北イタリア某村


用事の相手のモナコ友達が自分の方からカンヌまで出向いてくれたので、一緒に朝食を摂りながら用事をすませることが出来た。
午前9時という空前の早起きが辛かった(後述のごとく勝手に起きちったときは限りに非ず)が、客人がわざわざやってきてくれるというのだからやむをえない。
モナコ人は親切で、これからはパチモン王国、とかゆってはいけないよね、と反省しました。

用事がすんでしまえばカンヌやニースのような下品な町にいる理由がないので、モニとふたりでクルマにとびのって北へ向かいます。
初めはジュニーバに行こうと思ったが、途中で気が変わったので北イタリアを目指すことにした。
サンレモ、ジェノアにトリノを通って行けばミラノはすぐである。
昨日で海岸沿いの道は懲りた(もう夏の大渋滞が始まっていた)ので、わしには珍しくモーターウェイを通って来ました。
ミラノの南に広がる美しい農場地帯を通って、スイス国境に近い、わしの大好きな北イタリアまではすぐである。

あたりまえだが国境を越えるとサインがいっぺんにイタリア語になります。
サービスエリアに、「チャオ」とゆってはいってゆく。
サンドイッチはパンはまだフランス風のバゲットばかりだが挟まっているのはハムとエメンタールの代わりにプロシュートとモッツアレーラになる。
ニュージーランドとかも北島は英語で南島はスペイン語、とかにしたほうが絶対おもろいのに、と考えました。
全部英語なんて退屈でくだらん。

夏の欧州の湖はどこも、さっきまで晴れていたかと思うと突然、凶暴な夕立が襲ってくる。
青空がかき曇ると、そよとも吹いていなかった風がドアを叩き付ける突風になって、辺り一面に水煙があがる沛然たる驟雨になります。
北イタリアも同じで、モニとふたりでテラスで湖を眺めながらワインを飲んでいたら、急にすさまじい夕立が襲ってきた。
モニとわしは慌てて室内に入ってさっき開け放ったばかりの窓を家中走り回って閉めてまわったが、慌てたわしが置き去りにしたバルセロナで買ったゴム草履さんは可愛そうにずぶ濡れになってしまった。

どひゃっと雨が降ったあとは、しかし、ひどかった湿気がなくなって気持のよい風が吹いてくる。
ここから細い田舎道を歩いて降りてゆくと、今日の午後ここにつくなり早速でかけたものすごくおいしいピザ屋さんがあって、世界でいちばんおいしいカルツォーネをつくるばーちゃんがピザ窯につききりでつくってくれるそのカルツォーネは、おおげさでなくて、こんなにおいしいカルツォーネが食べられるのなら死んでもいいかしんない、と思うほどおいしいが、明日はまた日が照りつける白い径を歩いていって、あのミツバチがぶんぶん飛び回る裏庭のテーブルで、陶器のカラフェに入った小さなグラスに淹れたワインを飲み、ばーちゃんと世間話をしながらカルツォーネをお代わりする極楽な夏の午後が過ごせるのに違いない。
わしらが大声で笑っていると、じーちゃんも(ランニング姿で)出てきて、「あー、おれもニュージーランドへいきてえ。どっか新しい新品の仕立て上がりの国へ行くのは、おれの夢なんだぜ」という。
もちろんモニとわしは、ニュージーランドに来れば案内してしんぜるぞ、という。
すると、ばーちゃんもじーちゃんも目を光らせて聞いておる。
犬と猫がいるから、一ヶ月が限度だけどなあー、という。
あいつらさえいなけりゃ、一年くらい出かけるのに。

わしはイタリアのひとやスペインのひとが、どうしてこんなに好きなのだろう、と時々自分で訝しく思うことがある。
二重三重に意味が重層化された、めんどくさい社会をめんどくさいと考えることもなく過ごしているつもりでいても、ルールが違う文化がやっぱしええなあ、と思うのだろうか。
連合王国とフランスでは具体的なルールそのものは異なるが「こういうときはこういうふうにするものだ」という規範が、猛烈に細かいことに至まで厳然と存在する。
その規範の生活はおろか感情に至まで深く食い入っている、その有り様は両方ともとてもよく似ている。
というよりも同じものである。

フランス人の女の子で時にニッポンアニメの登場人物のような格好をして人前に出てきたりするのは、多分、その取り決めにうんざりしてしまっているからであると思われる。
連合王国人が、やけくそみたいな格好でギターをぎゅいいいーんと鳴らすのも、そういう風味がまったくないとはゆわれない。

連合王国やフランスのごとき社会はそういう具合に考え出してしまえば細則めいた決まりごとが網目のように張り巡らされて退屈で硬直したクソ社会とも言えるからである。
イタリアと言えば陽性の、というイメージがあるのかも知れないが、この点ではイタリアもたいして変わらない。
スペインも同じだと思う。

それでも何事かが決定的に違うと思うのは、連合王国やフランスの細則は社会のためという色彩が大きいのに対してイタリアやスペインの細則には「社会」の影が淡くして投影していなくて、個人としての人間と人間がわがままなことを「このくらいならダイジョーブかな?」と考えながら、プッシュプッシュプッシュで押していって、ああ、もうこのくらいでダメね、と納得しあって出来ているところがあるからです。

