パリ


まだ、おパリにいる。
おパリ、はヘンだというひともいるだろうが「おフランス」があるのだから、おパリでも日本語として成立しているものと思われる。
おパリにいる、とゆっても、アイフルタワーをクルマからちらと見て、おーすげー、相変わらずおったってるのおー、と感心した一瞬だけがパリであって、あとはモニのおかーさまのお供をしたり、おかーさまの巨大な城塞に似た住居のなかをうろうろして、トイレがどこにあるか判らなくなって迷子になってケーベツされたりしているだけで、やはりヒルトンに泊まって「パリス・ヒルトン」をしたほうがずっと良かったものと思料されておる。
社交界の最も肝腎な部分から、例のビデオの一件でしめだされてしまった(気の毒に泣き狂っておったそーだ)あのひとの名前は日本語の表記習慣にのっとれば「パリ・ヒルトン」であるはずだが、なぜ「パリス・ヒルトン」なのだろう。
ロンパリという言葉は「ロンドンとパリ」をいっぺんに見るほどふたつの目が向いている方向が正反対である、という意味だそーだが、日本から見ればロンドンとパリは誤差の範囲で同じ向きにあるのではないか。

夜になればモニとクラブにでかけるが、パリのクラブははなはだしく性的で下品な場所なので、わしの荘重な日本語のせいで高年齢層も多いと思われる日本語ブログには刺激が強すぎて書けやしない。
きみが16歳なら強刺激に遭遇しても、乾坤一擲修行して、環境にまけないくらい下品に磨きをかけて、綺麗なねーちんと見れば(ちゃんと相和した合意でなければダメよ)押し倒して、下品でパリのクラブを制圧するということも可能だが、60歳の場合、第4コーナーを回っても一向に減退しない性欲をもてあまして、さびしく自瀆する以外なくなってしまうやも知れぬ。
えー、そんなジジイいねーよ、と思ったきみ、あまい。
自瀆ジジイも自慰ババアもいっぱいいるではないか。
医学的事実です。
息子の大岡越前に「女人はいくつくらいまで性欲があるものですか?」と訊かれた越前かーちゃんババは、黙って火鉢の灰を火箸でかきまわせてみせたという。
「灰になるまで」という意味です。

フロリダあたりの老人ホームは、乱交クラブ化しているところもたくさんあって、じーちゃんとばーちゃんたちが、やりまくっている。
わしの友達は奇妙な経緯からマイアミの老人ホームの一室に一晩泊まることになったが、夜のあいだじゅう、隣の部屋から、ヒキガエルが踏みつぶされるような、しかし明らかに女びとが性交のときに挙げる声が聞こえ続けて眠れなかった。
本人たちは楽しい時間を過ごしているのだろうが人間の人生の悲惨や辛さ、というようなことがしきりに頭のなかに去来して、それから「人生」というものへの考えが更新されて、もう一段人生に対する殺伐とした気持ちがました、と述べていた。
人間でいるのが、いてもたってもいられないくらい不安になった、という。

以上のような現実に鑑みて、パリの夜のことを書くのは、日本という制限の多い社会ではためらわれるべきだと考える。

おパリは、あんまり人間に夢を見させてくれない街である。
マンハッタンに似ている。
そういう意味では、ずいぶん田舎じみてきたとゆっても、いまでも都会なのかもしれません。

ここからカリフォルニアにいって、用事をすませたら、ニュージーランドにいちど帰る。
ブラフ・オイスターの季節だからね。
マールボローの白ワインとオイスターの天ぷら、うめーんだよ。
白酢で食べる。
郎党のひとびとも待っているはずである。
日本のたとえば的矢の牡蠣に較べるとずっとずっと小さいブラフオイスター(モニはニュージーランドはフランスとは牡蠣とマッスルの大きさが逆だな、と笑う)2ダースくらい食べるととても幸福になります。
二週間くらいいたら、マレーシアかカタールに行くであろう。
ええええええええええー、イスラムの国になんか行ったら、うまい酒がねーじゃん、トルコ除く、と口を尖らせたら、モニにきっぱりと
「だから行くんです」とゆわれてしまった。
ええええええー、やだあああああー、となおも抵抗したが、
「それならサウディアラビアに行こう」とマジメにゆわれたので、イチジクのお菓子はおいしくても通りにおいしい酒もまずい酒もないあんなアル中更正施設みたいな国につれてゆかれると困るので、あっ、ぼく、それでいーです。
ラクサ、たのしみだのお、ということにした。
モニはマジメなひとなので、ときどき酒を飲まない月やなんかをつくるのは良いことだ、と思っているよーだ。
先祖代々、朝から晩まで飲んだくれていて、酔っ払って夜中に馬を乗り回して、湖におっこっておっちんだりしていた我が家(いえ)のひとびととはえらい違いです。
そんなんマジメで退屈だのい、と思うが、モニさんのほうが偉いので、従わないわけにはいかないであろう。

