小さな太陽のある午後


あんまり観る気がしないので観なかったが昨日はニュージーランドのテレビ局が日本の東北大震災の特集をやっていたもののよーです。
日本語の友達に失望される、あるいは悲しませてしまうかもしれないが、自分の心のなかを覗いてみると、目下、焦眉の急、と意識されているのは世界の「どひゃっ」になりつつある経済のほうで、やりとりするメールも電話もスカイプもテキスト・メッセージも、殆どクソ経済についてであって、日本の「に」も出ては来ない。
ギリシャのオカネモチたちがいよいよオバカ反応で煮詰まってきたので、もうものすごく危なくなってきた。
ここの一角が崩れてしまうというと、隣のイタリアもワッハッハになって、スペインもダイジョーブだダイジョーブだ、と叫びながら救急車で搬送されることになって、ガリシア語を見れば判る、仲良しブラザースのポルトガルも寂静となって、翻って眺むれば、アメリカ合衆国の大統領は、とっくのむかしに左前になっていた経済の再建よりも先に、どうしてもやってみたかった国民保険制度に手をつける、という、どーゆープライオリティ感覚をしとるんじゃ、の経済音痴っちバラク・オバマであり、そのままずうううーと、視線を移していって太平洋を横断すると、いまや本人たちがバブルの大崩壊を予測してありとあらゆる手をつくして海外に資産を逃避させ続けている中国人たちの、殆ど夜中の3時のマカオのカシノ化した経済が爆発寸前の中国がある。

はっはっは。
すごい、スリル。
まるで戦艦陸奥の火薬庫で、夜中にこっそり煙草を喫いながら博奕にふけっていた旧帝国海軍の古参水兵のような生活ですけん。

合衆国や欧州のような「巨大な船」が沈没してしまうと、ニュージーランドのようにちっぽけな船も、もちろん巻き込まれてしまう。
前回のクレジットクランチのときも、ニュージーランドの金融システムがオーストラリアの金融システムの部分に過ぎない、ということが理解できない(相変わらず)頭の悪いアメリカ人の金融アナリストたちによって「アイスランドの次はニュージーランドだ」と言われたが、オーストラリアが中国にやや依存しすぎな今回の状況では、前回よりは影響がおおきいに決まっている。
ここから先は、日本語のヘンなブログで話していても仕方がないので、英語や欧州語のフォーラムで話したほうが良いが、つまり、オーストラリアとニュージーランドでもてーへんだべな、ということです。

今年の年末と来年はモニとわしの特殊な、考えるだけでほっぺがゆるんでしまう事情によって、予定していた旅行はすべてキャンセルになって、珍しくもニュージーランドにずっといることになった。
家の手伝いをしてくれるひとたちも増員して、もうすぐモニかーちゃんとモニかーちゃんの一座のひとびともやってくるものだと思われる。

あまりにやってきて滞在するひとが増えそうなので、モニとわしの家は、ラミュエラという、比較的大きな家が多いこの辺りのなかでも、大きな家であると思うが、パーネルの家に加えて、ちょうどいい機会だから、もう一軒家を買おうかと思っておる。
相変わらず、ほとんど行きもしないロンドンに機能の中心がある冷菜凍死のオークランドの事務所も拡張して、そんなにながいあいだニュージーランドにいるんだったら、冷菜凍死以外のショーバイも、一個、でっちあげちゃるか、と思ったりする。
「ギリシャ崩れ」とか「オバマ崩れ」と名前がついてしまいそうな経済の大崩壊がほんとうに起こるものなら、あらゆるビジネスにとっては大チャンス、とゆって悪ければ、自分が思いついたアイデアを試すには最もよいタイミングだからです。

モニとふたりでコヒマラマの浜辺のベンチに座って、砂浜で遊んでいる子供たちや、マンガ的なくらい目つきの悪いカモメたちが、お互いに牽制しあっているのを見ている。
街灯の上に留まっているカモメを追い落として自分がその街灯に立ってあたりを睥睨したいカモメが、しばらく闘争を繰り返して、ついにはカモメの上にカモメがのっかって立つ、というカメラをもってこなかったのを心から後悔させられるような「大事件」も起きます。
風も、弱まって、暖かくなってきた。
コートを着ているひとたちに混じって、キャミソルにショーツの夏のいでたちの女の子たちが歩いている。
コーヒーすら飲まないで我慢しているモニさんと、ほっぺを寄せ合って、デコをくっつけて、どうしてわしらはふたりに分かれていて、ひとりではないのだろう、と訝る。
午後があっというまに過ぎていって、ノースショアの向こうへ駈けくだった太陽が、北半球の人口が稠密な地域では考えられない強烈な光線を芝に反射させている。
なにがなし、もっとオトナになれ、と催促されているような気になって、わしは、
そろそろ、もっといろいろなものを捨てなければ、新しいところには行けないようだ、と考えている。

