休題点


自分が日本人なら、案外、日本に居残ってしぶとく生きようと思うだろう、と考える事がある。
3月11日のニュースのあとでは、その場ですっくと立ち上がって「なるべく遠く」に逃げたとは思う。
日本人に生まれて日本文化のなかで育った結果、どの程度、自分の考えが現実の自分と異なるか計りにくいが、どうせ科学に興味をもったはずで、科学の「勘」もあるとすれば、問答無用、理由は後付け、職場の和も同僚の思惑も、KYもYKKもあるもんか、というので自転車にまたがり、あるいはクルマのハンドルを握りしめて、怒濤のように逃げたと思う。
東京にいたとして、多分、まっすぐに関空まで逃げて、そこからどこでもいいから遠い国の切符をくれ、とゆって、シンガポールあたりのホテルの一室でテレビを観ている、というようなことではないだろうか。

ほとぼりが冷めた頃、職場の同僚の失笑を浴びながら、「きみたちは西園寺公の故事を知らんのか」とゆってえばっていた、と思います。

でも日本のような勤勉社会に生まれればわしのようなナマケモノはビンボに決まっているので、やがてカネがつきて日本に戻るだろう。
雨が降れば放射性物質をおそれて脱兎のごとく軒下に飛び込み、それ以前は乗らなかった地下鉄を愛用し(駅ごと屋根があるからな)、食料品に至っては「安全な中国食品をおすすめしまあーす」とアホな冗談をゆいながら、コスコのような輸入食料品ばかりを扱っているスーパーマーケットに出かけて、漢字が間違っておる韓国製ソーメンや出鱈目なひらがなで訳のわからないことが書いてある「カンダ食品」の乾そばやなんかを買い込んでいるに違いない。
ペリエ(コスコはナショナルスーパーマーケットに較べてたしか一本百円くらいも安かった)を大量に買い込み、外食は産地表示を細かく行うかっぱ寿司に限定して、しみじみまずいのお、と悪態をつきながら新幹線から注文したヅケを取りだしているに違いない。

しかし、それも、6ヶ月近くも経ってしまえば、だんだん面倒くさくなって、寝る前には、もっと気を付けないとやばいんだよねえ、と考えても、たとえば友達と会って酔っ払ってしまえば、もうどうでもいいや、になって、鮨屋にでかけて「今夜はセシウムナイト」のどんちゃん騒ぎをしているに違いない。

…そう。
わしは、日本にいて現実を直視し続けて生きるなんて無理だ、と思っているのです。
人間が、そこまで強靱な持続力を保って、まったく目に見えないうえに、即座に被害が現れるわけでもない、しかも「環境的」な敵と戦えるとは信じられない。
人間の精神は、そういう事に耐えられるように出来ていない。
少なくとも、わしには無理である。

福島の原発事故の話をするときに、ゆいいつの類似例としてチェルノブイリがよく持ち出されるが、ある程度は似ていても、漏出した放射性物質が「環境」をなすほどの量である、という点でふたつの事例は決定的に異なっている。
簡単に言えばチェルノブイリにおいては放射性物質の拡散から「逃げる」ことが出来たが、日本の場合は、それが出来ないのです。
どう隠そうとしても、おいおい明らかになると思うが、日本は北の北海道から沖縄に至るまで、汚染されてゆくことになると思う。
岡山県産の箱に詰められた福島県産の大根という経口被曝はもちろん、たとえば、海に流出したすさまじい量の放射性物質は風で飛散するヨウ素同位体とは異なって、ほぼ海岸線に沿って日本を周回するような動きを見せると思います。
ニュージーランド人はひまさえあればカヤックばかりやっている人間が多いが、そのひとりとして、海流の動きは、おおざっぱな海図に描かれたいわばマクロ的な動きと異なって、陸伝いに動いて行く海流があるのは、みな知っていることである。
だいたい陸から50キロくらいまでの水が、そういう動きをすることを考えると、
水がもたらす汚染は深刻であると思う。
日本の政府は、地下にもぐってしまった大量の核物質について何も言わなくなってしまったが、たとえば地下水脈、ということひとつとっても、どこにどうつながって、どんなふうになっているか、誰にもわからないはずで、「判らない」ことを逆手にとって、研究者達に対して「危ないと言えるなら、証拠をだしてみろ」とすごんでいるが、くだらないにもほどがある、というか、あの態度で「政府は誰のためにあるのか?」と誰もいいださないのは、日本に民主主義が到頭最後まで根付かなかったことを、政府のひとびとは挙げて感謝していることでしょう。

違う文化のなかに出ていって幸福になる、ということの難しさを、わしは義理叔父の知り合いの日本の人たちを観察することによってある程度知っている。
ある人の娘さんは、ニュージーランドの家には庭があって虫がいる、ということが耐えられなかった。借家の持ち主(この人は、わしもあったことがある。「気の良いニュージーランド人」の典型のような人だが)が、「土足」で玄関からラウンジを抜けてテラスへ歩いていったことにも、どうにも我慢がならないようでした。

