日本_「国家社会主義の夢の終わり」(その3)


民主主義がほんとうに現代でも有効なのか?と世界中でいちばん自問してきた人間のグループは他ならぬ欧州人だろう。
日本では、あんまり知られていないような印象だったが、ヒトラーが大陸欧州で擡頭しはじめた頃、連合王国でヒトラーに共感するひとは多かった。
ヒトラーがイギリス人たちは結局は自分の味方として助けてくれるだろう、と妄信していたのは、どれほどたくさんの連合王国人が自分の「新しいやりかた」を信頼しているかしっていたからでした。
公然たるナチス支持者だったCharles Lindbergh(「翼よ、あれがパリの灯だ」のひとですのい)のスピーチに対するイギリス人の熱狂はたいへんなものだったという。
子供のときにリンドバーグの演説に熱狂するケント人の姿をテレビで観たおぼろげな記憶があるが、たいていのチビガキの記憶どうよう、ほんとうの映像だかどうか判然としません。

ヒトラーを嫌悪するひとが多かったのは、いまのように恐竜化していなかった「上流階級」の人間達だったが、政治的な信条、というよりは単に「下品だから嫌い」(^^)という気持ちのほうが強かったでしょう。
スウェーデン人たちは国を挙げてヒトラーに共感する、という色彩が強かった。
オランダ人などは戦争が終わってからはナチスにずっと反対だったようなことをゆっているが、連合王国人でそういうオランダ人の言う事を信じるひとはいないでしょう。

南欧人はヒトラーが頭から嫌いだったが、それはどちらかというとドイツ人という退屈でえばりくさった人種が嫌いだっただけで、それが証拠には、スペイン人はフランコというガリシア人をイタリアはベニート・ムッソリーニというフォルリ出身の鍛冶屋のせがれを、それぞれ独裁的な国の指導者として選択している。

「民主主義」という考えは、決していつも支持されてきたわけではなかった。
わしの、あんまりたいしたことのない経験の範囲では「民主主義」というものが神から祝福されて送られてきた永遠の贈り物だと感じているのは日本のひとだけ、という不思議な印象があります。


ロンドンからのコンテナがまだ着かないので、本題を書き始めるのに都合がわるいが、中国のことを考えていたら、また日本語で国家社会主義経済のことを書いて考えたくなったので、少し、つきあってもらう。

どういうことかというと、わしは、結局、中国には「民主主義」などというものは起こらないだろう、と思っているからです。
中国人というひとびとの歴史を通じての特徴は「食べられるようになる」ことのみに集中して過ごしてきたひとたちである事で、中国人は「政治」という言葉で、「国民全員が食べられるようになる」こと以外を考えた事はなかった。
国家全体がそのまま皇帝の私物であった近代以前も、軍閥の長に富を簒奪された共産主義革命以前も、結局は共産主義が元来もっている経済上の機能不全をそのまま踏襲してしまった毛沢東時代も、中国人は飢えるしかなかった。
その、自分達を食べさせてくれなかった共産主義への絶望の最後の表現が(六四)天安門事件と思います。

最後の、と書いたのは、中国の国民が「もう我慢ならない」と共産党転覆を決意した六四)天安門事件の頃はすでに四五天安門事件を契機に1977年3度目の復活をはたした鄧小平の「共産主義を捨てて秘かに国家社会主義を採用する」改革が着々とすすんで成果をあらわす直前の段階に至っていたからで、中国が六四天安門事件のあと、欧州と合衆国の「経済封じ込め」を破っていまの興隆に至った直截のきっかけは、欧州と合衆国が「道義」というマヌケな理由で取引をうちきった中国の取引先を次々に掠っていった日本の抜け駆けであっても、いずれ日本の不徳義なしでも経済封鎖は成功しなかったに違いなくて、なぜかといえば、もう当時では中国が西欧由来の共産主義を捨ててしまっていたのは誰の目にも明らかで、それとは違う社会主義的ななにかを採用して爆発的な成長を目前にしているのは誰の目に明瞭になっていた。

前回も述べた通り、わしは、その共産主義を捨てた中国共産党テクノクラートが採用した「社会主義的ななにか」が何であったか、知っていると思います。
それはシンガポールの国家社会主義だった。

そして、そのシンガポールの国家社会主義は、日本の戦時官僚たちが骨組みをつくって、
日本があたかも戦勝国相手に民主主義を受け入れたような顔を取り繕いながら、アメリカの潤沢な資金を使って推し進めた戦後の「奇跡の急成長」を実現した国家社会主義経済政策の、ほとんどデッド・コピーだった。