そのあとはオーストラリアに行かなければならないはずだが、まだ決めておらん。
メルボルンに行けば、いつかブログに書いたむちゃむちゃうまいギリシャ人家族のハンバーガーがまた食べられる。
ドックランズの、バーベキュー型ステーキでは世界でいちばんうまいと思われるステーキレストランにも通える。
オーストラリアという国はビーフ・フィレと最もあう飲み物であるシラズもおいしいので、二ヶ月や三ヶ月は退屈しないで遊んでいられるでしょう。

日本にいたときには、わざわざ、わしの零細ブログにやってきてまで、 たくさんのひとが(お文化の発達した日本に較べて)「文化果つる植民地」とかゆってオーストラリアとニュージーランドを嘲笑するので、ぶっくらこいてしまったが、そういう人は何も判っておらぬ。
あの赤い砂漠が延々と延々と続く光景は人間の悲惨を癒してくれる。
人間の悪い息が堆積してできた欧州人にとっては、あの赤い砂漠がオアシスなのです。
欧州や日本の人間が慈しんで出来た森林とまったく異なるニュージーランドの、荒々しい、荒々しすぎて返って自然のものでなくて巨大な人工の書き割りのように見える南島の森林もそうだが、人間は、あまりに荒涼とした謂わば非人間的な大自然に触れると、否応なく自分達が「人間」にほかならないことを強く感じるようだ。
モニとわしが、いつもオーストラリアとニュージーランドに強く強く惹かれるのは、そのせいであるに違いない。
人間などは自然のごく小さな一部にしか過ぎない、ということが実は人間にとっては本質的な救済であることが明瞭にわかるからです。

わしが生まれた家は築800年だか900年だかなんだかのボロイ家だが、あの家に積まれた石にしみついた人間のつぶやきや嘆きや笑いや絶望は、絡みつく根のようで、あるいは溶けない呪文のようで、わしをやりきれない気持にする。
「古い歴史」や「伝統」などをありがたがる人間のあたまのなかは、いったいどうなってるんだ、と思う。
古いものをありがたがるなんて、くだらない、と考える。

そんなものに囲まれて顔をしかめて恍惚としているくらいなら、わしは、やっぱし、
モニとふたり肩と肩をつつきあってふざけながら裸足でぺたぺた歩いてピザのテイクアウエイを取りに行く、オークランドの夏の午後のほうがいいな。
「今日は、フォーマルなレストランに行くのだから、フリップフロップ(ゴム草履?)をはいて行かなくては」とゆって、バットマンTシャツと探検家みたいにたくさんポケットが付いたショーツで、裸足でクルマを運転してゆくニュージーランドの夏の夜のほうが良い。

日本の政府が「福島の原発事故はたいしたことがなくて収拾した」と言い続けていることに対しては、あるひとたちにとっては予想外な、わしらにとっては当然予想された欧州への大きな波紋が生じていて、環境保護を謳い文句にしている政党たちが、とりわけドイツ、イギリスにおいて、「原子炉がメルトダウンを起こしても、たいしたことはないではないか。日本を見ろ、子供が福島から逃げなくても大丈夫なくらいの程度でしかない」と強硬に主張しはじめている。
皮肉なことに日本の捕鯨に反対する勢力のなかでも、最も感情的で初期にはデータをねつ造して捕鯨に反対していたのと同じひとびとが、いまは「日本人が恐慌も起こさず逃げないでとどまっている」ことを論拠に原子力発電を推進しようとしている。
「グリーンな」エネルギーであるというのが彼らの論拠です。
核物質の危険などたいしたものでないことを日本人が身をもって示してくれているではないか。
まず事故そのものが日本人の原子力技術に対する理解力の欠如から来ている、二度と起こることが考えにくい事故である上に、そうして起きてしまった事故も日本人たちを見ればたいした被害でないのが判る。
原子力反対派がいうように危険なものならば、頭がいかれた人間たちであっても逃げないでいるわけがないではないか。

熱弁をふるうドイツ「緑の党」の幹部のクソ顔を眺めながら、わしは、なんということだろう、と考える。
このいかれた物語がたどりつく歴史の行き先には、結局は、「全部、日本人のせい」という結論が待っているだけである。
未来の緑の党幹部は言うだろう。
「結局、日本人の非人間性が、この世界を滅ぼしてしまったのだ。われわれは過ちを犯したが、その原因は日本人の非人間性である」
緑の党は、万能の鍵を手にしてしまった。
その万能の鍵は、新規原発開発の行く手を阻むどんなドアをも開けてしまう。
そのドアが再び閉じるには「大量の人間の死」という、もうひとつの万能鍵を手に入れることが必要になってしまった。

