映画な夜


いまちょうど遙々ロンドンからどんぶらこどんぶらこと航行しつつあるコンテナ船があって、このコンテナ船に乗っているフルコンテナのひとつは、わしの荷物です。
いったん日本からロンドンに送ったものを、また今度はニュージーランドに移送している。
モニさんに由来しためでたくも特殊な事情により、予定より長くオークランドにいることになったので、一部計画を変更することにした。

このコンテナのなかに、日本語の本やDVDも入っている。
最近はJB-Hifiやなんかにも、日本のアニメや小津や黒澤や、あるいは溝口までもドバッとあって、しかも価格も同じデジタルリマスター版ならデジタルリマスター版で日本の価格よりも安いので、本当は送らなくてすませられるのもたくさんあるが、船の移送は小さなコンテナか大きなコンテナの選択しかないので、めんどくさいから今回は日本語DVDをすべて送ってしまうことにした。

日本の文化に接近してよかったことのひとつに「むかしの映画」がある。
わしは、自分では小津がやはり好きです。
小津安二郎の映画が外国人に判りやすいのは、ひとつには、小津映画がほぼビリーワイルダーのコンテキストで出来ている、ということがある。
本質的にアメリカ映画なので、溝口健二の映画などに較べて判りやすい。

アメリカ映画の最良の部分のコンテキストのなかで、日本的な情緒をもって呼吸し会話し、悲しみ喜ぶひとびとを観ているのは、えもいわれぬ、という表現を用いたいくらいの快楽で、世の中にこんなオモロイ映画があっていーものだろーか、と外国人たちをうならせる。
絵柄としても、あのチョー有名な「ローアングル」からワイルダーの映画を撮っている。
真に天才だと思います。

小津映画に出てくる日本が当時の日本でなかったことは、多分、日本のひとが想像するよりもたくさんの外国人が知っている。
あの小津の「家庭」に出てくる和洋折衷の広いラウンジ、車両全体が個室になっている一等車にただひとり黙然と腰掛けている主婦の前のテーブルで揺れている一輪挿しの薔薇、というような情景が現実の、といって酷ければ、一般の日本人の生活でないことくらいは、知識がなくてもふつーの頭があれば想像がつくことでしょう。

小津安二郎の描いた「日本」はすべて作り物で現実には存在しなかったことは、本人がいちばんよく知っていたと思う。
しかし、ここで大事な事は、その「作り物の日本」が日本人である小津の頭から生まれたものであることで、太平洋戦争の後半をシンガポールで連合王国人たちが残していった倉庫のイギリスとアメリカの映画に耽溺することで過ごした小津は、当時のハリウッド映画のコンテキストとそこに描かれた生活を借りて、あるいは紅茶茶碗を緑茶の茶碗に、ホットドッグを(当時はまだ珍しかった)ラーメンに、歯をみせて笑う微笑みを僅かにゆるむ頬の筋肉に、ていねいにひとつづつ置き換えることで、長い中国戦線暮らしで目撃した、どうしても好きになれなかった現実の日本社会の向こう側に「こうでなければならなかった」はずの日本を描いてみせた。
安定した興行成績を誇る一方で映画評論家には「いつも同じ」「なまぬるい日本でだけ通用するマンネリ映画」と罵倒されながら、一向に倦むことなく「小津映画」を作り続けたのは、自分が描いている日本など、現実と架空の区別もつかない「進歩的」な映画評論家たちの言とは異なって、どこにもなく、自分が描くのをやめれば、たちまち砂上の美しい楼閣のように消えてなくなるのを知っていたからだと思われる。