チビガキの頃、わしはシンガポールの町を歩いていて「KOBAN」と書いてあるミニ警察署のようなものがあるのに気が付いていた。
「KOBAN」というのが日本語であることを教えてくれたのは、かーちゃんです。
かーちゃんは日本語は「おはよう」「さようなら」「ありがとう」くらいしか知らないよーだが、それでも交番という言葉は知っていた。
かーちゃんシスターか義理叔父から聞いてしっていたのだと思われる。

それを皮切りに、シンガポールという国がさまざまな日本制度をコピーして出来ていることに気が付いて驚いたものでした。
それは「社会制度」というような観念だけではなくて、たとえばシンガポールに「シムリムセンター」という有名なITタワーがあるが、長じてシンガポール人の友達に訊くと、
このビルをつくるときにリ・クアン・ユーは秋葉原に調査団を派遣している。
そして、「一階を秋葉原駅前、二階を晴海通りを渡ったところ…五階が末広町交差点の手前」というように、秋葉原の水平的な広がりをそのまま垂直に置き換えたものがシムリムセンターなのでした。
一事が万事そーであって、シムリムセンターもそうだが、警察の有無を言わさぬ強権、政治に対する無関心への誘導など、日本が熱帯に越してきてミニ国家になったのかと思うほど似ている。

一方で、シンガポールは多民族国家ではあるものの社会の主力は疑いもなく中国系人たちで、ノーティな中国人向けに特化された「ゴミ捨てたら400ドルの罰金だかんね」というような、他人に言われなくても国民性として清潔好きの日本にはない法律があるのは多分そのせいです。
外国人は知らないで暮らしているひとが多いが町内会には必ずパートタイムの政府のスパイがいて、町内で変わったことがあると公安警察に報告したりする制度があるのは、いかにも中国的である。

ところで、どうしても経済的急成長を必要とした鄧小平とそのテクノクラートたちが目をつけたのは、この「成功した中国系社会」であるシンガポールでした。

よく考えてみると、中国はシンガポール経由で、かつての仇敵、戦前日本の国家社会主義者たちの夢を買い求めたことになる。
フランスに留学した経験をもち、大陸欧州的な享楽が好きであった鄧小平の実務政治家としての勘の冴えは、この後、実際に中国を飢餓から救い出す。
中国人にとっては「民主主義などいらなかった」のを証明してしまいつつある。

幸徳秋水の大逆事件以降、日本人は、自国に社会においては「当たり障りのないことは自由に言えるが、核心に触れることを述べれば必ず弾圧される」ということを学習した。
これは、もちろんアメリカ合衆国と連合国にボロ負けしたあとでも変わらなかった。
日本の支配層が変わっていないのだから、当たり前です。
よく持ち出される例を引き合いにだせば、1957年から1960年にかけて日本の首相をつとめ、日本の戦後経済の発展の基礎を作った岸信介は戦時中の東条内閣の商工大臣である。

岸信介のあと、池田勇人の後を襲って日本の戦後経済を完成した佐藤栄作は言うまでもなく、岸信介の盟友兼実弟です。

左翼運動が興隆する1961年、深沢七郎、というギターが上手な小説家が、当時皇太子妃だった美智子妃を実名で登場させて、広場の民衆をF語に近い言葉で口汚く罵る様子を描いたあげく、斬首させてしまう、という小説「風流夢譚」を書きます。
このたいへんに文才に恵まれてはいたが、少し軽躁的なところがあった小説家にすれば、多分、なあーにを気取りやがって、という程度の気持ちで描いた悪戯に近い小説だったでしょう。

ところが、この小説を読んで激昂した日本の「愛国者」達、なかでもそのうち当時17歳だった少年は姿を消して遁走した深沢七郎の身代わりに出版元社長の嶋中鵬二の家を襲撃して社長夫人を重傷を与え、家政婦を殺害する。
身の危険を感じた深沢七郎は、この後4年間を潜行・放浪生活を余儀なくされる。

日本の戦後民主主義の特徴は、「言ってもよいこと」と「言ってはならないこと」があらかじめ決まっていて、物事を実効的に批判することは「言ってはならないこと」に分類される。
言ってはならないこと、すなわち、社会の誰も知っているが問題にするのは社会にとって過酷にすぎるというコンセンサスが存在する「ほんとうのこと」を口に出して指摘した場合は、発言者は必ず日本社会から抹殺されることになる。
その場合、「許容できない暴言である」、日本社会の構成員である人間の「気持ちをふみにじっていて、人間性が疑われる」、あるいは、発言者の生い立ちや行動を詳細にしらべあげていって、あるいは単なるでっちあげで発言者そのものの信頼性を否定する、という日本社会では極端に発達した「排斥の定石」に従って、発言者を排除する。

