アメリカ人たち



アメリカが繁栄した原因は人間性よりも「手続き」に信頼した社会をつくったことにあったと思う。
もっとも判りやすい例として刑事裁判を挙げると、合衆国の刑事裁判は、訴追から判決に至るまでのどの段階でも所定の手続きに違反した箇所があると、それで被告は無罪になってしまう。
誰がどんなふうに見ても有罪である場合でも無罪になります。
「情状」というようなものは陪審員の心にははいりこめるが、アメリカ人全体に「手続き主義」は浸透しているので、こいつ絶対やってんなああー、と思っても、それで有罪と決めては自分が犯罪者みたいなものである、ということが徹底している。

アメリカ人の大学教員の講義の特徴は、ごく判りやすい「幼稚園児相手にしゃべっとるんか」というところから始まって、このアンポンタンハゲめが、と思って油断していると、あっというまに話の核心にまで駆け上ってしまうことで、これも振り返ってみれば「手続き主義」の影響であると言えないこともない。
もっとショボショボとした趣のある連合王国人の講義とは、末広亭の落語と吉本の花月劇場くらいの違いがあります。

ビジネス上の会議でも同じであって、錐でもみこむような話し方をする連合王国人と異なって、これはこうだからこうでなければならんだろう、というような手続きに終始した話をすることが多い。
とゆっても判りにくいに決まっているので、違う言い方をすると第三者が口を挟みやすい話し方をします。
もちろんテーブルを囲んでいる人間達のパーソナリティによるが、傾向としては、連合王国人は何人並んでいても一対一の、ぶっ刺しあい、アメリカ人たちはボスの提議や質問を中心とした集団討議を好む傾向にあるよーだ。
わしの、ただの印象だけどね。

(いま書きながら考えてみると、そういう印象は、連合王国人が話し相手の顔しかみない傾向が強いのに較べて、アメリカ人は周りの人間の顔を見渡す傾向が強いので、そういう印象があるような気がする)

手続き主義の良いところは、なんでもかんでも可視化されやすいことで、あんまり秘密がない。インチキもばれやすい。
こみいったことでも体系化された「手続き」に沿って見てゆくと、案外、簡単にものごとが看てとれるようになっているからです。

連合王国人とアメリカ人の関係は、日本の人が通常考えているよりはずっと微妙であって、まず、お互いにお互いのアクセントが気に入らない。
ふつーの連合王国人は、ふつーのアメリカ人と話していると、なんだかキチガイと話しているみたい、と思う。
Rが響きまくって、声がでかいうえに発声が下品である。
ふつーのアメリカ人は、ふつーの連合王国人と話していると、このクソ野郎が気取りやがって、と思うもののよーである。
お互いが男同士であると、そう思うが、相手が綺麗なねーちんであった場合は、マンハッタンの男はコックニー語の女びとの発音に痺れて、ぼおおおーとなってしまい、
セブンオークスからやってきた若い衆は、テキサス出身の女びとの、まるい、おおらかな笑い声に、うっとりして思わず結婚を申し込んでしまう、というような現実の事象を考えると、なんとなくお互いのアクセントへの反発の源がどこにあるか判るような気がするが、
これには他の要素もあるかもしれなくて、連合王国の女のひとのなかには、アメリカ人て、やりたがりのペニスが勃起したまま歩いてるみたいで付き合いたくない、とおそろしい表現をするひともいます。
わしは、この発言についてはコメントしないことにする。
コメントすると、連合王国人の男が、しょんぼりとうらぶれたペニスが歩いているみたいであることを認めることになるからではありません。

マンハッタンには、たとえば,
「One If by Land, Two If by Sea」
http://www.oneifbyland.com/gallery.html
というレストランがある。
奥のテーブルでのんびりするにはコースごと頼まなければいけないのが難点だが、あきらめてコースを頼んでしまえば気楽にしていられるなかなか良いレストランなので、わしも、ときどき出かけます。

しかし、このレストランの名前はHenry Wadsworth Longfellowが書いた、対英戦争のときの有名なPaul Revere’s Rideについての詩であって、
Listen my chiledren and you shall hear
で始まる愛国的な詩の、そのなかでも最も有名な

“If the British march 

By land or sea from the town to-night,

Hang a lantern aloft in the belfry arch

Of the North Church tower as a signal light, –

One if by land, and two if by sea;
 
And I on the opposite shore will be,

Ready to ride and spread the alarm

Through every Middlesex village and farm,

For the country folk to be up and to arm.”