フランスでも、ちょっとそういうところはある。
モニとわしが一晩だけ泊まったホテルは、クソ高い代わりに「駐車場完備」であるはずなのに、モニとわしが夜中に着いてみると駐車場がいっぱいである。
バレパーキングは田舎のホテルだからねーし。
「駐めるところがないではないか」というと、レストランの客が帰ったら、空くと思うのでそれまで適当にその辺に駐めておいてくれ、という。
これはこういうド田舎のホテルではユーメイなバカ言い訳であって、わしのような若輩衆でも、そんなチョロイ手には乗りません。
どの客が食事だけの客か教えてくれないとダメですよ、そんなの、というと、でもこのホテルでは、いっぱいのときはストリートパーキングでお願いします、という。
わしが、絶対やだ、その辺の、夜中に田舎道を走り回って落書きをしてまわるクソガキがタイヤに穴あけていくかもしんないじゃん、というと、
「それはこの地方の問題ではなくて世界的な問題だから当ホテルでは責任をもちかねる」とマヌケなことをいう。
じゃ、こうしよう、わしは駐車場の他のひとのクルマの前に駐めてゆくから、なんかあったら呼んでくれたまえ、というと、
「それなら鍵をフロントに預けていってください。ちゃんと金庫にしまっておくから」といいます。
ま、それならいいか、というので、わしはクルマの鍵を預けて部屋に行った。

次の朝、モニもわしも早く目がさめてもうたので、朝早くチェックアウトすることにして駐車場に鞄をもって行ってみると、ドライブウエイをふさぐ格好でモニとわしのクルマにメルセデスとレンジローバーとBMWが雁首を揃えて3台も連なって駐車しておる(^^)

フロントのにーちゃんに、「フロント君、フロント君、あのクルマどもをどけてくんねーと、わし出られないし」というと、フロント青年は必死に客を起こします。
誰も「鍵を預ける」というのに、うん、とゆわなかったよーだ。
わしは、くっそおおおー、わしは修行が足りん、と考えて反省しました。
鍵を預けるのも「ホテルの規則だから」とゆわれても「やだもん」とゆえばよかった。

ところで午前6時前にたたき起こされたオカネモチ風の3人のおっさんは、嫌な顔ひとつせず、寝覚めのしわしわがぶったるんだ顔で「おはよう」とゆってやってきて、あまつさえ3人が3人とも微笑すら浮かべながら3台の最後尾から動かして、通りに出してゆく。
連合王国人なら、自分で「起きて動かす」と約束していても、おっそろしく不機嫌な顔をしているか、下手をすると嫌味のひとつも言うところだが、フランスのひとは、こういうときに嫌味を言わない。

少なくともわしはパーティでも何でも、自分が不利な立場におちいった時に失礼なことをするフランス人、というものを見たことがない。
「フランス人には失礼な人間などいない」と言いたいわけではもちろんなくて、前にもブログに書いたようにフランス人も品(しな)がくだれば失礼なやつは失礼だが、なんとか文明の性格、というような公約数を見いだそうとすると、フランス人はどこかに鋼のような礼節を保っていると感ぜられる。

ロマンス語諸国の特徴で、何をするにもたくさんたくさんたくさんたくさん話をしなければならないが、たくさんの大盛りで話し合いながらやってゆくことにおいては、意外なくらい協調的であると思う。
自分が交渉時の期待に外れてやなことをしなければならなくなったときの態度がオトナであって成熟している。
個人と個人の付き合いだけでこの世界は出来ているのさ、と諦めているところがある。

オープンロードで、のおーんびり走っていたおっちゃんのクルマが道が広めになったところにさしかかったところで黒いプジョーに乗った若い女の子が右側から追い越して行った。
田舎道でしかも右からなんて無茶苦茶危な追い越しであって、後ろで見ていたわしはぶっくらこいてしまったが、次の瞬間助手席にいたモニが小さな悲鳴をあげます。
右折しようとしたおっちゃんのクルマがスワーブしたので、ふたつのクルマが激突するところだった。黒いプジョーが、全力でダッシュして文字通り間一髪、やっとぶつからないですんだ。
ところが、そのちょっと先のラウンドアバウトで、そのふたりがクルマを駐めて言い合いをしているのです。

こ、これはオモロイ、とわしは考えた。
英語世界なら、せいぜい窓をあけて「ぶわっかたれめが」とゆって指を立てて終わりである。
わざわざクルマを止めて議論しねーよ。
しても、しょーがないからな。
ところがフランス人は、わざわざクルマを駐めて(しかもラウンドアバウトというバカタレな場所にクルマを駐めて)口論する。
すごい。
大陸は文明的である。
あんなくだらねえーことでまでお互いに納得しようとしてるんだぜ。
その言葉への依存とゆーか信頼とゆーか、すご杉である。

