過剰な光量の午後

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メンチカツ、というものを食べたことがなかったので、モニと妹がふたりで出かけて留守になったのを幸い、つくってみることにした。
タマネギをフードプロセッサでかなり細かいみじん切りにして、オリーブオイルで気長に炒める。
湯気が出なくなって、「きつね色」に色が変わったところで、アンガスビーフを挽いた牛挽肉のなかにぶちこみます。
さまさないのか?と訊かれそーだが、挽肉がちべたいので、たまねぎは熱いままでもダイジョーブだ。
卵と2斤1ドル60セントのスーパーマーケットブランドの食パンを、やはりフードプロセッサで「パン粉」にしてあったものを混ぜながら、要するに「ハンバーグ」をつくって
カノーラの入っているフライヤを使って、ふつーにレシピ通りつくった。

結構、うまいやん、と考えました。
平たくならなくて、なんちゅうかピロシキみたいな形になっちゃったけどね。
ふくふくとした食べ心地で、肉料理というよりはお菓子のようである。
何をかけて食べるのか、よく判らなかったので、ジャンクフードなんだからトマト・ソースだべ、と考えて、トマト・ソース(アメリカ語でいうケチャップ)をかけて食べた。

食べてから、日本の人の頭の良さにボーゼンとしてしまいました。
こんなに不味そうなレシピで、こんなにうまいものをつくるなんて、頭がどうかしているのではなかろうか。

まだこうして日本語ブログを書いているが、日本の事は相当判らなくなってしまった。
わしにとって重要な「日本の素」である義理叔父がニューヨークに居っぱなしになってしまって、ニューヨークとオークランドでは時間差があわないので、あんまり話をしなくなってしまった、ということがあります。
義理叔父は、自分の会社を隠居してからは、わしの仕事を請け負ってくれているので、仕事の話はするが、仕事の話をしているときは、お互いに別頭で日本の事なんか考えていないし、言語も英語なので、全然わしが頭のなかに蒐集した「日本」の足しにならない。

日本語のニュースサイトを読んでみるものの、なんだかひとつの出来事に対する社会の反応がぜんぜん訳わからん、というか、全体に絵空事を見ているような感じがします。

社会的な事象では、簡単に言ってフクシマダイイチ以外は関心がないが、この事故がどう収拾されつつあるかが、もう判らなくなってしまった。
原子力発電というものがいかにダッサイ技術であって、増殖炉が「自爆型」とゆわれるくらい構造的に危ないので(エネルギー政策としての)論理的にも破綻していることについては何回も書いて自分でもうんざりしてきたので、もう書かないが、日本の人の「議論」は延々と続いて「トリウム溶融塩炉ならダイジョーブだ」という意見まであるのを発見して爆笑(ごめん)してしまった。
中国のニュースかなにかを見たのだろうが、まるで、新しい言葉をおぼえて浮かれて使いまくる子供のようで、かわゆいとゆえなくもない。

子供なら、かわゆいが、あんな弱火にした核爆弾で巨大ヤカンの水をわかしてます、な原子力発電のような後進的クソ技術が、原料をトリウム溶融塩に変えたくらいで、まともな技術に変貌するわけがない。
爆発しねーんだぞ、というだけのことです。
中国が最近になってトリウム溶融塩炉に興味をもっているのは、要するにこの先原子炉を輸出するときに、トリウム溶融塩炉じゃないと、核兵器開発輸出と同じになってやばいやん、という長期戦略だろうが、どうも中国のひとは相変わらず技術的センス悪いよねえ、と思うだけです。
ああいうダッサイ技術というのは、クールさをもって旨とする日本の技術伝統にまったく合致しない。
そして、文化と技術の整合性というのは、非常に大事なことなのでごんす。

早川由起夫、という火山灰のビヘビアに詳しいらしい火山学者や細胞医学(老化遺伝子)の研究者であるらしい児玉龍彦というような人が出てきて、特に火山灰のふるまいの専門家ならば放射性物質の拡散状況を調べるにはうってつけで、よかったよかった、と思っていたら、しばらく見ないうちに、すっかり「エセ研究者」「放射能は判らない門外漢のくせにエラソーなことを言うトンデモ学者」ということにされてしまっていて、いったい何故そんな悪罵を浴びることになったのかが、判らない。

