食物図鑑その10バスク篇

むかしの日本のマンガに出てくる「おフランスの画家」はベレー帽をかぶっているものと相場が決まっていたように見えるが、このベレー帽というオモロイ形の帽子はバスクのものである。
バスクの町に行くと、いまでも通りの至る所にある不思議なくらい座り心地の良いベンチに腰掛けているじーちゃんたちは、みなこの帽子をかぶっている。
フランス人は他にもいろいろなものをバスク人の生活をチラ見して盗んでまねっこしてきたが、その影響は食べ物において最も顕著です。

自分達の伝統料理がどの国からヒントを得てきたか当のフランス人たちはよく知っているので、フランス人はよくバスクにでかける。
バスクの町々がスペインのなかでは比較的にフランス語がよく通じるというのも、そのことの原因であり結果でしょう。

実際バスクは安くておいしい食べ物を食べて安くておいしいワインを飲んでのんびりしたい人にとっては天国のような場所である。
通りごと夢見ているようなバスクの通り

をぶらぶら歩いて行って、そこここにあるピンチョスバーにはいると、カウンターの向こうのにーちゃんたちが「オラッ!」とゆって迎えてくれる。
きみはまずおもむろにアンチョビを注文するであろう。赤みのあるほうが味がきつくて白いほうはやさしい味がする。わしは白いほうのが好きです。


ピンチョスが並ぶカウンタから、いくつか見繕って皿に載せる。

それからワインを選ぶなんてこういう場合仰々しくてメンドクサイので、カウンタのなかのにーちゃんに、ハウスワイン一杯ね、とゆいます。
こういう場合、フランスの町やバルセロナでは、こんな田舎の小さなバーでは小さなワイングラスか、あれはあれで良いものだが、グラシアの町ならコップで出てくるかもしれません。
ところが、バスクでは、大きな、立派なテイスティング・グラスで出てくるのさ。
それがバスク人、というものなのです。
なんでも格好良くないと、つまらん、という気持が町中に漲っておる。
薄汚いものがいっぱいある国のあとだったりすると、スカッとします。

赤ワインを二、三杯飲んで機嫌がよくなったきみは、大通りに足を向ける。
ピンチョスバーは5時くらいから店を開けて客を待っているが、大通りの店がぼつぼつと開き出すのはバスクでは午後8時くらいである。
9時くらいになれば、人が大勢あらわれる。

一見観光客向けのように見えるレストランでもバスクの町では、ちゃんと食べ物をつくり、きちんと選んだ飲み物を出すので、地元の人のほうが多い。
平日は11時をまわると、ほとんど地元の人だけになります。

いまはまだ8時なので、きみは、もう一軒ピンチョスバーに寄っていこうかなあー、と考える。
さっきのバーは威勢の良いにーちゃんたちがやっているモダン・ピンチョスだったので、今度は伝統的なピンチョスがうまい店がいいかしんない、ときみは考える。
そういうときに行くのは、中年の夫婦者がやっている、こういう店よね。

さっきのピンチョスバーでは、にーちゃんたちが話しかけてくるのは、
「ねえ、きみは昨日の晩のイギリス人の女の子たち3人がやっているバンド見に行ったかい? かっこよくて、足から股間まで熱くなっちまうよ。
おれたち、今日も、見に行くのさ」
なんちゅう話だったのが、ここでは、おばちゃんがカウンタから身を乗り出して、
「どうして、銀行はあんなに汚いんだろう。
わたしとあのひとが苦労して手に入れた家を、手放せなんていう。
あんた、信じられるかい?
あんたの国でも、そうかい?」
とシブイしわがれ声で話しかけてくる。
ピンチョス自体もシブイっす。


赤ワインをもう3杯も飲んで、おばちゃんの声につられて奥から出てきたおっちゃんもくわわって、金持ちどもは、つるみやがって、おれたちからカネをむしりやがる、許せないよ、という話を聞き終わった頃には、きみはすっかりお腹が空いて、マジなものを食べなければもたんのお、と考えます。
だから、レストランの通りへと移動する。
そういうときに、豪勢なレストランに行く必要はなくて、ひとりなら20€もだせばワインと水を含めてもおつりがくるようなレストランで十分である。

