T君への手紙

こう言うと、きみは怒るだろうが、ぼくはこの日がくるのを知っていた。
「勝ち組」という言葉のほんとうの意味は、1945年のブラジルの日系人社会で戦争に負けたのに、それがどうしても認められなくて「日本が勝った」という「事実」を信奉した人たちの呼び名だった。
きみの生きている時代の日本にも、とうとう、その日は来てしまった。

日本の社会での訓告処分、というのは言葉の強圧的な響きの割には軽い処分で、ぼくの記憶が間違っていなければ訓告3回で戒告処分、という運用のされかたなはずである。
懲戒処分のように、たとえば履歴書に必ず記載しなければならない法的な賞罰とは異なって職場内以外ではたいして意味をもたない罰則だったと思う。
群馬大学の早川由起夫というひとは、「科学者がどうやって社会と関わるか」という良い例をなした。
ぼくが5年間に何回か日本へでかけた頃、東京に人が多すぎるのに閉口して「山の家」を買ってモニとふたりでときどき息抜きをしていた、その「山の家」は、軽井沢という土地とあわないカラマツが大量に植樹されて出来た人工林のなかにある風景がちぐはぐな奇妙な町だった。
このどことなく不自然な風景の町の北西には浅間山という、姿の美しい火山があって、「つるや」という地元で人気のあるスーパーマーケットの駐車場から夕方になると「空いっぱい」といいたくなるくらいの大きさで、その雄大でなだらかな稜線を夕日のなかで輝かせて、モニとぼくの目を楽しませたりした。

そういう縁で早川由起夫という火山学者のことは、ぼくは福島第一事故の前から知っていた。
福島第一事故が起きてみると、この火山学者は「火山灰と死の灰は挙動が似ているに違いない」という面白いことに気が付いたようだった。
福島第一原子力発電所事故を謂わば背の低い火山の小噴火とみなせば大気中の分子の振る舞いは同じだろう、という推測で、ぼくはこの名案をもったこのひとの「研究者としての勘」に感心してしまった。
その後の経過を見ると、このひとの勘は正しかったように見える。

科学者が社会と関わるのは難しい。
バートランド・ラッセルは89歳のときに連合王国の核政策に抗議して行った座り込みで逮捕され懲役刑を言い渡されて、「行動する科学者の鑑」と賞賛されるが、
ラッセル卿は個人の信念に従って核を「充分にその破滅性を理解しないで」扱おうとする政府に抗議しただけであって、一方で数学者であったことと行動に直截の関連があるとはいえない。

早川由起夫という火山学者の場合は火山学という一見社会とはまったく関連がありそうもない学問が「大気中の分子のふるまい」という結節に手をひいて導かれて、彼を社会のど真ん中に連れて行ってしまった。
科学者と社会がどうやって関わってゆくか、という理想の形だったと言えると思う。
科学的方法と社会との婚姻と呼びたくなるくらいのこの火山学者と福島第一との(奇妙な言い方に聞こえるだろうが)「幸福な」関わりに較べれば、他の物理学者たちのいわば「啓蒙」をめざした活動は、そこにどうしても説教師的な曖昧がうまれて、ピンポイントで「自分が必要とされる場所」に立った早川由起夫の爆発的な活動とは較ぶべくもなかった。
傍から見ていて、彼がもたらした事故への知見は事故当初の爆発でふきあげられた放射性物質を太平洋にふきちらした風についで、日本のひとにとっての幸運であったと思う。

その早川教授の訓告処分を合図にするようにして、日本の社会は静かになっていった。
抗議や警戒の声が、すっと小さくなっていったのは因果関係というようなものはなくて
「偶然」でしょう。
ちょうど、それまで生存のために苦闘していた患者が息をひきとるように静かになってしまった。
間髪をいれず野田首相が「冷温停止状態」を宣言する。

日本の社会にはもともと腕相撲のようなところがあって、どちらかに傾き出すと、ぎりぎりと競っているのは短期間で、片方が片方に雪崩をうつように決着がついてしまう。
ほとんどの問題について、対抗した掌が空中で拮抗したまま問題を現実にそって処理してゆく西洋とはずいぶん異なる社会です。

