マンハッタン


マンハッタンという街は、わしにとっては親しみのある街でチェルシーの南の端にある自分のアパートからヴィレッジ、イーストヴィレッジ、ソーホー、トライベカというようなところには、よく出かけてもいけば持ち主や働く人たちが顔なじみでもある店や場所もたくさんある。
友達の大半は「アップタウン」という名前がついている、わしのアパートよりはずっと北のセントラルパークの東側に住んでいる。
モニさんがもともと住んでいて、いまももっているアパートもそこにあります。

最近こそは流行で、早い話がジェニファー・アニストン 
http://en.wikipedia.org/wiki/Jennifer_Aniston
がわしが家のすぐ近所に越してきたりして、なんだかだんだんビミョーな形勢になってきてしまったが、もともとはビンボ人が住むところである、わしのような南のどん詰まりに住んでいる人間は珍しい、とたとえばここにくるひとびとのなかで言えばマルクス博士などはいうであろう。

ダウンタウンとアップタウンでは、生活そのものがまるで違う。
モニのアパートにはドアマンがいて、いつもはぶちひまをこいている運転手のおっさんがいる。中に入ると、上階まで吹き抜けのホールがあって、綺麗なカーブを描いた左右一対の階段があります。
公園の西側に多くある、もっと安いアパートは、値段はわしのチョーボロイアパートと同じくらいか安いくらいだが、敷地に余裕があって、だいたい伝統的には広い中庭を囲んで建っていて、ふたつないしよっつある玄関にはアフリカンアメリカンのおっちゃんが電話機がちょこんと載った小さな机の前で、所在なげに座っている。
住んでいる人の顔と名前を、もちろん憶えていて、朗らかな声で挨拶してくれます。
それはそれでなかなか良いものである。

電話をして店をあけてもらうタイプのモニが好きな店がまわりにたくさんあることを別にすればアップタウンに住んでいてもっとも良いのは、セントラルパークとリンカーンセンターが近いことであると思われる。このふたつに代表される、いろいろな公演があったり大規模な展示があったりする場所(なんと総称するのかわからん)が、だいたい歩いて10分の範囲にあるので、あんまりいろいろなことを考えなくて住むよーだ。モニがわしと結婚する前のモニの生活を考えるというと、まずセントラルパークの東側のアップタウンにはフランス人がごちゃまんと住んでいるので、気楽に遊べる友達に困らなかった。
もともと欧州人が多い地区なんです。
天気がいい日には、たとえば、穏和で成熟したオトナのカッコイイ青年(わしのことね)と待ち合わせて、セントラルパークの、起伏のある、造形が楽しい公園を散歩するだろう。
あるいは女の友達や、いま述べた 穏和で成熟したオトナのカッコイイ青年とリンカーンセンター
http://new.lincolncenter.org/live/
にでかけて、リゴレットやなんかで、questa o quella、楽しい夜をすごすだろう。
超一流のバーやレストランも、歩いていく範囲にいくらでもあります。
ときどきは馴染みのブティックに電話をして、店の主人と自分がデザインしたイヤリングをつくってもらう相談をしたりもするに違いない。

ところで、一方、 穏和で成熟したオトナのカッコイイ青年、すなわちわしのほうは、チェルシーの南端のアパートからセントラルパークまで歩いて行くと1時間弱(^^)かかります。
地下鉄で行くと20分弱だが、生粋のニューヨーカーのひとびととは違って、わしは歩いてゆくほうが好きである。
それも一気に歩いて行くわけではなくて、モニさんとデートするために、あちこち寄りながらおよそ3時間くらいをかけて移動したものだった。
まことにヒマなひとである。
ヒマすぎる。
ニートだもん。
古式ゆたかな日本語でいうと住所不定無職。
こっちのほうが胡乱げでかっけえのに、と思うのはわしだけだろうか。

夏などは赤鬼みたい顔になりながら、セントラルパーク近辺の、相変わらずよく行くのできみには教えてあげない店に着くと、なんだかそのまわりだけ、ソフトフォーカスで、ぼおっ、と明るくなって後光がさしておるようなモニさんが手をふっておる。
そのひらひらとふられている、薄い、指の長い、綺麗なてのひらめざして、わしはデートだあーデートだあー、ぬふふふ、と大股で歩いて行くことになる。

すげー、遠い。
であるから、わしはひとりでリンカーンセンターのオペラやバレエにでかけるときには、行きはタクシーで帰りは歩いて、さっき聴いたばかりの旋律を口ずさみながら帰ることが多かった。この帰り方にもコツがあって、9番街などは初めはひとも少なくて、なかなか具合がよいが、途中からさびれた真っ暗な、しかもくだらない訛りかたの英語を話すアンポンタンが多い地域を通るので、左側に要所要所で方向転換をすることを要する。
逆に6番街やなんかをくだってゆくと途中でタイムズスクエアの大群衆にブロックされるので、やはり難儀である。
だいたい阿弥陀籤みたいなルートが5,6種類生じて、そのどれかで帰ることになります。
雨が降ると地下鉄だが、そーゆーときは帰らない。
帰らなくて、どーするんだ、うそつき、ときみは思うだろーが、帰らなくてもいいのよ。
そーゆーときはモニさんの家に泊まるんだもん。
むふふ。

