アビニョン

世の中にはインターンという制度があって、マジな就職をする前に職場の試食に行く、という仕組みになっている。試食する若者のほうもちょっと職場をなめてみて、ついでに職場のほうも若者をなめてみて、お互いになめきった態度を醸成する期間を設ける。
お互いになめあう、と聞いて顔をポッと赤らめるような不純青年はあえなく選に洩れる、という一途な若者の天敵なよーな制度である。

わしはもともと就職する気などかけらもなく、そんなヘンタイなことをするくらいなら橋の下で死んだ方がマシじゃけん、と不敵につぶやく学生だったので、インターンなんて先述のごとくヤラシイことをしたことはありません。
その頃はいろんなねーちんといろんなベッドで目がさめたりしておったが、やらしくないの、ほんとだもん。

将来破滅したら作男をすることになる土地を見に行く、というのはインターンとゆえないこともないのお、と呟きながら、わしはアビニョンの美しい村を「空飛ぶじゅーたん」という異名をとるシトロエンのぷにょおーんぷにゃあーんサスペンションで、(悪意に満ちているので有名な)フランスの田舎道をぶっとばしておる。

このフランスの田舎道、というのはだね、たいへんにスリルのある道であって、両側にはぶっとい木の並木が車道に迫って並んでいる。(すなわち逃げ場がない)
道路は狭い道ではクルマがすれちがうのにギリギリであって、そーゆー道ではセンターラインが引けないので存在しない。
そこを100キロを越える速度で、ぶおっ、とすれ違います。
合成速度でゆーと200キロだぜ。
ときどき左側のサイドミラーがふっとんだままのクルマがあるが、それは耳成芳一の耳のように平家の落ち武者にちぎられたのではないのではないかという疑いをもたれている。

ところがモニさんは、そこを悠然と120キロで、ぴゅうううーと走ります。
母国、というのは出身者に自信を与えるものだと見える。
いつもは、ぎゅんぎゅんぎゅーんととばすモニがフランスだと悠然ととばしている感じです。のおーんびり、爆走する。
運転を交代して助手席(助手席って、なんべん使ってもオモロイ日本語だすな)に座っていると、ときどき、とりわけコーナーなどで、もう死ぬ、もう絶対死ぬ、ぎゃああああああああ、と思うのは同じですが、フランス国におけるモニの運転であると何となく安楽に死ねそうな気がしなくもない。

で、モニのかーちゃんが所有しているXXを見たり、そこで泊まったり、おいしそうなレストランを夜とおりかかると、うさぎや牛肉の料理をそこで食べて、眠くなると、「泊まる部屋はありますか?」と訊いて、そこで泊まったりして、あるいは友達のクソでかい休暇用の家の、とんでもない広い部屋に泊まったりして、ずっと遊んでいる。

今日は、アビニョンの郊外の小さな町でクラシックカーレースがあったので、フランス人の友人たちと一緒にピクニックを兼ねて観に行った。
コーナーを抜けたあとのストレートの始まりにある空き地のピクニックテーブルに格子縞模様のテーブルクロスを広げてハムやチーズにバゲットとシャンパンで食事をしながら怒濤のように走り抜けてゆく初代ポルシェやブガッティを見物します。レースなので運転者も助手席のひともカーレース用のごっついヘルメットを被っているが、そこはほれ、なにしろクラシックカーなので、爆音の割にホンダの50CCスクーターよりも遅かったり、手をふっているわしらに窓をあけて手を振って返したり、初夏のアビニョンの、とんでもなく青い空と輝き渉るような緑のなかで、なかなかスピードの神様と寛いでのんびりしているようなやさしい感じのする午後でした。

それから、プールサイドでなかなか暗くならない南仏の太陽の下で、テーブルに運ばれてくる、冷たいメロンのスープ、イカや鴨、ラム、ほんとうはオーストラリアかニュージーランドでなければ食べないと固くふたりでちかったはずなのに、フランスに入った途端、ふたりとも我慢できなくなって、お互いの意思のなさを笑いものにしながらブルーチーズのソースをかけてむさぼり食べてしまうビーフステーキ、それにワインワインワインで、酔っ払ったり、冷たい水が気持がいいなどというものではないほど気持ちがすきっとするプールに飛び込んで泳いだり、またテーブルにもどって、ぶわっかたれな話をしながらワインを飲んだり、また泳いだり、延々と夕食は続いて、やっとさっき部屋に戻ってきたところ。