食前酒は、もう、少し飲んだあとだからとばしてもいいだろう。
バスクの名物、マルミタコ(鰹とじゃがいもとトマトの煮込み)(すげー、うめっす)

をまず頼む。腹がすきまくっているので、
タコやイカや貝がはいりまくったアロス雑炊も頼むであろう。

これ食べないと、わし生きていかれないし。
さっきバスクの地ワイン、チャコリ(すげえー安くて一本3€すなわち330円もしねーのでも無茶苦茶うまい白ワインでがす)を頼んで飲み始めている関係上、きみは魚でいくべ魚で、と決めておる。
バスクに来て、バカラオ(鱈)のピルピルソースを頼まない人はいない。


本気を出して食べまくるきみをひさしぶりに見た、きみの愛しい人は、眼をまるくしながら、テーブルの向こうで帆立貝を食べておる。

ここがフランスならば、ここでチーズが出てくるところであるが、きみはバスクにいるのであって、バスクとゆえどスペインの一部なので、委細かまわず甘いものを。
甘いもののセットがトレイででてきちゃったりして

甘いものを食べ終わると、しつこく繰り返すと、いるところがスペインならば、わしが大好きなHIERBASがある。
ちょうどレモンチェロのように冷凍庫にいれて瓶に霜がついているのを出してくれるはずである。

強い香草の香りがする。
あまりの幸せに泣けてくるようなリキュールです。

そのうちにウエイターおじちゃんがやってきて、「もういいの?
もう、ほんとうに、これ以上いらないの?
じゃ、勘定をもってくるとするか」
なんちゃいます。
きみの、食べたものの割には、間違ってるんちゃうの?と思うほど安くて、全部ひっくるめてふたり分100€いかない勘定は、最後のしめくくるのお菓子と一緒にくる。

あああー、ちぇっ、ちぇっ、ちぇっ。
書いてても、バスクに戻りてえなあああ。
もうすぐカリフォルニアに行かねばならないが、何が悲しゅうて、あんなド退屈なところに行かねばならんねん。

わしが好きなのは、たとえば、この写真を見よ(^^;)

イギリス人たちのシブイブルースバンドが演奏する午後8時のプラサで最前列に陣取って魂のリズムに身を揺するガキども(^^) 

広場を横切るヘン・パーティ(頭がへんなひとのパーティではない。結婚する女の子が女友達だけで仮装して町を歩いて見知らぬひとびとからの祝福を受ける西洋全体の習慣でごんす)にカメラを向けたら、とんできて、ぶっちゅうーとキスをされてしまったりする、

人間がまだ人間であった頃の趣を残している欧州やオーストラリア・ニュージーランドの町である。

カリフォルニアなんか、いきたくねー。
用事を精密にセットして最短滞在記録を更新してくれるわ。

ビルバオの子犬さまも、わしが欧州を去るので後ろを向いてすねておられる。

やだなあー。
カリフォルニア。
けっ。

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6 Responses to 食物図鑑その10バスク篇

  1. 妖怪目玉 says:

    ガメ様の食べ歩き日記の中でこのバスクが一番魅力的だなぁ。
    行ってみたいと思いますね。

  2. じゅら says:

    食物図鑑の日記、毎回すごいなぁと思って見ています。ガメさんの胃袋は絶対私の5倍くらいあるに違いない。一度にいろんなものが楽しめて、うらやましいです。

    この間、1年の半分近くをイタリアで過ごしているという料理研究家の人の本を読んだら、「ごたくを並べ立てる必要もなく、土地のワインで土地のごはんを食べていれば最高。らくちんでなにより」という一節がありました。以前どこかで書いていた、「ハウスワインがとてもおいしい」という話と一致してて、なんだかうれしかったのです。
    食事がおいしいって、人間の幸せと本当に直結していますよねぇ。

    一番下の「子犬」の写真がすごいです。カラフルな毛皮は花かしら。すごい大きさ!

