パジャマと公共

「その貧しさときたら、胸がわるくなるほどだった。まったく、いま思い出しただけでもいやだわ」とNさんは吐き捨てるように言う。
それから(見ていて驚いたことには)怖気をふるう、という言葉そのものに身体を、ぶるっと震わせまでする。
Nさんは、かーちゃんがクライストチャーチにいるときのスクォッシュの相手であって、酪農家のひとです。
スクォッシュコートの近くのカフェで、かーちゃんと会うことになっていたので出かけていったら、かーちゃんと一緒にコーヒーを飲んでおった。
Nさんは背の高い愛想の良いひとであって、なにごとによらず的確な意見を述べるのでわしが嫌いなひとではありません。
金髪を短く刈り込んでいて、毎朝10キロ走るアスリートでもある。
ものごとをはっきり言うひとではある。
わしが「東京に行ってたあいだは..」と何かの話題の拍子にいいかけると、遮るように自分が酪農の視察かなんかで北海道に行ったときの話をする。
「日本の話なんて聞きたくない」といわんばかりの様子ですねん。
いかに日本人が貧しくて、泥の中をはいまわるような悲惨な生活を送っているか、あれほど「第三世界的」な世界だと思わなかった。
ニュージーランドに移住してきた日本人たちは、西洋化していて、わたしたちと同じ生活をしているけど、本国では、悲惨を極めている。
(どひゃっ)

Nさんの勢いがついた言い方にも、わしはぶっくらこいてしまって、Nさん、ほんまに日本に行ってきたんすか? 搭乗便まちがえて、中国の奥地とかに行ってきたんちゃう?とゆって大笑いしてしまったが、しかし、それでもNさんは、ガメがどうしてそう言うのかは判らないが、自分で見たものは見たものだから、とゆって譲りません。
オオマジメに日本人の「悲惨な貧困生活」について述べている。
わしが数字を挙げて、ニュージーランド人の平均収入と日本人の平均収入を較べるとむかしは日本の半分、いまでも3割方向こうのほうが高いことを述べても、数字は数字だろうけど、自分は自分の目のほうを信じる、と当然とゆえば当然の理屈で信じてもらえない。
それにしてもNさんの「日本人の生活がいかに貧しいか」という描写は詳細を究めていて、しかも一種の情熱が籠もったもので、日本のひとが聴いたら、よっぽど怒るだんべな、というていのものでした。

「見栄えがよい」ということは、西洋文明においては非常に大事なことである。
なんちゃってもっともらしくゆっておるが、わしがそのことを「発見」したのは日本滞在によってだった。
それまでは特に「西洋人は外見を大切にする」というようなことを考えたことはなかった。

田舎にでかけて、コーヒーを買いに立ち寄ったコンビニエンスストアでパジャマのまま買い物に来ているひとたちを見たりして、考えるようになった。
スコットランド(ハイランド)の田舎町にコンビニエンスストアがあったら、じいちゃんたちなどは、夜中でもパジャマをえっこらせと脱いでネクタイを締めて背広を着て「うまか棒」を買いに行くだろう。

バルセロナの主婦は、つい先の2ブロックもないところにある八百屋に行くのにも服を着替えてイヤリングをつけて化粧をして出かける。
家の中ではアザラシが岩の上で午寝をしているときに着ているようなええかげんな服を着ていても、一歩玄関から出るときは、まるでステージに出て行くオペラ歌手が胸を反らせて歩み出すような調子ででかける。

欧州では連合王国人がダッサイので有名であって、カタロニアやロンバルディアのようなところでは口をひらかなくても、なんとなくもっさりとした服を着て、まるこくてでぶでぶしていると自動的に連合王国人とみなされるよーだ。

実際、(カンクーンのようなアメリカ合衆国の飛び地のような町をのぞいて)メキシコのカリブ海側にある小さなリゾート地などに行くと、イタリア人やスペイン人、あるいはアルゼンチン人の若い金持ちが通りをうろうろしていて、それがどいつもこいつも細こくてかっこええのであって、わしは初めはマジで「イタリアのファッションモデル組合が団体旅行してきているのであろーか」と思ったりしたが、バーで知り合ったりして、だんだん仲良くなって話してみると、外見に全人生をかけたカッコヨサが通りを歩いていたのであって、ぬわるほど文明というものは極まると内面などはどうでもよくて外見だけに価値を見いだすもののよーだ、というなかなか深みのある真理にいきあたったりした。

