Daily Archives: August 23, 2011

「落ちこぼれ」の弁

「ガメ、きみは騙されているんだよ」と言ったときのTさんの真っ青な顔色を忘れられない。 わしは、その頃、大きな開発をまるごと買い取る話をすすめていて、仕方のない成り行きでほぼ自分の人生がかかっているような具合になってしまっていた。 去年の二月頃の話です。 ブログを昔から読んでくれているひとたちのために言うと、あの最初から最後までバカバカしい(というほどの価値もない)なりゆきの「ごぼう」の頃ね。 みなが憶えているように、いつのまにか英語の達人になった500人ばかりの「はてな市民」たちによって、わしは「ニセガイジン」ということになったが、だから、そういうことはどうでもよかった。 どうでもよかった、というのが不適切ならば、それどころではなかった、のでした。 詳しい経緯を書くわけにはいかないし、そういう気持ちも起こらないが、Tさんが自分の会社の金庫から盗んできた一枚の紙は、わしを騙して何○億円という金額をまきあげようとする、そういうことを計画することを得意とする人達特有の巧妙さでつくりあげた、およそ現実味に欠けるといいたくなるほど、精妙な計画が記されていたのでした。 わしは、混乱して、ぶっくらこいて、あわあわしていただけだったが、BKやPCをはじめとする、わしのスタッフは素早く活動して、わしを救い出すのみならず、相手を破滅に追い込んでいった。 ずっと後になって、わしは、わしを陥れようとしたあの香港人の「右腕」だったTさんとモナコに近いフランスの町であったが、そのときも「なぜ助けてくれたのか」を訊いたのに、Tさんは、なんだか不思議な、悔しそうな表情を浮かべて、わしを見つめるだけだった。 別れるときに、ふと、思いついたように「ガメ、きみは自分というものに感謝したほうがよい」とゆった。 たった一瞬しか時間を共有しなくても、強い友情を感じるということが人間にはある。 旅行しているときにもあります。 28年も生きていれば、だいたいどういう人が自分の友達なのかもわかってしまう。 でも誰が自分を救ってくれるのかは判らない。 わしは、どこまでもアホなので、むかし、まるで理屈というものを無視して、わしと一緒にいようとするモニに、なぜ、そうまでして、わしという不良と一緒にいようと思うのか訊いたことがあった。 いま振り返ってみるといかにも幼かったモニは「あなたを愛しているから」というだけだった。 泥酔したわしがからかうように、なぜわしを愛していると判るのか訊くと、「あなたには判らない言葉でわたしには判るのです」という。 わしは、モニの子供っぽさに笑ったものだったが、ここまで読んで気がついているひともいるに違いない。 賢しらなわしの魂よりも一途なモニの魂は、遙かにたくさんのことを知っていたのであって、わしは、ほんとうにくだらない人間だった。 モニがわしに向かって差しのばしてくれた腕にすがって、わしは、ここまでやってきたのに過ぎない。 日本人の友達から来たメールによると、件の作家のひとは、あの後も、わしには見えないところでこそこそわしの悪口を言いつのっていて、そのなかのひとつで、わしのことを「白豚の落ちこぼれ」とゆっているそうだが(^^)、わしは太っていないので「豚」はあたっていないが、落ちこぼれは当たっているであろう。 学歴という意味ならば、わしの出た学校は「世界大学ランキング」みたいな進研ゼミの企画なのかこれは、ちゅうようなランキングではよくわからん評価が高い大学なので作家の出た大学がどこか知らないが、あんまり、そういう譏りを受ける必然性はないようだ。 とゆーかあの作家がトーダイなのかキョーダイなのか知らないが、そーゆーのって、「イジメ」ちゅんちゃうのか(^^) でもさ。 わしの学歴やなんかは作家がわしのバカっぽい文章から想像したよりも高いようだが、「天才作家」にゆわれなくても、「おちこぼれ」だよねえー。 あまりに当たっているので笑ってしまいました。 あの自他ともに認めるエリート作家のように、他人を絶対者として裁判するほどの大才に恵まれた人とは違って、わしは、わしの友人達と同じで、神様の世界が信じられなかった「おちこぼれ」なんです。 お互いの知性に相談しながらちまちまと暮らす、謂わば、零細知性者の群れなのである。 おちこぼれ同士手をとりあって、なんとかやってゆくべ、と呟いている心象風景というようなものは、作家やインターネットでもっともらしいこと(放射性物質は危険でない、私は言葉など信用していない云々)を盛んに発言して言いつのる作家のネット相伴のような「天才集団」には判らないもののようだが、 いいも悪いも、 それしかやりようがないからな。 「人間の真実」みたいなものは、落ちこぼれと罵られる、わしらの側にしかないと盲信してやってゆくしかないと思うのです。