わしは、もう何十回観たか判らない「東京物語」を別にすれば、因果にも駄作中の駄作とされる「お茶漬けの味」とやはり駄作と目される(「浮草物語」の自分自身によるリメイク)「浮草」(大映版)が大好きだが、「お茶漬けの味」は特に、「架空な日本」を通して「真実の日本」が胸に迫る体の、なんともゆわれない冷たさと暖かさが混淆した映画であって、最後にお茶漬けの作り方もよく判らない、料理など自分でやったこともない我が儘な主婦と夜中に南米への飛行機が飛ばなくなって羽田から戻ってきた亭主との、長年連れ添った夫婦のやりとりを装った、まるで昨日出会った恋人同士であるかのような情熱に満ちた会話は、実はそのまま40年代のハリウッド映画のものである。
しかし、それが日本という場所に置き換えられることによって、どれほど素晴らしい場面になったことだろう。

「麦秋」も「早春」も「秋日和」も、「秋刀魚の味」も、呆れかえるモニを尻目に、よく夜中まで見続けて過ごしたものだった。
あの傍若無人な楽しみがまたやれるのだと思うと、
いまごろは赤道祭をやりながら、どんぶらこどんぶらことニュージーランドに躙(にじ)り寄りつつあるコンテナ船の到着が、指折り数えて待ち遠しいような気もするのです。

「Criminal Minds」を第1シリーズから第7シリーズまでぶち通しで観たのが病みつきになって、「The Closer」果ては「CSI」とそのスピンオフまで、アメリカ人の生活上の「ナイトミア」につけこむような恐怖を描いた犯罪テレビシリーズのDVDを買ってきて、エピソードを何ダースも一気に観る、というのがすっかりモニとわしの習慣になってしまった。いまは観るものがなくなってきたので到頭「CSI:Miami」を観ているところです。
むかし、たとえばマンハッタンのテレビで観ていた頃はモニとふたりでDavid Caruso演じる主人公がいちいち「闇…だが、それはある者達にとってはやさしいものだ」なんちゃうのが、ディアブロの主人公みてーなどとゆって失礼にも笑い転げていたりしたものだったが、あらためて第1話から怒濤のように観てゆくと、
Speedの死のエピソード「Lost Son」
http://www.youtube.com/watch?v=t7Rcx4eX7Vw&feature=related
などは涙なくして観られない。
このエピソードの遙か前に伏線があって、この英語人好みの性格をもったCSIは銃の手入れを怠る癖がある。
それが死を招いてしまう。
せっかくスピードルの人となりに馴染みだしたところなのに、撮影が忙しいからって、やめることなかったのに、とつい現実の事情を思い浮かべてしまうが、しかし、悲しいものは悲しい。

テレビというものはなかなか環境が大事であって、まず座り心地というか横たわり心地のよいカウチがなければならない。
モニとわしは縮尺的に日本の人よりもやや大きいので、日本で売っているカウチはダメであった。
輸入家具、いっぱいあるよ?というきみの声が聞こえてきそうだが、でも、あれ日本用にサイズを変えてありますのや。
小さい。

サイズが十分にあって横になってモニさんの膝に頭をのっけって観られるサイズの居心地のよいカウチを揃えたら次はスクリーンで、これは大画面でなければならないと五箇条のご誓文にも書いてある。

日本滞在中は広尾山の家と軽井沢の「旧・山の家」にはテレビを置いていなかったので、
リモコンでうぃーんうぃーんと降りてくる150インチスクリーンとプロジェクタを使っていた。スクリーンは20万円もしなかったと思います。
それにホームシアターセットをつないで観ると、銃撃戦になると思わず身を伏せるくらいの臨場感がある。
茂みに潜んだバンパイヤ・スレイヤーのバフィさんが友達に囁くと、まるでカウチの横でモニとわしに囁いているように聞こえます。
そんなオーバーな、というだろーが、ほんとでんねん。
ドルビー社が儲かったわけである。

オークランドではサムソンのフルHD50インチと(サラウンド・ホームシアターシステムでない)音楽用のステレオセットをつないだものを使っている。
「テレビラウンジ」にはプラズマが、「わしのオタク部屋」には同じ大きさの液晶があるが、ポーズに決めてモニといちゃいちゃしていると、そのあいだに残像が焼き付いてなかなかとれないことを除けば、映画やなんかを観るにはプラズマのほうが具合がよいようだ。
「テレビラウンジ」のほうでいうと、HDMI端子にPS3、Apple_TV、MacMini、SKY_TVがつながっている。XBOX360もRCAでつながっているが、ゲーム部屋のXBOX360と違って、これはあんまり使っておらなくてもったいない。