ハンドルを握りしめて、ひっひっひ、と笑うわしを訝って訊くモニに、事態を説明すると、ガメはヘンなことに感心するんだな、とゆわれてもうた。

ヘンちゃいまんがな。
あれは大陸人の本質を示しておる。
あの饒舌とやみがたい言葉への執着、というか喋ること自体への桁外れの執着が大陸なのであると思われる。

大陸人なのに全然おしゃべりでないモニは、そんなもんかなあーと不審な顔をしているが、そーゆーもんです。
きみが例外なだけである。
ウソじゃないもん。

わしのニュージーランドやオーストラリアへの偏愛も根は同じで、ただ要するに欧州で息をするのが退屈になっただけなのかもしれません。
むかしむかし、わしが先祖どもは青年期に達すると判で押したようにイタリアに旅行したもののよーである。
ご先祖のなかにはイタリア語で日記を残して「あのひとはローマで売春宿に行ったそーだ」といまに至るまで死んでから二百年余を経てもバカにされまくっておるマヌケなやつもおる。
あまりに恥曝しなので、この日記はわしが家においては門外不出だが、こっそり読んでみると、なんとなく「わしはまさかこいつの生まれ変わりではあるまいな」と思うことがあります。
わしは、クリケットの試合でぶちくたびれて、マッサージをしてもらうところだと信じ込んで「マッサージパーラー」に出かけて、まず初めに受け付けのねーちゃんに笑い狂われ、次に、こっそり「内緒だぞ」とゆって打ち明けた妹に爆笑され、最後には夕飯の席で妹がばらしやがったので、かーちゃんととーちゃんにも笑い死にされそうになる、という事件が一回あっただけで、売春宿にでかけたことはない。
いわゆる高級売春婦の友人はいるが、友人なだけで、ときどきカシノのサロンなどであったときに「ガメ、ただでのっかっていくか?」とおっそろしいことをゆわれて顔をポッと赤らめることはあっても決してビジネスベースでおつきあいをしたこともありません。
でも、このご先祖はわしに似ている、と認めないこともない。

ひまつぶしに、手書きの文字が読みにくくて死にそうなこの人の日記を読んでいると、
「世界中の人間はまったく異なっているがまったく同じである。
われわれは盲目的にそれぞれが自分を特別だと信じ込んでいるだけであって、その「特別さ」が実はお互いへのいたわりによってしか概念として生じない、ということを知らないだけである」なんちて、昨日たべた料理がいかにうまかったかについての長い冗漫な文章のあとに突然かいてある。
「自分と違うものが異なるという正にそのことによって自分を楽しませるのに、しかも彼と自分とが同じものである」と現実を通して(というのは真の判り方で)判ったひとの素朴な喜びが爆発したような箇所もあって、いっそ浜松中納言物語を信じてみようか、と思ったりもします。

たとえば日本人がわしと同じものなら、こうやって神が存在しない日本語という言語でわし自身を筆記することによって見えてくるものがあるはずである。

カシノのテーブルやピザや白い田舎道がごちゃまぜになったイタリアの小さな村への物思いのなかで、わしは、自分だけに通用する小さな決心のことを考えてみるのです。

(画像はカンヌ名物「国旗ボンボン」。各国いろいろある。日の丸のもあります)

This entry was posted in Uncategorized. Bookmark the permalink.

2 Responses to 北イタリア某村

  1. thismeansalot says:

    日本語話者として、ガメさんの言われる言葉への絶対的な信頼、執着は(大陸に限らず)西洋語を話す国では常に感じます。フランスの場合はまた一つ頭がとびぬけていますが。

    日本にいたころは、言葉とは何か(主に自分の気持ち)を偽るためだけに存在するものだと感じさせられる場面が多く、次第に口を開くのが億劫になりました。日本語で話す人には警戒感・不信感しか持てないような気すらしています。

    自国語が嘘をつくためにしか存在できない国の民はこれからどこへ向かえばよいのだろう。

    ただ、西洋の人たちの言葉への信頼をうらやましく思いつつも、何でも言葉で説明できるとか、しなければいけないと思ったら間違いよと言いたくなることもあります。禅的なものを前にしても言葉をゴリゴリ積み上げようとする彼らの姿勢がうざったいというか少し滑稽な気がする時など。

  2. >ガメさんの言われる言葉への絶対的な信頼

    ちょっと違う。「言葉を信頼するしかないんだ」という諦めです。日本のひとは以心伝心の文化をもっていると言い張るが、あの程度が「以心伝心」ならば欧州人は百倍ももっている。
    それでも「言葉しか信頼できないのだ」という諦めがあるので欧州文明が出来た。

    >日本にいたころは

    thismeansalotさんも日本でない国にいるのか。

    >西洋の人たちの言葉への信頼をうらやましく思いつつも、何でも言葉で説明できるとか、しなければいけないと思ったら間違いよと言いたくなることもあります。

    西欧語人は誰もそう思ってないと思うよ。
    でもそれを信じているというルールをはっきり示さなければ、物事は曖昧になり、次には嘘になるに決まっているから
    われわれはアジア人のように、嘘を平然と許容する世界にはいってゆくわけにはいかないのだと思います。
    どんなに滑稽でも、誠実であろうとすれば言葉にすがるしかない。

    「言わなくてもわかる」なんて嘘だからです。

コメントをここに書いてね書いてね

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s