パンと水と長距離走者の孤独


自分でもやらないことなので、実際にやってはいけないが、このブログを遡ってゆくと、初期の頃のブログには「生きてゆくのに必要なものほど高い」東京の生活にぶっくらこいている文章がたくさんあります。
日本にやってきたばかりのときは、そもそも物価全体がダントツで世界一だったが、わしがどひゃあああ、と思ったのは、それよりもその高い物価の構成のなかでも「必要なもの」ほど高い事だった。

いまでは日本の20年に及ぶド低迷のせいで、欧州のほうが物価が高くなってしまった、どころか、公表される数字に目をつぶった実感としてはたとえばシドニーでの生活は東京よりもオカネがかかるようになってしまったが、それでも、「ああーカネがねー。
今日の昼飯はパンとワインで過ごすべ」と考えたビルバオのスパニッシュ・バージョン大庭亀夫2号は、パン屋にふらっとはいって「おばちゃん、そこにある丸パン一個ね」というであろう。
「この怠け者が、あんたモニさんのすねばかりかじってないで、たまには仕事しなさいよ」とお説教をたれながらパン屋おばちゃんは人間の頭と同じくらいのパンを剥きだしのまま、ドンッとカウンタの上に置くだろう。
紙袋なんて上等なものはありませぬ。
なんで?
なんでって、スペインちゅうのは、そーゆー国なんです。
そういう所で狂人の集まりであるアメリカ人みたいに「衛生」とかゆいださないから、かっこええんやん。
でも、1€(117円)だぜ。
ついでに書くと、ビルバオのこういうパン屋さんは、なんも書いてなくても、店の奥にある石窯で薪です。
あたりまえだからな。
わしは鎌倉の義理叔父かーちゃんに頼まれて、寺の境内に出来た「石窯パン」を買いに行ったら、そもそもパン屋に行くのに拝観料を払わなければいけないのだとゆわれて、ぶちきれたことがあったが、ビルバオでは石窯などはあたりまえなので能書きにならん。
ワインは棚の隅っこにある、地元のひとがつくったラベルのない瓶のワインから店のおじちゃんにおいしいのを選んでもらう。
75clで1€です。
これで一日食える。

1994年、わしが子供の頃のニュージーランドでは、牛肉の挽肉が2キロで150円だった。
義理叔父が、あんまり安いので買い込んで、10キロ200円のたまねぎと一緒に毎日毎日ハンバーグをつくって、かーちゃんシスターに馬鹿にされていたのをいまでも如実におぼえておる。
牛乳は、その頃は2リットル瓶しか売っておらなくて、100円ちょっとだったと思います。
いまはバブルで、物価はその頃の丁度二倍になったが、いまでも2か月に一回その辺りの家に、こそ泥にはいって、2万円くらいちょろまかしてくれば食えそうである。

欧州人が、いま、もうすぐおとーさん(倒産)、という状態になりながら、悠々と暮らしているのは、要するにそういう社会の「必要なものほど安い」という仕組みに依っている。
ええええー、ぼくのおねーさん、ロンドンに住んでいるけど、全然それと反対の事言っていたよ、ときみは言うであろう。
ところが、それこそが、日本の人が欧州の経済というものをなかなか理解できない大きな理由であって、お話が田舎に行くと、全然ちがうのだよ。
そうして欧州という存在の豊穣な肉体はその「田舎」なのね。
都会なんて、いくらいても欧州なんてちょっともわかりまひん。

たとえばポーという町がある。
そ、このひとつの前の記事の写真になっているフニキュラが駅から町の高台までフニクリフニクリと静かにあがってゆく、あの町です。
この町は、実はイギリス人が保養地としてつくった町であって、美しくて、食べ物が滅法うまい町である。
フランス空挺部隊の本拠地、とかでも有名だけどね。
そっちは軍事オタク板とかで話すべし。

ともかく、この町の不動産屋の前に立って、アパートの値段を眺めると1000万円くらいから「結構ええんちゃうの」という部屋があります。
手にべたべたする、ものすげえーうまいマカロン2個と合衆国では金輪際飲めないおいしいコーヒーに熱いミルクをいれて飲んでも、500円である。

