コモ、こもごも


おコモさん暮らし三日目。
むかし、かーちゃんとーちゃんと一緒に来たときは、こんなクソ退屈なところに連れてきやがって、ば、ばかやろー、マクドがねーじゃねーかマクドが、第一なんでガキ妹のイタリア語がわしより遙かにうまいんじゃ、ばかたれめが、と思ったものであったが、自分が成熟して穏和で立派な非の打ち所のないよき夫であるオトナになってみると、コモ湖はよいところである。
見直しました。
このあいだ来たのは、えーと、と思ってこのブログをひっくり返してみると、モニとわしの結婚式の直前である。
自分にしかわからねーように書いてあるんだけどね。

今日は湖をわたる風が涼しくて、空気もさらさらしておって、たいへんよろしい。
このくらいなら途中で挫折しないで夕方までやっているマーケットにまで歩いてたどり着けるのではあるまいか。
涼しいとゆっても日差しは強烈なので、ニューヨークで買ったコロンビア人の作った麦わら帽子をかぶってゆこう。

コモで今頃うろうろしているひとびとはどういうひとびとであるかというと、たとえば、知り合いの、もう少し正確にいうとかーちゃんととーちゃんの知り合いのホテルに朝食を食べにいくと、隣のテーブルはフランス人のカップルです。
そのまた隣はアメリカ人の若夫婦。
チビ子供がむずかって、すまんすまんとゆっているおっちゃんと育児疲れでコモに来た、と顔に書いてある若いおかーさんと、なんとも表現できないほど透明な美しい色の強い青い色の眼をした12歳くらいの娘の一家はスイス人、
筋肉マンでサングラスをデコにずりあげる仕草が口を開くまえからもう、「おれはオーストラリア人だぜ」とゆっているにーちゃんと、キャノンの一眼レフで湖の写真を撮りまくっているねーちゃんのふたり連れはオーストラリア人である。
テラスで食事をしているひとがみな違う国のひとであって見事なくらいです。
ひと組だけいるイタリア人夫婦のほうが、気の毒に、なんだか小さくなっておる(注)

もともとは欧州人ばかりの避暑地だったが、
ジョージ・クルーニーが別荘をもつようになってから、ハリウッド・スターたちが続々夏の家をもつようになって、それにつられてアメリカ人が増えた。
イタリアはレンタカーがクソ高いので、小さなクルマしか借りられない上に、マニュアル車しかねーので、アメリカ人は坂の多い町で、くろーしておる。
「や、では、またこのヘンのどこかで会いましょう」とゆってさっそうとクルマに乗り込み、エンジンをかけて駐車場の坂をのぼって出て行く途中で「グギャッ、ギッ」とかギアが歯ぎしりするような音を立てて止まってエンジンをかけ直したりする。
「か、かっこわるい」と思って照れ隠しにモニとわしに手をふった途端に今度はクルマが後退を始めてパニクってておる(^^)

これは、どの国のひとかなあー、と思うのは、こういう土地での楽しみのひとつでもあって、いま述べたレンタカーで恐慌状態に陥っていたひとは、もう初めの30秒でテネシー辺りのひとだ、と判った。
話してみると、案の定、ナッシュビルの夫婦だった。
英語人は情けないもので、連合王国人は「あっ、このカップルは女の子は上流階級だが男の子はそうでないのだな」とかくだらないことまで一瞬で気づかされる。
余計なことを考えてしまう。

アジアのひとはひと組だけインド人の家族を見かけたのと、日本人の団体客をみかけただけだったが、しかし、どう記憶をたぐってみてもガキわしの頃はアジアのひとはまったく見る可能性も感じられないところだったので、それだけ国際的になった、ということだろうか。

イタリア人とスペイン人は水辺の開発がたいへん上手である。
フランス人とは雲泥の差がある。
湖尻のコモという町自体は、たしかジュリアス・シーザーが一帯の防衛のために湖畔に散在する集落を統合して城塞都市をつくったのが起源だったはずで、コモに行けばちゃんと広場にドゥオモもあります。
モニとわしは、わしがベルトを力をいれて締めたらバックルがちぎれてもうた、というアホな用事で、というのは、たしかベラージオにベルトを売ってるところがあったはずである、という用事でベラージオにはやむなく出かけたが、普段は店がたくさんあるようなところにはいきません。
湖畔いったいに網の目のように広がる、ところどころにカッチョイイ公共水道がある、両側の高い建物の壁にはさまれた細い狭い道をとおって、あちこちに歩いてでかける。
少し遠くまでいくときはボートで行きます。
クルマは、ゲートからはいったところに置き去りになっている。