その腕相撲の決着がついてしまった。
放射能が危険だ、という勢力は敗退したのだ、とぼくは見ています。
そして、ぼくはそれを知っていた、と書いた。

チェルノブルと福島第一事故の最も大きな違いは、前者が範囲2150k㎡に及ぶ樹木が根こそぎなぎ倒されるようなうな巨大隕石が衝突してもほとんど誰も気が付かないような広大な国土で起きたのに較べて、福島の事故は最も稠密に人口が分布している部分ではないものの、人間が大量に移動する余地のない狭い島国の200万人のひとが直截影響を受ける場所で発生し、しかも、更に困ったことには、3月15日には1500万人という人間が密集する首都圏へ放射性物質が降り注いでしまった。
ロシア、という途方もなく広大な国では、チェルノブルなどは酷い言い方をすると局所的な事故にしかすぎないのです。
実際、チェルノブル近辺の住民は政府が仕立てたバスで「遠く」へ逃げてしまえばよかった。
でも、日本という島国のどこに逃げてゆける「遠く」があるだろう。

誰が為政者でも、「ここは強引に嘘をついて乗り切らなければ国がまるごと滅びる」と思ったでしょう。
政治については党内の政局程度にしかなじみのない彼らにとっては、足が震え出すような事態であったに違いない。
あるいは明治初年の指導者たちのように野放図、と言って悪ければ、放胆な気分のなかで政治を行っていたひとびとのなかには「カネはない。いまの日本では補償はできないが、頼むから逃げて下さい。もしかすると、たいへんな被害を引き起こしたことが将来わかるかもしれない」と演説をする能力があるひとがいたかもしれないが、それはないものねだりというものだろう。

どんな社会にも「生き延びてゆかねば」という集団としての本能がある。
日本社会の閉鎖性は、ときにそれを上回る狂気を生じて集団自殺のような様相を呈することがあるのをきみもぼくも知っているが、いまのところ生じている狂気は「低放射能は安全に決まっている」という社会を生き延びさせてゆくための「方法としての狂気」とでもいうようなものにとどまっている。

大陸欧州で二年をすごしたことがあるきみは、異文化の人間がよその土地で暮らすことの難しさをよく知っていると思います。
なあーんとなく、足が地面から1センチくらい浮いているような気がする。
ピンとこないことばかりである。

合衆国の大学を卒業して連合王国人と結婚、16年間イギリスに住んでいる、という女のひとにぼくは会ったことがある。
電話口でも「あっ、日本のひとだな」と、にっこりさせられるアクセントだったが、ふつうの日本人が聞けば「流暢な英語」でしょう。

きみもよく知っているように、ぼくは普段は英語と仏語しか話さないような顔をして暮らしている。てれくさい、ということもあるが、言葉を切り替える、ということが面倒くさいので、ごくごく親しい人間しかぼくが他の外国語も少しわかることを知りません。
だから、その女のひととぼくも英語でずっと話していた。
ところが、この女のひとの、なんともいえない「余裕のない」話し方に居合わせた友人とぼくは疲れてきてしまった。
微妙に間が悪い話し方も、その「余裕のない感じ」のひとつで、一拍のそのまた半分遅れるようなタイミングで、「自分の場合」についてまくしたてだすので、なにがなし場が気まずくなっていることに、そのひとは気が付かないようでした。

女のひとが席をたってから、ぼくの友達が、のんびりした調子で「変わった女のひとだね」と小さい声でつぶやいたのをおぼえている。
彼も、「なにがおかしいのだろう?」と会話のあいだじゅう考えていたのが、手に取るように判ったので笑ってしまった。

あとで考えてみると、あのひとは、「一生懸命、話していた」だけだったのに違いない。
英語が他の外国人に較べて上手だったので、かえって差異が目立ったのでしょう。

日本を出て海外で生活する、という人の話を聞くと、いつもあの女のひとのことを思い出す。
だから海外移住なんかダメです、と言っているのではない。
いまどき、「移住」などという日本語の響きはおおげさすぎるくらい、他の国に越すくらいのことはたいしたことではない。
でも、それは「日本で暮らす」というのとは、当然のことながら、まったく違う生活を選択することになるわけです。