  3. あっ、じゅらだ! うれしー。

    >一度にいろんなものが楽しめて、うらやましいです。

    モニには「燃費が悪いクルマみたいだ」とゆわれておる。

    >ごたくを並べ立てる必要もなく、土地のワインで土地のごはんを食べていれば最高。

    イタリアという国は、世界一の文明をいまのいまでも保っているのよ。それを、文明というものが理解できないバカ国のひとが嘲笑ったり冗談にしたりしているだけです。
    がんばって生産性があがることが良いことだという野蛮な人間にはイタリア人の豊穣がわかんねーのだな。

    >食事がおいしいって、人間の幸せと本当に直結していますよねぇ。

    人間が「食事がおいしい」と思うためには心の余裕があるのでなければダメだからな。
    仕事の心配をしたり、放射能の心配をしているのでは食事がおいしいわけないもんね。
    くいしんぼ、とゆって笑われるイタリア人たちは、「個人の幸福」ということを良く知っているのだと思います。

    >「子犬」の写真がすごいです。カラフルな毛皮は花かしら

    これ、立体花壇なんです。
    かわえっすよ。近くで見ると。

    でわ

  4. JOSICO says:

    ピンチョス美味しそう〜。レストランも!
    やはり、身体も胃袋も小さくて(それでも成りのわりには食べる)お酒もあまり強くないと、生きてる楽しみを逃しまくっている気がするのう。
    大きくて頑丈な心と体が欲しい!

  5. うううーす!JOSICO先輩!

    >ピンチョス美味しそう〜。レストランも!

    バスクは食べ物うめっす。日本で言えば大阪にてーなもんかいの。

    >大きくて頑丈な心と体が欲しい!

    日本にいるときになかよしの定食屋で定食を3人前食べて、定食屋のおばちゃんに「そんなに食べるもんじゃないわよ。せいぜい2つにしろ」、とゆって怒られたことがある。
    焼きおにぎりも食べよーかなあー、と思っていたのに残念であった。

    (不沈戦艦ガメオ誌す)

  6. kochasaeng says:

    ジョージタウンにいます。吉祥寺のことじゃないよ。マレーシアのペナン島。むかしのプリンス・オブ・ウエールズ島です。
    お洒落なリゾートだと、ここから100kmほど北のランカウイ島が有名で、行ったことないから詳しくは知らないが、たぶん全員が着飾って仮面舞踏会なんかで踊ってるんだ。でも、おれはお洒落じゃないから、ここでいいの。

    発端はウチのヨメが泊まりがけでカンチャナブリに遊びに行くって事だったんだ。学生の頃からの女友達六人連れ。たまにオカマのひとが加わって七人になることもあるけど、ずっと仲がいいのね。みんな同い年。美人ばっかりです。まだ四人が独身。四十歳のタイ美人とお話してみたい方は、タイ語日常会話を習得したうえでご連絡ください。先方の気が向けば紹介できるかもしれません。
    で、その六人のうちのひとりが二年間の海外勤務を終えて戻ってきたと。だから泊まりがけでカンチャナブリなのよ、って話だ。
    息子とふたりで楽しい週末を過ごしてね、って言うから、おれは答えたんです。
    「福建麺が食べたいんだよ」
    食べればいいじゃない。
    「うん。だから息子とふたりでペナンに行ってくってのは、どうかな」
    ……まじすか。(←本当に日本語で、こう言った)
    「うん。まじで」
    危なくないの? こないだも暴動が起こってたでしょ。
    「あれはクアラルンプール。ペナンは年寄りばっかりだから、マイペンライ」
    ふうん……。たしかに、あそこは年寄りしかいないもんね(ほんとは若者いっぱいいるけど)。ペナンね。それはいいかも。わたし、あの街好きじゃないし、ふたりで行ってくれば。