大陸欧州と連合王国の服のあいだには大きな違いがあって、カットが大きく違う。
見栄え、という点では大陸欧州のカットの方が大差でかっこええんです。
ジーンズと長袖シャツという組み合わせでさえ、交差点に立つ同じ人は、大陸欧州カットの服において、連合王国カットの百倍くらいかっこよく見えるであろう。
なあーんか、こう、すっ、として見えるのね。
姿が、すっきりしているのです。
格段にカッチョイイひとにみえる。
しかし、大陸欧州カットのシャツを着て運動するのは難行である。
クルマの運転程度でも(仕立てたシャツでも)あちこちがひきつれて、Uターンをすると破れてしまうかもしれぬ。

わしはバルセロナの有名な仕立て屋さんで、キューバ革命軍の戦闘服みたいな、カッチョイイ軍服ぽいジャケットをつくってもらって愛着(この日本語は誤用です)しているが、
ジャングルでの戦闘どころか、行進しただけでひきつれて破れてしまいそうである(^^)
革命軍の服のデザインでも物腰は貴族のようでなくては着てられません。

服を初め、外見を構う構わないは、その国の富の歴史の長さによる、という考えもあるだろうが、わしが日本で考えたのは、もしかしたら、その文明の皮下に深く浸透した「公共」の定義にもよるのではないか、ということでした。
シンガポールでは、むかしは、日本人観光客がくると口うるさく「ホテルではドアの一歩外は通りとおなじですから」とゆわなくてはならなかったという。
そうしないと、当時の日本人観光客はパジャマ姿でホテルの廊下を歩いたりしたのだそーだ。
いまは、ドライブウエイをパジャマ姿で新聞をとりにゲートまで降りてくる中国人の隣人があちこちの都市、マンハッタンやシドニーやオークランド、で近所人同士の秘かなしかし熱情をこめて語られる問題になっている。

わしはクライストチャーチで、屋根を開けたメルセデスのSLをパジャマを着て運転している中国人の若い男を見たことがある。
交差点でいかにも得意げな表情の彼を発見した欧州系ニュージーランド人どもは、失礼にも大笑いしていたが、多分、彼にとっては公道も自分の家の室内も同じなのでしょう。
「パジャマのようなカジュアルなかっこうでクソ高いクルマを運転するかっこよさ」とでもいうべき、ビンボクサイ金持ちスタイルを演出してみせたかったものであると思われる。

日本語には「よそいき」という言葉があるが、「よそいきの服」というのは、自分の共同体である、たとえば生まれて育った町からでかけて、おおきな街に出かけてゆく、という気分があるように聞こえる。
その「よそ」というのは、すなわち「公共」と言い換えてもよいような気がする。
日本の「うち」がどのくらいの範囲まで連続しているか、考える要素になるような気がします。

連合王国人の家庭で言えば、わしじーちゃんやわしばーちゃんは、イングランド人家系のとーちゃんのほうもスコットランド家系のかーちゃんのほうも家の中でも居間がある棟のような部屋では、かなり革(あらた)まった服を着ている。
じっと観察していると、家の中にさえ「公共」が存在しているのが判る。
「公共」がまったく存在しないのは、夫婦の寝室と続き部屋だけであるよーに見えます。

中国では上海のような都会でもパジャマで買い物に行く人がいるというが、東京でパジャマで地下鉄に乗るにはかなり根性がいりそーである。
日本人のほうが中国人よりも遙かに広汎な範囲で「公共意識」をもっているからでしょう。
あるいは日本社会の西洋化を容易にしたのは、この公共意識の範囲のおもいがけぬ広さであるかもしれない。

そうやって、ずらずらと考えていると、外見をどの程度重視するか、というのは意外と個々の文明の性格を考えるのに役にたつのかもしれません。
冒頭のナディアさん、じゃねーや、間違えた、Nさんの北海道農家のひとびとの生活の姿のみすぼらしさについての陳述は、日本に滞在したことがあるわしには、Nさんの「文明は1種類しか存在しない」、そう仮定することの当然の帰結として公共の範囲も西洋型の1種類しかない、という無意識に設定された判断基準が当然のように犯した判断の誤りだとわかるが、たとえば「中国人はウソつきだ」と「現実の経験」から述べ立てるビジネスマンも、本質的にNさんと同じ種類の間違いを犯しているかしれん、と思う事があるのです。

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