ガメ・オベールからの手紙_2

わしは金持ちの家に生まれて、何不自由なく育った。
徹底的に甘やかされていたうえに、長じては起きては遊ぶ毎日で、今夜もはめはめな、とんでもない下品な週末を含めて、ろくでもない高校生活を送りながら、しかしスカでない大学に行って、なあーんとなくむかしからオベンキョーのひとだったような顔をして、知性が人間の肉体を借りて歩いているようなカシコイ友人もたくさんできた。

わしのブログがだいたいにおいて面白くないのは、そーゆー実生活のせいであると思われる。
なにもかもうまくいってるやつのブログなんて、読むやついねーよ。

ほんまをいうと、両親の家を例にとれば、家というよりは会社みたいなものであって、家を宰領するおじちゃんがいて、家の面倒をみるために働いているひとびとがいて、「家」とゆってもなんだか人間がいっぱいいるのです。
かーちゃんがイングランドのクソ冬には、ニュージーランドにいるのがよい、と思いついたのは、溺愛する長男(わしのことね)が、可愛かったからだと思われる。
わしと同じ環境のバカ息子によくいるモンスターになると、かわいくなくなって困る、と思ったのかもしれません(^^)

夏でも、まだ太陽さんが大空で楽しげにルンルンしている、8時には絶対にベッドにはいってなくてはならず、どうかすると6時にベッドに行けといわれる。
ちゃんとお行儀良く座りなさい。
あなたは、挨拶の仕方がなってないではありませんか。
そんな物腰では大叔母さんが悲しみますよ。
わしの社会特有の躾は、厳しいのを通り越して、かーちゃんととーちゃんはサディストカップルかしら、児童福祉所に手紙を書いていーつけてやる、と考えたが、
しかし、両親がわしを溺愛しているのはよく知っていた。
おとなしい、もの静かな子だったからだと思います。
(笑うな、ばかもの)

こんなことで、いーわけがない、と思い立ったのは、いまを去ること9年前、19歳の夏の日であった。
前の日の晩の夢で、乱れた不純異性交遊(なんという美しい日本語だろう)のあまりちんちんが腐って、壊疽っぽく黒くなって、ぼとっと取れて落ちてしまう、えそっぷ物語(註1)な光景を視たからではありません。
こんな切実味に根本から欠けたぱちもんのハーレクイン小説みたいな生活を送っていると、将来の就職先がブティックのマネキン人形しかなくなってしまう、と思ったからでもない。

「なんだか、これじゃ、ダメだな」と思ったからです。
どーも、ダメだ。
なにが?
それがわからないから、ダメなのよ。
いったい、おれは何を考えてるんだ。

そーゆーわけで、わしはミニホーローをしようと思いついたようだ。
放浪という言葉が嫌いだし、チョイワルおやじ、という、吐き気がしそうな、惨めったらしい、というか、そんな卑怯な姿勢で人生をわたっていいとおもっとるのか小心ハゲ、というか、だいたいてめーはこそこそ大学卒業したりしておいて、生活が安定しちゃったわ、とかいう薄汚い満足が浮かんだ顔をさらしているだけでもくだらないのに不良のふりだけするなんて、ぶち殺したろーか、このクソデブ、というか、
そーゆー感じのする言葉も日本語には存在するよーだが、
それとあまり変わりませんね。
恥ずかしいことだ。
でも、自覚はあったのよ。
ビンボななりをして、「家畜クラス」と異名をとるエコノミ席にのって旅行をする。
だから、なんだよ。
尾羽打ち枯らしても、家までたどりつけばカネモチの暮らしやん。
インチキでしょう。
そんなプラスティキィな発想で、いったい何が学べるというのだろう。

しかし、わしは、やってみたかった。
なんで、という理由はありません。
別に「違う自分」なんか探していたわけでもない。
ただ、なんでもかんでも完備されているクソ生活に飽きただけです。

子供の時からニュージーランドにいるあいだは、お手伝いのひとはひとりいるだけだったので、皿洗いや芝刈りはわしの仕事だった。
馬の世話やでかいものはヘリコプターの羽根をぶんぶんまわして一挙に蔓を破壊する「雑草とり」のおっちゃんに頼むが、細々した雑草とりもわしの仕事なら、いま思い出しても、かーちゃんが先生になって、妹と3人で並んでする壁のペンキ塗りも大好きな「仕事」のひとつだった。
料理はもともと好きだったので、だいたい家事は自分でやれた。
人間にもっとも必要な能力は、男にとっても女にとっても、要するに「家事」という言葉でくくられる能力で、それさえあれば世の中を渡っているのに苦労はないと思われる。

そーゆーわけで、わしは、19歳の夏、前年に5枚10ドルで買った「I♥NY」のニコちゃんTシャツの胸をおもいきり反らしかえって飛行機の後方のどんづまりからにこにこしくるいながらパスポートコントロールを抜けて、自信と希望に満ちてJFKに降りたったのだった。