なんだか書いていてめんどくさくなってしまったので、端折るが、欧州人の大半にとっては、国家的「おとーさん」は、クレジットカードが停止されて、ホームローンが払えなくなる、という意味です。
でもね。
ボルドーのホテルで、4家族が連れ立っての旅行の途中でホテルをチェックアウトするところ。
ところが、3家族の都合5枚のクレジットカードがどれも認証されないのでごんす。
やべえー、と言い合いながら、もめにもめておる。
モニとわしは、後ろで、観察している。
さんざん、なんでダメなんだ、なんだかこのクレジットカード支払いが遅れて停止になってるってクレジット会社のひとが言っているので、もうしわけありませんが電話口に出て直截はなしてもらえなませんか。

あーだこーだ。
だって、来週は払えるんだからいーじゃないか、などと、大議論をしたあげく、最後のおっさんが「よおおおおーし!これで勝負だ」とゆって、財布からとりだしたゴールドカード(^^)が、無事に認証をとおります。
そしたら大の男が3人で、肩をたたきあって喜んでんだよ。
ホテルのチェックアウトカウンタの若いねーちんも嬉しそうに祝福してます。
奥さんや子供たちは、待ってるうちに飽きてしまったので、どっくのむかしに駐車場へ去ってしまっておる。

…大陸欧州のひとのクレジットカードに対する感覚なんちゅうのは、あのひとびとを典型とする。
ホームローンや、言うに及ばず。

わしはバルセロナのレストランでカタロニアでは歴然たる富裕曾に属する、Pと話していたが、「だってホームローンが払えなくなるときって、みんな払えないんじゃん」という。
だから、家も取り上げられなくて、みなで「払えねー」ちゅうだけなのよね。
大陸欧州では家を買う人にとっては文化こそが最大の保険なのである(^^)

スペイン語圏で最もわりのよい主婦のバイトは「家賃の徴収」です。
スペイン語世界というのは「家賃3ヶ月たまってる」とかちゅうのは、ふつーの状態なので、誰も何もゆわないが、これが6ヶ月たまると、大家のほうが3ヶ月払ってない大工への手間賃をもう半年延ばさなければいけなくなってしまうので、そろそろ、払ってもらわなければ、と決心して、店子のドアを叩く。
すると、いかにもビンボーげに扮装したおばちゃんが戸口にあらわれて、
「オカネがないんだもん」とゆいます。
でも、払ってくれないと、おれも困るんだよ。
だって、オカネないもんは払えないというのがこの世の中の道理というものでしょう。
というような会話が交換されて、大家はすごすごと帰ってくる。

おもむろに受話器をとりあげて、おばちゃんに電話します。
手間賃あげるから家賃をとってきてね。

こういうおばちゃんは、泣き落としとか、世間の手前もあるでしょう、とか、さまざまな高度テクニックをもっていてなんとか家賃を払ってもらってくる。

そーゆー社会では、ホームローンとゆえど「払えないものは払えない」のです。
しこうして、国の経済がおとーさん化すると、ローンとかクレジットカードであるとか現代社会のまやかしのようなものがすべて崩壊する。

でもさ。
でもね。
タンスや、(欧州にはそんなもんないけど)鴨居や、牛さんの寝床のわらのした、おかーさんの胸の谷間や、天井裏からどこからともなく現れたお札によって、このひとたちは当面は食べていけるのです。

イタリア某所のわしが馴染みのピザ屋さんは、トッピングのルーコラを頼むと、おばちゃんが庭に出てきてルーコラを摘んでゆく。
おっちゃんがテーブルにやってきて、今朝うちの鶏が産んだ卵がまだ二個残っているから、これもトッピングに頼まねえ?とゆいに来る。
もちろん、わしは慌ててうなずいてピザの上に揚げ卵を載っけてもらいます。

他事万象もかくのごとし。
庭でできたものや、そのへんを走りまわっている動物からとれるもので、生活食事の大きな部分を間に合わせておる。

クライストチャーチなどは目下鶏を庭で飼うのが流行っておるので、近所に鶏を飼っている家が多い(町の中心から歩いて10分くらいのところにある)かーちゃんの家に泊まると朝は雄鶏がつくる声で目がさめる。
なんだか林間学校にきたみたいである。