Apple_TVとMacMiniは、すげー便利です。
Apple_TVのオンラインストリーミングのレンタルは余り使わないが、ホームシェアリングで家中のAppleに散在している映画やテレビ番組を取りだして観るのに適している。
フルHDは昔のコンピュータ人の「テレビをディスプレイに使う」という夢がついにかなって、コンピュータのディスプレイとして使える解像度になった。
わしがツイッタとかで、「二本晴夫のやり方に錨が爆発」したりして轟沈しているのは、遙か彼方からワイヤレスキーボードでツイッタしているときが殆どである。
眼がわるいほうじゃないんだけど。
ちゃんと見えてひん。

そうやって設えた居間で、カウチでごろごろしながらモニとふたりで犯罪ドラマを観て手を握りしめ合って「どひゃあああ、こわいよおお」をしたり、去りゆく青春の少年のひと夏の物語にしくしく泣いたりするのは、なかなか楽しいものである。
カンドーしながら、手をのばして届くところにTim Tamのラズベリー味、とかがなければならないのは言うまでもない。

しかしながら家で映画を観る、というのはもちろん邪道なので、月に二回は映画館に行かないというわけにはいかない。
むかしは、南半球にいるときには、わざわざメルボルンまで出かけて映画を観ていたのは何故かというと、ニュージーランドにはふつーの椅子で映画を観る映画館しかないのに、メルボルンには、小さいテーブルにシャンパンをのっけて、オリーブを食べながら、レイジーボーイ
http://www.reclinerwarehouse.net.au/
式に、のんびり映画を観られる「ラプレミエ」があったからで、いまはオークランドの映画館にもある。
ふつーの映画料金よりちょっと高いが、メニューから選べる食べ物もあればワインもシャンパンもあります。
第一、モニとわしは平日のいちばん人気がなさそーな時間帯にでかけるので、誰もおれひんし。
だあーれもいない映画館で、でっかいカウチに埋もれてシャンパンを飲みながら「世界最大映画スクリーン」に映る、俳優や女優のCG修正が歴然として肌を眺めたりするのは、なかなか楽しい午後の…いや、そういう皮肉な態度というのはよろしくないので、言い直すと、大きなスクリーンとクリアな音響のなかで観る映画は、やっぱり映画は映画館だよねー、という気にさせられる。

「映画を観に行く」というのは、いまの時代でも、なんとなく浮き浮きした午後の過ごし方で、わしは映画を観て、帰りにモニとふたりで夕飯を食べて帰る「デートだぜ」な夕暮れ時がいまでも大好きである。
おもしろかったねー、とふたりで話しながら、駐車場に歩いて、なにがなしタメイキをついたりしながらレストランへとクルマを走らせる夜は、やはり楽しい。

日本でも鎌倉の家に泊まったときに、クルマで茅ヶ崎にある映画館にでかけたことがあった。
帰りに夜中の国道から脇へそれて、松林のある海岸を散歩したのをおぼえておる。
あの夜は、ふたりで、珍しく満天を飾っている星をみあげながら腕を組んで砂浜を歩いて楽しかったが、思い出してみると、あれも「映画デート」の影響で、楽しかったのだと思われる。

そーゆえば、むかしアメリカ軍将校のおねーさまと横須賀基地の映画館でデートしたことがあったな、と一瞬思い出したり、いやいやそんなこと思い出したらモニに悪いやん、と思って狼狽したり、映画の夜はいろいろで、しかも密接に人間の魂にからみついているような気がするのでした。

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6 Responses to 映画な夜

  1. たろさ says:

    世間様の許す理由がないと行動できない日本人がとたんに評論家になる秋にようやっとなってきました。でも昨日はコートがないと出歩けないほどだったのに、週末に20℃とか信じられない。四季はなくなって夏と冬だけになっているような気がする。

