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The Iron Lady

1 お腹がすいているのに、こーゆーことのめんどーを見てくれるはずのひとはみんなモニの世話にうつつをぬかしていて、わしはうち捨てられた子犬のように暮らしているので、テーブルの上に皿がない。 こーゆーときには日本の上流家庭では、まず右を見て「おーい、右近はおるか」とゆってしばらく待ち、左を見て「おーい、左近はおらぬか」とゆって、またしばらく待ち、それから悠然とたちあがって、「では仕方がない、わしが自分で食べ物をつくるとするか」と台所にたってゆくものだと誰かが書いていたが、誰の本だかもう忘れた。 ニョッキが食べたい、とツイッタで述べたら、だんだん身体がイタリア主婦化しつつある(特に悪意のある表現ではありません)とゆわれている「すべりひゆ」が呪文を教えてくれた https://twitter.com/#!/portulaca01/status/153066058163556352 ので、ゆわれたとおり、 「ニョッキにょきにょきぱぁ~!ニョッキにょきにょきぱぁ~!!!」 と必死に唱えてみたが、ニョッキはあらわれなかった。 …また、欺されてしまった。 呪文でおいしいゴルゴンゾーラソースにまみれた、ぷりぷりぷぷんのニョッキが出てくるという、いかにもありそうな話に、つい欺されたわしがバカであった。 信じていたのに。 閑話休題 モニが、ガメ、映画見に行こう、というので「The Iron Lady」を観に行った。 日本ではどんな名前かなあー、と思ったら「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」という椅子からずるっこけるような、打撃から恢復するのに2分間を要するような題名になっていました。 邦題、やめればいいのに。 映画は、これから観る人もいるだろうから内容はあんまし触れないが、サッチャー首相の一生を断片化して描いたもので、メリル・ストリープは芝居が上手だのおー、とか、 そーゆー素朴な感想をもったが、サッチャーの時代の連合王国が武力闘争時代のIRAとの激しい抗争(マーガレットサッチャーはIRAの爆弾によって親しかった同僚を失い、自分も、5人が殺され34人が負傷した「ブライトン・ボミング」 http://en.wikipedia.org/wiki/Brighton_hotel_bombing  で殺されかけている)を除いては、いまの日本と共通の問題があるかしれん、とヘンなことを考えた。 実際、日本が巨額というのもアホらしい負債を抱えていながら、一気にぶち倒れてしまわないのは、ひとつには過去の巨大債務国のケースを徹底的に官僚が研究しているからだが、サッチャーが頭角をあらわした1970年代末から1980年代には、連合王国は、「社会を構成する人間全体の需要に応えるだけの生産性がない」という、殆ど不治とみられる病に陥っていた。 イギリス人に訊けば、サッチャーの最大の功績は「肥大化した官僚や組合との対決に勝った」ことだというだろうが、実際には、ことはそう単純ではなくて、文明が発達した結果できあがった大衆社会の生活レベルそのものが生産性がおいつくわけがないところにまで来てしまった、というほうが当たっている。 簡単に言えば国民ひとりひとりが「最低限の生活」と考える生活を送るのに30万円かかるとして、収入は20万円しかない、という状態に国全体が陥っていたからでした。 慢性赤字なのね。 「モニさん、うち、もうずっと赤字なのよ。家計簿つくってみても、明日もあさっても今月も来月もずううううーっと赤字で借金がふえるだけなのよ。わたし、もうどうしたらいいかわかんない」と、しおしおと泣く大庭亀夫のような状態である。 家計と国家の財政を一緒にするなんて、サイテーだな、というカネのない正月でひまをこいたカシコイひとがまたあらわれそーだが、 サッチャーも、 「Any woman who understands the problems of running a home will be … Continue reading

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