Bang Bang

むかし、銃砲店で遊んでいるときに、店主のおっちゃんが、
「ニュージーランドは国民ひとりあたりの銃砲所持率が世界一なんだぞ」というので、
へえええー、と思った事がある。
その後、ずうううっと、それを信じていて、数年にわたって、かーちゃんとかにも述べて、意外だ、とゆってうけていたのだが、このあいだ、ふと思いついて調べて見たら
オオウソであった(^^;)
全然、嘘。
http://en.wikipedia.org/wiki/List_of_countries_by_gun_ownership

ドイツについで22位です。
英語世界は口コミ世界なので、通常の状態で、ぜんぜん間違った情報が大群で世の中を闊歩しておる。
世の中のたいていのことは、どーでもよい、という強固なええ加減さが社会の基調をなしている、ともゆえるな。

多分、銃砲おやじは、40年代、若い衆がアフリカやなんかに出払った留守を狙って
「日本が攻めてくる」というので、パニクってばーちゃんたちまでライフルをぶっ放していた頃の統計を、自分のじーちゃんか誰かから聞いていたに違いない。
その頃は、合衆国の補給基地があったこともあって、ニュージーランドじゅうに武器があふれていたので、案外、一位だったかもしれません。

アメリカ人のビジネスマンなら、一度はニューヨークに出張するのに銃をもってゆくべきかどーか、というようなことを悩んだことがあるであろう。
アメリカ人友達に訊くと、これは結構、切実な問題で、たとえばフェニックスに住んでいるハードディスク会社の部長は、ふだんは銃をグラブボックスに入れて通勤している可能性が高い。
アリゾナ州では法的に「銃を隠してもって歩いてもよい」からで、わしにもハンドバッグにいつもちっこい22口径をいれて歩いているおばちゃんの友達がいる。

そーゆー生活をしていて、国内線に乗ってマンハッタンに降りると、論理的には、そこでいきなり逮捕される可能性があります。
たいてい、「すまんすまん」ですんじゃうけどね。
警察がやる気になれば逮捕できる。

12月2日版(ユーロが炎に包まれながら墜落している表紙のやつです)のエコノミストに、この不便を解消するための法改正の記事が出ている。

ところで、ここで、そーだよね、と思い出したのは、アルコール依存症の人でも講習をうけなくても銃がもてる、それどころか、まったくなんの規制もなくて誰でも銃を持って歩ける4州の名前に記事を読んでいきあたったときで、アラスカ、アリゾナ、ヴァーモント、ワイオミングというこれら4州に共通しているのは、あぶねー動物がいっぱいうろうろしている州であることで、アメリカでは、まず何よりも、こういう動物に襲撃されたときにために銃をもっている、という人がたくさんいる。

わしは自分では狩猟や競技用に銃をもっているが、キャビネットにはいって鍵をかけたまま、ほうっぽらかしです。
手入れもあんまりしないので、もしかすると、引き金をひいた途端に「バンッ!」と書いた旗が飛び出してきて野ウサギさんを笑かしてしまうかもしれぬ。
ワシントン州の友達と、シアトルのパイクプレースをぶらぶら散歩しながら話しているときに「アメリカ人って、なああんで、その辺に銃を転がしとくねん。あぶねーやん」と何の気なしにいうと、そのひとは立ち止まって、「ガメ! なんてことを言うの! 銃なしで歩いてグリズリーに会ったら、どうすればいいのよ!」という。
へっ?と思って聞いていると、このひとは子供のときからクマさんが襲ってきたときのためにショットガンをもって散歩していたそーで、「アメリカと銃」と言えば、
「自由は鉄砲からうまれる」とゆったリンカーンのゲチスバーグ演説…嘘です。
日本のひとはマジメなので、ことわりをいれておかないと、また集団で襲ってくるに違いない。
だいたい日本の人が襲ってくるときには先頭が猿人であるか小説家であるかに関わらず、何百というひとがいっせいに連携して攻撃してくるので、言葉のガトリング銃があっても間に合わないであろうとゆわれている(^^)
203高地の機関銃陣地で防戦したロシア人は、一面に累々と重なった日本兵の屍臭に鼻と口を布でおおって耐えたというではないか。

