Daily Archives: August 12, 2011

ヌエボゼランダ

ランギトト http://en.wikipedia.org/wiki/Rangitoto_Island が見える家に帰ってきた。 インド料理屋「甘木」の世界一うまいラムブリヤニを食べながら、 やさしい稜線を見ていると、家にもどってきたのおー、と思います。 凪いだ海と静かな影の広がりを見せるランギトトの姿を眺めていると、こちらの魂まで静かになってくるもののようである。 どこかのクソ国に生まれついてしまえば、その国で成長してくたばるのが通常だった20世紀の人間とは異なって、現代では「自分の国」などは自分で選ぶことになっている。 まわりを見渡しても、だいたい18歳から24歳くらいの期間に、「どーも、わし、自分が育った国と相性が悪いし」と思って生まれたのとは違う国の国民になるひとが多いよーだ。 いまの世の中で「どのパスポートで旅行するか」と「どの国で税金を払うか」というふたつのこと以外に「国籍」というものの意味を考えるのは難しい。 連合王国人が自分の国の社会のバカッぷりに呆れると、オーストラリア人かニュージーランド人に化けることが多い。こういう場合、メンドクサイので連合王国のパスポートはぶちすててしまうことが多いようだが、わしは、パスポートをとってあります。 だからときどき連合王国人になる。 欧州に滞在するときは、連合王国人であるほうがいろいろと便利なので、なあーんとなく、イギリス人のような顔をしてうろうろしている。 オーストラリアには、日本語ブログに書かれている印象よりも頻々と出かけるが、いまはパスポートコントロールが「自動改札」になったので、ニュージーランドパスポートで出かける。 もうひとつ、ニュージーランドのパスポートは最近デザインを変えて、シルバーファーンが表紙についているが、これがカッチョイイというので、あちこちの航空会社職員であるとかパスポートコントロールで人気があって得意である、という理由でニュージーランドパスポートをもってゆく、ということもある。 わしは、他人にうける、ということが大好きだからな。 たしかプジョーの創業者一家はスイス人だが、ちょっと前まではたしかモナコ人だった。 もともとはもちろんフランス人だったが、フランスの税金が高いのでさっさと変えてしまった。 税金が安い国の国民をやっているのです。 自分の周りでは、この例がいちばん多いようだ。 オカネモチのひとびとに最も人気がないのは、先進国中ではアメリカ合衆国の国籍だと思うが、これは合衆国の税法が最近になって改正されて、「国籍を変えても、十年遡って課税できる」という無茶苦茶な条項がついてしまったからで、いろいろなプログラムがあって比較的取得しやすいアメリカ市民権も最近は金持ちには人気がなくなってしまった。 好きこのんで欧州(連合王国ふくむ)に住みたいと思う人間がいるとは思われないが、移住しようと思えば結構簡単です。 しかし、なかなか国籍はくれないという。 わしなどは、そういう話を聞くと、「わしのパスポートを50万円で売ってあげよう」と咄嗟に考えるが、訊くところによると、路地裏の中国人やマレーシア人に頼んだほうが安いようだ。 商売とはなかなか難しいものである。 ニュージーランド人に化けたフランス人の友達に理由を尋ねると、このひとはワイン醸造家の娘なので、「フランスでは好きなワインが作れん」という。 村ごと、斜面ごとに、ここはピノ、ここはガメと決まっているので、ちょっと暖かくなってきたからシラーをつくるべ、と思っても、ダメ、とゆわれるのだそーである。 そこへいくとニュージーランドは他の一事及び万事と同じでテキトーなので、何を育てても文句をゆわれない。 イギリス人たちは、「だっていろいろなことが自分達で作れて楽しいじゃん」というのが最大公約数の意見であると思われる。 残念ながら東アジアから来るひとびとは、すでに出来上がったものを自分で受容したいという理由が多いと聞く。 「医療制度がこっちのほうがいいから」「教育制度がこの国のほうがよくて安い」 「就職がしやすくて賃金が高い」 いわば、移住のくれくれ君組であって、こういうひとは、何を考えているのか、よーわからん。 想像するに、こういうくれくれ君的立場から「国家」や「社会」を見ているひとびとは、多分、社会や国などというものは自分達がトンテンカントンテンカンと手作りするものだ、ということを知らないのだと思われる。 「与えられた国」なんて、くだらねー、とわしは思うが、日本にいるあいだも、(誤解かもしれぬが)、国というのは初めから何だか動かしがたい姿で在って、いわば封建社会のとーちゃんの親玉みたいなものだと感じているひとが多かったような気がします。 日本人は世界中の人種差別主義者や鎖国主義者、民族浄化信奉者から彼らの理想の国として変わらぬ熱狂的な尊敬を受けつづけているが、外にでてゆく日本人の数の少なさは、あるいは、そういう日本の文化の極端に閉鎖的な特徴よりも、この「国は自分でつくるものだ」という考えの欠落からきているのかもしれません。 印象としては、ここでいう「日本のひと」には20代や30代のひとははいってない。 憑き物がとれたよう、というか、人種差別マニアとでもいいたくなるような異常性を見せる特殊な「日本人」と違って、若い日本のひとびとは、(当たり前だが)いかにも、ふつーのひとたちです。 肌の色が違うひととも、言語が違うひととも、ふつーに同じ人間として話ができるので、安心してつきあえる。 話題も共通であって、音楽でも絵画でもアニメでも、文学とテレビ番組以外は、わしらと見聞きして育っているものも同じなので話しやすい、ということもある。 はやい話が、この世代のひとは世界のどこにいってもたとえば食べ物屋を開くときに「日本料理屋」を開くのではなくて、普通のカフェを開いて、気張ったことをしているとは思わない。 … Continue reading

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