Daily Archives: July 31, 2011

La Carte s’il vous plaît

1  モニと結婚する前は、フランスを旅行する、というと昼食はトラックの運転手さんたちが集まるところで摂る、と決まっていた。 街道のあちこちにあるこういう定食屋は、おいしいし、安いからです。 日本でゆえばでっかいポテトサラダみたいなのとかサラミが10枚くらい載っていてマヨネーズさんがかかっているみたいな前菜、本家なのだから当たり前だが、これはこんなうまい食べ物だったけかと思うほどおいしいフレンチフライがごしゃまんと脇に積まれたビーフステーキ、何種類でも自分で勝手に切り取って食べればよいチーズ、赤ワイン500ml、それにクランブルレと珈琲がついて10€、というのが相場であった。 そういう謂わばフランス式定食屋神田食堂が至る所にあるのがフランスという国のもうひとつの良い所でクルマでどこからどこへ移動しても、お腹がすいたところでテキトーに昼飯を食べて、夜はまたテキトーによさそうな食堂にはいって、部屋が食堂についていれば、そこで泊まればよい。 気楽なもんです。 モニというひとは、しかし、そういう場所に一緒に行くとはなはだしく場違いなひとで、 食堂に一歩はいるなり、食堂のおばちゃんたちは、し、しまった非現実的なものを見てしまった、という顔になり、トラックの運転手さんたちは、怯えた表情を浮かべて顔をひきつらせている。 別にモニさんが目を燐のように輝かせて口から紅蓮の炎をはきだしているわけではありません。 やや現実味を欠いているほどの美人であるモニが店にはいってきてしまったので、店のなかが皆「どーしよー」という空気になっているだけである。 その後ろから、義理叔父にゆわせると「極楽のトンボでも怒り出すくらい気楽そうな」わしがはいってゆくと、冗談ではなくて、いっせいに安堵の空気がもれる。 よ、よかった、人間のお供が一緒ではないか、おまけになんだかへらへらしていてちょっとバカそーだし、と思うもののようである。 パリの郊外で週末を過ごすことに成ったので、モニとわしはモニかーちゃんご一行さまよりひと足はやく移動することにした。 途中、お腹がすいてきたので、「お昼ご飯、どーしよー」とモニに訊くと、 トラック食堂に行こう、という。 えええええー、と思ったが、ひさしぶりでもあるし、ま、いいか、ということにした。 最後にこの手の定食屋に来てからだいぶん時間が経ってはいるが、いまでも全然おんなじです。 狭い店内にはトラックの運転手さんたちがひしめいていて、テーブルはみな相席で満員である。 メニューは相変わらずほぼ上記のごとき内容で、しかも2年は経っているのにまだ10€である。 おばちゃんたちは初めモニに話しかけるときには「おっかなびっくり」という表現がぴったりの様子だったが、モニというひとは平明なひとなので、ひと言ふた言言葉を交わしただけで、安心するばかりか嬉しくなってしまったようでした。 おばちゃんたちが忙しいのに、なにくれとなく気をつかってくれるので昼食は楽しいものだった。 前菜を食べ終わったくらいのところで、ふたりの大学生がはいってきて、モニとわしのテーブルの隣でトラックおじちゃんと相席をすることになった。 なにしろ狭い店内なのでモニが椅子を動かして道をあけてやると、大学生ふたりは、大恐縮して、盛んにお礼をいっておる。 ふたりとも身なりのよい、気持のよい青年である。 向かいで炭酸水ボドアをちびちび飲んでいたおっちゃんが、ふたりの青年に向かって、話かけ始める。 自分はクルマを運搬する途中でここに寄ったのだが、今日は天気もいいし、道も空いているし、いい日でした。 ふたりの青年は、返事をしません。 失礼にしている、というのでは全然ない。 ごく自然に返事をしない。 片方の大学生はおじちゃんの顔を見ているが、もう片方に至ってはおじちゃんの座っている「方角」を見ているだけで、まるで横から見ていると、あたかもトラックおじちゃんは亡霊であって、青年には見えていないもののごとくである。 おじちゃんは、相変わらず機嫌よく話しかけているが、とうとう勘定をすませて立ってゆくまで、このふたりの青年は、メニューに載っている食べ物の相談やこれから出かける先の森についてお互いのあいだだけで会話するだけで、トラックおじちゃんにはひと言も話しかけるとか返答する、というようなことはなくて終わってしまった。 あまつさえ、おじちゃんは「では、ご機嫌よう、気をつけて旅をしてくださいね」と挨拶をしていったが、別にこのふたりは挨拶を返すというのでもない。 わしは、フランスだのお、と見ていて思います。 フランス人の習慣では、別にこのふたりはおっちゃんに対してケーベツ的な態度をとっていたわけではない。 「話をする場面ではない」から話さなかっただけです。 日本では「身分ちがい」というような事を聞くと、幸せにも、みながその時代錯誤な語彙にふきだしてしまうが、フランスではいまでも「身分違い」という事が厳然とある。 身分が下のものは、身分が上のものに話しかけたりしないことになっておる。 おっちゃんが盛んに話しかける失礼はとがめないとして、このふたりがおっちゃんに返事をする理由はなにもないので、ふたりは、まるで自分達に見えていない幽霊と相席しているかのような態度にみえたのでした。 だから何よ、とゆわれても困る。 ずっとずっと大陸欧州にすんでいる日本のひとから来たメールのなかに、フランス社会の「身分」について触れているところがあって、それは殊更にフランス社会に厳しい身分の区別があることを嘆いている、ということでは無論なくて、話の一環として、単純に身分について触れていて、こんなに長いあいだ住んでいるのに、どうもいまだによーわからん、と書いてあったのでしたが、読んでいたわしは、そーか、このひとも欧州に長く住みすぎて、到頭、そんなところまで見ちゃったのか、と考えたので、自分で考えてみるヒントとして定食屋で見たことを日本語で書いてみよう、と思っただけである。 … Continue reading

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