Santiago de Compostela


フクシマ以来、さまざまなことが起こって、さまざまなことが忘れられていった。
放射性物質は相変わらず空中から地下と海中へと場所を変えて当初と変わらない流出が続いているが日本人たちは「放射性物質は危険ではない」という「事実」を「発見する」という奇想天外で独創的な方法によって事態を解決してしまった。
20年というような時間が経って、事実の無残な手で日本人たちの「科学」の化けの皮がはがされ、いま行われている日本人の「言論」の悪魔性が明るみに出され、フクシマの子供達が、30歳になるかならないかで、ちょうど彼らが胸から線量計をぶらさげて軍事教練もどきの「朝礼」をやらされた校庭に似た墓地に、安物の墓石として整列させられる頃には、ナチよりも残虐な民族として名を残すだろうが、しかし、とにもかくにも日本人達は自分達が他人を愛しているようなふりをしながら、あるいは自分が信じていることをほんとうに述べているようなふりをしながら、言葉を偽り自分を偽って、今日一日の安逸を貪る「20年」という時間を買ったのである。

忘れようと思えば忘れられるフクシマの子供達の生命を根絶やしにして、残りのおおぜいの日本人の20年が購えるなら安い買い物ですよ。
わたしの静かな日常は変わりません。
わたしにはやさしい友達がいまでもたくさんいるし、日曜日には教会にも行く。
神様もきっとフクシマの子供を見殺しにするくらいのことなら許して下さるでしょう。
なんといってもやさしい方だから。

以前に言葉を交わしたことのある、あの日本人の「カソリック信徒」だという心底くさりきったクソババアなら、そういうだろう。

あるひとは、わしにメールを寄越して、放射線がフクシマの子供をどの程度、殺すかどうかについてきみとぼくには意見の違いがあるが、と書いてくる。

そう。
あなたとわしには意見の違いがある。
ガス室のなかで、苦しむこともなく、この収容所の外にも「世界」があったのだろうかと訝りながら、静かに「人道的に」死んでいったユダヤ人の子供達と、残酷だし、子供を殺すのは嫌だが「世界」のためには仕方がないのだ、でも、あの子供の身体から石鹸をつくってひとりあたりの処分の単価を更に安くするという所長の案はなんだか嫌だな、でも仕方がないのか、と自分に言い聞かせて家路につくナチの看守のあいだほどの「意見の違い」がある。
現場で戦う兵士たちのために、いまはたかがユダヤ人の命のことをあげつらって彼ら兵士や兵士の母親の苦しみを増やすわけにはいかない、と懸命におもいつめる若いベルリン大学の学生と、棒杭のようになった収容所のユダヤ人の死体の山の下から、突き出されている枯れ枝のような腕がかすかに動いたのを見て、バカ声をあげて、「生きている、この子供は生きているぞ!手を貸してくれ!
畜生、ドイツ人の野郎、皆殺しにしてやる!」と悪魔そのままの表情で叫んだブルックリン生まれの兵士ほどの「意見の違い」がある。
神は悪魔にどこまでも似ている。
悪魔が神とうりふたつなように。

冷静でいたまえ。
冷静に、
世界は静かになっていって、
やがて死んで行くフクシマの子供達の魂を慰めてゆくだろう。
冷静に、
日本人たちは、黙祷をささげ、
まるで、そうなることを知らなかったかのように泣くだろう。

ふくしまの こどもたち
やすらかに ねむってください。
あやまちは もう にどと くりかえしませんから

ガリシアに、もう一週間ほどいることにした。
Santiago de Compostelaはいればいるほど居心地のよい町であって、どうしていままで来てみたことがない(正確にはチビチビなときに来たことがあるらしいが、おぼえておらん)のか不思議なほどです。
モニが「ガメは、きっと好きだから行ってみよう。ひと晩どまりでもいいではないか」というので来てみたのだが、夫をみること妻にしくはなし、とても良い町です。
むかし、旅先で親切にされるなんて凡庸でくだらない、行き先ざきで土地の人間と尖鋭に対立してこそ真の旅行者である、あなたのように土地の人間と仲良くなってしまうぬるま湯のような旅など軽蔑されるべきである、とこのブログにわざわざ言いに来た面白いひとがいたが、わしは親切なひとびとと酒をのみながら、くだらない話をながながとして、けっけっけ、と笑いながらすごす夜の凡庸さが好きなので、くだらなくても、土地のひとが親切なほうが楽でよろしい。