フランスのど田舎は相変わらず食べ物がおいしくて人間が途方もなく親切で、大陸欧州一の礼儀正しさも変わらなくて、とりわけモニと一緒であると、わしのようなクソ外国人とはまるで違う勘があるようで、自分ひとりでフランスをうろうろしていたときとは、行く先々のレストランのレベルからしてまるで違う国のようである。
モニは普段自分の祖国であるフランスの悪口ばかりゆっているが、ほんとうは自分の国が好きなよーだ、と改めて考えました。
ふだんでも細やかなやさしい気持でいっぱいで、悲しいものを見せると絹が裂けてしまうように壊れてしまいそうな感じのするひとだが、フランスでは一層それがたおやかで、柔らかい感じになる。
モニの口からフランスを誉める言葉を聞いたことがないのに、愛国心などというものは、愛郷心に他ならなくて、なんのことはない、ふたりで一緒にクルマで旅をしてみれば、自然と横から見ていて判るものだと納得しました。

くだらないことを思いつくという点では抜群の実績をほこるわしが考えた、この旅は、もともと原子力発電所を巡るヘンテコな旅にするはずであって、モニも少しもいやとはゆわなかったが、フクシマの恐ろしい成り行きを見て、わしが大陸を縦断する旅行に変更したのでした。
パリにずっといる、という考えもあったが、これにはモニは初めから反対で、パリはどうせそのうち暫く住むことになるのだから、旅行の終わりにちょっと寄って母親に挨拶するだけにしよう、ということであった。
だからアビニョンに行こう。
アビニョンの田舎で、長野でふたりでよくやったようにピクニックをして遊ぼう。

もちろん高速道路は全然使いません。
オカネを払ってわざわざ退屈な道を通るひとはいない。
フランスの気が遠くなるほど美しい田舎道を、安物クルマとはいえど、まことにフランス用に出来たシトロンの滑るようなハイドロサスペンションで、どこまでも続くひまわりの畑や、オリーブの斜面、そして何よりもビンヤードが広がる道を、ふたりで歌を歌いながら走り抜けて遊ぶ。

ときどきワインの醸造所に寄って、テイスティングをしたり、ワインについて教わったり、ワイン作りのおっちゃんやおばちゃんたちと話し込んだり、ビンヤードや醸造所のなかを案内してもらったりして、のんびりする。
今日の朝は土曜日なのでUzesの食べ物市にクルマを走らせて、山ほどチーズとハムを買い込んで、ついでにニュージーランドの家に欠けている美しい柄のプレースマットをいっぱい買い込んだ。

それはまた別の記事で、イタリアに住んでいる「すべりひゆ」どんに手紙を書くようにして記事に書こうと思うが、水が濁っても「ジプシーのせい」、ものがなくなっても「ジプシーのせい」で、モニが憤慨しておばちゃんと言い争いをしたりしたが、それだけが暗い雲の陰りで、他はモニが黙ったまま見せて歩いてくれたとおり、フランス嫌いのわしも、どう考えてもフランスを好きでしかいられないようなことばかりであった。
フランス人は親切で礼儀正しくてはにかみ屋でしかも会話に機知というものがある。
必ず人を笑わせようとする。
友達夫婦とクラシックカーレースを観に行っても、母親がカーキチなのでカメラを構えて道路をにらんでいて、旦那さんは全然興味がないので、草っぱらに仰向けに寝転がってごろごろしている。
母親が17歳のときに生まれていまは12歳になった娘は、今朝競技会に出た乗馬靴のまま母親の横で一生懸命興味深げな風を装って通り過ぎるクルマのあれこれを質問していて、その家族のありようが、夫が無理矢理でも興味があるふりをするに違いない連合王国ともまた違って、自然にのんびりしてラックスした気持が伝わって、大陸の夫婦もいいなあ、モニにもちゃんと、こういう風な気持も味わってもらわねーと、と考えたりした。

