Daily Archives: July 13, 2011

Santiago de Compostela

1 フクシマ以来、さまざまなことが起こって、さまざまなことが忘れられていった。 放射性物質は相変わらず空中から地下と海中へと場所を変えて当初と変わらない流出が続いているが日本人たちは「放射性物質は危険ではない」という「事実」を「発見する」という奇想天外で独創的な方法によって事態を解決してしまった。 20年というような時間が経って、事実の無残な手で日本人たちの「科学」の化けの皮がはがされ、いま行われている日本人の「言論」の悪魔性が明るみに出され、フクシマの子供達が、30歳になるかならないかで、ちょうど彼らが胸から線量計をぶらさげて軍事教練もどきの「朝礼」をやらされた校庭に似た墓地に、安物の墓石として整列させられる頃には、ナチよりも残虐な民族として名を残すだろうが、しかし、とにもかくにも日本人達は自分達が他人を愛しているようなふりをしながら、あるいは自分が信じていることをほんとうに述べているようなふりをしながら、言葉を偽り自分を偽って、今日一日の安逸を貪る「20年」という時間を買ったのである。 忘れようと思えば忘れられるフクシマの子供達の生命を根絶やしにして、残りのおおぜいの日本人の20年が購えるなら安い買い物ですよ。 わたしの静かな日常は変わりません。 わたしにはやさしい友達がいまでもたくさんいるし、日曜日には教会にも行く。 神様もきっとフクシマの子供を見殺しにするくらいのことなら許して下さるでしょう。 なんといってもやさしい方だから。 以前に言葉を交わしたことのある、あの日本人の「カソリック信徒」だという心底くさりきったクソババアなら、そういうだろう。 あるひとは、わしにメールを寄越して、放射線がフクシマの子供をどの程度、殺すかどうかについてきみとぼくには意見の違いがあるが、と書いてくる。 そう。 あなたとわしには意見の違いがある。 ガス室のなかで、苦しむこともなく、この収容所の外にも「世界」があったのだろうかと訝りながら、静かに「人道的に」死んでいったユダヤ人の子供達と、残酷だし、子供を殺すのは嫌だが「世界」のためには仕方がないのだ、でも、あの子供の身体から石鹸をつくってひとりあたりの処分の単価を更に安くするという所長の案はなんだか嫌だな、でも仕方がないのか、と自分に言い聞かせて家路につくナチの看守のあいだほどの「意見の違い」がある。 現場で戦う兵士たちのために、いまはたかがユダヤ人の命のことをあげつらって彼ら兵士や兵士の母親の苦しみを増やすわけにはいかない、と懸命におもいつめる若いベルリン大学の学生と、棒杭のようになった収容所のユダヤ人の死体の山の下から、突き出されている枯れ枝のような腕がかすかに動いたのを見て、バカ声をあげて、「生きている、この子供は生きているぞ!手を貸してくれ! 畜生、ドイツ人の野郎、皆殺しにしてやる!」と悪魔そのままの表情で叫んだブルックリン生まれの兵士ほどの「意見の違い」がある。 神は悪魔にどこまでも似ている。 悪魔が神とうりふたつなように。 冷静でいたまえ。 冷静に、 世界は静かになっていって、 やがて死んで行くフクシマの子供達の魂を慰めてゆくだろう。 冷静に、 日本人たちは、黙祷をささげ、 まるで、そうなることを知らなかったかのように泣くだろう。 ふくしまの こどもたち やすらかに ねむってください。 あやまちは もう にどと くりかえしませんから 2 ガリシアに、もう一週間ほどいることにした。 Santiago de Compostelaはいればいるほど居心地のよい町であって、どうしていままで来てみたことがない(正確にはチビチビなときに来たことがあるらしいが、おぼえておらん)のか不思議なほどです。 モニが「ガメは、きっと好きだから行ってみよう。ひと晩どまりでもいいではないか」というので来てみたのだが、夫をみること妻にしくはなし、とても良い町です。 むかし、旅先で親切にされるなんて凡庸でくだらない、行き先ざきで土地の人間と尖鋭に対立してこそ真の旅行者である、あなたのように土地の人間と仲良くなってしまうぬるま湯のような旅など軽蔑されるべきである、とこのブログにわざわざ言いに来た面白いひとがいたが、わしは親切なひとびとと酒をのみながら、くだらない話をながながとして、けっけっけ、と笑いながらすごす夜の凡庸さが好きなので、くだらなくても、土地のひとが親切なほうが楽でよろしい。 耳に心地の良いガリシア訛で、ただ「オラ!」というかわりに、「オラ!ブエノス・タルデス」と挨拶する。 窓から首を出して通りを眺めているおばちゃんに、帽子をとって、「ブエノス・タルデス」と挨拶すると、腕を広げて、「ブエノス・タルデス」、今日は風が暖かくて心地よくてとても良い日だわねえ、とゆって挨拶します。(ガリシアは最高気温23度くらいで、クソあつい町からやってきたフランス人たちは寒がってふるえている。わしは快適だが) わしも、ほんとうです、なんという穏やかな午後でしょう、とゆって返答する。 おばちゃんの話し方には、人間の会話が音楽であったころの名残が残っている。 去年は「聖なる年」でさぞかし巡礼が多かっただろうが、今年も、たくさん杖をもった巡礼者がいる。 … Continue reading

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