なんだか、また、まとまらないことを長々と書いてしまった。
福島第一事故に対する「二番目のフェーズ」に入った日本で、ふたりの小さな子供を守って暮らさなければいけない奥さんときみの苦労は相当なものだろうと思う。
知識がなければ、いっそ楽だが、きみの場合は、そうもゆかないわけだし。

谷崎潤一郎というのは、神経が精妙なわりに、同時に頑健で健康な感覚を最後まで保持していられたひとで、地震がこわいから、という簡明な理由で京都に引っ越した(^^)
われわれは常に、こういう簡明さを採用すべきで、福島第一のあとでは「放射能がこわいから」という簡単な理由で逃げ出すのが最もよい。
科学者だからといって、なにも「放射性物質が微量でも危険である」という「証明」など要るわけがない。
やばそー、と思ったら逃げる、というのは最も健全な反応だと思います。

また手紙かきます。

でわ

(T君はわしと同じ年齢の研究者の友達です。返信の手紙を一部だけ変更してブログ記事にしてしまうことにしたのには、あんまり理由がない。なあーんとなく、です。いつものことだが)

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2 Responses to T君への手紙

  1. wiredgalileo (galileinagano) says:

    (「エキスパートのつくった牢獄」に書いたコメントの続きです。どこに書こうか迷ったけど、ここが一番近いかな?)

    炎上事件については、まだいろいろと考えている最中で、整理はついてないんだけど、まあ、現時点での整理をしてみると。(原稿書いてる途中でがめさんの新しい投稿を読んだので、重複してる部分もあるけどまあそういうことで)

     まず、なんでああいう行動をしたかというと、私の見方からすると、放射能関連を気にして避けることができる人は、「情報強者」でもあるし、カネもある程度ある人なんだよね。一般の人は何も知らされていないというか洗脳されてる。
     私としては、皆が平気で数百ベクレルの魚とか食べてる事態、川の泥や河原が原発現地並みの汚染がされていても知らずに子供が遊んだり川原で農業したりしてる事態、放射線管理区域の何倍もあるところで子供もキャンプしてて、何万ベクレルもある地面に身体をくっつけて寝てる事態、などなどを空恐ろしく感じてるわけだよ。でもほとんどの人は、異常な事態であることをわかってない。新聞とテレビだけ読んでたら全然気がつかない。ほとんどの人は、放射線管理区域に当たる領域が東日本の広範囲に存在し、事故前の1000倍とか1万倍とかの放射性物質を食べている場合がある、等々を知らないんだよ。いや、ネットやってても、見るメディアが違ったら、まったく違う世界が見えてるわけだよね。
     で、最初から危ないと思ってる人の世界観と、原発事故はたいしたことはなかったと思ってる人の差が非常に大きくなってて、しかもそれが全く交わらない、ということに常々危機感を持っていたんだよね。ああやって炎上したことによって、たとえ数人でも、いままでとは違う世界の見方を聞いて、「これはヤバイのかも」と思ってくれたらそれでいいというところがあった。それと、日頃日本の現状は問題だと思いつつ何も出来ていないという罪悪感?みたいなものもあり、まあ自爆的行為?になってしまった。
     ちょうど、白血病になった人や、若くして突然死する人の報道が妙に多かったし(普通の説では発症は数年後なんだろうが、しかし何が起こるかわかってないんだよ?)、なにより日本政府が、3年に一度行っている詳細な患者調査という全国調査を、今年10月にやるべきだったのを、宮城県の一部と福島県だけ行わないと決めたこともあって、頭に血がのぼっていたという背景もある。んで、振り返ってみると慎重さが欠ける行動になってしまった。(炎上する形で出すこたあなかったと反省もする一方で、まあ時代の流れに巻き込まれる時もあるかと。…それで、英語って「反省」て言葉がないってほんとかね?)
     がめさんが書いているような、日本社会の問題点というのも、まあ身にしみてわかったね。戦前日本が戦争に向かって行ったプロセスも理解しやすくなった。
     それと、マトリックスとかインセプションとかいった映画で、周りの整った世界や人々は幻影なんだけど、それを「目覚めさせようとする」とものすごい攻撃を受けるみたいなシーンがあるけど、あれも思い出したな。

