「フクシマ」を希釈する

フクシマダイイチの原子力発電所の事故のあとで、日本の政府が採用することにした収拾方針は、少なくとも事情を注視していた外国人たちにとっては、びっくりするようなものだった。
「正しい」とか「正しくない」という以前に、そういう考えもあるのか、という驚きが先に立つようなものでした。

日本政府のフクシマダイイチ事故に対する基本的な収拾の方針は、要するに、
「福島一帯の事態を日本中に薄く広く拡大して日本全体を低濃度の福島にする」ということだった。がれきを運び出して、他県にまんべんなく再利用させる。
食品の安全基準を放射能に関しては緩めて、東北産品をなるべく買いやすいようにして、被災県の復興を図る。

こういう奇想天外な、といって言葉が悪ければ西洋頭ではどう逆さにしてふってみても、床にばんばんたたきつけても、ぶんぶん振り回しても出てくるわけがない知恵、というのは如何にも日本的だが、それにしても低放射能被曝が健康に(数年あるいは数十年後)被害を与える、という前提があれば出来ないことなので、官民をあげて「放射能よりも心的ストレスのほうがよろしくない」といいまくっていたのは、同じ文化的ベクトル上に、阿吽の呼吸で現れた、もうひとつの「超日本的」な反応だと考えれば、背景にある少し縮尺がおおきな「日本的な図柄」というものが見えてきそうです。

わしの初めの感想は、「ひゃああー、日本のひとは放射性物質が有害だ、と正面から考えるのが嫌だから、ヘンな理屈をこねてるだけかとおもったら、本気でダイジョブだとおもってたのか」という驚きでした。
ま、たしかに、何度も述べたように「放射性物質の蔓延が環境化する」なんちゅうことは、いままでに人間が経験したことのない事態なので、理屈は「危ない」ほうにも「ダイジョブ」なほうにも、どーとでも立つので、ダイジョブだ、と考える事は出来るが、少なくとも英語人は、そういう場合、「わかんねーんだったら危ないっちゅうことにして、あんまり寄らんようにせんとな、くばらくわばら」と考えるが、日本のひとは決然と「ダイジョブ」のほうに民族の興廃を賭けてZ旗を挙げてしまった。

びっくりした、というのが感想です。
こんなこと、あるのか。

こういう危急のさいに「歴史」みたいなのんびりした事をいうのは、それだけで顰蹙であるが、しかし、将来の歴史において、日本人の賭けがうまくいくにしろ、外れるにしろ、この決断だけで、歴史の教科書のおおきな項目になるのは確実であると思う。

賭がうまくいってもいかなくても、「フクシマ希釈計画」によって、初めの数年に起きる事の第一は復興のための土木工事に手をつけられることで、いまの「結局、日本のような巨大な経済を上向かせるには公共事業しかありえない」という日本の行政府の考えからすれば、「福島復興事業」は、そのまま巨大な経済のインセンティブになる、という読みだろう。
官民ともに一石二鳥で、ここでやっと震災にはつきものの「復興景気」を望める、という期待をしているのだと思われる。
日本の経済は金融技術を欠いている上に区々としたハードウエア開発技術以外はITが完全に欠落しているので、実際に有効に稼働できる産業というのは、公共事業の、土木、建設、というような旧産業の割合がバカみたいに大きいのです。
東北復興事業の本格的開始を阻んでいた「放射能」の問題がなかったことに出来れば、いよいよ冷や飯食いの旧産業にお鉢がまわって、景気の回復を起こすことができそーだ、と武者震いをしているに違いない。