中国系社会においては、もともと政府のような支配層機構に対しての信頼がまったくないので、支配層のほうは言論を弾圧しなければならないが、日本においては国民(民衆)自体が「日本国」なり「日本社会」なりの「部品」として機能して、異分子を沈黙させる。

鄧小平は、リー・クアンユーに倣って、そういう民族性の違いからくる微調整を行えばよいだけだった。
日本の「民主主義」など、ただの看板にすぎない、と見破っていた。
多分、どういう仕組みで日本が「民主国家」を標榜しながら国家社会主義国として運営されているか、ごく具体的に精確に理解していたでしょう。

もう、ちょっとくだびれてきたのでもあるし、いまはクリスマスの前の、友人や近所人が忙しく招いたり招き返したりする頃もであるので、もうすぐ支度をしなければならないのでもある。(時計をみると二時間くらい余裕があるが、このあとに述べようとすることを二時間で書くのは無理だとおもわれる)

このへんで今日はやめねばならないが、わしは、中国が西洋的な価値の最大の挑戦者になるのは、もう誰の目にも明らかだと思う。
その中国が拠って立つ理論の重要な部分が日本に由来していることは、興味深い上に、西洋の研究者を暗闇のなかに押し込めることにもなっていると思います。

中国的価値、と西洋の論者が信じているものが、実際にはおおきな部分が日本人の魂からうまれたものであることを、わしは知っている。
そうして、それに「正邪」や「善悪」のラベルを貼ることの非生産性も理解しているつもりです。

そういう文脈で、この話題が話されてはならない。
致命的な誤りを犯すことになるからです。

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4 Responses to 日本_「国家社会主義の夢の終わり」(その3)

  1. Rudinka says:

    ガメさんはじめまして。Tokyo在住Rudinkaと申します。ガメさんのBlogにはまってしまって一気読みしてます。ところで、今日友人に「Merry Xmas」とMailを頂いて、「I have no reason to celebrate Jesus’ birthday as I am not a Christian」というような内容の日本語を返信したら、「まぁ、そんなかたいこと言わず」みたいなレスがきました。別にたいしたことじゃないんですけど、ガメさんならワタシの心の砂漠を理解してくれるかも、と思った次第です。それから、balletは日本語ではバレエです。バレーはvolleyballのことなので、あしからず。。。。

  2. Rudinka殿、

    >今日友人に「Merry Xmas」とMailを頂いて、「I have no reason to celebrate Jesus’ birthday as I am not a Christian」というような内容の日本語を返信したら、「まぁ、そんなかたいこと言わず」みたいなレスがきました。

    クリスマスはいろいろな神様が集まって麻雀をする日なのを知らなかったのか。役満ふりこむと磔になるんだぞ、あれ。

    >それから、balletは日本語ではバレエです。バレーはvolleyballのことなので、あしからず。。。。

    カタカナなんか、どーでもええやん。

    • Rudinka says:

      >クリスマスはいろいろな神様が集まって麻雀をする日なのを知らなかったのか。

      なるほど。そういう見解でいれば私も狭量な人間と思われずにすみますね。。。有難うございますm(_ _)m

      >カタカナなんか、どーでもええやん

      はい。でも、「バレエ」で過去記事検索したかったので、ちょっといちゃもんつけてみました。

      ガメさんは小室直樹という経済学者をご存知ですか?彼は、著書のなかで「サッチャーやコールみたいな欧州国の元首OBを高給で雇って日本の総理大臣にすればええ」と書いていて、今から20年前のワタシはいたく感動したのです。この国の舵取りは、本当のプロに任せないとダメだと思うのです。政治屋とか官僚とか、国造りの風上にもおけない・・・とつらつら思うので、今度ヒマがあったらご意見を。

      ではでは、とてつもなくお美しいモニさんと善き佳き良き新年をお迎えくださいませ~。

  3. Rudinka殿

    >「バレエ」で過去記事検索したかった

    ぬわるほど

    >ガメさんは小室直樹という経済学者をご存知ですか?

    名前を誰かから聞いたことがあるだけだな。

    >サッチャーやコールみたいな欧州国の元首OBを高給で雇って日本の総理大臣にすればええ

    コールは知らないが、サッチャーというクソババア..あっ、いや首相は、それまでの「イギリス」を完全に爆砕したのでユーメイですのん。
    有名教授が「学問の自由」とゆったら「おまえらみたいな穀潰しの自由なんかに払う税金はびた一文もないわい。自由がほしけりゃ、もうちょっと税金はらってからゆえ」とゆって男共を悔し泣きに泣かせたりしたので人気がある。
    おもろいクソババア…あっ、いや、政治家だと思います。

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