わしの大好きなAna Torrojaの「Letras de sal」
http://www.youtube.com/watch?v=DPf0uOMIulE

は、
Sólo quería verte feliz todo el resto me daba igual
と話しだすところで始まるが、これは
「あなたが幸せでいるのを見たかっただけで、あとはどうでもよかった」
ちゅうような意味です。
そんなふうに言うのは照れくさくてカッコワルイが、しかし、わしが日本語ブログを書き出したときに考えたことは、要するにそういうことだった。
やってきてみると、なんだか、いつも難しい顔をして、自分達お互いを苦しめるためだけに刻苦精励しているように見えた日本のひとに、「もっと気楽にやればいいじゃん。テキトーでええやん」と言いたかったのだと思います。

そのうちに、なんだか訳のわからない理由で、ほぼ全身憎悪と敵意だけで出来ているようなひとびとが現れて、しかも彼らの卑劣でマヌケな攻撃努力の理由が「もっと認められてよいはずの自分の赫赫たる自己の存在を示したい」というだけのことで、そんなんで他人をいくらでも殴りつけてよい、と思っているだけだというのを発見して、温厚で成熟したオトナであるわしと雖もうんざりしてしまったので、だんだん日本が嫌いになってしまったりしたが、しかし、遠征が終わって、「こちら側」の世界に帰ってくると、こういうとドナルドキーン先生は怒るだろうが、あの日本という途方もなく特殊な世界で起きたことには何も現実感がなくて、
楽しかったことだけしか記憶に残らない。

おまえの読むに堪えない日本語なんかチラシの裏にでも書いてろ、とか、日本語が気持ち悪い、と言ってくるひとは年中あっても、ほめてくれる人はほぼいないので、ある人が賞めてくれたのが嬉しくて、わざわざ日本からそのひとの本を買ってしまった。
ところがこのひとは「いじめ」の専門の人だったので、おー、わしが日本で遭遇したあれは「いじめ」だったのか、と、マヌケにも、そのとき初めて気がついたのでした。
なにしろ、現実の世界では、わしをいじめる、というのは、イメージとしてはゴジラをいじめるというのと何も変わらないので、ほぼ修辞的矛盾といってもよいくらいありえない。
あれは、いじめだったのか、と発見して、(集団でいじめにやってきた、あのひとやかのひとには悪いが)にんまりしてしまった。
これから後の人生で、「わしはイジメにあったことがあるのだぞ」と友達に言いふらして歩けるからです。
どーせ、聞いたやつは信じないだろーが、友よ、コンジョワルの日本のひとびとに聞いてみたまえ。
ほんまだから。

フクシマダイイチの事故は、日本のひとに「個人に帰れ」「全体の一部でいてはいけない」「部分は全体の一部なのではない」と告げている。
急いで個人に帰らなければ、日本人全体が民族として破滅するだろう、と警告している。
もうすぐ出かけなければならないので、長大になるに決まっている、日本的ないじめの特殊や他のことが示唆する日本人が部品として訓練されることになれていて、個人であることを自分自身の心理状態から閉め出していることやなんかを、いまは書かないが、
ひとつだけ、いま考えていることをメモとして書きとめておくと、日本人が個人を捨て去ったことについては
わしには、いつかナマハゲ作家とその郎党が集団で襲ってきたときにも述べた、日本近代の出発における「誤訳された欧州文明」が大きな契機になっていると思っています。
以前に、「欧州文明の誤訳」と書いたら、「大学で研鑽をつんだ猛烈に勉強した学者が精魂をこめて訳した訳文にそんなに間違いがあるわけがないではないか」と猛烈に抗議してきたひとがいたが(^^) あのね、そーゆーことではなくてね、わしが「誤訳」という言葉でゆっているのは、カタカナのスプーンはもうspoonとはちゃうねんで、別物であって、まったく同じスプーンでも、スペイン語世界のテーブルに置かれているそれと英語世界テーブルに置かれているそれはすでにして異なるもので、(物理的には同じスプーンでも)日本語世界のテーブルに置いてあるそれに至っては、欧州語世界のなかに置かれたspoonでもよろしい、cucharaでも構わない、cucchiaioでもложкаでも、そーゆーものとは、まったく異なったものである、と言っているのです。

少なくとも中世の日本人は、普遍的で欧州人が瞥見してもすぐに認知できる「個人」だった。
あの「武士」という名前の農場主たちは、数は少なかったかもしれないが、そういう言い方をすれば自分のことしか考えなかったし、彼らが知っていた「公」は個人の内側のほうに視点があって、どんな場合でもそれに照らして検証されなければならないものでした。
禅のような、厳しい内省的な宗教の奥深くまで当時の日本人の魂がはいってゆけたのも、そのせいでしょう。