という部分に由来している。
たいへんよろしくないことには、かっこえーんだよ、この詩。
わしなどはアメリカ人でないのに、一回で読んでおぼえてしまうくらいチョーシもよいのです。
アザラシでもアメリカ人でも暗誦できてしまいそうである。
モニなどは、「ガメは、あのレストランにいるときは連合王国訛りが極小になっておる」とゆって揶揄(から)かう。
自分の祖先がアメリカ独立戦争の後援者であったことを誇っておる。
マンハッタンという街には、想像するより遙かに多いフランス人が住んでいて、ちょっと考えるよりはずっと少ない連合王国人しかいないのは、たぶん、そーゆー事のせいもあるに違いない。

生活の局面からいうと、アメリカの都会に住んでいるひとびとは、ごくふつーに「この世はカネさ」と思っているひとびとであって、あまりにごくあっさりと、そう思っているので、なんとなく古くさい道徳の取り付く島がない。
アメリカ人というのは、みんながクビから正札を下げて歩いておるからな、とゆって、いつもブログ記事に出てくるほうでない系統の大叔父が、面白そうに笑ってゆっていたことがあるが、まことに、事実その通りである。

こういうと、日本では「わたしはアメリカに5年住んでいましたが、そんなことはなかった」という人がいそうな気がするが、どーも日本の人は、見ているものが違うひとが多いような気がする。
関係のないことをいうと、むかし、わしがツイッタだかなんだかで「アメリカのまんなかのほうの町は、やっぱり危ないのよ」とゆったら、日本の女びとがふたりで、わたしたちも中西部しってるけど、全然あぶなくない、親切なひとばっかりよ。アメリカンゴシックじゃあるまいし、ばっかみたい、とゆわれたことがあったが、よく読んでみると、このふたりは観光旅行の途中で中西部の町に泊まったというただそれだけのことだった(^^)

そりゃ、観光旅行の途中で寄るだけなら、どこに泊まったって安全に決まっておる。
地元の人間と会話して、ねーちゃんと仲良くしたりした場合に真のコミュニティとの対決が始まるのであって、「部屋ありますか?」「あります」とかいう会話から、どんな危険が生まれましょう。

閑話休題。

最近のアメリカの大都市では「この世は金さ」が上掲の手続きに組み込まれたようなところがあって、社会の深層にくだってゆくと、なかなかSF的です。
信条にも貞操にも値段がついている、というべきだが、詳細は書くのに忍びないので。ここではやめておきます。

一方では、テキサスのダラス、というような町に行くと、まだアメリカ人の「根性」が残っているのであって、前にも書いたことがあるかどうか忘れたが、テキサス人のおっちゃんとバーに行ってチップを2割あげたら、その始終を眺めていた、そのおっちゃん友達が「ちょっと一緒について来い」という。
いいよ、でも、なんのこっちゃ、と言いながらついてゆくと、おっちゃんはいまチップを受け取ったウエイターのところへ歩いて行って、チップの半分を気の毒なウエイターからもぎとって、わしに「こんなにチップをあげるほど、この男は仕事していないんだから、こんなにやってはいけない。われわれの社会が腐敗する原因になる」というのでした。

この白頭鷲のような顔をしたおっちゃんは、わしのいまに至る「親友」と呼んでも良い年長の友人であって、日本人というものを心底憎んでいて、それに関しては何を言ってもダメで、日本のひとが話しかけても返事もしない頑固さだが、その他の点では申し分のない人です。
わしは、このひとに、「テキサス人」というものについて、たくさん教わった。