耳に心地の良いガリシア訛で、ただ「オラ!」というかわりに、「オラ!ブエノス・タルデス」と挨拶する。
窓から首を出して通りを眺めているおばちゃんに、帽子をとって、「ブエノス・タルデス」と挨拶すると、腕を広げて、「ブエノス・タルデス」、今日は風が暖かくて心地よくてとても良い日だわねえ、とゆって挨拶します。(ガリシアは最高気温23度くらいで、クソあつい町からやってきたフランス人たちは寒がってふるえている。わしは快適だが)
わしも、ほんとうです、なんという穏やかな午後でしょう、とゆって返答する。
おばちゃんの話し方には、人間の会話が音楽であったころの名残が残っている。

去年は「聖なる年」でさぞかし巡礼が多かっただろうが、今年も、たくさん杖をもった巡礼者がいる。
ふつうの巡礼者はバックパックにジーンズTシャツだが、むかしの巡礼者そのままの扮装の四国のお遍路さんのようなひとたちもいます。
「St.Jamesの道」(Camino de Santiago)http://es.wikipedia.org/wiki/Archivo:Ways_of_St._James_in_Europe.png

を赤土のほこりまみれになりながら歩いてやってくる、こうした巡礼者たちは、途中途中で本にスタンプを押してもらいながら膨大な時間をかけてサンティアゴの町をめざしてやってくる。
スタンプが全部たまると、神を信じているといいながら「放射能は無害かもしれない。放射能を心配するストレスのほうが健康に悪い」というたわごとに肩を貸してフクシマの子供を無残にも見殺しにした罪も9割引になって、エセ科学者もクソ画家もバカ作家も仲良く平和にフクシマのガキどものぶよぶよした柔らかな肉体でできた床の上に立って賛美歌を歌って彼らの言葉に翻訳されたありがたい神の言葉を聞いてうっとりできるという非人間的な特典が得られるのだそーである。
免罪符以来の、カソリックのありがたい伝統ですのい。

モニとわしは、カセドラルの裏参道にあるガリシアン・ワインのうまいカフェで落ちあったガリシア人の友達と、まじめにサインも出していない裏町の外からはバーしか見えないのに、なかに招き入れられると広大なレストランがある、ガリシア人たちがお気に入りのレストランで、ガスパチョ、鰯の天ぷらとガリシア風チョリソとウエボスのイモ添え、タコの炭焼き、タコのガリシア風、シーフードの雑炊、を皆でわけあって食べた。
上を見上げると、コートヤードを隔てて、1235年にこのビルが出来てからそのままの石のテラスにでっかいおばちゃんが立って、わしらに向かって手をふっておって、挨拶しながら、わしらはあのテラスがあのおばちゃんの偉大な体重に耐えて落ちないでもちこたえる確率はどのくらいだろうかと考えたりした。

ガリシアは、むかしから富裕なフランス人たちが好む休暇地です。
フランスの田舎にはない鄙びかたをした町や村のたたずまいとフランス語を話すひとが多いことが、ふたつの大きな理由であると思われる。
もちろん、サンティアゴが3大聖地のひとつであるという宗教歴史的な背景もある。
フランス人達がいっぱいいる。
モニがリラックスしているのも、そういう理由でしょう。
子供のときから何度か来ているせいもあるのかもしれないが。

夕方、というのは午後十時半過ぎのことだが、夕方になると、いかにも大西洋風の雄大な雲が夕日に照らされて、こんなに近いのにホームシックになりそうになる。
離婚率が高いので有名な国際結婚のカップルで、全然ことなる文化からやってきたモニとわしであるのに、同じ大西洋の風景を見てホームシックになるのはなんとなく滑稽で可笑しいと考えました。