    だからペナン。さっそく友達に連絡した。
    ペナンって、昔は羽振りが良かったんだけど今は落ちぶれちゃって、くたびれたダンヒルの皮ジャンパーを大事に着てるお爺さんみたいな街で、居心地は悪くない。そこで育った友達は子供の頃から妙に老成した奴だったろって、そんな感じのオッサンです。息子を会わせてやろう、って思ったんだ。考えたら、もうなん年も会ってないんだ、パトリックとは。
    この三月に「ひょっとすると日本? だいじょうぶ?」ってメールが来たんで、「ひょっとしてて日本! だいじょうぶ!」って返事したことはあった。
    だいじょうぶ? って訊かれると、瀕死の状態でもない限り、だいじょうぶ! って答えちゃうから、この質問はあんまり意味ないんだけど、やっぱり気にかけてくれてるのかと思うと嬉しいもんだ。ありがとうパトリック。
    パトリックって名前は紅毛碧眼ですが、実体はマレー華僑を中華鍋に放り込んで、ニンニクと唐辛子を馴染ませた油で豪快に強火で炒めて、甜麺醤と豆板醤と蠔油庄(オイスターソース)絡ませて仕上げに花椒を散らして胡麻油を垂らしたような紛うかたなき華人で、体重を訊いたことはないんだが、おれの二倍はある。なんか、いい奴が太ってるのって、おトクなかんじでいいよね。量的に惜しげもなく潤沢なんだよ。いい奴が。業務用食材みたいに過剰に多い。なんか嬉しくなっちゃうんだ。どんどん食え、って思う。だからヤな奴は、ますます痩せて小さくなっちゃえばいいと思うんだよね。せめて。
    友人って言っても非常に淡い付き合いで、煙草で言えばスーパー・エクストラ・ライトって感じ。体重と親密さは、反比例するという「バミー・ホッキヤンの法則」ですね。まあ、そんな法則あるわけなくて、もちろんウソだけどさ。
    めったに会わないけど、会うたびに「やっぱり、いいなあ。このひと」って思う。つきあいだけは長いんだ。会ってもヨタ話ばっかりなんだが、こないだ(九年まえ)会ったときの別れ際に「今度うちに遊びにきてね」ってパトリックは言った。それもいいな、って思っててね。九年間。だから息子を連れてくことに決めたんだ。
    パトリックは、おれのことをロマンって呼ぶのね。浪漫。25年くらいまえに香港の友人アラン(おばさん顔の福建省出身オヤジ。パトリックを紹介してくれた。カナダに渡るという連絡を最後に音信不通)が「孤茶のニックネームはロマンだから!」って勝手に決めたの。ぜったいに似合ってないと思うし、ヨメも「それはないわ」って言うね。言う。一体全体どの辺がロマンなんだよ。ローマ帝国はおろか、その文化遺産を引き継いだサラセン帝国に結びつくような外見すら、これっぽっちもない。誰がどう見てもアジアの人だ。どうかすると南米系に見えないこともないが、イタリア人ぽくは、ない。イタリア長介。だめだこりゃ、って、くだらねえ洒落言ってんじゃねえぞって話なんだが、中華系のひとは「あいやー。ロマン。あなた、そんなかんじな」って言う。どうなってんだ。
    いや。そんなことより思い詰めちゃったの。福建麺。思いが煮詰まってキラキラと結晶になって、もうバンコクのじゃ妥協できない。ペナンの、あの何とかいう店の海老たっぷりのじゃないとダメ。世界でいちばん旨い福建麺なんだよ。