そういうほぼ普遍的な「わしはわしだかんね」の時代が16世紀の終わりまで続いたもののようである。
怪しくなってきたのは、「武士」というものに憧れた佐賀藩の軟弱なサラリーマンが頭でっかちの観念ででっちあげた「葉隠」くらいからで、クリスチャニティと出会って西洋には「思想」ちゅうものがあるではないかとパニクった新渡戸稲造がこの退廃的な思想を「西洋思想」の対抗馬として担ぎ出したあたりで日本人は観念のなかで空転する宿命をもった民族に変容していったように見えます。

太平洋戦争で完全にたたきのめされるまで、近代を通じて、一貫して経済に対するまともな理解力をもたなかった日本の支配層は、内地法を適用しない変形したモノカルチャ型で経営のスタートを後藤新平がうまい具合に生産性の高い形につくった台湾を除いて西洋から形だけ借りた植民地の「経営」ですさまじい赤字を垂れ流しながら、常に経済不振の解決を戦争による他国の侵略に求めてきた。
それは「領地が増えれば自然と入金が増えるんちゃうの?」というに等しいうえに、まるで現地の人間の反逆心を奨励するかのように残虐であったのに経済上の徹底的な収奪は伴わない、というまるでただ憎まれるためにだけやっているような不思議な植民地獲得だったが、その空想的な感じのする野心を乏しい国力で実現するために、日本は軍事を頼みにしてきました。

国全体を教育を通じて兵営化しようとした日本の努力は「おかみ」にはポーツマス講和条約後の日比谷暴動を最期に常に忠実だった近代日本人の国民性が手伝って、国家をまるごと軍隊化してしまうというアクロバットを成功させてしまう。

そういうあざとい国家の運営は欧州をあるいは無理解からあるいは恣意でもって誤訳することによって輸入されたさまざまな考えによって達成されたが、これは国家の運営としては極めて賢明な方法で、ちょうど西洋でいえば、ドイツ人が何かの弾みで、天国の実在をすっかり信じてしまって、ドイツ国が天国(銀座の「てんくに」でなくて神様がヒマをこいているほうね)に派遣した留学生が口を揃えて「神様がユダヤ人を殺せば、おまえたちの血は清められて千年の栄光と繁栄を約束されるであろう」と言った、というのと同じことで、社会で起きうるすべての出来事に「正解」が書いてある教科書としての架空な「西洋」を機能させることによって、国家のおもいどおりに国民を傀儡することも出来れば、さらに大事なことは国民に自分の頭脳で考える事を停止させることに成功した。
そこからあとは、国民自身が思考だと信じているものは実は社会によって用意された選択肢から選ばせられているだけのことなので、言い出すことに予測もつけば、どういうふうにでも対応もできたのだ、というふうに見えます。

日本にいるあいだ、わしは、本来のびやかないいかげんさをもっていた日本というクールなマイクロ文明をまじめまぬけの軍隊に矮小化しようとする、そういったことのすべてが気に入らなかったが、いまフクシマダイイチによって不安の淵にたたきこまれた日本のひとびとは、「自らの将来の死」をぐっと間近に見ることによって、放射性物質が結果において有害でも、たとえ無害でも、その不安によって、「社会の部分ではない自分」ということを真剣におもいつめはじめたように見える。
自分が人間として幸福になるしか自分達の社会をよくする方法はないのだ、と気がつき始めたように見える。
いまの日本の状況は希望と呼ぶには悲惨にすぎるかも知れないが、それでも、わしは敢えてその無残な姿をした焦慮に満ちた社会とそのなかに閉じ込められた唇をかみしめた大勢の人びとの魂を「希望」と呼んでも良いのではないかと思っています。

Kia kaha Japan!

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3 Responses to 小さな太陽のある午後

  1. nenagara says:

    >「もっと気楽にやればいいじゃん。テキトーでええやん」と言いたかったのだと思います。

    うん。それは伝わっていたものと思います。
    「ゲーム屋さんのアルバイトをしているバックパッカーで貧乏なイマドキの青年」っていうのがガメさんの最初の印象だったから、そんな若造に「気楽にやればいいじゃん」って言われても「お前は気楽でいいよな」と思いそうなところ、「もっとこの人の言葉を聞いてみたい」と感じていたのが自分でも不思議だったのを思い出した。

  2. コマツナ says:

    ガメさん。記事の中の良いことのほう。
    おめでとう、といって良いですよね?
    おだいじに! 

  3. odakin says:

    昔は今ほど毎回読んでなかったんで(なんかガメさん書いてもすぐ消してたし)知らないんだけど、ガメさんの日本語が読むに堪えないなんていう人が本当に居たんですか?信じられない。少なくとも俺よりは上手いと思うんだが(いやそれは当然かw)

    ほんとに居たんだとしたら多分読むに耐えなかったのは日本語が下手だからじゃなくて内容が自分に刺さったからじゃないかな。気にせんでよろし。

    あとおめでとう&お大事に。

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