カストロなケルト人集落で考えた事


Castro de Barona

http://www.galiciaguide.com/Barona.html

に行った。
サンティアゴからは60キロくらい。
新しい道路が出来たのですぐに着いてしまう。
2000年前のケルト人達の夢が海辺に射している姿は、奇妙な形をしていて、鄙びて、ケルト人らしく歪んでいて、わしはすっかり気に入ってしまいました。
岩の上に座って大西洋を眺めてしばらくのんびりした。

アルプスの山を越えてコモ湖にあらわれたり、ガリシアにたどりついてタコを食べて顔をしかめてみたり、ケルト人たちというのはオモロイひとびとであって、とにかくあちこちに旅行して、自分の気に入った土地に定住してみるべ、と考えるタイプの生活をしていた、という点でいまの欧州人の生活様式を初めに実践したひとびとだと思われる。
「えー、だって同じひとじゃない」ときみはいうであろうが、
そんなこと何も判ってないのよ。
ブリテン島と大陸とのケルトが総称として文化的な総称なのか多少でも民族的な総称かも判っていないはずである。

わしが日本にいていちばんうんざりしたのは、自分の無礼な態度や非常識なふるまいが引き起こしたとおぼしき相手の反応から、戦争中の日本の集団強姦や大量虐殺まで「日本人に対する人種差別」ですませてしまうひとびとであったが、人種についての話が偏執的に大好きなわりに日本のひとは人種問題の根本的な勘にすでにかけている。
なんでこんなヘンな考えが常識化しているのだろう、と思って考えても判らないことが多かったが、あるときこのブログを読んでくれているひとのメールを読んで、へえと思って調べてみると、80年代に日本が盛んに行った、たとえばロー○リークラブというような組織が後援していた受け入れ側の 大学にとっては迷惑極まりなかったらしい(わしらの側で言う)「観光留学」で欧州にやってきたひとびとが、欧州の閉鎖的な大学世界でまともに相手にされず、フラストレーションを募らせて、「欧州人の人種差別」を唱えだしたという面もあるようでした。
「あの頃はカネがなかったから仕方がない」というが、これはもともと相手にする気もない、本来留学生としての資質に欠けた日本の若い人を受け入れたほうが悪いので日本人のほうが悪いわけではない。
事情は、丁度、いまの英語圏諸国の「語学留学生」と似ているようでした。
あの金持ちの息子や娘達も自分達をそれまでの恵まれた環境であったように遇さない失敬極まる英語諸国の「人種差別」に対して中国語世界で憤懣をぶちまけている。
このひとたちが書いたものをあらためて読むと、フランスに留学してもフランス語が身につかなかったのはもちろん、欧州というものをまるで誤解していて、そうやって誤解された欧州が大量生産されて日本の「誤訳された欧州社会」が出来ていったようにも見える。
人種、という問題を考えるのが苦手なもうひとつの理由は、日本のひとたちが他文化から孤立して生活するのを好むからであって、1億3千万という凄まじい数の国民が太平洋プレートがぎゅうぎゅうと押してくる地震の多い小さな島に住んでいて、資金の面からも、社会の自由度の面からも、あるいはビザの優遇の度合いからも、まるで外国に移住するのを奨励しているような社会制度であるにも関わらず、「外にいけば人種差別が待っている」「外国に行けば女はみんな強姦されて男は性器を切り取られるそーだ」と言い合って、女は顔に墨をぬってガングロになり、男は襲われても襲撃者が慌てて鼻をつまんで逃げる悪臭のポマード(!)を髪に護身用に塗って、小さな島に逼塞して暮らしている。

これは余程根が深いビョーキであって、たとえばフクシマの原発がぶっとんじったときにも、あるひとたちは「ドイツの空港で強制的に放射線チェックをさせられているようだ」とツイッタで大量にRTしていた。
「これでいったん日本に帰ると移住先の国に帰れなくなるかもしれなくて在外日本人は気の毒だ」といいだすひとまでいた。
わしは、それはいかんだろう、と考えて、名指しされていた航空会社の友人に電話して、そんなことをやったらいかんだろーが、ボケ、というと、
「日本から乗り継ぎの乗客のための乗客サービスとして希望者に放射線チェックをやっただけと思う」という。
話していて電話の向こうとこっちでふきだしてしまった。
その日本人のお客さんは、ドイツ語も英語もわからなかったのではないか、悪い事をした、というのでした。
これも、そんなドイツ人らしいマヌケなサービスを思いつくのが悪いとゆえるだろうが。