    ペナンといえば、ふつうはアッサム・ラクサなんだけどね。タマリンドなんか使っちゃって、くっさいんだ。余計なことすんな、って味だから、おれはあの料理、あんまり好きではないんです。率直に言って嫌い。正直に言うと大嫌いだ。じつは昨夜、アッサム・ラクサは世界から姿を消しました、って報告されても、ひとつも困らない。だいたいマレー・インドネシア圏の料理って、味付けにサロンパス使ったようなのが多くて、おれみたいな北国の山奥そだちの田舎者には理解できないのね。
    福建麺(ホッケンミー。タイ語だとบะหมี่ฝูเจี้ยน バミー・ホッキヤン)がいい。旨いんだ。ちなみにタイ語のバミーってのは鹸水(かんすい。炭酸ナトリウムの加水分解物)を添加した小麦麺のことで、中華麺ね。日本ラーメンの麺も、この系譜です。
    中華麺が手に入らないような国でも、小麦の麺(たとえばカペリーニとか)さえあれば、重曹(炭酸水素ナトリウム)を溶かした湯で茹でると、あら不思議。ラーメンになります。
    タイ語の元になってる言語の一つの潮州語では麺のことを「ミー」と言うんだそうで。マレー語のミーと同じじゃん、って思ったら、マレー語の方は福建語が元だって、どっちも似たようなものなんだね。ミーはわかった。じゃあバミーの「バ」って何だよ。馬のことではないのね。馬なんか練り混んでない。それは練馬区っていうんだ。言わねえか。とにかく馬ではなくて、鹸水のことでもない。
    むかしバンコクの中華街の鶏飯屋のオヤジが不機嫌そうに「肉麺」って紙ナプキンに書いてくれたんだ。おれが「ゆくみん」と読むと、オヤジは仏像に貼る金箔よりも薄く笑って「そりゃ粵語(廣東語)だ。潮州語では、これでバミーって読むんだよ」と教えてくれた。ふうん。そうなのか。
    いや。だからそんなことより福建麺の話だ。

    それにしても、パトリックからメールの返事が来ない。ぎりぎり一週間まえに「来週末に遊びに行くから、もしよかったら一緒に福建麺食べない?」って連絡するおれが非常識なのかしら。忙しいんだったら、「ごめん、その日はダメだ」って短い返事くれればいいんだけどな。パトリックは日本語で返事をよこすから、少し時間がかかるんです。「家族」を必ず「かぞこ」と打ち込んでくる。個人的言文一致。あと、「いろいろが、だいじょうぶですから、しんぱいないです」とか「はじめましての、さしみをたべるのでしたから、おいしいでした」ってのもあったな。おれはパトリックの日本語が大好きだ。

    ところで福建麺は、塩味タイプでスープを煮詰めて焼きそば状になったのが好ましい。でも汁気が多いのも捨てがたいのね。蠔油庄でスープが黒っぽいのもいいし、イカ墨入りの真っ黒タイプもいいんだよな。要は何でもいいってことだ。でも海老たっぷりでなくちゃダメ。
    海老だの蟹だのって、むかしは北海道のありふれた食材で子供の頃さんざん食わされたんで、普段はそんなもの、どうでもいいんだけど、福建麺は海老が命。海老の出汁を麺に吸わせる料理なのね。他に店によってイカだったり豚肉たったり鶏肉なんかも投入しますが、主役は海老の出汁。つまり海老の形をしたものは、出涸らしの残骸だから猫にでも食わせてやればいいんです。おれはケチだし、出涸らしの海老も旨いから猫にやらずにじぶんで食っちゃうけどさ。上品な料理ではないですね。だって麺料理だもん。
    で、この福建麺が、うちの息子(子茶と呼ぶことにします)の気に入らない筈がないことを否定できない。四重否定ってわかりにくいね。子茶の大好物になると思うって書けば済む話で、子茶は海老も焼きそばも大好きなんです。

    あれは水曜日だったから、三日まえだ。パトリックのメールアドレスだ。返事が来ました。
    あれ? なんで英語なんだ? と思ったら、パトリックの奥さんからだった。
    お便りをありがとう。私はパトリックの妻です。あなたはメールアドレスを変更されたのですね。でも日本語でメールを送信してくるのはMr.ロマンしかいないので、わかりました。
    彼は先月passed away。
    へ? いっしゅん、その意味が分からなくて「どこへ?」って思ったの。どこへ、じゃねえよ。意味がわかった途端にがっかりだ。太りすぎで死んじゃったのかな。
    メールの続きを読むと、彼が日本語を学習したのは、あなたと知り合ってからで、まじめな学習態度ではなかったけれど、怠け者の彼にしては、よく続いていました。いちど日本に行ってみたい、という彼の願いを叶えてあげたかったけれども、もう遅い。あなたの友情を、ありがとう。と、まあ、そんな内容だった。
    そういえば、二度目にパトリックに会ったとき、嬉しそうに「にほんご、べんきょうですね」って言ってたもんな。
    RIPマイ・フレンド。スーパー・エクストラ・ライト。
    奥さんとは面識がなかったので、丁寧なお悔やみのメールを送信して、途方に暮れた。
    おれの福建麺はどうしてくれるんだ。ばかやろう。死んでんじゃねえぞ。もう遊べないのかよ。
    パトリックには、もう心底がっかりだ。
    これはペナンに行くしかない。奴の生きていた街へ行って、弔い福建麺を食うのだ。はあ……。