     ただ、そのあと、いろいろな人と話したり働きかけたりして、いくつか思ったんだけどね。
     私なんかは、原発事故といったらもう世界の終わり、放射性物質は反生命、みたいな感覚があるけど(がめさんもそうだよね)、そういう感覚を持ってる人はけっこう少数派なんだよね。それは日本だけでなく世界的にもそうなのかもしれない(だんだん外国からの旅行者みたいな人が増えてるし、世界レベルでの「洗脳」も進んでるのかもしれない。特に、ドイツ等以外の原発推進国では)。
     まあとにかく、日本では、子供を持つ人、特に母親だと、非常に危険と思う人はそれなりにいるかもしれないけど、多数派の感覚は、まあ、食品添加物がちょっと増えたくらいな感じなんだな。
     原発に反対というのと、放射能を怖がることも、別のことなんだよね。原発に反対していても、放射能はそれほど怖がらない人も多いわけね。
     んで、自分としては自分の感覚は大事にし続けるけど、同時に、自分が少数派ということはふまえないといかんなとは思った(がめさんはそれでいいんだけどさ。日本社会に生きる自分はね)。なんらかの形で情報を出したり、働きかけていきたいとは思うけど、話の出し方に注意しないといかんなと。
     それと思ったのは、この問題には、それぞれの命や生活(仕事)がかかってるわけだよね。というか、「生命」側の立場と「生活(経済)」側の立場があって、両方ともに「死活問題」がかかってるから深刻なんだね。
     私は「生命」側に立つわけだけど、それは仕事的には恵まれた位置にいるということもあり、これが原発事故の結果、食べていけなくなる仕事だとしたらどうだったろうと。そうした仕事をもつ人の多くが、あるいは、簡単に避難できたりしない人たちが、「大丈夫だ」という世界観を取り、それ守ろうとすることは、まあ、自然なことではあるだろうと思う。
     今回の事故の結果、現状が危ないとされると食べていけなくなる人が膨大にいるわけだよね。農業水産業や食品だけでなく、観光業とか学校とか、膨大なビジネスに影響する事態だと私なんかは思うけど、国はそういう方向はとらず、たいしたことは起きなかった方向にすることに決めて、みんなそれでやってるわけね。で、私から見ればみんな洗脳されてると見えるけど、そのおかげでもしかしたら、経済的には崩壊せずに廻ってて、私らは汚染されてない食料を買えたりもしているのかもしれない。で、もしかしたら、経済崩壊させたほうが死ぬ人は多いということも、事実かもしれないわけだよね(チェルノブイリで悲惨な状態になったのは、流通が発達していず、富もなかったため、かなりの高濃度汚染を集中して食べる人たちが生じたという点はある。しかし流通の発達した日本では、福島でも、比較的汚染されていないものを食べることは「可能」だ。逆に、西日本で汚染食品を食べる率は上がるけど)。
     生活(経済)側もできるだけ崩壊させずに、生命側も守られるというバランス点を探さないといけないわけで、それは国のレベルはもちろん、個のレベルでも大変なことだ(福島等から避難しても、経済的に続かず、帰っていく人たちは多いようだ)。つうことで、自分がどのような立場にたってどのように発言していくかということについては、現在考え中になっている。
     それと、私はネット中毒(情報を「消費」することの中毒)であり、リアル生活をもっとちゃんとするべきだという(家人からの)意見を、そうかもと思うところもあった。つか、原発事故以来、原発情報収集に関しては確かに中毒的になってて自分でも問題だと思っていたんだけど、今回の炎上でそれが少し方向転換できたという点はある。
     田舎暮らしだとやるべきことは膨大にあるしねえ。野菜の収穫とか漬け物づくりとか断熱工事とか。リアルでの知人とのやりとりと、消費だけでない生産活動(情報サイトを作るとかも含めて)を大切にしようかと思ってる。
     コメント欄のくせにながながと書いてしまっていつもすいません。でも、考えをまとめることができて感謝してます。ではでは