どんなに巧妙な物語の書き手でも、こんなに風変わりな筋書きを思いつくのはたいへんだろう、と思うと、笑うべきことではないのに、やけくそみたいな笑いがこみあげてきてしまう。

ひどすぎる。

南から、というのはボルドーの方角からおパリに来る途中にもごく間近に原子力発電所が見えるところがある。
右手に見える発電所がふきあげる水蒸気を見ながら、わしは、科学を理解するために膨大な時間を費やして生きてきた人間の気持として「こんなマヌケなものをつくりやがって」と思うが、ここまでも、人間が悪い息をお互いにふきかけあいながら続けてきた欧州風の「終わりのない議論」「行き場の無くなった気持」「表情をうしなってたたずむ子供達」というような歴史が、また続いてゆくに決まっておる。

ときどき南半球の、「文化果つる土地」にある、モニとわしのサンダーバード基地にこもって、「勝手にすれば」といいたくなることがあるのです。

こーゆーことを考えるのも「おパリ」の、人間をすっかり腐らせる、悪い息のせいに決まっているのは判っているけど。

(画像は、わしの好きなポーの町の「フニキュラ」。電車でやってきたひとびとは駅からこれに乗って町にやってきます。料金は、タダ、どす)

This entry was posted in 欧州. Bookmark the permalink.

5 Responses to パリ

  1. 妖怪目玉 says:

    ガメ様こんばんは。私は南半球に行った事がないので赤い砂漠と天の川の下半分を肉眼で見てみたいです。

    • 鬼太郎とーちゃん殿、

      >赤い砂漠と天の川の下半分を肉眼で見てみたいです

      どんなひとでも、ただひたすら泣きたくなります。
      すげーんだよ。
      地球て、こんなにすごい場所だったのか、と思います。

  2. wiredgalileo says:

    よくわからないんだけど、「ドイツ緑の党の幹部」などが原発推進派になったってこと?
    ドイツは脱原発でまとまってるのかと思ってた。
    緑の党にもいろいろな派がいるのかな。説明乞う。

    • 顔ガリレオ(wiredgalileo )どの、

      >「ドイツ緑の党の幹部」などが原発推進派になったってこと?

      欧州の「緑の党」は、もともと理論派・主流派は地球温暖化の関係で原発推進派なんです。記事に書いたのはBBCのTV番組ですが、あちこちに登場していろいろな人間の口から語られる話の内容は、George Monbiot (彼は緑の党の理論的支柱のひとり)の考えのコピーです。
      http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2011/mar/21/pro-nuclear-japan-fukushima

      Monbiotたち一党との議論は3月以来、延々と続きましたが、そろそろまともな科学者がわの、(ご存じの通り「科学」というものの性質上、こういう未知の事態にあたってはきわめて困難な)なんとか科学的議論にもちこむに足るデータを拾い出して組み立てるという努力が間に合ってくるにつれて、当然ながら、厳しい、言い訳の出来ない反駁にさらされつつあります。

      彼らの議論などは日本政府とマスメディアが発表したバカみたいな「事実」をもとにしているだけの、いざとなれば「日本政府・日本人の嘘が悪い」という逃げ道に頼っているだけの脆弱なものなので、もうすぐ沈黙するでしょう。

      日本社会でも「放射能はそれほど危険でない」「放射能を心配するよりも心配することそのもののストレスのほうが有害だ」というような噴飯ものの詭弁を述べて、またそれが広汎な日本人の支持を’得ているのも(こちらでも紹介されているので)知っていますが、こういう日本人たちが、やがて児玉龍彦のような研究者によって、そのアカデミーの人間じみた口調とは裏腹に、まるでバカみたいな、ただ福島の子供を殺すためだけの議論であることが明らかになっても、口をぬぐって「児玉先生のような論もありうる」などとゆっていればすんでしまうのとは、社会そのものが異なるので、 Monbiotたち(および特に大学ギルド内の匿名変名実名の支持者たち)は、これから厳しい社会からの制裁にさらされると思います。

  3. wiredgalileo says:

     どもども、お返事ありがとう。日本では「ドイツ緑の党は脱原発」と報道され、そういう理解になってるんだけどねえ(例えば日本語Googleで「ドイツ 緑の党 原発」で引いてみると、推進派のことは出てこない)
     つか、「欧州の緑の党」と書いてるし、Monbiotさんもイギリス人みたいなんで、イギリス系の話なのかな。http://en.wikipedia.org/wiki/George_Monbiot
    イギリスはまあ推進派主流の国だと理解してるけど。ガーディアンとかのメディアも。
     温暖化詐欺+原発推進は定番だよね。コストやCO2については、ウラン採掘から1万年以上にわたる管理や事故時とかも含めて計算しないといけないのにそれもしていないし。

コメントをここに書いてね書いてね

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s