わしは、むかし、子供の頃、なああーんとなくテキサス美人と結婚するんだったらええなあー、と思っていた。
映画やドラマに出てくるテキサスの女びとのアクセントや笑い方が好きだったからです。
現実のテキサスおんなびとたちも素晴らしいひとびとが多かったのであって、たとえば19歳のときだったと思うがメキシコへの急ぎの航空券を買わなかればならないのに、あっさり断られて、困ったべ、をしていると、窓口の女のひとが、急に上司に向かって怒り出して、「お得意のカスタマーファーストはどこに行ったのよ! この若い人は、どうしても明日いきたいというのだから、なんとかすればいいじゃないの!」とデスクを叩いて言うので、驚いてしまった。
女のひとの勢いで航空券が出てきてしまったので、そんなら何で初めから出てこないのかなあーと思ったが、それよりなにより、そのときも「テキサス女のかっこよさ」というものを思ったものでした。

わしはいまでもテキサスが大好きだが、初めてテキサスに行った頃には、あちこちで翻っていた「ローンスター」の旗(あのテキサスの州旗には特別の意味があって、テキサスだけは州民の意志によって、いつでもアメリカ連邦から離脱する権利を保障されているので「ローンスター」なんですのい)が下ろされて、スターズアンドストライプスに代わっていた。
9月11日以来のことです。
アメリカの苦しみを目の前につきつけられているようで、傷ましい感じがする。
再びスターズアンドストライプスが姿が消して、ローンスターが誇らしげに翻る日が戻るとええなあー、と思う。

微細なことについて述べると、アメリカのレストランは、「音楽がダサイ」という特徴があるように思われる。
日本の料理屋は、いまやド田舎の蕎麦屋さんに行ってもジャズがかかっていて、なんでもかんでもジャズで、ヘンだと言えばヘンだが、ジャズはどんな音楽音痴が選んでも一応食欲を阻害しないように出来ているので、音楽でこけまくる気持ちになるということはない。

ところがところがミロンガラドリオ三省堂、yelpやなんかでも推薦されまくっているNYCヴィレッジの某イタリアンレストランは、モニとわしの贔屓だが、ここはビートルズがかかっておる。
イタリア料理で、「ビートルズ」だぜ。
まける。
腰が抜ける。
目の前のラザーニャの皿に顔を突っ込んで呻きたくなる。

いろいろ表現は可能だが、こんな滅茶苦茶な音楽の選択があるかよ、と思います。

で、ね。
マンハッタンのレストランて、そーゆーところが多いのです。
多分、音痴、なのだと思う。
モニとわしは、そのレストランでは音楽が聞こえない屋外のテーブルでだけ食事をすることにしています。

しかしながら、連合王国人もオーストラリア人もニュージーランド人もスペイン人も、フランス人も、アメリカ人の話ばかりしている。
「強い国だから」というよりも「オモロイ人達」だからですね。
アメリカ人というひとびとは、初めに述べた「手続き主義」によって、どんどん変わってゆくひとびとである。
わしは、ロンドンのほうが変化のスピードは速いがマンハッタンのほうが人間の変化のスピードは速い、と感じます。
すごおおおく、ヘンテコなひとびとだが、ほろりとさせられたり、ががあああーんとぶっくらこいちんまうようなことがあったり、なんだかハリウッド製の物語を観ているようである。
案外、本人たちも銀幕のなかで暮らしているつもりなのかもしれません。

(画像はいまはない  ”St.Vincent’s”
http://en.wikipedia.org/wiki/Saint_Vincent’s_Catholic_Medical_Centerの跡地に掲げられた星条旗。旗の横の小さな手書きの字は
「DO NOT DEFACE OUR FLAG UNITED WE STAND」と読めます。アメリカの苦しみが伝わってくるよーだ)

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