  2. 顔ガリレオwiredgalileo (galileinagano) 殿、

    >皆が平気で数百ベクレルの魚とか食べてる事態、川の泥や河原が原発現地並みの汚染がされていても知らずに子供が遊んだり川原で農業したりしてる事態、放射線管理区域の何倍もあるところで子供もキャンプしてて、何万ベクレルもある地面に身体をくっつけて寝てる事態

    日本の外でもだんだん報道されてきて、みんな口あんぐり、です。
    わし自身は、もう勝手にすりゃいいや、と思ってるので観ませんが、子供が遊び回る姿とかは象徴的によく使われるよーだ。

    >最初から危ないと思ってる人の世界観と、原発事故はたいしたことはなかったと思ってる人の差が非常に大きくなってて、しかもそれが全く交わらない

    深刻なんだな。

    >がめさんが書いているような、日本社会の問題点というのも、まあ身にしみてわかったね。戦前日本が戦争に向かって行ったプロセスも理解しやすくなった。

    「現実」をでっちあげるのね。南京虐殺は日本でだけ存在しない。人物についても村の皆の衆が「ニンピニン」だというと、架空な「事実」が次から次に出てくる。外の人間からすると日本の歴史に繰り返しあらわれるただのマンガ的現象の大衆版だが、同じ日本に住む日本人は、困るに決まってる。

    >マトリックスとかインセプションとかいった映画で、周りの整った世界や人々は幻影なんだけど、それを「目覚めさせようとする」とものすごい攻撃を受けるみたいなシーンがあるけど、あれも思い出したな。

    なるほど。

    >私なんかは、原発事故といったらもう世界の終わり、放射性物質は反生命、みたいな感覚がある

    当たり前だよ。書いたことないけど、わしは核物理の友達いるの。トップクラスの研究者たちです。
    でも「原発事故といったらもう世界の終わり、放射性物質は反生命、みたいな感覚」です。
    だって、核っちゅうのは、いっかい起こっちったら、それでパーなのが難しい技術なんです。
    前例やデータなんか、だからない。なにが起きるかも判るようなことになったら大変だから、判るわけない。
    一回起きたらおわり、でない人達は「全体としての国と社会」を個人に優先して憂えているのでしょう。
    福島第一事故が致命的だと認めたら、そこで「われわれの輝かしい日本」は終わる。
    そんな無責任なことができるか、っちゅうのね。
    理屈はあるわけだが、あんまし相手したくないのお。

    >そういう感覚を持ってる人はけっこう少数派なんだよね

    日本だけと思う。
    わしはご承知のとおり日本の友達がたくさんいますが、「ま、てーへんになってから心配するべ」という人は臨床医、法律、…思い浮かべても少数派です。
    それも「心配しても、やれることないから、心配しないほうが合理的」というのね。

    >これが原発事故の結果、食べていけなくなる仕事だとしたらどうだったろう

    そーね。「福島大学に合格したばかりの学生」とか「ホームローンを組んで、やっと家に入った家族」
    「大栄転して福島に着任したサラリーマン」
    そーゆー「生命の問題」から遠く離れた程度でも、どかないよね。
    上に書いた臨床医は豪邸の借金が1億円残ってる(^^) いまの職場やめたら他の職場じゃ返せない、とゆってました。

    >チェルノブイリで悲惨な状態になったのは、流通が発達していず、富もなかったため、かなりの高濃度汚染を集中して食べる人たちが生じたという点

    残ったひとは、そーゆー理由じゃないと聞いてるけど。

    >流通の発達した日本では、福島でも、比較的汚染されていないものを食べることは「可能」だ。逆に、西日本で汚染食品を食べる率は上がるけど

    闇流通みたいなのは油断している西日本が狙い目だよね。

    >リアル生活をもっとちゃんとするべきだという(家人からの)意見

    ふむふむ。

    >田舎暮らしだとやるべきことは膨大にある

    上田は、さ、ほら、別所温泉とかのほうに行くと、ものを考えたりするのに最適な場所がたくさんある。
    ときどきクルマででかけて、森のなかでねころがって考えてると、おもいもかけず、いい考えがうまれる。
    炎上くらい、どうでもいいや、とおもうようになります。

    ガメ

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