なぜだろう?
と考えて、途中、攻撃者たちの、あの日本人のそういう事が得意なひとたち特有の巧妙を極めるが薄汚い口吻を我慢しながら読んでいくと。
「被災者の気持ちを考えない」
「ものには言い方がある」
というようなことが悪罵の中心にあるよーだ。

日本にいたときなら、「本当の事を言ってはいけない」ことになっている日本の文化や、
事実を正面から見る、ということを困難にしている、
自分が認めたくない事実や、存在は、論理の全力をつくして「ウソ」であったことにし、
「なかった」ことにする日本の文化と連結して、日本語で文章を書いて考えてみるところだが、いまやそーゆー気が起こらなくなってしまった。
義理叔父とひさしぶりに話しているときに「あの児玉っちゅう人が悪罵を浴びせかけられないのは、要するにトーダイのケンイだからだな。日本人のケンイ大好きブランド主義が思わぬところで良い方に働いて居るではないか。理3だからな。李さん一家、なんちて」とゆって義理叔父に窘められた、という程度です。

いったい、放射能を浴びてもたいした害にならないということになってしまえば、それ以上議論するべきことがあるのだろうか?
前にも書いたが、あとは淡々と「無害な放射性物質」に充填された食べ物を食べ、だんだん汚染(無害なんだから汚染とはゆわないか)がひどくなってゆくと思われる水を飲んで、日々の生活を過ごせばよいだけのことである。

その結果、日本ではまた原発の新設が再開されて、いまの東海村JCO臨界事故
http://ja.wikipedia.org/wiki/東海村JCO臨界事故
で十分うかがわれて、フクシマダイイチでそれよりもやや大規模に実証された、日本の原子力発電従事者の、原子力という「止められない火」を(彼らの好きな表現をそのまま借りれば)「なめきった」態度を考えれば、もう2、3発はぶっとぶだろうが、しかし、それも、放射能がいま日本のひとたちがそうだと仮定して生活しているように、低放射能を被曝しても害なんかしれたものである、ということであれば、まだ5、6カ所くらいまでは原子力発電所がぶっとんでも大丈夫な理屈であるし、諸外国にとってより重要なことは、そうやって日本の人が身をもって証明する「放射能の無害さ」がほんとうであれば、日本国内では法律上の放射性物質の許容量も諸外国ではあり得ない程度まで、あがるはずで、そうであれば、いまいくつかの国が解決に右往左往している、核廃棄物の捨て先もほぼ自動的に解決するわけである。
この先、経済がいよいよ悪くなってゆけば、丁度わしが軽井沢というところに「山の家」をもっていたときに(って、まだ家自体は考えてみるとまだ「持っている」わけだが)、隣の小諸という町が経済の不振に困って、近隣市町村の廃棄物をすべて小諸で処理する代わりに多額の支払いを受ける、という、結局実現したのだかどうだか、もうわしにはわからなくなった計画をすすめていたが、それと同じことを日本もやるだろう。

そんなバカな、ときみは一笑に付すだろうが、そこで一笑できるのは、いまの日本の、どんな人間でも青ざめるしかないような、深刻な経済の不振と財務的な危機を知らないからです。

そーゆーことや、あーゆーことで、日本のフクシマダイイチに関連したニュースを見ていると「すごいな」と思うが、これも、そのうち、二三年後にはカリフォルニアの住民くらいは騒ぎだすだろうが、だいたいそのくらいで終わりそうな事件として、落ち着いていくもののようである。

「山の家」の車庫に眠っているクルマが、もったいない、と考えるようになったので、クルマの整備を頼んでいるひとに言ってニュージーランドに送ってもらうことにした。
そのうちの一台は、もともと遙々連合王国からやってきたものなので、あのクルマはご苦労にも地球を半周することになったわけです。