いまの欧州では現実にアジア人に対する人種差別があるのは誰でも知っていることだが、それは西洋社会に日常の基礎をおいてはじめて判る体のものであって、日本で盛んに「人種差別」と喚き立てるひとびとは、全然そこまでいっていなくて、「お客さん」の段階のひとが殆どであるのが日本人の「人種差別論」の特徴だと思いました。
なんだか根本的にずれている。

たとえばアングロサクソンからの激しい差別意識によって長年苦しみぬいてきたオランダ人などとは根本から話が異なるもののようでした。

ケルト人たちは、もう3000年も他人種と共存したり混交したりしながらこの欧州大陸で暮らしてきた。
そのケルト人たちがもっている「人種」というアイデアは日本のひとが考えるよりも遙かに個々の具体的な事柄に基づいた複雑なものです。
わしがいるこの町でも冗談のつもりで「あんたたちはムーア人に支配されたひとたちだから」とゆって、病院に救急車で送られることになった「欧州通」の日本人がいたそうだが、文字通り世界のあちこちで聞く、その手の話を聞く度に、どうして「判らないことはだまっている」ということが出来ないのだろう、と考える。
日本の人が頭のなかにもっている「人種論」のありかたは、初めから問答無用の喧嘩を売っている形でしかないのを、なぜ気が付かないのだろう。

マンハッタンのユダヤ菓子屋でお茶を飲みながら、「日本では、いまの経済危機はユダヤ人の陰謀だというひとがいるんだぞ」とわしがゆったら、一瞬眼をみはって、怒るより先にお茶をふきこぼして笑い出してしまったユダヤ人の友達のことを思い出す。
自分達ユダヤ人と日本人というものの距離の遠さを思って、自分の宿題ができなかったのは火星人のせいだとゆっている小学生でもあるかのような日本人の「議論」に気が遠くなるようなおかしみを感じたのであるからに違いない。

もっとも20代30代の日本人が、所謂「日本人」とは別の生き物である、というのもほぼ常識になっていて、ミチやケイ、やヤッシは日本人であるよりも先に頼りになるスタイリストで、センスがよくて冗談もうまいヘアドレッサーで、ピンチになればやってきて助けてくれるプログラマーである。

日本人としての強い誇りももっていて、日本人だって誰もが放射能が安全だ、と言っているわけではない、食品だって危険な食品を海外に出すまいとして頑張っているひとたちもいるのだ、と力説する。
そこが日本人らしい、というか、そう言いながらマンハッタンのバーで感極まって泣き出してしまったりするが、泣き出してしまって何も言えなくなってしまった彼の肩をたたいているひとびとのほうは、ただヤッシが人間だと思っているだけで、日本のひとだな、と思うのは、ただ彼の繊細な心がどこから来たかを考えるときだけです。

日本にいたときの、あの「人種差別」論議の不毛さを考えると、うんざりするだけでなくて、なんだか非現実的な感じがする。
josicoはんに見破られた通り、特にフクシマ以来、わしの日本語専用アカウントの「受信箱」には常時100を越える日本のひとからのeメールが「はやく返信書けよなあー」とぶつくさいいながら溜まっている。
わしの利己的な考えによって、日本の友達からもらったeメールには、絶対日本語で返事を書くことにしているが、でもだからといって、この頃は「日本人に返答を書いている」という意識はないようだ。

もしかすると「フクシマ」という痛みも阿鼻叫喚もない平穏で静かな地獄を一緒に見ているからかもしれないが、微笑み、冗談じみた語調すら使いながら途方もなく非人間的な「意見」を述べる人間や、あるいは人間的な望みをもてなどとどうしたら言えるのだ、と怒ってみせるひとさえ拍手を浴びる狂気の世界を恐怖をもって凝視しながら、やりとりするときには相手はただの「一個の人」にしか過ぎない。

ケルト人たちがローマ人たちにであったときの十分の一も驚いているわけではないのです。

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