なんだかフランスが好きになってしまった。
わしはフランスを用事があって訪ねても、こういう誰にも読まれないためにわざわざ日本語でつけている日記にも書かなければ、他人にも言わなかった。
第一、パリに出かけるのが殆どであって、さっと行ってさっと帰る、というふうでした。
でもモニが世界でいちばんだいだいだい好きなのに、フランスは嫌いである、というのはやはり宇宙の法則に反していたもののよーである。

フランス人の偉大さはイタリア人の偉大さと似たところがある。
自分達が住んでいる自分の国の自然が自分たちにとってはいちばん大事なのだとよく知っていることがそれで、フランス人たちは常に突出した華やかな技術を好む文化と自然を愛する気持ちとが止揚するようにして自分達の精神をつくってきた。
技術に明るいひとなら、フランス人というものがいかに独創的な技術的発想をもっているかよく知っているはずです。
科学技術に明るくない人間が決してフランスの現代芸術を理解できないのは、いわばフランス人たちの科学に対する「誤解」のありかたがつかめないからだが、ちょうど機械と肉体が融けあって不可分になった「愛情を送り込む機械」のようにフランス人たちの精神はこの退屈な世界を刺激しつづけてきた。
あのフランス人の自転車への偏愛は、決してアメリカ人のように「健康のため」というようなマヌケなものではない。自分の肉体を走るということに特化させる、というプジョーの強烈な思想が、いまの自転車をうみだした。
その不思議な思想の直截の後継者が上り坂を自転車であがるのを特に好むいまのフランス人自転車乗りたちなのだと思います。
フランスという反射パラボラの焦点はパリだが、言うまでもなくパラボラそのものは、この広大な田舎であって、フェニックスを頓着なく捨てたフランスの技術思想は、やがて原子力をすべていきなりぶち捨てて世界を唖然とさせる日が来そうに思いました。
商業ベースですらアレバの非核エネルギーへの大きな投資が、ポーズだけと思うには余りに真剣で巨額なのも、そういう思想的な裏付けがあるからでしょう。
実際、アレバのタービン技術や太陽熱発電の技術はゆいいつのライバルであるGEを質的に凌駕しつつあるように見える。

…..なんちて。
生まれて初めて、訪問十数回目にして初めて、フランスを賞めてしまった。
フランス語人の友達でこのブログを読めるひといないから、好きなことを書いてもうた。
ああ、恥ずかし。

フランス、好きなんじゃん。
ははは。
良かったよーな、フランスなんて嫌いだもん、といういままでのツッパリはなんだったのかわからねーよーな、複雑な味のするアビニョンの初夏の風だったのであります。
モニに、わし、フランス好きだったりして、とゆったら、なんというかしら。

(きっと、モニに初めて「好きかもしんねっす」とゆったときと同じに、聞こえなかったふりをするに違いない)

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2 Responses to アビニョン

  1. thismeansalot says:

    ガメさんの一言一言が私にとってとても貴重です。いつも幸せな気分を味あわせてくれてありがとうございます。願わくば出来るだけ長く日本語の世界から遠ざからないで。

  2. みりん says:

    唯一行ったことのあるヨーロッパがフランスです(^^;)

    いい所だと思っていたんですけど、何かその空気を久しぶりにわけてもらったみたいでうれしいです。ありがとうございます。

    八百屋でトマトを買い、パン屋でパンを買う。スーパーに行ってヨーグルトを買い、喫茶店に行ってコーヒーを飲む。時々、定食屋?的であろう日本とはだいぶ趣きを異にしたちいさな料理屋に行き、のんびり食事をする。そんな日常を日本以外でしてみると、フランスっていいなぁと、五臓六腑が言ってました。

    なぜか、ホームセンターみたいな所も行きました。水道の蛇口がものすごく充実した品揃えで、なかなか離れられませんでした。こういう店すごく大事。工具の品揃えもいい感じでしたよ。

    きっとフランスでは普通なんでしょうけど、パンがあまりにもおいしく、定食屋でバクバク食べていると、おっちゃんがどんどんパンを持ってきてくれました。全部サービス(^^;)

    地下鉄に乗っていると、George Vという駅が見え、思わず「ジョージ・ブイ?」と失言。ジョルジュサンクという場所は聞いたことがあったのですかさず訂正するも残念の秋。10年前のほろ苦い思い出であり、温かいおっちゃんの住んでいる国です。

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