日本の大失敗はいろいろなひと(立花隆・司馬遼太郎…)が指摘しているとおり、70年代と80年代を通じて生活の基盤である「土地を投機の対象にしたこと」だったと思います。
本来、その上で、稲作がおこなわれ、大根が育ち、キャベツが玉を形成するはずの土地を株、しかも思惑株のように扱って日本の人は、それまでの世界の歴史に例を見ない「普通の人間が生きてゆくのに必要なものの順に高い」すごい価格体系をつくってしまった。
日本人の友達は、「その上に国土が汚染されて、健全な『国土』そのものが消滅しちまったんだから、ものも言えんぜ」と嘆いているが、そこまでいくと、これから先、日本のひとが力ずくで放射能も安全なことにして実質的には「フクシマはなかった」ことにしてゆくのか、あるいは、3.11を境に日本はすっかり変わってしまって、もう元には戻れないのだ、という現実をうけいれて新しい国を築こうとする日が来るのか判らないが、
ひとつだけ確かにいえることは、日本という国には、そこに住んでいるひとりひとりの同胞(はらから)に、どんなに困難な境遇になっても「おいしいご飯と暖かい家だけはあるからね」と語りかけられるようにしよう、という明確な意思がすっぱり欠けていたことで、あるいはそれが、それこそが、80年代にあれほどの空前の繁栄を築きながら、その後、風船がしぼむように社会が萎縮して矮小化していった最も深刻な理由ではなかっただろうか、と考えます。
もう何回も何回も繰り返して書いたように、わしには日本に11回もでかけてみても繁栄を個々人の幸福という形に還元することを頑なに拒む日本という社会の特殊性が、なぜ国民ひとりひとりによって容認されるのか判らなかったが、
案外、「国民的潜在意識」とでもいうべき集団意識は、その不合理をよく知っていて、
どんなに繁栄しても個人が幸福にならなかったことへの復讐として、
子供を育てるのも、懸命に働くのもやめてしまったのかもしれません。
ちょうど、アラン・シリトーの物語の「長距離ランナー」コリン、懸命に走り抜き、誰の目にも優勝すると思われたゴールの直前で突然立ち止まって、静かに勝利を拒否した、あのコリンのように。

日本経済の突然の凋落は、自分を決して幸福にしない勝利への日本人ひとりひとりの全身をもってした勝利への拒絶に思えて仕方がないのです。

(画像はビルバオのショッピングモールの「太めのひと用水着」のマネキン。
スペインという国の文明の破壊的実力がよく出ておる、と思う。かっけえーす)

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3 Responses to パンと水と長距離走者の孤独

  1. 妖怪目玉 says:

    うわぉ♪なんちゅー素敵な水着ですか。志村けんも真っ青だぁ!

    • 妖怪目玉殿、

      >うわぉ♪なんちゅー素敵な水着ですか。志村けんも真っ青だぁ!

      きみね、これだけの力のこもった感動的記事を読んで、それしかゆーことがないのかね。
      そーゆーことでいいと思っておるのか。

  2. snowpomander says:

    今ここ夜。2016年既に「なかったことに」完了になってありんす。美味満卓と並んですいっと出されるサロメの盆に極東の栄枯盛衰凋落国とフクシマが載ってる感。
    そうねこれ、勝利への拒絶反応。多大な凡庸な身勝手な親の期待に嫌気がさした子供たちのように、お金と無慈悲な世の中へまっしぐらのレールから降りたことね。一番必要なものの値段が高く消費税も食い込む制度。世間的幸福のヴィジョンは模範的な一生とされる、ところてんで大学卒業してクレジットカードで借金生活しながらマイホームと霊園の墓を買って終わり。こんなの人生に幸福の追求は不在だもの。

    ハタラケドハタラケド、ラクニナラザリ、ジットテヲミル。
    おいしいご飯と暖かい家、ビンボな人々には決して与えないご褒美。

    オカネモチとビンボの間は下り一方通行のみ。それって、あたまがわりーからビンボなのか?巧く立ち回ってマニーのジャグリングするのがカネモチゲームなんだろ、とガメさんにいちゃもん着けたい人の気持ちすごーくわかる。眼付ける相手が違うのに、ガメさんが手近にいて正鵠を告げるから恐怖なんだ。暗澹たる日本の現状を直視出来ないし、知っても個として反応できない。持ってもいない幸福感のために立ち上がるわけがない。
    フクシマは集合無意識の壮大なる復讐の顕現、唯々諾々と溺れる前にちゃんと足掻こう。
    「幸せな衣食住」は百金ストア生活とは違う、ジェットセットで回遊するのでもない。

    TVも新聞も1970年後半から無縁なので、志村けんの件の話題はありがたいことに解らない。今はブログの写真は?マークで見れないみたい、関係ないけど。

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