「ミカド」という名前で売っているポッキーをクルマのシートに置き忘れていたのを酔っ払った弾みに思い出して、甘い物がつきたのであれを食べよう、と考えてクルマからもってきたら、置きっぱなしの車内にこもった熱でミカドさまは儚くなっておられた。
帝王(ミカド)の宿命、というものをしみじみ考えました。

コモのよいところは、小さな村の食堂に至るまで、何もかもがどこか上品なことであって、イタリアの家ならどこでもある野菜畑も、
とここまで書いて思いだしたがすべりひゆどんに、あのトマトを育てる、なんちゅうの?
棒か?苗をからませるために立ててあるもののてっぺんに緑色の瓶を逆さにさしてあるのはなぜだ?
モニは、ああすると雨が棒の根元に集中して倒れてしまうのがふせげるのであろう、とゆいう。
わしの推測は、太陽が瓶にあたると、緑色の光は意外に遠くまで反射して、コモ湖の上空に現れるので有名なUFOの外銀河聖人たちが、どこにトマトがあるか判りやすいのだろう、というものですが、正しいのはどっちか教えて下さい。

すべりひゆ以外のみなさん、失礼しました。本文に戻ると、

イタリアの家ならどこでもある野菜畑も、なんとなくタイディであって、なっているカボチャまで上品です、というのは冗談だが、
レストランでも、ぼったくり、みたいな下品なのは普通の村をうろうろする限りは存在しない。
軽井沢には「村民食堂」という名前だけ素朴でチョーぼったくりの、とんでもねー食堂があるが、そういうのは、ベラージオやコモの船着き場の近くに蝟集して、しかも識別しやすいことにはどれもこれも英語メニューを写真付きで麗々しく掲げてあるので、なんのことはない、料理の写真がある店と英語のメニューがある店、あるいはその両方がある店を避ければよいだけのことで、これは欧州の町の常識でもあります。

午後7時半からあく、由緒正しいレストランに午後6時にとおりかかって、喉が渇いたなあーと考えれば、ドアを開けて、テーブルに座ってワイン飲んじゃダメ?と訊けば、ほとんど即座に「いいですよ」とゆってテラスに通してくれる。
でっかい炭酸水のボトルと一リットルの水差しにはいったワインとを並べて、あー気持ちいーのお、サイコーだのー、と思っていると、つまむものをちゃんともってきてくれます。

野尻湖のごとく、パチモン白鳥のバケモノが湖の最も美しかるべきところにマヌケな姿で浮かんでいたり、箱根のごとく、箱根の山はかっこええなあーと思って眺めていると、いきなりパチンコ屋じみた海賊船(なんで?)が視界の正面に現れたりしません。

フランスの海辺の町は、少し奥にはいった海がみえないところにある別荘街にわけいって、隠してあるような路地に行かないと、おいしい店がないが、イタリア人やカタロニア人、あるいはガリシア人の土地には、ちゃんとフーコーメイビーな、気が遠くなるように美しい風景が足下から向こう側まで、どわっと広がっているところに無茶苦茶おいしいエビさんとアスパラガスがはいったtaglioliniやmissoltinoいりのlinguine、ちゅうような極楽の食堂厨房で調理したようなパスタを出す料理屋がちゃんとある。
こういうことは意外やアメリカ人もちゃんとしているが、たとえば出す食べ物の質においては、まだ数段おちるよーだ。

のおーんびりボートを漕いでいってひとけのない岸辺の大枝の下でのんびり午寝をしたり、狭い径を歩きながら毎日ずんずん大きくなるカボチャに見とれたり、
ジッとこちらをにらみつける失礼な雄牛に、(これはモニにすごく怒られたが)美人カウの鳴き声をまねてからかって大憤慨させたり、バルセロナで買ったままクルマのブートに放り込んであった本を風が吹き抜けてゆく長椅子で読みふけったりしているうちに、
おコモさんの午後は、あっというまに時間が経ってゆく。