請求書を送ってもらったが、そのなかの3千円だかなんだかが、よく判らなかったので訊いてみると、「放射能チェック費用」だそーだった。
最近、日本からクルマを送ると、放射能値が基準(そんな基準があったのか)を超えていて送り返させられることがあるとかで、日本側で事前に検査することになったのだという。

アメリカ行きの食品などは、まだろくすぽ検査されていないようであるのに、クルマは一台一台検査する、というのもヘンな話だが、そうやって段々、気を付けて行くことになる、ということでしょう。
へえっ、と思います。
「でも、日本では放射能、ダイジョーブ、ちゅうことになってるんちゃいまんのん?」と訊くと、電話口のFさんは「あっ、なあーんか、タブーなんですよ、その話」と明るい声で言う。
「ぼく、英語のベンキョー始めたんですけどね」
「危ないかもしれないんで」

そーゆー感じなのか。

そうすると、この後の展開は、捕鯨問題に似てきて、放射能がこっちのほうまで流れてきちゃったじゃないか、こら、と怒るカリフォルニア人たちに、日本人のほうは、「それは白人の『おれさま理屈』で、当の日本人がこうしてピンピンしているのに、勝手に放射能が危ないってことにして、文句つけてくるんじゃねーよ」とか、そういうことになるだろうか。
もっとも捕鯨問題においては日本側には、あれをやめると路頭に迷う大勢の元農水省役人のひとびとがいて、一歩も譲るわけにはいかなかったが、原子力発電については、やめると太平洋の両側で路頭に迷うひとびとが大量に出る上に、グリーンピースは内部をよくまとめてまるごと「原子力発電反対」だが、他の「グリーン」なひとびとのなかには、火力発電の二酸化炭素で地球が温暖化されるよりも原子力発電のほうがリスクが少ない、というひとびともたくさんいる。
そういうひとびとは「フクシマダイイチで誰も死なないではないか」という理屈を金科玉条に、原子力発電を推進しようとしている。
これが仮に自分の国の原子力発電所がぶちとんで、「見ろ、誰も死なないではないか」とかゆって、何年後かに死人が出てしまった場合、こういう「ダイジョブじゃん」説を唱えたひとびとは途方もない社会的制裁を受け、刑務所行きになるひとびとも出るが、
日本の事故ならばおとがめがあるわけがないので、安心して「ダイジョーブだ」が出来る、という理屈なのね。
(思いついたので念の為にゆっておくと、早川由起夫というようなひとを指して、「ああいう無責任な言説をなすものは西洋社会なら刑務所行きだ」と言っているひとがいたが、それはウソやん。大丈夫でないものを大丈夫だと言えば刑務所行きだが、あとで大丈夫だったと判定されたものを、大丈夫かどうか判然としない時点で「危険だ」と述べた学者が刑務所にいれられる、というようなことは、学者を刑務所にいれるのが好きな大陸欧州といえどありえない。だから、生命を脅かすかも知れないものを「安全だ」と言えない、という社会の仕組みなんです)

ともかく、原子力発電の場合、なかなか先鋭な対立、というところにはいかないかも知れなくて、なしくずしに日本は「環境化した放射性物質と共存する国」になってゆく可能性がかなりあると思う。

わしらがニュージーランドという国は、このブログを読んでくれるひとはみな知っているように、チョーえーかげんな国なので、1998年には本当はもう使用期限が過ぎていたメインパワーケーブルがクソ暑かった夏の暑さのせいで地中で溶けて、オークランドが街中大停電になってしまい、5週間も電力供給がなかった。
http://en.wikipedia.org/wiki/1998_Auckland_power_crisis
わしは、ちょうどクライストチャーチにいたので、当時できたばかりの高層マンションのてっぺんのペントハウスを買った金持ちのおっちゃんが、テレビのレポーターにマイクを向けられて、「いま、そこのフィッシュアンドチップスを買って、(そう、料理が出来ないのでね)これから、このビルのてっぺんまで歩いてあがってゆくところなんだが、住民の健康に配慮してエクササイズをさせてやろうという電力会社のサービスなんだろうから、ありがたいと思います」と重々しく述べていたのをおぼえてます。