もっともわしは大学生のときにオオマジメに嘘を書いたら、日頃の品行方正、実直、誠実、という人物評価が災いして一部学寮が大パニックになったことがあるので、教養がない人間というのは困ったものである。
念のためにゆっておくと上の「自由は鉄砲から生まれる」というのは、日本人の「ケザワ・アズマ」という人の名言です。

アメリカ人は、銃が自由を保障するという神聖で雄々しいようなアンポンタンなような、そーゆーアメリカ的自由の象徴、Second Amendment
http://en.wikipedia.org/wiki/Second_Amendment_to_the_United_States_Constitution

な面から銃を考えているのだろうとだけ考えていたわしは、猛獣から身をまもるため、というようなとーぜんな理由を忘れていたのでした。
ワシントン州のクマさんは大きいので、ペッパースプレーやスタンガンでは、そりゃ無理だわな。
斧を出してみせて、「おのおのがた!」とゆってみても、頭に血がのぼってしまっているクマさんたちには冗談が通じないに違いない。

銃というものは、もっていれば判るが、所持すること自体には周囲への危険は何もない。
危険が生じるのは、「持って歩く」こと、就中、「隠してもって歩くこと」であって、アメリカの銃砲規制の焦点も実際には、そこにあります。
ニュージーランドでも、アメリカ並み、というか銃自体は「人を殺したいんですけど」とでも申請しなければ、簡単に所持できます。
ライセンスが数種類あるが、自動銃を買えるEライセンスでも、ふつーのひとでもライセンスもらえる。
実際にも、わしの近所のカネモチジジは突撃銃をもっておって、いつも、強盗が集団でやってくるのを楽しみにしている、とゆっておる(^^)
社長さんなので、ストレスがたまっているのでしょう。

銃という暴力にはふたつの効用があって、ひとつには女びとも男と同じ破壊力をもちうる。ジョーダンだと思うかも知れないが、女びとは銃をもつと、やや颯爽とするよーだ。
アメリカでは臆病な男ほど自分がもっている銃の話をしたがるのと同じ理屈でしょう。
もうひとつは「言論」というものの輪郭が明瞭になる。
銃という死と直結した暴力が社会に存在することによって議論に緊張を与える、という面があるよーだ。

欧州のように銃をもつのは比較的簡単でも「銃になんか興味ない」という社会がもっともよいのは、ほぼ自明で、ふつうの欧州人にとっては銃は「高いのに、使わんやん、そんなもん」という商品です。
だから買わない。
わしはアメリカにいるときには、銃による犯罪の危険を喧伝しているのは実は
NRA
http://home.nra.org/#/home

のコーサクインだったりして、と思う事がある。
こんなに銃による殺人が多いのだったら、自分も銃をもたなければ、とゆー線を狙っているのでがあるまいか?

ニュージーランドの「牧場の家」の近くの田舎町のデイリーに、銃をもった強盗がはいったことがあったが、気の良い主人のP(クマさんみたいなひとです)は相手に銃を突きつけられた途端、カウンタ越しに胸ぐらをつかまえて宙をふりまわしてカウンタの後ろの壁にたたきつけてしまった。
ニュージーランドの法律には、ぶっくらこいちまうことに「正当防衛」という概念がないので、Pは、一瞬、このアホが怪我したら困るな、と思ったそうだが、実際、肩の骨だかを砕かれた犯人が傷害でPを訴えたものの、判事にアホ、とゆわれて終わった(ニュージーランドでは泥棒とかの判決は逮捕の翌日です)そーである。

銃というのは咄嗟の場合なかなか人に向かって撃てないものなので、銃砲所持の問題は管理に主眼をおいて話すのが最も良い、とわしは思う。
そこにSecond Amendmentが登場してしまうところに、「自由」についてのアメリカ式思考の欠点がおおきく出ているように見えます。

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