    コムタを背にして、あの通りの写真屋の向かいの店だよな、と思ったのに、まず写真屋がない。商売替えをしたような店舗もない。街並みが世界遺産に指定されただけあって、電機屋もセブンイレブンも三百年まえから続けてるようにしか見えないのね。
    方向音痴だしなあ。むかしA級ライセンスを取るときにダートトライアルでコースを間違えたのに気が付かなくて失格してるもんな。二回とも。タイムが良すぎると思ったんだ。それでも出走証明は出るからライセンスは発行されて、しょせん国内A級ライセンスなんて、そんなものなんだが、今回は結果オーライではないですね。世界一の福建麺のありかが謎になってしまった。RIP福建麺世界一。我が友とともに安らかに眠れ。
    まあ、でも気のよさそうな通行人に美味しい福建麺の店を訊いたら、世界で二番目に旨い福建麺の店を「そこです」と指さしてくれた。じっさい、どこで食べても世界で二番目とか三番目の店ばっかりだからね。
    海老がプリプリだ。この白い塊はニンニクかなと思ったらホタルイカの胴体だったのね。蟹がホロホロです。ついでに鶏肉もアクセントに入れてみたのか。そうか。
    出汁をたっぷり吸ったコシのある麺も柔らかすぎず堅すぎず、申し分ない。真っ黒なのに薄味で、しっかりした味。お好みで唐辛子の中国醤油漬けが付いてます。
    子茶には、基本の塩味ベースのを頼んだ。タイやシンガポールに多いタイプですね。「おいしい、おいしい」って大人の量を食べきってました。子供はわかりやすくて、美味しくないと、ひと口で「もうおなかいっぱい」って言うよね。
    食後、子茶を肩車したりして汗だくになりながらコムタへ行った。ペナンでいちばんの高層ビルでランドマーク。五十階以上あったはず。ジョージタウンは小さい街なので、どこからでもコムタが見えるのね。歩いてすぐだ。ここに住んだら世界は狭くて簡単かもね。
    あれ? どうしたんだコムタ。正面玄関が閉鎖されてっぞ。スーパーもショッピングモールも暗い。休みか、と思ったら奥の方に薄暗い店があって、人が歩いてる。近づいてみたら、細々と営業してはいるが、シャッターの降りた店が多い。廃墟寸前。あんなに賑わっていたのに。
    隣の敷地に大きなショッピングセンターができていた。なるほど。こりゃ寂れるわ。子茶の手を引いて、改めて「歳取るわけだよなあ」と思った。考えたら、前回ペナンに来たのは九年もまえだ。ヨメと来たのね。子茶はまだ生まれてなかった。そのまえはさらに遡ること六年。当時の同居人と来た。そのまえは、ひとり。そのさらにまえは、最初の奥さんと来ました。何やってんだ、おれは。ニンゲンの屑の見本か。
    ホテルに戻って、子茶と風呂に入って、その後ババ抜きしてたら、窓からコムタが見えるのが少し嫌で場所を代わってもらった。

    子茶は、ぐっすり眠ってます。疲れたんだろうね。大好きなババ抜きが続けられないくらい力尽きたんだ。いいよなあ。いかにもコドモってかんじ。
    もうね、ペナンに来ることはないな。
    二度と来ねえよ。こんなところ。@るなあ(古典的な読み方で「アッタマー来るなあ」と読むんだ)。
    福建麺、旨いけどね。わざわざ飛行機に乗ってまで食うもんでもないです。ただの麺料理だよ。くっだらねえ。

    まあ、そんなもんで、おれのことをロマンなんてヘンなアダ名で呼ぶやつは、もう誰もいなくなったのでした。

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