食物図鑑 その8 グラシア篇

バルセロナという町は、スペインの一部であることを全身で嫌がっているような町です。
わしのアパートがあるグラシアという、元は独立した町であっていまはバルセロナの一部ということになっている町は、特にそういう気分が強いよーだ。
路地の奥に分け入ってゆくようなレストランに行くと、スペイン語すら書いてなくてカタロニア語だけだったりする。
わしはカタロニア語はパーリンプッだが、メニューだけは読めるのはそういう理由によっている。
むかしは、イノシシを頼んだつもりであったのに、なんだかわけがわからねえ内臓のホルモン焼きがでてきて、ははは、おもしれえー、これだから他国での食事はやめられん、と呟いて泣きながら食べたものだったが、最近は、ちゃんと何を自分で注文しているのか判っているのだから偉人であるとゆえる。

カタロニアと言えば、むろん、パン・アム・トマカ、スペイン語に翻訳すればパン・コン・トマテです。

生活の基本であるとゆってもよい。
何をオーバーなと思ったきみ、そーではないのよ。
食べ物を軽視するすべての思想はケーハクな思想である、なんちて。

いやいや「思想」とかゆっておると食べ物がまずくなるからやめておくべ。

知らない人のために述べておくと、パン・コン・トマテとゆーのは、上の写真のごとくパンに、
1 まず生ニンニクのクローブをすりすりする。
2 その後にトマトを切った断面をすりすりする。
という厳粛な手順を経て出来る食べ物で、同じスペインでも、異なる地方へ行くと、
輪切りのトマトをのっけてみたり、もっと言語道断なことには全くニンニクをすりすりしていない「パン・コン・トマテ」まであるが、マンハッタンの人気「バルセロナ・タパス・バー」で出している、オリーブをすったのや、ドライトマトをオリーブオイルにつけたのや、いろいろな「ソース」がついてくる「パン・コン・トマテ」と同じくらい大邪道である。
(因みに、あの9th Aveのタパスバーのシェフは、あろうことか、バルセロナのおっちゃんなので、「こんなん出していーとおもっとるのか」とゆったら、「おれが決めたんじゃなくて、あそこにいるカリフォルニア出身のクソ女が決めたんだもん」と言い逃れしておった。いまは悔いて、わしの姿を見る度に作る料理の量を二倍するので、ついに神の許しを得たよーだが)

バルセロナに行って不平たらたら、「あんな酷いところは初めてだ」というのは、だいたい世界的なイナカモノであるアメリカ人であって、日本のオーサカやトーキョーから来たひとは概ね「バルセロナ大好き」になって帰るもののよーである。
それは何故かとゆーと、簡単で、バルセロナ自体、小さいとゆえど都会だからです。
「食べ物の写真が出ているレストランは不味いに決まっておる」
「外国語が4カ国語も並んだメニューの店で、おいしいかもしれない、と思うのは頭がどうかしている」
という常識にオーサカ人やトーキョー人は馴染んでいるが、テキサス人は、
「まあー、この写真、綺麗でおいしそう。おまけに英語も通じるんだわ」とかっちゅうんで、いきなりはまりまくる。

スペインちゆえば、どこでも「ハモン」に決まっておる。
ハモンは、いちばん高いハモン・イベリコを奮発することに決めてしまえば、相当ええ加減なところにはいっても、おいしいす。
たとえば「Mas」のようなチェーン店でもよいと思われる。
(しかし、マスの数ある支店のなかでもディアグノルのモールの地下にあるやつがいちばんおいしいけどな)
切り方がおおざっぱにゆって、うすううううく、うすううううく切る切り方と、小判状に切る切り方がある。



わしはうすうううういオカモト式のほうが好きです。
装着感がない。
(嘘。ほんとうはデュプレックスですけど)

わしは、人間が質実剛健簡素剛勇に出来ているので、普段たべるものは、ウエボス・コン・パタタス(イモの卵焼きのせ)とかです。
わし、この食べ物、好きなんだよ。
1€のテーブルワインと、これがあれば、手もなく幸せになってしまうので、いつもモニに「なんという安上がりのダンちゃんだろう」と笑われておる。



あるいはクロケタス。
イタリアのは日本と同じでイモだが、スペインではコロッケは中身はクリームとチキンやハムです。
わしはむかしはクロケタスがほぼ病的に好きであって、朝ご飯の蜂蜜を表面に塗ったクロワサンと一緒に必ずクロケタスを3つつけてもらったりしていたが、最近は、モニと一緒にいるときには「臭いから注文してはいけません」と厳命されている、アトゥン(ツナ)のパイに変えるときもある。

ガイドブックを見ると、バルセロナは、タパスがおいしい、なんちておるが、カタロニア人にゆわせれば、そーゆー表現はただしくない。
タパスて、ただ「小さい皿」て意味だからな、と力説します。
そんなの意味ないよ。

