Somos

インフルエンザの予防注射をするのは、腕をさしだして顔をしかめて痛いのを我慢している、その子供のためではない、という考えがある。
予防注射をまるでやらなければひとりの罹患者から10人にうつる事態であるとして、集団予防注射をすれば、それが二人にしかうつらなくなる。
そうするとインフルエンザの収束が当然はやくなるので、だから、予防注射をする。
この立場にたって考えている人に、「わたしの息子が予防注射の副作用のせいで死んでしまった!」と母親が泣きながら訴えても、論理の上では「そーですか」という反応しかしようがないであろう。
泣きつかれた医者、あるいは官僚は、「あんたの息子は、そりゃ
あんたにとっては特別かもしれないが、ただの『ひとり』にしか過ぎないではないか、大流行で死ぬ人の数に比べれば、誤差の範囲と思う」と考える。
「自分にとって息子が特別なのは判るが、だからといって騒ぎ立てられても、ぼくにはどうしようもない。困ったひとだな」

世界のあちこちで、(もういまは数がたいへん少なくなってしまったが)フクシマの原発事故に関心をもって眺めているひとたちにとって、最も不思議なのは、福島県の校庭で遊んでいる子供達は(遠くから見ている観察者たちにとっては)何年かすれば大量に「病死」することがほぼ自明としか思われないのに、なんだか日本社会全体が、その福島の子供たちの運命には無関心であって、差し迫った子供の生命の問題にくらべれば、もっと遙かに迂遠な問題とゆえなくもない「原発の廃止」や「未来における自然の力を利用した発電」のほうにしか関心がないようにみえることである。
見える範囲で、福島の子供達の問題が緊急であることを訴え、声をつまらせて、「われわれの社会がこれほど冷淡だと考えたことはなかった」と正見を述べていたのは京都大学の小出裕章というひとだけだった。
第一、日本の政府はふたことめには「安全だ、安全だ」と言っているが、前にも述べたとおり日本の外から眺めている放射能についてはまことに迷信的な西洋人たちのほうは、
日本の政府は、なぜ、あんな殆ど素朴とおもわれるほどのウソをつくのだろう、と考え込んでしまう。

そうやって考えていて、ゆいいつ思い浮かぶのが「全体を生かさなければ個も滅びる」という発想のことであって、ああ、このひとたちは「日本」という全体を生かさねばならないと考えて「福島の子供の生命」というようなものの緊急性を認めると、全体が壊れてしまうと考えているのだな、と納得する。
すごい国だな、と考えて、さっきまで眺めていたコンピュータのスクリーンを閉じます。

時間が経つにつれて日本の破滅の仕方が限りなく1945年8月15日に向かう大日本帝国にそっくりになってゆくのは、要するにその背後にあるロジックが同じだからでしょう。あのときの「国体」というのは煎じ詰めれば天皇というひとりのひとの肉体だったが、今度は、それが「オカネ」という万能の神である。
オカネ、ではあまりに剥きだしなので、たしなみのあるおとなは「経済」と呼ぶが、なに、同じものです。商人がいつのまにか、どれもこれも「ビジネスマン」になりすましているのと変わらない。
誘拐が「連れ去り」、売春が「援助交際」に化けたのとも原理的には同じで、臭い現実に向き合うのが嫌なので、ちょっと新語のフタをしてみただけである。

国民が「大本営発表」に一喜一憂し、現実はどうも違うのでないかと思われるようになってからは、発表の隻言隻語の裏読みをし、終いには現実を見るのはやめて「ダイジョーブだ」「ダイジョーブだ」と言い合うようになる。
それを可能にしているのは、およそ人間であれば誰でも弱さとしてもっている危機に際してのそれとはわかりにく逃避、「放射能の正しい恐がり方」というような一見もっともらしいが、いまの科学の低放射能被曝についての知見がゼロに近い現実を考えれば、ただの虚しい修辞にしかすぎない言い方によく顕れているような、恐怖に足が竦んだ反応としての、非現実的なたかのくくりかただと思います。
知性、というのは、たいへん厄介なものであるのが、思い出されるようだ。

昨日一緒に話した友達は、会社から近い「カタルーニャ・ランブラ」の真ん中を貫いている公園のテーブルに飲み干したビシー・カタランを置いてから、
「福島の子供達は、もうダメだろうが、その程度の犠牲で日本の政府は今回の危機を乗り切るだろうか?」と疑問を述べた。
見通しが甘いのではないか。
あまりに急速に崩壊されては、われわれのほうがもたない。