2006年にも、変電所が壊れた、とかで半日電気が止まったりしておった。
http://en.wikipedia.org/wiki/2006_Auckland_Blackout

そうすると、みんな仕事をさぼって遊びに行ってしまいます。

ニュージーランドでは、普段から、交差点の信号がとまる、とか、ATMがとまる、なんちゅうのは、最近はなんでか、ちゃんと動くようになってしまったが、わしが子供の頃はふつーのことだった。
日本では(いまは24時間動いていると思うが)「ATMを故障なしに動かすために午前8時から午後8時までとATMの営業時間が決まっている」と知って、驚いたことがある。
ATMと言えば24時間動いているに決まっている、と思い込んでいたからです。

なにが言いたいかというと、少なくともニュージーランド人にとっては「電気が止まる」とか「ATMがとまる」ちゅうことは、それほど大騒ぎする必要があるとは思えないことなので、わしのばーちゃんがいみじくも述べたように「あんなに便利なものが壊れないわけはない」のです。
文明の利器、というのは、柱の上の変圧器から、インターネットのハブ、福島や福井の原子力発電所に至るまで、壊れるときは壊れて、4重5重にバックアップをしてあるといっても、その安全装置は人間のクソ頭で考えた「悪いシナリオ」をなぞって、そのシナリオにしたがって4重5重になっているだけなので、そのシナリオ以外の、いわば神様のアドリブで事故を起こされると、なんの安全装置もない暴発をしてしまう。

まして、「停電」なんちゅうものは、ある程度は起きてもやむをえない、とふつーに感じている。
ひとつには、そんなに徹底的に停電やATMの停止を避けようとすればコストがあがってしまって、電気代があがってATMの手数料も上がってまうやん、という理屈でもあります。

フクシマダイイチの起こしたさまざまな事態のなかで、日本らしい、と最も感じたのは「節電運動」でした。

Rolling blackoutちゅうのは、かつてのカリフォルニア名物で、夜にたとえばコンピュータに向かってプログラムを書いていると、いきなり、どおおおーんと電気が落ちてしまう。
し、しまったあ、今日はグリッド、当たりだったああーと思っても後の祭り、ということになる。
犯罪防止の観点から、「今日はどこそこの地区で停電やるかんね」とは言わなかったが、後では、それじゃ何にもやれねーだろ、ということになって、前もって「落ちるかもしれない」地区が判るようになったのだ、と記憶しています(間違っているかもしれないが)

モニとわしが、お話が無茶苦茶怖いので大好きな「Criminal Minds」では、このRolling blackoutでセキュリティシステムが止まる夜を狙って、家に忍び込んで相手を惨殺するシリアルキラーが出てくる。

アメリカの合衆国の停電は、あとで当時のエンロンが電気代のつり上げを狙って実際より供給可能電力を低く偽っていたのがばれて担当役員が刑務所に行ってしまったが、使う方も、「これ以上、電気使うとテーデンだぞ、テーデン」とゆわれても、一向に動じません。
夏になれば暑いものは暑いんじゃ、とゆってギンギンに冷房をまわすのでテキサス州のように、いきなり大停電になる。
ただでさえ暑いのに、冷房が止まるので、ぎゃあああ、あついいいい、死ね、いや殺してくれ、死ぬ死ぬ、殺す殺す、どっちでもいいから、なんとかしてくれ、と皆で大騒ぎになるが、日本では、そういう「大騒ぎ」を避けるために大騒ぎをします。

アパートの床に、ごろん、と横になって、ふうううっ、とため息をつきながら、夏眠を試みる。
頭がぼおおおっとしてきて、冷房のコントロールに手をのばしそうになるが、お、お国のためじゃ、と思って思いとどまる。

そういうことが個々人のレベルで出来るのがいいことか悪いことか、と言われれば良いに決まっておる。
ニュージーランドみたいにええかげんな国の人間に訊いても、「えらい」というであろう。

