日本_「国家社会主義の夢の終わり」(その2)

ロンドンからのコンテナがそろそろ着くかなあー、と思っていたら、港湾組合がストライキにはいってしまった。
があーん。
この「国家社会主義の夢の終わり」の「その2」を書くために必要な本、北一輝の全集であるとか橋川文三であるとか、そーゆー本はあのコンテナに入っているが、これで下手をすると来年にならなければ本を手にとれないことになってしまった。
でも、なあーんとなく、このまま違う記事にはいってゆくと永遠に続きを書かないような気がしてきたので、ちょっと書いて考えてみたかった事の「まわり」を書いてみます。
退屈でしょーけど、付き合いますか?
こーゆーヘンなブログというのは、小皿にビスケットを3、4枚置いて、紅茶かコーヒーをちびちびと飲みつつ、「ばかみてえー」とつぶやきながら、ニコニコして読むのが良いのね。
ビスケットは自分で作るのが簡単だが、市販ものなら上掲の写真のごとく「湿った」お菓子が望ましいであろう。
タッキーなほうがよければ、グリフィンの、新しく出た小さな袋シリーズの「Krispie Bites」
http://www.griffins.co.nz/node/191
うめーだよ。
紅茶はやはりアールグレイがいいよーだ。
安ものの葉でもうまい。
香料が安いのはダメだが。

「日比谷焼打事件」で、日本の支配層は「やっぱり民主主義はいかんな」と思ったもののよーでした。
日本のひとが大好きな「時期尚早」と思ったかしれん。
わしの大好きなトーダイおじさんKが、いつもつぶやくごとく「ヨーモノはいかん、ヨーモノは」ということかもしれません。
いっぽうで「民衆の力」を感じて、かなり野放図になった日本人たちは、電車で軍服をみかけると唾をはきかけたりするよーになっていた。
日本の歴史を読んでいると、「なんも、そこまでしなくても」とゆいたくなるくらい、居丈高になったり勝ち誇ったり、なんだか邪魔な感情がいっぱい交ざってきて、議論、とかやりにくい社会だったろーなあー、と思うことがあるが、軍服みた途端に「ぺっ」なんちて唾をはいちゃたりするのも、そーゆーことの一環でしょう。
軍人は気の毒であった。

そーゆー風潮が盛り上がって、軍人なんちゅうのはクズのなるもので、おまわりは犬、政府なんかいつでもおれの力で倒しちゃるぞ、という機運がもっとも高くなるのが大正時代です。

前にこのブログで書いたごとく、わしは大正・昭和初期の日本のマッチ箱を蒐集しているが、大正時代のものは、その小さな絵柄にぎゅうぎゅうに詰まった「性への解放」や自由の謳歌でびっくりさせられる。

こういう広告デザインのようなものは正直で、大正リベラリズム、というものが、本に書かれているのとはやや印象が違う、性的な頽廃や傍若無人で、やや粗暴な気味を帯びた、
いわば明治という圧政の時代に対する反動のような時代であったのが伝わってくる。
歴史を見るときに活字にばかり頼るのは危険きわまりないことだが、日本の近代史の場合は特にそうだということが実感される。

近代経済というものに対する理解力がゼロであった軍人達(「軍人」というのは職業軍人のことで、「兵士」とはまるで違う存在です。将校、とかかな、と思っても、まるごとあたりではないが、そんなに遠く外れているわけではない)は、故郷の村では困窮のあまり自分達の知っている家の幼い娘が売春業者に次々と売られてゆくのに、営庭を出て町を歩いてみると、性的に放縦をきわめた、カネでなんでも買えるのさ、な堀江貴文のごときカネカネドンドンがいっぱい闊歩しているので、ぶちきれてしまう。

この将校達は、日本の経済を含めた歴史全体で大きな役割を担ってゆくことになるが、(多分)もっとも重要なことは、他の、たとえば英帝国陸軍将校というような存在と異なって、日本の将校はたとえば陸軍ならば「幼年学校」という14歳入学の「軍人純粋培養装置」が主幹であったことで、普通中学出身者も士官学校に入学する方途はあったものの、頭から出世できないコースということになっていた。
陸軍が普通中学で「人間性」というものを身につけてしまった若者達を「腐ったリンゴ」として憎悪したからです。

陸軍士官学校や海軍兵学校という将校養成所には当時の大学教育を受ける金銭的余裕のない家庭の師弟のうち資質的にすぐれた者を掬い上げて国家の力とする。
貧困層に生まれた個人のほうから言えば、外には背伸びをして「先進国」「列強」と言い募っても、個人生活の実際は途方もなく貧しい国であった日本の社会の泥濘に沈まずに暮らすには師範学校か士官学校という選択肢しかなかった。