晴れ渡った初夏の空を見上げて、溜息をついたわしを見て、この友達は、ああガメも急速に日本の崩壊がすすんだ場合を考えて頭がいたいのだな、と考えたようでしたが、ほんとうはわしはそういうことを考えていたわけではなかった。
「その程度の犠牲」という言葉が胸にわだかまってしまって、特別に息を吐き出してしまわなければ胸苦しいような奇妙な気がしたからです。

日本のことを心配してくれて、とゆってくれるひとがこのブログに来るが、わしは特に日本を心配しているわけではなくて、強いて言えばこの世界に生きているわれわれ人間すべての「人間性」というものを心配しているのだと思われる。

母親たちは、自分達の子供に関して「全体の部分」であることを端からまったく認めない、素晴らしい能力を有している。
福島の母親が「この程度の犠牲」という言葉を聞かせられれば悪鬼のように怒るだろう。

しかし、殆どすべてのことを言葉に仕立て直さなければならない社会の一員としてのわしらには、どんな方法が残っているだろうか。
いまの世界は、ばかばかしいほどの過剰な人口を抱えて、資源の争奪がはじまり、食料の不足はそれぞれの内陸から北アフリカや中国の沿岸部にまで兆しとなって顕れている。
そういう世界では、個人というものはまず全体の部分に還元されるが、誰でも知っているとおり、西洋人が骨組みをつくった現在の先進国社会は個人が絶対に全体の部分に還元できないことを前提に設計されている。
実は、いまの人間が手持ちの思想では、到底のりきれるはずがない危機を目前にしていることは、相当のんきな愚か者でも知っている。

この20年、同じ「自由経済」と名前がついていても、われわれの経済世界は歴史上例をみない大変革を遂げた。
その実体は、ごく簡単に言えば「恐慌と戦争がなくても機能していける市場の創出」であったと思います。
そのほんの20年前には夢物語でしかなかった新・自由市場を、諸国が協力してITという巨大なパラダイムシフトを起こすことによってつくりだすことに成功した。

しかし、それだけのパラダイムシフトをくぐってもなお社会というものの本質かもしれない、個人が全体の部分でしかない集団としての人間の素顔を、というのはとりもなおさず人間が本来もっている冷酷さを、フクシマは嫌というほど見せつけたのだと感じる。

フクシマ、というようなことは、あんまり考えたくない問題だな、とつぶやいて立ち上がった友人の表情は、案外、鏡のなかの自分の素顔に嫌気がさした人間の顔だったのかもしれません。

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2 Responses to Somos

  1. ぽんぴい says:

    いまや大量殺人兵器が沢山あってだね、たとえば遺伝子組み換え作物とか農薬、除草剤だな。
    こいつらは放射性物質と同じく、人間社会界全体に劣悪な作用を及ぼしている。
    脳が、とくに前頭葉が未発達になるのだ。
    つまりは自制心が働かず、言語の習得が出ず、ということになる。

    「除草剤に負けないので、どうぞ除草剤まいて下さい。もう雑草に悩まされることは無くなります。このコーンは除草剤の中でも育ちます」by monsanto
    ↑これなどは無神経と不感症の極みで、そんな病も君ら投資家のお陰でどんどん加速してしまう。

    バカにアホが連なっていくのだな。

    まさかガメ男は儲かりゃ良いとは思ってねーだろうけど、投資家のおばちゃまや(言っちゃわるいが)オバマやEUの政治家などは大半が守銭奴に見える。

    生命に対する哲学が無い。

    こうして農民は農を知らず、科学者は科学を知らず、芸術家も芸術に関してなにも知らず、ついには宗教という、本来は天空の哲学であるはずの言語世界が、下世話な救世論にスイッチしてしまう。

    という時代なんだよ、今はね。

    日本が被る災害は、今回の地震で終わりではない。
    これからが正念場だ。

    政府が経済や外交の問題に埋没していると、足下から自然界に由って突き動かされることになる。
    これが世界中で起こる。

    そんな中でも楽しく美しい風景は存続しており、我々もそれを眺めながら楽しく過ごしております。

    まあ、なにがどうなろうと、この世界は安泰の中で進行しております。
    天空的な、完全な、根源からのご安心をtakeoutして下され。

    by japan

  2. じゅん爺 says:

    <あのときの「国体」というのは煎じ詰めれば天皇というひとりのひとの肉体だったが、今度は、それが「オカネ」という万能の神である。>

    何度かコメント書こうとこころみたが、これ以上言葉を付け加える気にはなれんかった。
    ニポンには、グリードという罪もなければ、マモンという神もいないのだ。

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