でも、それが自分達でも出来るかというと、絶対にやらねーな、とわしは日本で起きていることを観察しながら思っておった。
電気代払ってるんだから、おれに必要な電気を供給するのは、あんたの役割でしょーが、というようなランボーな理屈ではない。
単に、「出来ない」と思います。

コンジョナシ、だからですね。
わしはどうかというと暑ければ冷房をつけます。
冷蔵庫のなかから神様が、よいこらせ、と現れて、
「きみ、そんなことでいいとおもっとるのか」と言えば、
「おもってないけど、来週の日曜日には教会に行って懺悔するから、それまでは冷房つけさせてね」とお願いするであろう。

日曜日も暑ければ、回教に宗旨替えするかもしれぬ。

違うんだなあ、と思うのです。
日本のひとは、つくづく、根性が違う。
皮肉でなくて、すげえー、と思いますが、
一方では、どーしても努力してしまう、日本人に生まれなくてえがった、と思わないわけにはいかないのです。

(だって、暑いやん)
(すまん)

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2 Responses to 過剰な光量の午後

  1. 妖怪目玉 says:

    めんちかつとは、
    ハンバーグをフライにしたものですな。
    で、お味は如何に?

  2. kochasaeng says:

    そういえば、おれが東京で生活していたころだから、これはまたずいぶんと昔のことだけど、高木仁三郎というひとと知り合いで、かわいそうに高木さんは月にいち度くらいの按配で、おれとお話するハメになってて、おれは高木さんの貴重な時間を無駄にしてたわけです。だいたいは電話だったけど。
    西暦でいえば1993年ころまでの数年間だ。

    でも高木さんとは核化学の話なんて、したことない。
    ほとんどヨタ話。用件は別にあっても、そんなの1分もかかんない。
    なんでそんな話になったのか今では憶えてないけど、メキシコのルチャ・リブレの会場の覆面売りのお姉さんの真似で、「ミルマスカラス、ドスマスカラス」ってのを復唱させたり、ルチャを観るときはバルコン席のほうが盛り上がるけど、前列に座ると試合が白熱したときに、後方からビール瓶が全速力でいっぱい飛んできて危ない。しかもバルコンの縁には金網が張ってあって、それがビール瓶を「びよ~ん」って跳ね返して前からも飛んでくるから進退窮まっちゃう、というような話に爆笑してた。
    なん回か言われたのは、「いいなー。弧茶さんは」ってことだ。おれみたいな若造(当時)にも、きちんと、さん付けで呼ぶひとでした。まあ、そのうちの1回は、あきらかに「いいよなー、犬は」みたいな、「こいつお気楽でいいよな」ってニュアンスを感じたけど、本気で、おれを羨ましがってました。頭のいいひとは、みんなそうだ。おれ見て、「ああ、こいつぐらい馬鹿だったらジンセー楽しかっただろうな」って思うみたいよ。
    わかってねえな。馬鹿には馬鹿なりのユーウツとかケンタイみたいな、なんていうかアレだよ。うまく言えないし漢字も書けないけど、うまく言えないのは馬鹿だからで、ようするに馬鹿も大変なのよ、ってことなんだが、そう言っても馬鹿じゃないひとは、そんな障害も賢く解決しちゃうんだろうな。

    高木さんとの最後の会話は、おれがブン屋になっちゃうんで、もう会えないかもってことだったんだけど、それを伝えたら、「え~……」って、落胆ぎみに言われちゃった。そんなのやめたら、とか、ばかだなー、なんて言わないひとだから、「え~……」で終わりだけど、なんか考えたあとに、「それじゃ、がんばって」って。だからおれも「高木さんもお元気で」みたいなことでも言ったんじゃないかな。先生なんて呼んだことなかったから。
    いいひとでした。
    まだご存命だったら、今の日本に絶望するか怒り狂っていただろうな。
    さいきん、よく思い出すんだ。考えたら、おれって今、あのころの高木さんの歳なんだな。

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