それからどうなったかを書いてないところが、このブログですのい。
いちばんオモシロそうなところの前で終わっていて、60年代のアメリカのテレビドラマみたい。
たいていおとーさんだけが黒い色の髪をした、パツキンの家族が、青い眼を見開いて、「まあー、素敵だわ」をする缶スープのコマーシャルが出てきそうです。
Oooooh ! That’s my girl!
のやつね。
よく見ると、家族が全員、おとーさんにライフルで惨殺されて、墓のなかで幸福な夢を視てるんちゃうか、と思うに至る、あれみたい。

わしがマンハッタンで行った十全外人第一の事業たる冒険や、アフリカンアメリカンたちとの友情や、マンハッタンで再会したモニとの恋物語は、わしの大事な宝ものなので、ここではきみたちにはおせーてあげません。
この先もおしえてあげないかもしれない。
ケチなんだよ、わし。
それに、こーゆーことは、他人に話すと自分の魂が少しづつ減ってゆくよーな気がする。

ミニホーローを繰り返した結果、わしはホーロー鍋になった。
誰も、生まれてから大半の「こーゆーもんだすねん」だった素わしを知らない毎日のなかで、わしは(あたりまえだが)学校でよりも遙かに遙かに多くのことを学習した。

どんな人間を信じるべきか。どんな人間を信用してはいけないか。
信用できない人間でも信用しなければいけないのはどんなときか。
信用できる人間でも信用してはいけないのはどんな場合か。
人間が本来できるはずのない意思疎通を思わずしてしまう奇跡のような瞬間や、
受け入れてやりたいものを、どうしても受け入れてやることが出来ない悲しい瞬間を学習した。

教室では、わしはわれわれの無知を学んだが、通りでは、人間が神にすぐれた価値を学んだ。
人間の神に勝れた価値?
そんなもん、あるわけねーじゃん、ときみは言うかもしれん。
でも、あるのよ。
人間の愚かさ、人間が一刻一刻に全霊をそれに投企する、
人間の愚かしさのことをわしはゆっているのです。
愚かであることは神を驚かす。

今度は、それを話しにもどってくると思う。

(つづく)

註1:「壊疽(えそ)っぷ」「イソップ」のだじゃれでごんす

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4 Responses to ガメ・オベールからの手紙_2

  1. ponpoko says:

    写真の女性、キレイな方ですね!
    ガメさんの影響を受けたわけでもないのですが、色々と思うところがあって、ブラジルに日系人の研究に行ってきました。

    ブラジル最高でした!!
    で、自分はブラジルに住むことにしましたよ。

    まぁ本文とは関係の無いコメントで申し訳ないですが、とりあえず報告しときたいな、と思いまして。

    あと、何もかもが上手くいってようが、面白いものは面白いですので、これからも面倒かも知れませんが、ブログを日本語で書き続けて下さい。

    • ぽんぽこどの、

      >ブラジル最高でした!!
      で、自分はブラジルに住むことにしましたよ。

      ブラジル、行きてえ。
      甘いもんとコーヒーがむちゃくちゃうまいねん。

      >本文とは関係の無いコメントで申し訳ない

      本文とは関係のない本文が続くブログなので、なんとも思いません。

      >面白いものは面白い

      本人は、読み返すとつまんないので、あーあ、あーあ。きゃああー、と思ってるの。
      飽きてきたのだね、きっと。
      もっと革命的に日本語がうまくなんねーかしら。
      自分で書いたものを音読していたら鬼神が部屋に現れて泣いた(^^) という中国の詩人みたいになったらかっこええのに。

      >写真の女性、キレイな方ですね!

      本人にゆっておきます。

  2. コマツナ says:

    ガメさん ちょっとご無沙汰しておりました。

    先日見たとき、、死の扉を閉ざす、というようなタイトルと
    美しい上高地の写真が出ていたように思うのですが、
    消してしまったのですか・・・・・・・?他にもいくつか
    消したようですが・・・・・。ですので、ここに書きます。

    あの文を読んでいたとき、ガメさんは詩人なんだなぁと
    表現の上手さに感心してしまい(ちょっとゴマすり?いや本当です)、
    肝心の書かれていた中身を忘れてしまいました。

    ガめさんは詩人の修辞法を使って、真実を私たちに伝えようとしているのだ、と思っています。

    きょうはこちらでは「文化の日」で休日です。
    かつて「文化の日」に小津映画の特集をテレビでやっていたことが
    ありましたが、今日はその気配もありません。
    不気味で静かな「文化の日」です。

  3. コマツナさま、

    >美しい上高地の写真

    あそこのT国ホテルいーよね。
    ガキンチョのとき親切にしてもらって嬉しかったのを忘れられない

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