先週、フランスの田舎町のカルフールで三つ9€(下着の値段が高い大陸欧州では破格の安値もいいところなのね)の見るからに安物のニッカーズ(ピンクの橫縞でおまけにピンクのリボン付き)を買って、「似合うだろ」と喜んで腰をふってダンスを踊っておどけていたモニが、味をしめて、明日はクルマで地元のショッピングモールに行こう、とゆっておる。
わしは、窓辺で2本目のガリシアの滅法うまい白ワインに酔っ払いながらロシアの友人たちにずいぶん遅くなったメールの返事を書いておる。

人間が、正義に狂いもせず、決定的に邪なものに寛容にもならず、見えているものをまっすぐに見て普通に暮らして行くというのは、なんという難しいことだろう。
どうやったら、そうしていけるのか、日本人の友達でゆえば、もともとはオオバカタレなナスや、鬱屈したやさしい手で庭仕事をしているすべりひゆや、わしの先生のjosicoはんにまた訊いてみなければならない。
お互いに相談して、バカ頭を寄せ合って緊張して考えてゆかねばならない。

巨大な積雲が流れてゆく空のしたで、文明が発生して、力のない命脈をかろうじて保っている人間の土地に立って、人間のことや非人間的なことについて何事か考えなければいけない。
舌をふるわせて、あるいは「地団駄」を踏んで、何事か述べねばならない。

この地上のすべての人間があの狂泉の水を飲んで幸福になりさがる、その運命の日まで。

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One Response to Santiago de Compostela

  1. wiredgalileo says:

     「福島の子供」の件。わたしはがめさんと同じ見方ではあるんだけど、がめさんに「見方が違う」と言ってきた人についてもそれなりに想像できる。というか、いま日本の言論世界では、危険派と安全派が完全に分かれていて、それぞれが違う情報を根拠にして全く違う世界を見ているような状態なんだよね。(前も書いたように、マスメディアや大学は安全派に抑えられているので、危険派は少数派)。
     何が言いたいかといえば、がめさんと同じ世界を見ていて現在の状況を容認していたらそれは「邪悪」といえるのかもしれないけど、彼らは違う世界を見ていてそれによれば彼らはそれほど悪意があるわけではない可能性があるということ。大学の偉い先生とかが、「放射能はタバコより害がない」とか言いまくってるわけでさ。

     ただ、彼らに言いたいこととしては、日本の今までの規制値として、一般人は年間1ミリシーベルトを超えてはならないという基準があって、そのためにレントゲン室とかを放射線管理区域として、厳重にコントロールしてきたのだけど、福島市等では現在、その数倍とかで普通に人間が生活している、そもそも文部省はその6倍で大丈夫という方針を出している、という事態がある。事故の緊急時はそれが許されるとかいう規定があるらしいが、そもそもレントゲン室のなかで自分の子供を育てたいか?ふつうにゴハンを食べたり砂埃をあげて高校野球をしたりしたいか?と。

     しかしこの基本構図を、一般人はほとんど知らない。マスコミがまったく報道しないに近かったから(このごろやっと一部の報道が動いてきたけど)。いわき市で50ミリシーベルト相当の被曝がわかった子供がいて、政府は健康に影響はないと言ったけど、これは原発作業員が白血病で死んで労災を認められた線量なのに、そういう点をマスコミはまったく問題にしない。ということで、原発労働者のほうが、蓄積線量を測ってもらえるし一般の子供より低い基準で守られていてよっぽど安全という異常な状態。

     つまり現在の日本は、政府とマスコミがグルになって異様な状況を作り出している。ということを、彼らには知ってもらいたいのだな。

     原発という技術自体が、労働者の被曝を前提にし、採掘地での子供を含めた被害を前提にし、さらに廃棄物の対応も全く考えていない、「邪悪な」技術であり、それを維持するには、嘘で固められた「邪悪な」社会が必要なのだよね。そしてその邪悪さというのは、個々は嘘をついていたり邪悪だったりする意識はなく、ただ無関心だったり「皆と同じ」でいるだけだけど、その全体が邪悪になるという、まさに全体主義と同じ構造なのだよね…

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