ある30代の男の人は、すでに(ビジネスクラスでやってきた)ニュージーランド航空の機内で、「ニュージーランド人客室乗務員たちが、やたらとエラソーな口の利き方をする」ことに耐えられなかった。
レストランでウエイトレスをしている高校生くらいの女の子でも、全然、客としてへりくだってくれないので自尊心を大いに傷つけられたようでした。
ご多分に漏れず、というか、このひとも日本に戻って「ニュージーランド人の日本人に対する人種差別」を熱心に説いて歩いているよーだ。

合衆国でも、よく、そういう例を見聞きする。
英語圏全体が、いまは、国外からの移民を大量に受け入れて、その結果、あらゆる面で激しい競争がある。
それまでの、のんびり社会とはまったく違ってしまっています。
合衆国は日本とは比べものにならない学歴社会であって、アイビーリーグの大学+スタンフォードに、あといくつか、ま、そーゆー選択もあるわな、の大学を出ているのでないと、まず絶対に社会の上層に浮かび上がれない(同窓生社会だから、という理由もある)が、もうそこで、いったいどうなってんねん、というくらい優秀な、中国人やインド人との競争にさらされる。
そういうと、また怒る人がいるだろうが、いくら怒っても、日本人が(多分、教育制度の失敗のせいで)全体に桁違いに知的競争力が低いことは、合衆国では周知の事実であると思います。
日本社会に生まれることには、知的な世界ではおおきなハンディキャップになっている。

日本の人が得意な分野は、したがって学問やテクノクラートとしての訓練よりも「手先の器用さ」や「美的感覚」が重要な分野で、そういう分野では、日本人であることは大きな有利さとして働く。
「ニホンジン」である、というのは、スタイリストや盛りつけが重要な料理、ヘアドレッサーというような職業ではかなり強烈な「ブランド」なんです。

だから、若い日本の人は、そういう美的感覚を必要とする仕事についてアメリカという巨大な競争社会に飛び込んでゆくことが多いが、仕事においても、「なぜ自分は他人より仕事が出来るのに評価されないのだろうか」というフラストレーションがだんだん大きくなって耐えられなくなってゆくように見える。
こういう人がもつ「性差別なのではないか」「人種差別なのではないか」という猜疑は、他のたかだか留学生くらいで、日本でのように甘やかせてもらえなかったひとびとがぎゃあぎゃあとガキじみて騒ぐのに較べて遙かに妥当性があるが、あれは、絶対に不可視に出来ていて、その構造は日本の文系上級役人の社会にとても良く似ている。
自分がほんとうには受け入れられないのだ、と考えて、頭のよいひとたちほど失望してしまうように見えます。

英語でmentorというが、研究室内や社内で、あるいは人生そのものにおいて有力な後見人が出来ない場合には、まず、この状態から脱せられることはない。
アメリカの「フェア」さは、実際には「同窓生的紐帯」よりも、一見公平と相反しているように感じられる、これによって保障されているところがあるかもしれません。

ところが、日本のひとは後見人候補との人間関係において英語世界では卑屈と見える態度をとることが多く、よくそれで失敗してしまう。
英語世界で生き抜いて行く日本人が往々にして女性であって、しかも、「突撃○○」と呼びたくなるような、日本社会では「傍若無人」「態度悪い」「性格きつすぎる」のレッテルが付きそうなひとが多いのは、そういうひとたちには卑怯さや卑屈が微塵も感じられなくて、わしなどが観ていても、おもれえええー、と感じるひとが多いからだと思います。

閑話休題

日本は競争を厭う社会であって、しかも、お互いに頷き合うことが出来て、にっこり笑ってすごすことを至上命題としている社会である。
そのためなら、思ってもいないことを口にして、相手を喜ばすくらいの人間としての不誠実は「朝飯前」です。
不誠実、と言ったが、無論、これは西洋の基準なので、日本の基準に照らせば単に習慣に従っているのに過ぎない。

かなり高級な料理屋でもアジア的な気楽さを保っているレストランであるとか、社会全体が「家の中の居間」であるかのような気安さとか、日本には、明治時代に競争原理が持ち込まれる前の「社会のありよう」が生きていて、そこにどっぷり浸かってくらしたい、というのは日本人としての基本的な欲求であるように見える。
弛緩した、といいたがるひともいるが、要するに日本はそういう「個を捨てて全体でマシュマロな生活をする」社会なので、わしは、日本が西洋原理で動いているわけでない以上、そーゆーやりかたもあるべな、と思ってます。

特殊、という言葉はなんとなく嫌なので使いたくないが、日本は、自分が滞在した経験からいって、やはり、とんでもなく変わっている、と思う。
帰化することに決心して、日本で話題になったドナルド・キーン先生などは、「日本を変わっている変わっているとばかり言うのはよくない」というが、それは先生自身が(噂通り)ものすごく変わった人だからではないか(^^)と思ってしまう。