賭がうまくいった、すなわち、これから政府が日本中にまんべんなくばらまこうとしている放射性物質の害がたいしたことのない場合、どんなふうになるだろう。

1 日本は放射能が危険でない、ということを生体によって実証した初めの国になる。

これは意外におおきなインパクトを世界の将来にもたらすに違いなくて、たとえば劣化ウラン弾、というような戦場の健康被害が云々されているものにおいても謂わば「使用をためらう気持ち」の閾値が低下して、核兵器が戦争で使用される確率が高まるだろうと思われる。そういう傾向に弾みがついてしまえば「核兵器の通常兵器化」に近いことが起こるかもしれない。
核兵器の使用が長くためらわれたのは、その核エネルギーの破壊力の大きさ自体よりも、その「汚さ」が問題であったので、大規模な使用は、その「汚い」放射性物質が結局は人類の滅亡をもたらす、という共通した認識があったからでした。
それが、放射性物質は低被曝を長期にもたらす程度の量であれば広汎にばらまかれても害がない、という認識になれば、軍人にとって、あるいは軍に対して使用を命令する権利をもつ「個人」であるアメリカ合衆国大統領にとって使用をためらう理由はあまりなくなる。
良心の呵責なしに核兵器が使用しやすくなる、ということになるでしょう。

2 グリーン系の党の内部で「二酸化炭素による温暖化のほうが原子力利用よりも遙かにリスクが高い」という声がたかまって、主流派になる

現在でも たとえばGeorge Monbiotのような環境活動家はほとんど熱狂的というべき態度で原子力発電を推進しようとしている。
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2011/mar/21/pro-nuclear-japan-fukushima
各国の環境保護団体や緑の党、グリーン○○を標榜する政治団体は、ニュージーランドとオーストラリアを除いて、それぞれの党派のなかに「火力発電全廃・風力発電反対・原子力発電を100%に」というグループを抱えていて、特に理論派と目されるグループには、原子力を支持する論客が多くいる。

向こう5年、という時間が経過したあとで日本政府が目立った放射能による健康被害を認めない、という場合には、彼らがグリーン党派の主流になる可能性はかなりあるはずです。

賭に負けた場合は、どうなるか、というと言うまでもない感じがするが、一応、対比の公正を期すために、二三のことは書いておきます。

1 放射能の環境化から一歩すすんで身体の「内部化」した放射能がほとんど全国民に影響するだろう

日本に5年間11回にわたる遠征をしていた頃、それでも東京のような「ものすごく日本的な環境」というのは一ヶ月いるだけでも、ものすごく疲れるので、軽井沢というところに「山の家」をもっていたのは、このブログを読んでくれているひとたちは知っているはずです。

その「山の家」を起点に、モニとふたりで日本の田舎のあちこちに出かけるのが、わしらの楽しみだったが、そうしているうちに農家の人の誰彼と仲良くなったりしていた。
そういう「庄屋さん」筋の農家のひとたちがよく笑って述べていたのは、たとえばある土地に、その土地のものが大層うまい、ということになっている名産品のりんごならりんごがあると、そのりんごの箱があちこちの県の農協に売れる、というようなことで、農家のひとたちは、「うちの農協なんか、『箱』が売り上げの一番なんだからさ」とゆって、よく朗らかに笑っていたものでした。

農家のひとびとにとっては、たいして味がかわるわけでもないのに、ひとつの土地の名前がはいっていれば有り難がって二倍三倍とオカネを払う都会の消費者を前にして、「箱」を融通して名前がない、あるいは人気がない県の産物を「応援」するのは、ごく当然な、普通の助け合い行為であることを、わしは学んで感心したことがある。

そこから、農家のひとたちの親切心によって、福島の農業のひとびとを救援するために自分の農協がある産地の名前を貸す、という行為を想像することは、どちらかといえば自然なことで、都会のひとびとが想像するような「腹黒い農家」というような姿とはだいぶん違っているようです。

農業に従事しているひとたちにとっては、ただでさえ、日頃から自分達が社会的に風下におかれている、という気持ちがあって、農業従事者同士の連帯感のようなものがあるようだ。
まして、棄農せざるを得ない立場に追い込まれた東北農家に頼み込まれて「いやだ」と言える、というのは日本のひとの心のもちようから考えて、たいへんに考えにくい事だと思います。