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なんてったってアイドル

むかしからこのブログを読んでいてくれる人々は熟知しておるように、わしにとっては「アイドル」とゆえば、なんとゆってもAlizéeでごんす。 そ。このブログに何でも出てきた、あのひと。 「ロリータ」 で大ヒットをとばして、登場したアリゼに青春を捧げて自爆した高校生は多かったと思う。 わし自身もアリゼの曲なら殆どフリ付きで歌って踊れるのだとゆわれている。 のみならず、わしのお友達になろうと思えば、モンティパイソンのすべてにエピソードに通暁していることと、アリゼの歌がすべて歌えることが一次試験であった。 モニのほうがずっと綺麗なひとだが、アリゼはいかにもアイドル顔であって、バカタレな高校生たちにとっては、尊崇しやすかったのであります。 男ガキどもには、みな青春の日々にきゃあきゃあゆったアイドルがいるのであって、義理叔父に訊いてみると、このひとの頃は「キャンディーズ」ちゅうグループだったようである。もっとも、Uさん(このひとは日本人・30代前半です)のように十代のときのアイドルが「京マチ子」だったひともいるので、必ずしも同時代のひとが好きであるとは限らない。 この「アイドル」というのは、要するにバカガキのバカさにつけこんだマーケティングだが、そもそもその淵源はどこにあるのだ、と考えて歴史を遡って尋ねてゆくと、日本では フランス・ギャル が、嚆矢であるようだ。 輸入モノなのね。 このFrance Gallという人が演じさせられた役割は、多分、アリゼのマネージャーがマーケティングを模倣した役割で、子供の雰囲気を保つように言い渡しながら、一方では性的な暗喩を豊富に身にまとわせた。 ずっと後になって、Gallは、妙ななめかたでアイスクリームをなめさせられたり、キャンディをしゃぶらされたり、バナナを口にふくまされたりしたことの意味を、何年かそういうことをさせられてから知って、怒りと恥ずかしさで身が震えた、とゆっている。 いまとは異なる60年代前半の社会において、まだ18歳になるかならないかだったGallは自分が性的な譬喩を演じていたことにまったく気がついていなかった。 しばらくは鬱病のようになって家の外に出るのも嫌だった本人がインタビューで述べている。 アイドルというものの特徴は、男の側から一方的に押しつけられた殆ど妄想の領域だけで存在が可能な性的役割を公衆の面前で演じてみせねばならないことだが、これがいかに男のアイドルにも女のアイドルにも負担が大きい仕事かは、日本でも、所属事務所の前の舗道に立って、自分と同じくらいの年齢だと見れば、喧嘩をふっかけていたという郷ひろみであるとか、ビブロスというクラブで、ちょっと見栄えの良い男の子と見れば手当たり次第に押し倒していたというSなどの、東京人に伝わる話を聞いているだけでも判るような気がする。 本質が性的な商品なので、スポンサーと性的関係を強要される、というようなことも実際にあるようだが、日本の芸能ビジネスのひとに聞くと完全に強要される、ということはないそーで、どちらかというと、本人がチャンスを求めて性的な関係と引き換えに仕事を手にしようとすることが多いという。 そういうことでまで「わたし、がんばります」な世界なんだよねえ、と、このまた違う機会にブログの記事にしたい、とても興味深い複雑な人間性の人は、自分の業界の事であるのに、半ばうんざりしたような投げやりな調子で笑って話したりしていたものだった。 こういう裏側の体液の臭いがするような話のありかたは、実は、合衆国の「子役」の世界、14歳から16歳くらいの、アメリカという国では需要が多い年齢層のガキどもが役をとろうとして、あるいは自分で手を挙げ、あるいは母親に説得されて、スポンサーのデブおやじたちのホテルの部屋に向かう世界と瓜二つ、というくらい類似していて、日本のアイドルが担っている社会のなかでの性的な役割が合衆国ではどういう形で機能しているかが判る。 それはそれで悉に検討してみると、オモロイもんであるな、という気がします。 忘れないうちに述べておくと、フランス・ギャルが日本にもってきた「アイドル」というマーケティングは、コメットさんの九重佑三子にひきつがれ、麻丘めぐみや天知真理、キャンディーズという頃に大興隆を見て、ピンクレディで年齢層の低下が極限まで進んで(わしが買った本には、最後期にはファンの中心の年齢が10歳だった(^^)と書いてある)、多分、いまは、同じマーケットは日本では部分的にアダルトビデオへいってしまったのではないかと思う事があるが、それはともかく、日本での「モーニング娘。」のような男の側からの一方的な性の押しつけマーケティングを観て、そういう手があったか、と考えたのが、フランスではアリゼ、ロシアではt.A.T.uだったのではないかと思います。 丁度、大陸欧州から東のはてまで行った「アイドル」というマーケティングが40年という時間を経て一周して戻ってきたようにも見えて、わしは、そういうことをオモロイと 感じる。 ついでに下らないことを言うと、ニュージーランドでは、「アイドル」が流行るということがない。女の社会的立場が強い社会では、男たちに「さっさと成熟しろ、ばかもん」という強大な圧力が絶えずかかっているからであって、アイドルのコンサートにおしかける男なんちゅうのは、トングでつままれてゴミ箱に捨てられるのがおちである。 「アイドル」マーケティングにはもっとも向かないタイプの「女が強い社会」なのです。 連合王国においてアリゼが一部バカ男子校のバカクラブで流行っただけで終わったのも同様の理由であるに違いない。 オモロイのは、スペイン語世界では、アイドルが流行りそうなものなのに、同じマーケットセグメントがPaulina Rubio のような人に支配されてしまうことで、他にもたくさんある 「スペイン語世界の謎」のひとつであると思います。 (記事のタイトルは、小泉今日子という人の歌だそーだ。歌も聴いたことがないし、小泉今日子という人も名前は聞いたことがあるが、どのひとだかよくわかんね でもタイトルの「音」から80年代バブルの浮かれた空気が伝わってくるようで面白いとおもう ) (画像は軍靴の響きも高らかに、韓流優遇に抗議してフジテレビに向かう日本一般市民の方々。嘘です。ごめん。浅草でなくてもセンソー寺、ですのい)

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