    最近42型のTVに日本のアンプと中国製のデンマークの会社のスピーカーを揃えて7.1chのホームシアターシステムを作ったらこれがなかなかよくて映画を見るのが楽しい。
    TVを除けば20万くらいでできるからぜったいやるといいよ!と友達にもすすめて最初は「え~」と難色を示していたやつも家にきて聞かせるとだいたい買っていく。ふふふ…。

    でも8畳の部屋じゃ音の広がりはそれほど出ないのかな?と思いつつもうこれ以上はそうそう望めそうもないのでオットマン付きの無印の1万円のチェアでコーラを飲みながら悦に入っております。

    茅ヶ崎館には行ったことがあるのに恥ずかしながら小津映画をキチンと見たことがなかったので「東京物語」「麦秋」「お茶漬けの味」の3本セット1300円のをAmazonさんに頼んでみました。父も母も黒澤より断然小津派なんですけどね…。

    ガメさんが茅ヶ崎の高校生のような映画→海コースをたどっていたかと思うとなにかうっふっふと思ってしまいます(笑)

  2. たろさどん、

    >でも8畳の部屋じゃ音の広がりはそれほど出ないのかな?

    十分と思うけど。

    >オットマン付きの無印の1万円のチェア

    わしが座るとこわれそーですのい(^^)

    >茅ヶ崎館

    わしが行ったのは「マイカル本牧」だかなんだかにある映画館ですがな。あれて、フロアのウルまでNZの映画館に似ていてホームシックを誘われるものでしたのじゃ。

    >ガメさんが茅ヶ崎の高校生のような映画→海コースをたどっていたかと思うとなにかうっふっふと思ってしまいます(笑)

    そーだったのか。
    うふふ。

    • たろさ says:

      ガメさんだと体が入らないのではなかろうか 笑 >無印イス

      あ、茅ヶ崎館とゆーのはマイカルの映画館じゃなくて小津監督の定宿になってた旅館なんです(うわ、今までずっと「テーシュク」だと思ってた)。
      たしか東京物語の脚本もここでかかれてたんじゃなかったかしら。

      駅から図書館までの道を歩いてちょっとずれた先にある、なかなかいい雰囲気のとこなんす。庭もいい。

  3. たろさ、

    >茅ヶ崎館とゆーのはマイカルの映画館じゃなくて小津監督の定宿になってた旅館なんです

    「えええー、「ホワイトハウス」って渋谷のラブホテルじゃないのおおー!大統領の借家なのおおおおー!? どんだけえええー!」みたいな無知を公開してしまった。
    はっはっは。豪快すぎるわ。
    慌ててかしこぶると蓼科の「雲呼荘」はおぼえておったのだがね。

    >なかなかいい雰囲気のとこなんす。庭もいい。

    己が無知のあまりの衝撃で、こたえる気力ねっす。

    • たろさ says:

      ふっふっふ、日本語や古文のことすら負けて地元のことまでガメさんのほうが詳しかったらさすがに立つ瀬がなかろうと知らないふりをしてくれたんでしょう。やさしーなー!

      雲呼荘…。
      うちも祖父母が住んでいた「山の家」が長野市のはずれにありまして、夏休みにそこから出かけて古い家を見たのですがその中に小津監督ゆかりの家があったような。

      でもこんな愉快な名前だったら絶対覚えてるだろうから別の場所でしょうね 笑

  4. たろさ、

    >地元のことまでガメさんのほうが詳しかったらさすがに立つ瀬がなかろうと知らないふりをしてくれたんでしょう。やさしーなー!

    どうしてわかったんだ。
    (嘘です)

    >小津監督ゆかりの家があったような。

    へえええー。
    長野ていいところだよね。わし大好き。

    ところで、わしは、先に書いたコメント返信、
    「えええー、「ホワイトハウス」って渋谷のラブホテルじゃないのおおー!大統領の借家なのおおおおー!? どんだけえええー!」というのが日本語表現として我ながらたいへん気に入ってしまった。素晴らしい。
    どこかで使いたいと思ってます。

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