そういうことを考えると、人間の身体の外側で環境化した放射性物質が日本人全員の身体の内部にはいりこんで、だんだん濃度をあげながら内部被曝をつづけてゆく、というのは日本政府と民間が必死の努力を払って防ごうとしてもなお、防げない事態だという感じがする。
まして、政府が「国民全体が痛みを分かち合う」という表現で、東北産品が全国に拡散する心理的壁を取り払って、それどころか、ほとんど音頭取りを始める決心をした、という状況では、放射性物質が様々な形で、北海道から沖縄まで、全国に、薄く、まんべんなく行き渡るのはほぼ確実であると思われる。

その場合、日本ではほぼ公式に、といいたいくらいきっぱりと否定されている考えであるのを承知の上で言うと、英語人の普通の「常識」に順って述べれば、というか英語人の迷信を述べさせてもらうと、(まあ、そう目を三角にして怒らないで、鷹揚な気持ちで日本人とは異なって迷信深い未開な西洋人の信じていることを聞いてもらいたいと思うが)
わしらは放射性物質、とりわけセシウム同位体のようなものは、内部被曝によって肺上皮のような感受性の高い組織に癌がひきおこされるということに加えて、ファインマン博士が低放射能被曝をした30年後にそれが原因で死んだlymphoplasmacytic lymphomaのような自然の理由とは考えにくい、極めて特殊な癌や、それこそ迷信に決まっているが、一般的な免疫の低下を引き起こすと愚かにも盲信している。

免疫が低下すると、どういうことが起き始めるかというと、無数に考えられる「奇妙な病気」のうちからひとつ小さな、しかし、名前がちゃんとついている、ありふれた例をあげると、たとえば、あるひとは、この頃は妙にだるいなあーと考えていると、角膜上に亀裂が生じて物が二重に見え始める。
光が激しく滲んで、そちらの眼では、ものが見えなくなる。
この病気には全然わからない理由によって、必ず片眼だけに起こる、という不思議な特徴がある。
本来、人間の免疫力によって問題なく撃退されるはずのヘルペスウイルスが角膜にすくってしまうからで、これは結局は、水晶体を濁らせながら網膜へ移行して失明させることになる、免疫力が低下したままの個体では、ヘルペスウイルスは脳に移動して脳性障害も起こす可能性もあるだろう。
風邪をひいて、体調を壊した子供が肺炎を起こして死んでしまう。
フルにかかって寝込んだひとが、さまざまな臓器に名前がよく判らない感染症を同時に併発してあっというまに死ぬ。
子供が風邪やインフルエンザにかかって死んだからといって政府を訴えたら、政府のひとびとは可笑しがって腹を抱えて笑うでしょう。

そういうことが、社会のなかである程度大規模に起き始めても、日本の文化風土においては、なおかつ放射能のせいでないことに、皆が納得するだろうが、保険制度の維持は無理だろう。
仮にバカ西洋人の迷信にしたがって、これが放射性物質に原因したものであるとすれば、年よりほど影響が小さいはずなので、年金制度などは、ごくあっさりと崩壊すると思います。

2、3と書いてゆこうと思ったが、考えてみればバカで愚かな西洋人が妄想する放射能被害と、それが社会にもたらす影響など賢い日本のひとが聞くわけもなく、書いても無駄なので、もうやめておいたほうが良さそうです。

多くの日本人、就中、日本の権力機構や「権威」や、それらの尻馬に乗って、愚昧な民衆に対して「論理の鞭」をふるうのがダイダイダイスキな、数え切れないほどたくさんの日本人が声を枯らして怒鳴りあげているとおり、希釈されたフクシマ、何倍かに薄められた東北放射能の状況は全国化することが、ほぼ決定してしまったが、国全体を希釈したフクシマ化する、という日本の決定を観て、迷信深い西洋人たちが、深い深いため息をついている、ということだけは伝えておきたい、と思います。

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6 Responses to 「フクシマ」を希釈する

  1. コマツナ says:

    被災地で倒れた松を京都の大文字送り火で燃やすと放射性物質が出るから中止、福島の花火屋さんが作った花火を使うと放射性物質が拡散するから福島製の花火は打ち上げ中止、こういうニュースにどう反応してよいのか、わからなかった私です。自分のハートにしっくり来る答えが出ません。

  2. wiredgalileo says:

    前にも書いたように、
    日本の原発状況は「カネをふんだんに使ってつくりあげた北朝鮮」なので
    「日本人がフクシマ希釈化を決めた」と書かれるのは困ったことだが
    まあ全体的にいえば確かにそうなっているんだろう。

    チェルノとの比較については
    Natureに比較地図が載ってて
    http://blogs.nature.com/news/2011/09/directly_comparing_fukushima_t.html
    原発事故のタイプの違いと、放射性物質が8割海に行った日本の幸運がわかるんだが
    4基も爆発しながらせっかくこの程度の汚染ですんだのに
    それを台無しにする完全な愚行が進行しているよねえ。
    現状がこのまま行けば、たしかに、健康被害はチェルノ級になりそうだ。
    食品や汚染がれきや廃棄物から、内部被曝がどんどん蓄積する。

    大もとは、100ミリシーベルトまでは安全とか
    飲酒は2000ミリシーベルトの危険度とか言ってる
    東大等のトンデモ御用学者たちが元凶なんだろうけど
    (http://sankei.jp.msn.com/life/news/110608/bdy11060822250001-n1.htm
    とか
    ツイッターの「原発名言」アカウントを参照)
    その背景には、いまの既得権益を絶対に失いたくない人々
    小さな村の推進派から国際的な推進派から
    官僚から学者から御用メディアからヤクザからいろいろいるわけだけど
    状態をなんとか事故以前のままと思いたいという意味では
    一般の人々も含む層が
    総体となって、「たいした事故ではなかった」という現実を作り上げようとしているわけだよね。

    それに対して「現実」を提示することが必要なんだけど
    一般市民としては、ソーシャルメディアと測定機等で「闘う」しかないよね。
    そういう意味では、関東が汚染されたのは「良かった」
    というか、福島東北だけの、あるいは田舎の人たちだけの汚染だったら
    事態は簡単に矮小化されていたと思う。
    マスコミやら学者やら含む「日本の豊かな中間層」の一部が
    自ら被曝した結果、必死になり始めた。
    自分も含めて、かなり必死で勉強してるよ。
    ベクレルだのシーベルトだの、最初はちんぷんかんぷんだったものが
    感覚的にわかるようになってきたしw
    この層は、日本全体からするとわずかかもしれないけど
    有効な「起爆力」にしていかないといけない。

    ところで、前にもちらっと書いたけど、
    太陽で非常に大きな太陽嵐が起こって大規模停電が起これば
    連鎖反応的に原発が冷却不能→爆発が起こる危険性があるのではないだろうか。
    これだけはなんとかしてくれ。と言われても困ると思うがw
    頭のいい西欧の学者とか技術者とかも、この問題は無視してるのかなあ
    1000年に一度の津波が起こったんだから
    1000年に一度級の太陽嵐だって起こりうるはず。
    人間の社会はこれまで、それが危機になることはなかったけど
    いまの電気依存社会ではこの問題、非常な危機だと思うんだけど。
    (1859年の規模の「超」太陽嵐がもし現代の世の中に発生したら http://bit.ly/pyGGpf 等)

  3. wiredgalileo says:

    (いちおうこちらに投稿)

    2ちゃんではときどき興味深い社会勉強ができるんだけど、原発事故の1カ月くらいああとだったかな、暴力団の幹部がパニクって、「これで原発が止まってしまう。そうならないように、市民運動のやつらを殺さないといかん。これからは脅しのためにわれわれが殺しを行う暗黒社会になる」と言い出したのを目撃したことがあった。

