低い空の下で



「足下を凝っと見つめている少年」を見たことがある。
いまさら隠す必要もない。
わしはもともとが甘やかされた金持ちのバカガキであって、異国の日本でも地下鉄なんちゅうものには(外の景色が見えねーだろ、という理由で)乗らなかったが、その日は急いでいたので広尾から日比谷までやむをえず地下鉄に乗った。
たしか、「日比谷線」とかっちゅうんだよな、あれ。
魚臭くて、吐きそうな匂いがするクソ地下鉄で、わしはあんまり好きでなかった。

わしは、特に日本では我ながら巨大な肉体のひとであって、浮かれているときにはよくデコを地下鉄の出入り口でぶつけるので、注意に注意を重ねて、まるでベトコンを警戒しながらベトナムの沼沢をすすむ麻薬中毒のアメリカ人の兵隊のように地下鉄にのりこんで、安物の浅い座り方しか出来ない営団のクソベンチに腰掛ける。

気色の悪い蛍光灯色に照らされた車両のなかには数えるほどしかひとがいなかった。
緑色のシャツを着たアメリカ人のおばちゃんと、暗い色のダッサイ背広を着た日本人の若いサラリーマン。
間抜けな制服を着たぶっといくだらない不格好な豚足足をスカートからこれみよがしに突き出した女子高校生たち。
それから、「きみ」。

足下をジッとみつめて、必死に歯をくいしばって、身体が向かい側から見ていても小刻みに震えているのが判る。
拳をにぎりしめて、真っ青な顔をして。

アメリカ人のおばちゃんが耐えられなくなって失笑したのをおぼえている。
わしに目配せをした。
わしは、クソババアの目配せに気が付かないふりをした。

きみは絶対にこの世界を許さないとでも言うように、自分の足下を奇妙な力をこめて眺めていて、まるで、この足だけは絶対におれのものだ、と主張しているひとのようだった。

わしは、うっとりしてしまった。
いま思い返しても、きみの狂気はどれほど、あの狂気の社会で正常であっただろう。
わしは、多分自分の育った社会で、きみのようになりたかった。
きみのようでありたかった。
きみでいるべきだったのに。

ガリシアの低い空の下を歩いて、何度も考えてはやめたSt.Jamesの棺を観に行った。
神のいないがらんとした教会には観光客とクソ信者たちの悪い息だけが充満していて、わしは、もういちど、あの日本の「日比谷線」で見たキチガイガキのことを考えた。
まるで純粋培養した憎悪のようなあのキチガイガキは、歯をくいしばって、この世界のありとあらゆる偽善に耐えていた。
わしは、彼の唇からもれてくる「殺してやる。殺してやる」という低いつぶやきを音楽のように聴いた。
それは、まぎれもなく、日本にいるあいだに聞いた、もっとも「神に近い言葉」だった。

人間はなんと愚かでなんと偉大なのだろう。
あの少年の低いつぶやきは、神を怯えさせる「音」をもっていた。
にやにやしながら、ふやけた言葉で神を「学習」して神の噂話をしたがる、あのクソ「信者」どもよりも、遙かに神の近くに立っていた。
匕首をもって。

「殺してやる」という言葉を、わしはどれほど彼と共有したいと願っただろう。

午後のあいだじゅう仕事のメールを書くのに追われていた。
欧州も合衆国もおおげさに言えば破滅の淵にいて、わしは、イタリア人やスペイン人やフランス人や合衆国人、UK人の悲鳴を聞いている。
ガメは、なぜまだ絶叫しないでいるのか、この状況が怖くはないのか。
なぜ、動かないのか?なぜ金融屋たちをのさばらせておくのか?なぜ?なぜ?なぜ?

きみたちには全然読めやしない言葉で、ぼくはここに答えを書いている。
どうでもいいから、なんだよ。
ほんとうは。

わしには、この世界の現実になど何の関心もない。

あの日比谷線で「殺してやる」とつぶやいていた高校生の憎悪にしか興味がないのです。
まさか、明日の朝の受話器をとりあげて、きみたちの言葉で、この秘密を明かすわけにはいかないが。

なにもかもくだらないから、もう寝る。
モニの良い匂いのする脇の下に鼻を突っ込んで。
寝る。

この世界のどこにも(他には)行き場のなくなった犬みたいに。

(画像はコモ湖の汽船なのね。汽笛がマヌケなくらいでかくて、かっこいい、と思いました)

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2 Responses to 低い空の下で

  1. コマツナ says:

    こんばんは。あまりコメントしないと思いますと言いながら、“魚臭い日比谷線”、につられました。

    都電が廃止になってからは、日比谷線は長い間私の通学・通勤の足で、帰る方向は違うけれど、今もそうです。日比谷線は、どちらかといえば無臭だと思いますが、魚臭いときがたしかにあります。それは早朝、始発から7時ごろまででしょうか、築地駅で、お魚を商うプロたちがたくさん乗り降りするので、おのずと車内に魚の匂いが籠もるのですね。(ご存知だったと思いますが。)たぶん日比谷あたりからガメさんが朝帰りで日比谷線に乗れば、まだその残り香が?

    それと、岸恵子さんのエッセイに、結婚後パリのどこかのお店に行ったら、魚臭いといわれたと書いてありました。それも思い出しました。

    地下鉄の中で、足元を見つめてじっと座っていた少年。
    少年ではありませんが、私も20代のはじめごろ、地下鉄の中で、ふとやりきれなくて、嘘をつかないでと怒りをぶつけたいような思いが沸き起こってきた時がありました。そのとき、向かい側の座席で、漫画誌に逃げるように没頭している同世代ぐらいの赤の他人のことが、なぜか誠実に思えたことも思い出しました。 

    では、おやすみなさい。

    • コマツナさま、

      前のコメントの返事が遅れててごめん

      >こんばんは。あまりコメントしないと思いますと言いながら

      そーゆわないで一緒に遊ぼう。

      >ガメさんが朝帰りで日比谷線に乗れば、

      わしはそんな不良ではありません。
      マジメで温和で成熟したオトナです。

      >地下鉄の中で、足元を見つめてじっと座っていた少年

      わしは、ときどき、あのガキはほんとうは神様だったのではないかと思うことがある。

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