ダウンタウンのよいところは、テキトーで気楽なところであって、レストランはテーブルが近くて窮屈であり、バーは小さくて肩をおしつけあうようにして、きゃあきゃあと話すことになる。わしは身振りの手の甲で隣にいた、わしと同じくらいでかいおっちゃんを張り倒してしまったことがあります。
おっちゃんは、(あたりまえだが)、おおむくれにむくれて、ぶりぶり怒りまくって、えらいことになったが、神様の気まぐれで、いまは仲の良い友達になってもうた。
一見すると、全日本プロレスの使い古したレスラーみたいなおっちゃんだが、コロンビア大学という、むかしはあまりに大学まわりのセキュリティが悪いので駅から全力疾走で構内に走り込んだという伝説がある大学の先生なのであった。
有名な大学なのにプロレス学科があるのね、きっと。
フライング・エルボー.・キック序説、なんちゅう講義だろーか。
伝承芸として四の字固めもあるかな。
力道山なんだっけ。
力道山が毛沢東と金日成のあいだに産まれた子供だという噂はほんとうか。
白頭山の頂上の石から産まれたんだっけ。
違うか。

英語ではパブクロウリング、という。
マンハッタンでは、バークロウリング、といいます。
ちょっとタパスバーでサングリアを飲んで、1ブロック歩いてゲイカップルでいつも満員の「ヴァイニル」
http://www.vynl-nyc.com/welcome.html
で、冗談がうまいウエイターのにーちゃんに頼んでヴォッカを増やしてもらったバクダンみたいなコクテルを飲む。
そこからまた、ふらふらと歩いて、あちこちのバーへ行きます。
ハドソン川沿いに新しく出来たバーもよいところが多いが、やはりいまでも午前零時をまわれば、ヴィレッジとイーストヴィレッジのぐじゃぐじゃな通りがいちばん楽しいのだと思われる。

そうやってダウンタウンはのおんびりした感じがよいのだが、最近は、どんどん地面の値段があがって、なんだか容赦がない店が増えてきた。
人気のあるミートパッキンディストリクトなどは、ちょっと軽く食べるべし、と思ってノニャ(中国とマレーシアがいりまじった料理のことです)ラクサがおいしーとゆっておったな、という店
http://www.spicemarketnewyork.com/index.php
にはいると、ノニャ・ラクサ22ドル(^^;)
チップを渡すと30ドル弱くらいだろう。
オークランドなら、同じものが7ドルだぞ、こら、と、うんざりしてしまう。

クラブはクラブでミートパッキンディストリクトは金融屋さんみたいなひとびととか、おのぼりさんとか、女の子達を物色して歩いている姿がそのまま緑色に勃起した札束みたいな頭のわるそーなひとびと(一部不適切な表現をお詫び致します)が充満していて、くだらない場所と化してしまっておる。
クラブ、寿命が短いのだよね。
儚い。

週末の午後、モニとふたりでメトロポリタンミュージアムの正面ホールを見渡せるバーで、ポップコーンをかじりながらシャンパンを飲む。
それから、ふたりで、館内をのんびり散歩します。
中東の古代のマスクを指さして、あれは誰それに似ておる、わっはっは、あのデフォルメされた戦士の像はは短足がKにそっくりやん、などと失礼なことを述べながらふらふらする。

義理叔父のアパートがあるグラマシーや、もっと若い人はイーストビレッジに日本のひとはたくさん住んでいるよーだが、マンハッタンの日本のひとはなかなかカッコヨク暮らしているのであって、見ていて気持ちがよい。
友達を見渡しても、たとえば髪結い、髪結いていわねーか、美容師、もへんだな。
ヘアドレッサーか。ヘアドレッサーというような形で直截くちを利く日本人がひとりはいると思う。

9thストリートの2番街と3番街のあいだは、蕎麦屋という名前の蕎麦屋

http://www.yelp.com/biz/soba-ya-new-york

たこやき屋
http://www.yelp.com/biz/otafuku-new-york

はじめ日本料理屋が並んでいる通りがある。

ここには、わしがよく行く店(日本料理ちゃいます)もあって、よく通るが、近くの「一風堂」同様、ひとがいつもたくさんいる。
さっき述べた日本料理屋街とは場所が違うが、「cocoron」
http://www.yelp.com/biz/cocoron-new-york?large_photo=1

という、いっけん、イロモノ風だが、すげーうまいと評判の蕎麦屋もあります。

日本のひとがたくさんいて溶け込んでくらしている街の代表といえばロスアンジェルスだと思うが、マンハッタンでも日本のひとは、ふつーに暮らしている。
ひたすら日本人会の頂上をめざしている、というようなかつての変態日本人は少数派になっているように見えます。
だいたい30代くらいを境に変わってきているよーだ。

マンハッタンの友達たちのことを日本語で書いてみるべ、と思って記事を書き出したが、ばててしまった。
なんだかパチモンのガイドブックの切れ端みたいになってしまったが、長くなったので、もうここでやめる。

わしはマンハッタンという街は、日本のひとと相性がいいように思う。
一度、一箇月くらいでもいいから、行って見るとええだよ、と思います。

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