    で、いま思うのはさ、無茶苦茶な基準とかで汚染物質を拡散したり妙な「除染」したりといった非合理が現在まかりとおってるけど、これは、彼が言っていた「暗黒社会」のソフトバージョンなんだなと。つまり、すぐ人が殺されるわけではなく表側はきれいな社会が保たれているけど、緩慢に人を殺しつつ、「彼ら」がカネの動きを確保する方法だったんだろうなと。

    前も書いたけど、反原発運動をやってる人たちは、以前からけっこう、妙な脅迫やいやがらせを受けてきた。いま思えばあれはやっぱり、実行部隊としては暴力団が、「ソフトに」警告していたんだろうね。

    メキシコでは麻薬ギャングがすごくて、もう自治体やメディアを抑えてて、一般市民は自衛のためにソーシャルネットで情報を集めたりしてるんだけど、このごろネットにもギャングの弾圧が入り始めて、何人か見せしめで殺されたりしてるそうだ。まさに暗黒社会になってるわけで、日本はそこまでは行かないけど、実際にやってることの根本は似たようなもんだよね。麻薬にせよ原発にせよ、ダーティなお金がだぶつくことで、ダーティな勢力が社会の支配勢力に入り込んでしまうんだね。

    チェルノブイリの後、ドイツはまじめに議論したし、アメリカは原発を民間企業に任せ、健全な市場原理が働いた結果、むやみな拡大はしなかったけど、日本は「問題の隠蔽」に莫大な金をつぎこんだ。すごい予算を使って「安全を宣伝」し、一方で、事故は起こりえないものとされ、訓練もろくろく行われなかった。暴力団やらメディアやら学者やら官僚やらがその莫大なカネに依存するようになり、いまの異様な状態になってしまった。彼らすべてが、原発という「国家的集金マシーン」に依存するようになってしまった。
    ほんとうに、バカがカネを持つとロクなことはないよ。

    国家や電力会社は莫大な資金を使って、一部の村人を抑えるだけで原発を建て続けるというシステムになっていたわけだけど、今後はこの仕組みを変えないといかんですね。まずは、地方自治体はまだ「民主主義」が効きやすいから、そこからやっていくという形かな。

  4. 亀子 says:

    読みました。日本に居たら自分が壊れてしまうと感じられたのでしょう。内部被爆も恐ろしいけれど、見殺しの現場は更に恐ろしい。「福島のガキを逃がせ」というガメさんの叫び声が形見です。

  5. 亀子、

    >読みました

    妹よ。
    きみはいつのまに日本語をおぼえたのじゃ。

    亀夫

  6. snowpomander says:

    いまここ、2016年3月17日朝、天気予報では各地は四月の暖気に包まれる。黴が生えそうな陽気。体調不良はインフルエンザと食中毒だと思う人が多いだろう。
    時間の淘汰を受けずそのまんま有効な亀神殿のお告げで朝の覚醒。

    ここ数日は当時の体調が甦ってきて臓腑が解毒したがって大変。
    魂のこもらぬシャブリは美酒でも記憶の甘露は無い、言葉も同じ。
    だので、ときどきガメさんの日本語には魂が付着していると知った次第です。
    今朝、感じたことは「当時の再現は頭ではなく身体が担っている」です。
    養生せずにこれほどの不具合をまともに吸収していたら「現実希釈脳」になっていただろう。
    意識と臓腑のメルトダウンの中に自分を放り出せません。

    タイムワープした現地報告:「希釈効果」策は各地蔓延、フラクタルに拡散中。グリーン系の方々は放射能より「希釈効果」されたぞんざいな認識のほうが恐ろしいと気づいたらし。

    霊歳桃視歌[2016年の宣託]
    ジェームス・F氏はアバター亀夫に芽生えた独立した人格を捨てるだろう。
    冷菜凍死家氏はアバターのジェームス・F氏も捨てるであろう。
    日本語というお気に入りのツールがヒエログラフになり絵はがきになる時に。

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