ここでちょっと良く知られていることなので、うんざりされるかも知れないこと、それでも大事なことに触れておくと、インドネシアで、オランダ人たちをびっくりさせるような、生産性が高く、あるいは不必要な恫喝も行わず、植民地に対する軍政としてはほぼ理想に近い統治を行ってみせた今村均やクリントイーストウッドが作った映画で、すっかり有名になった、人間性ゆたかな手紙を残して死んだ硫黄島戦の防衛司令官栗林忠道、というような司令官たちは、軍内部の特殊な事情で将官になりえた時期の「普通中学出身者」であったことで、数年という短い期間でも多感な時期に社会の普通な人間と接して暮らせたか否かが、どれほど大きな影響を与えたかが判るような気がする。

一方で、日本陸軍では軍の指揮を執る人間は人間性というものを平然と踏みにじって相対化できることをもって軍人に必要な資質の第一とした。
考えてみると、「戦闘」というものを基準にすれば、理屈の上では軍隊の指揮者に求める資質として妥当なものと見えなくもなくて、銃弾でばたばたと倒れる自分の部下の兵卒たちに対して豊かな人間性などを発揮していては、所詮殺し合いの場に過ぎない戦闘の場ではどうにもならないに決まっている。
実際、いまのアメリカ軍の海兵隊の教育は、 自分を一個の殺人兵器とみなす心理教育において 、かつての敵日本人の行っていた軍人教育を兵士の教育に一部とりいれている。
念の為にいうと、しかし、この教育対象は飽くまで兵卒であって、将校ではありません。
そこに、「軍人」というものへの、あるいはもしかしたら「人間」というものへの、おおげさに言えば、洋の東西でまったく異なる哲学の差があるよーだ。

「あなたは、わたしの大切な友人の死を冒涜するのか」
「死んだ人間に対して非礼と思わないのか」
というような非難を好んでする人間は信用できないと考えるほうが普通である。
たとえば、相手が気楽な立場から友人の死をあげつらっている、と感じた場合、まともな英語人ならば、「きみは忘れているかも知れないが、○○は、ぼくの友人だったんだよ」というような言い方をするだろう。
「死んだ人間に詫びよ」というようなものの考え方には、どうにもやりきれない人間の卑しさ、あるいは人間性の欠如が感じられるからです。

二二六事件における、閉鎖的軍人社会が培った思い上がりに途方もなく甘やかされた将校たちには、この「死を冒涜するのか」と同じ土壌に生える 情緒が過剰に見られる。
経済の仕組みをまったく理解できなかった軍人の強い影響下の企画者たちによる放漫経営と赤字の垂れ流しに加えて、夜郎自大の外交ロジックが引き起こした国際的な非難のなかで、日本の軍人を中心とした政治勢力は、「満州で散った十万の英霊を侮辱するのか」で反対勢力を沈黙させてゆく。
二二六事件では「売られてゆく少女達」「その少女達を金で買って弄ぶ資本家の狒狒ジジイたち」という、いま考えてみるとなんだか三流ポルノ漫画みたいな図式に国中で頭が血が上って、将校達は「法は犯したが情において忍びない」という立場が広汎な日本人から与えられる。

あんまり長くなるとつまらんので、この辺でやめようと思うが、国民に失望した政府と政府に失望した国民が、この後、磁石のように引き寄せられてゆくのが、天皇を止揚のための触媒とした国家社会主義です。
計画経済の側面が資源極小の日本で戦争を遂行するために適していたことに加えて、支配層側のセンチメントも民衆側のセンチメントも、一挙に解決するだけの魅力が国家社会主義にはあったものと思われる。
その底には、それが日本近代化の原動力であった「日本は西洋ではない」
「西洋と同じことをやっていてはダメだ」という強い気持ちもあったでしょう。

日本語世界では、そう書いたものを見かけた事がないよーな気がするが、鄧小平が考えていた中国の成長モデルはシンガポールが原型で、そのシンガポールが手本にしたのは日本経済であるのは英語世界ではほぼ常識であると思う。
その事自体も、何度もこのブログで書いたので、毎回読んでくれているひとたちは、もううんざりだろうが、もうひとつ、中国の経済が都市型の発展モデルから、なかなか大陸国家にふさわしい「面の繁栄」につながっていけないまま現在の危機的状況を迎えているのも、それが理由と思われることも何回か記事で書いた。
https://gamayauber1001.wordpress.com/2011/05/05/破滅と再生への道_1/

その中国やシンガポール経済のおおもとをなす日本経済が、自由主義経済ではなく、岸信介という名前でシンボライズできそうな国家社会主義経済官僚たちが知恵をしぼって築き上げた国家社会主義型経済であって、「傾斜生産」というように名前だけを変えて、社会主義的な計画経済を推し進めてきた結果であることは、いまの日本の不振をも説明できるかもしれません。

アンポンタンはアンポンタンなりに、やってみたい。日本語の練習材料としても丁度よいであろう。
やってみたいと思うが、コンテナが来ないと出来ねーんだよ。
いま現在84500個のコンテナが処理されないで波止場にあるそーだ。
あーあ。

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