」って言えない。
    世界中見回して手を差し伸べてくれている国がたくさんあるのにね。
    いっそパニックになりゃいいと思った。
    そうすりゃなりなりふりかまわずその手にみんなすがるだろうに。

  3. ネナガラどん、

    >「助けて」って言えない。

    フクシマの事を考えるたびにネナガラやナスは、どんな気持でいるだろう、と思いました。小出裕章というひとが「どうして日本人は福島の子供をあそこに置き去りにして平気なのか私には判りません」というなり声を詰まらせていたが、わしも同じ事を考えます。
    わしは遠いとこにいるので福島の子供も東京の子供もたいして変わらないようにも思える。

    >いっそパニックになりゃいいと思った。

    ガスに臭いをつけておくように放射性物質にも色をつけておけばいいのにね。そうすれば、大パニックだっただろう。
    政府のオオウソはばれてしまうだろうが、そのあとに何か起きたら今度はもっと悪質なパニックになるかもしれません。

    そうならんことを願うしかない。

  4. wiredgalileo says:

    やあ久しぶり。(しばらくがめさんのツイッターやブログを見ていなかったんで。で、書いたら長文になってしまったしどこに投稿すればいいのかわからないんだけど、とりあえずここに入れておこう)

    このまえ2ちゃんの原発スレで、「日本人は死を恐れていない!日本人は、昨日と違う生活になるのを恐れている!」という書き込みを読んで、なるほどと思った。
    たんに、近づく死が実感できないだけで、実際に迫ってくれば全然違うとは思うけどね。

    外国から日本を見ると、「もうだめだ」と見えるんだろうけど、日本のなかでも入れ子構造になっているんだよね。西日本の人は東日本を見て「あそことは違う」と見る/東京の人は茨城を見て/茨城の人は福島市を見て/福島市の人は原発周辺の避難地域を見て…というグラデーションがあるんだよね。最後は「津波で突然死んだ人よりは…」という構造。
    それは微妙な差別構造でもあるけど、しかし日本は前にも書いたけどコミュニティ感覚があるから、あそこは不幸だけど、あそこにいたのは自分かもしれない…という感覚はかなり保たれていると思う。…というか、そこが崩れると、露骨な差別や弱肉強食の状況になることがわかっているので、頑張ろう日本、というスローガンで、かろうじてまとまろうとしているのかもしれない。

    放射能から逃げるには、共同体から自立した「個」にならないと無理だ。しかし全員が「個」になると弱肉強食の露骨な社会になる。その「個と共同性の根本的な矛盾」はこれまでの近代日本でも人々が抱えていた問題なんだけど、それが原発事故で一挙に凝縮してつきつけられている感じがあるね。
    たぶんがめさんは、前者はよくわかるだろうけど、後者は感覚としてはわからないのかもしれない。自分をふりかえってみても思うけど、日本人は自然や共同体にとけ込みたいという欲求があるんだと思う(共同体の負の側面はいろいろあっても、基本的な感覚としてそういう欲求が強いのだと思う。)しかし原発事故でそれが不可能になった。既存の共同体に従っていたら死ぬ、という事態を理解した人は、強制的に個の自立をせざるを得ない事態になった。

    けれども「共同性」は、日本の宝なんだよね。欧州の階級制や米国的な露骨な貧富の差のある社会とは違う、全員が同じむらびと的な感覚を持っているところは(天皇も、儀式として農作業をするんだよね。)

    たぶん方向性としては、新しい「個」たちによる新しい共同性を作っていくしかないんだろうと思う。放射能を恐れ、関東圏でもこどもに給食をたべさせまいとお弁当をつくるような熱心な人たちはたぶん人口の5%以下だろう。95%は「昨日と違う生活」を拒否した共同性のなかにあるが、5%くらいは、「昨日と違う生活」を志向する共同性を求めていくだろう。

    がめさんも書いていたけど、日本は今後、表の国際世界からさらに「隠れた」国になっていくのだろうと思う。そして自分としては、(わずかながらも被爆したひとりとして、)傷ついた日本の人たちと一緒に生活し、助け合っていきたいと思う。また大事故があれば逃げるしかなくなるかもしれないが、古い村の人たちが逃げたがらない気持ちはわかるんだよ。

    表の国際世界から離脱するわれわれは、今後は、チェルノブイリやイラクの被害者等に共感するようになっていくのだろう。われわれは、彼らは不幸だがあそこにいたのは自分かもしれない、という共同体的な感覚を、世界に対しても持つようになっていけるだろうか。

コメントをここに書いてね書いてね

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