こういうところにいて、なまけー、えぽけー、なまけーと暮らしていると、イタリア人たちの圧倒的な叡知に打たれてしまう。
なにもかもを細部に至るまで快適にするこの力は、まさに「文明」という言葉の原イメージに近いもので、この文明があるところでは、そこに過ごしている者は何も心配しなくてよく、何にも煩わされず(さっきまで隣の夫婦と娘が、パーティに連れて行ってもらいたがる娘と、まだおまえの年ではダメだ、と頑張る両親とのあいだで、イタリア名物大絶叫式家族大喧嘩をしていたが、それでも「うるさく」はなかった。ほんとよ。あれにも、ちゃんと起承転結も地とハレもある文明の定型があって、ひとしきり親子で絶叫しまくったあとで、やがて、おかーさんが静かな声でなだめはじめ、おとーさんが無理矢理笑い声をつくると、収束することになっておる。見事、と思います)、楽ちんだあー、楽ちんだあー、しあわせだなあー、と思っているうちに日が落ちて、葡萄酒の酔いのなかで眠ってしまう。
それは、この土地で言えば山を越えてやってきたケルト人たちが定住しはじめてから、5000年のあいだに営々と、これがもっとも大事なところだが、しかも連続的な文明形成の努力が実って、モニとわしは、なあああーんにも考えずに、テラスや湖畔でごろごろ出来るようになった。

わしは、わしらが山の家の少し下に住んでいるアルツハイマー症のじーちゃんのように、「文明はすごい、文明はすごい」とつぶやきながら、モニさんの膝のうえで眠ってしまう。
夜には人工衛星が見える、大きな青い空を見ながら。

注:もっとも8月にはいればイタリアのひとびとが、どっと増えます。

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2 Responses to コモ、こもごも

  1. Portulaca says:

    > あのトマトを育てる、なんちゅうの?
    棒か?苗をからませるために立ててあるもののてっぺんに緑色の瓶を逆さにさしてあるのはなぜだ?

    えー?そんなんこの辺では見たことないです。
    トマトだけです?
    インゲン豆とか胡瓜の支柱には瓶はかぶさってないの?

    > モニは、ああすると雨が棒の根元に集中して倒れてしまうのがふせげるのであろう、とゆいう。
    わしの推測は、太陽が瓶にあたると、緑色の光は意外に遠くまで反射して、コモ湖の上空に現れるので有名なUFOの外銀河聖人たちが、どこにトマトがあるか判りやすいのだろう、というものです

    ガメさん説が真実に近いのではないでしょうか。
    コモ湖周辺のヴィッラに住んでいるVIPな方々の多くは、地球外からやってきたと聞いています。
    パパラッチの目を逃れて一息つくには、最適な土地だからだそうです。(大うそ)

    > 正しいのはどっちか教えて下さい。

    わかりません。

    私は「ぶどう酒を詰めるための瓶を洗って乾かしてるのかな」と思ったけど、時期的にちょっと早すぎますね。
    あと、支柱の素材が竹である場合、「雨が空洞にたまって支柱が腐らないように」かもしれません。

    あと、「菜園の飾り」という考え方もあると思う。
    パウ朗父は葡萄棚の下に、クリスマスプレゼントの包装に使われていたでっかいプラスチック製リボン飾りをいくつもくくりつけています。
    「なんで?黒うた鳥を近づかせないためですか?」と問うたら、「きれいだから」という答えが返ってきました。

    と、いうわけで、Ortoの持ち主にご質問なさるのが一番よいでしょう。
    そして、その答えを私にも教えてほしいです。

    • すべりひゆどん、

      >トマトだけです?

      トマトだけだがや。

      >パパラッチの目を逃れて

      コモのひとびとは文明度が高いのでハリウッドのスターが来ても知らんふりをしておるのい。

      >わかりません。

      イタリア人のくせに、こんな日常的な事がわからなくていーのか。

      >「ぶどう酒を詰めるための瓶を洗って乾かしてるのかな」

      はずれ

      >あと、「菜園の飾り」という考え方もあると思う。

      これかな?

      >と、いうわけで、Ortoの持ち主にご質問なさるのが一番よいでしょう。

      あの家庭菜園は「ジョン王」の家に行く途中だから来年訊いてみる。
      あの「洋梨とハム」がショックで、マジメに大陸欧州ですごすことにした。
      モニも、それが真人間になる唯一の道だろう、とゆってるしな(^^)

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