日本の特殊性は個人が日本から出て行って他の社会で幸福を満喫することを阻んでいると思うが、しかし、国そのものは「環境全体」として汚染されているので、居場所を変えないで生きて行くと、かなり高い確率で寿命が短くなりそうである、寿命が短くなるだけならいいが、ロシア人が小規模な村の単位ながら目撃した、数年後に起こる健康の全体としての破壊、彼らが「病気の花束」と名前をつけた、(症状を読むと免疫不全によって起こるように見える)それまでの医学書には載っていない「無数の名前のない病気」に悩まされながら生きて行くのはたまらん、というのが、多分、日本の人がいま置かれている状況だと思うが、そうであれば、わしにとっては、これは「不可能選択」です。

ツイッタを読んでいる人は判るが、わしがまたフクシマのことを考えたのは、あるホテルから来た外国人顧客向けの一枚の手紙だった。
わしは、そのホテルが政府とは独立した見地から達成したという「滞在の安全」を信じたいと思いました。

でも、どうしても信じられなかった。
それはいまの状況では、彼らが持ち前の誠実さでどんなに注意深く水を濾過し食料を選択しても達成が不可能なことであると考えたからです。

そうやって考えているうちに、わしは思わず「自分が日本にすむ日本人だったら」と考えてみて、なんだか、目が眩むような気がしました。

こうやって行きつ戻りつぐだぐだ書いているうちに、わしは「個人のための後退戦マニュアル」という、あのバカ記事の先を書き継ぎたいと思うようになった。
いろいろ調べて見て、もっと具体的な後退戦術について書いてみようと考えます。

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4 Responses to 休題点

  1. コマツナ says:

    >ところが、日本のひとは後見人候補との人間関係において英語世界では卑屈と見える態度をとることが多く、よくそれで失敗してしまう。

    ここのところをもう少し具体的に、または少し詳しく説明して
    くださいますか。とても興味があります。今、職場で、
    似たような状況があるかもしれなくて。
    mentorについて書かれている箇所です。

  2. コマツナどん、

    ご返信が遅れました。

    >ここのところをもう少し具体的に、または少し詳しく説明して
くださいますか。

    残念ながら日本人男性には「不必要なおべっかを言う」「思ってもいない見え透いたお世辞を言う」という定評があります。
    「やっぱりデイビッドさんは、日本に対する理解が深いですね」っちゅうようなことを言うが、それが、単に「箸が使える」っちゅうことだったりします。
    それでいて、こっちの話をロクスポ聞いてない。
    聞いてないのに、周りが笑うと、さも可笑しいように笑う。
    なにが可笑しいのか訊いてみると、答えられなかったりする。

    しかし、これは、いわば日本の習慣の「翻訳」ですのい。
    日本のひとは、ただ、日本の社交の儀礼に順って英語に移し替えているだけですが、それが英語人には、
    とんでもない不誠実、卑劣、と映ってしまう。
    「つられ笑い」も日本ではふつーのことで、欠伸がうつるのと変わらないことのようだ。
    (英語人は「つられ笑い」しない)

    不思議なことに、日本の女のひとは逆に諧謔もボスに対しても辛辣で、それで余計に日本人男は、おべっか使いの嘘つきなんちゃう?ということになるようです。

  3. コマツナ says:

    >日本のひとは、ただ、日本の社交の儀礼に順って英語に移し替えているだけですが、それが英語人には、
    とんでもない不誠実、卑劣、と映ってしまう。

    そうなのです、ついそうしてしまうのですね、私は気をつけてますが・・・。あとで、あっと後悔したり。
    直裁に、正直に、親切さも忘れず、が、いいかなと思っています。
    (秘書的業務なので。)

    仕事メールで何かを頼む時、日本語のほうが面倒と感じる時があります。(英語が抜群にできるわけではありません。)

    英語を使っている時と日本語を使っている時と
    性格が違うように見える人もいますが、面白いなと思います。

    >日本の女のひとは逆に諧謔もボスに対しても辛辣で

    はい、私もあやうくクビになるところでした!

  4. snowpomander says:

    いまここ2016年三月16日。ぎとぎとした夕日が沈み、山の夜の寒気のみならず寒気。「私が海外に住む外国人だったら」どうするか知っている。そして「日本に住んでいる原発から300km弱の住人である私」をどう見るかよくわかる。
    震災の時よりも今はもう少し離れた場所にいるけれど、トリチウムの水や雨や雪で異変の異常さを感じることができる。もともと科学物質過敏でいわゆるカナリア体質のうえに地震も事前感知してしまう。ある種の「気配を感じる人」でもある。定かな理由も無く震災以前から備蓄を初めていた。それが必要になることを確信していた。いつもそういうお知らせが来た時はそれに従うことにしている。ボルヴックの大量備蓄は引っ越しの際に笑われたがそんなことはかまわない。
    私の魂のメンターがそう言うのよ、であります。
    山の中の水道は地下水です。地表から染み込んだ汚染が数日してやってきます。
    空気も草木も輝きがなくまるで新聞のカラー写真のようです。
    備蓄のお水はあと3ヶ月分あります。

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