タシカニカニタシ、と思わなくもない。
「東京は小鉢料理がおいしいんだよ」とゆわれても、いまいちピンと来ないであろう。

伝統料理には、たとえば「カタロニア風ソーセージ」がある。

ソーセージとゆえばチョリソもあるが、正直に申告するとチョリソはガリシアやカステラのほうが全然うめっす。
カタロニア人は元々のカタロニア風ソーセージの概念に邪魔されてなかなかチョリソの神髄である荒々しいニンニクとピカンテの心境に達しないもののようである。

夏にいれば、カタロニアとゆえどスペインなので、さまざまなガスパチョもあります。



カタロニア人も日本のひとびとと同じで、Arozな米料理が大好きなので、もちろん、
食べているうちにだんだん泣けてくるほどおいしい(義理叔父談)米を使った料理も豊富にある。



こーゆーものを、バルセロナ人は、魚でも赤ワインで無理矢理食べたりするが、夏には、たとえば、カバベースの白サングリアちゅうようなものを飲みながらも食べます。

香草がかすかに香るロゼを飲みながら、おいしいものの事を書いていたら、だんだん酔っ払ってきてしまったので、忘れないうちに付け加えておくと、カタロニアの伝統料理には、アンチョビとトマトを組み合わせたさまざまな料理

チーズの上にどっっかああああーんとジャムやフルーツジェリを載っけた料理

ももちろん欠かせない。
野菜は他の大陸欧州人たちと同じように、めんどくさくなると、焼いて大量に摂る。

そーだそーだ郷土料理には、チキンとイチジクの料理もある。

ポテタス・ブラバス

や、トルテージャ

を他の地方のスペイン人なみに食べたあとは、
日本の人と同じに「現代料理」のレストランに恋人や友達と待ち合わせて出かけるでしょう。

仔牛、とかでも、こんな切り方の伝統料理(それぞれ仔牛、鴨、スズキ、バカラオ、チキン、イカ、ポークソーセージ)






のカタロニア料理屋とは違って、

たとえば初めに出てくるスープも、フォアグラと味噌のスープ(これは、すげー、うめっす)

最近はとても流行っておるハマス

だったりサーモンだったり

ハマスを食べてアグア・コン・ガスやヴィノ・ティントを飲みながらまっておれば、
卵のキノコソース

や、おなじみのビーフ・ステーキ

日本風マグロのタルタル

バルセロナで結構人気がある新機軸としては、
わざとアメリカ・ファースト・フード風に設えたコース、なんちゅうのもあります




そうして最後には否が応でも甘いものを食べなければ立派なオトナとはゆわれないが、心配しなくてもカタロニアのレストランも、甘いものは無茶苦茶においしいので、満腹していてもちゃんと食べられます。








なかんずく、きみがカタロニアは初めてだとすると、クランブリュレって、ポールポキューズ、なんちゃってるけど、これのマネなんちゃう?というクレマ・カタランを外す訳にはいかんだろー

こーゆー「甘いもの」を食べ終わると、今度は、明日は何をして遊ぶべか、と話しながらリキュールを飲む。
最後には大団円で、

レストランのおごりの菓子が出るのがスペイン的流儀である。

おまけをのべておくと、毎日毎日マジメに美食ばかりしている努力家のわしとゆえど、
ピザで夕飯にしてしまうこともある


めんどくさければ自分で作ってモニとふたりで食べることもある
(アスパラガス+ほうれん草とベーコンの炒め、ソパ・デ・アホ、トマトとアンチョビとアーティチョークのスパゲティ)



モニが、「ガメ、これうまいな」というと、(当たり前だが)
天にも昇る心地になる。
とっても嬉しいっす。

食べ物というものは、本質的に幸福なものである、と判ります。




(文章でことわるのを忘れておるが、最後の写真三つは参考にあげた「フランス側のカタロニア人たちの料理」。国境という「線」をまたいだだけで
おおきく変わる。写真の料理の場合は「見た目がフランス料理で味がカタロニア料理」なのでごんす。
言語はスペイン側と反対に年々カタロニア語人口が減っている。学校でカタロニア語を教えないことがおおきいのだそーであった)

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2 Responses to 食物図鑑 その8 グラシア篇

  1. 妖怪目玉 says:

    ごくっっ。。。涎)
    すんごいご馳走ではないですか。
    パン・コン・トマテ自作したいけど水が違うからきっと味全然違うでしょうね。。
    コロッケは日本のイモっぽいのよりもクロケタスの方がそそられますな。
    えっ?

    >「臭いから注文してはいけません」

    臭い???何で??どんな匂い?
    匂う料理なんですか?

  2. 妖怪目玉 says:

    焼き野菜が物凄く魅力的だ。
    この写真のように、焼いてオリブ油と粗挽きの胡椒と岩塩を振りかけて食べるのが
    野菜そのものの味を一番美味しく引き出す食べ方だと思うのであります。

    日本では薄切りの生ハムは
    あまーーーーーいメロンを一緒に出されますが、味覚が破綻してるとしか思われません。

    >食べ物というものは、本質的に幸福なものである、と判ります。

    真理であると思います。

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