Daily Archives: January 9, 2012

日本人の値段

東京にいた頃、街を歩いていて不思議に思ったことのひとつは、ドイツ料理屋とロシア料理屋の数の多さだった。 ドイツ人にゆったら目を剥いて怒るに決まっているが、公平に言ってドイツという国は、おいしいものがないので有名である、と思う。 なかでは「鯖の燻製」と「ソーセージ」がおいしいので有名だが、あとは塩漬けの肉にしてもなんにしても、パッとしない。 ドイツと並ぶ「ごはんが不味い」国の双璧(ほんとうはおいしいんだけどね)のわしが言うのだから、間違いがない、と思ってくれなければ困ります。 ロシア料理屋については、むかしの三流スパイ小説を読むと「おまえが失敗すると、私の東京転勤がフイになる。そうするとだな、私は世界でいちばんうまいロシア料理が出る東京のロシア料理屋に行くチャンスを失ってしまうんだ。わかってるのか」というKGBの上司がでてきたりして、またいろいろな話があるよーだが、ここでは本題に関係がないので置いておく。 BBCの歴史番組のなかで第一次世界大戦で日本軍の捕虜になったケテルというひとの孫が「祖父から日本人が残酷だなんて言葉が漏れたのを聞いた事がない。祖父は日本人が好きでした」と証言している。 ドイツ人たちは捕虜生活を楽しんで、日本人たちが文明人であるという強い印象をもった。コンサートを開き、ソーセージの工場までつくっていた。 東京や日本のおおきな街にたいていあるドイツ料理屋というものの起源が実は、この第一次世界大戦でのドイツ人と日本人との相互の敬意に根ざした愉快な記憶にあることをわしが知ったのはごく最近のことです。 ここまで書くと気が付くひとがいるかも知れないが、観念世界では日本人にひどい侮蔑を述べ続けたヒトラーがしかし、ドイツ人にとっては最悪のタイミングで真珠湾奇襲というドアを開けて「バスに飛び乗った」日本に大した怒りも見せず、最後まで同盟国たろうとしたのは、第一次大戦の経験をもとに第二次大戦前までドイツ人のあいだに言い習わされてきた「日本人は文明的な思考が出来る国民だ」という漠然とした印象があったからだ、とわしのドイツ人友達は言う。 穿ちすぎな感じもするが、案外、ほんとうのところもあるのかもしれません。 たった20数年のあと、日本人は、世界のひとびとが「日本人」という名前で知っていた、20世紀初頭の文明的な物腰のひとびととは、まるで違う民族、誰からも尊敬されず、ただ忌み嫌われるだけの民族として世界のひとびとの前にもどってくるが、あんまり日本のひとは、なぜそのような変化が起きたのか重要なことだと思っていないところがあるよーだ、と思って、この記事を書いています。 アニメが修正するまで西洋人の日本人に対するイメージは、「サディズムに酔いやすい非文明人」であって、それは世界中の誰もが常識として共有する知識だった。 西洋人に限らず、たとえば家に出入りしていたシンガポールの貿易商のおっちゃんは、ややうるさいくらいに、いかに日本人が戦争中にひどいことをしたか、日本人という民族が他の平和を愛するアジア人と異なるか力説するのが癖のようなひとだった。 中国人の友人達にいたっては、モニとわしが日本にいたときのことをいうと日本人の残虐性に徹底的なサディストぶりを言わないひとのほうが稀で、特に年をとったひとたちは、いまでも拳をふるわせて、涙をぬぐいながら話をするひともいる。 日露戦争や明治維新を振り返って「栄光ある民族の近代史」に酔い、「だからわれわれは文明人だ」と考えるのは日本人が日本のなかだけでもつ習慣で、たとえば80年代にそれを外国で口にしたひとは、(いまでもそうだが)手痛い無関心か、大笑いで迎えられたことでしょう。 みな心の中で「あなたは、あなたがたが戦争中にやったことを忘れてしまったのか」と思っていたのに違いない。 いま日本人が「文明人」として認識されているのは、皮肉なことに60年代や70年代には、「国の恥だ」といってやり玉にあげられることが多かったマンガとアニメが描き出す「日本製の普遍的な感情や気持ち」によっているのであって、それ以外の理由はなにもない。繁栄した経済や自信を取り戻した企業戦士とは、なんの関係もないのです。 日本のひとに言えば、きょとんとしてしまうに違いないが、アニメとマンガとは、文字通り日本という国を救った「救国の英雄」(^^)に見えます。 わしらが日本のひとに悪感情をもたないのは、よく考えてみると、ラムちゃんや悟空、あるいは金田一少年のせいである。 日本のひとに最も一般的な誤解はアメリカ人たちが第二次世界大戦における日本人の勇敢さに感銘をうけて同じ人間として認めるにいたったという考えで、それでは話がまるきり逆である。 日本兵の獰猛で降伏を肯んじない戦いぶりは、そういう大上段にふりかぶった話が好きな日本人が信じているのとは真逆に、現実には大多数のアメリカ兵に軽蔑の気持ちを起こさせた。 Michael Witowichという海兵隊員だったヴェテランが、「日本人は戦いぶりが残酷でサディスティックだった。あいつらが天皇のために勇敢に死にたいのなら、それを助けてやるのが、おれたちの義務だと思ってたよ」と言っている。 アメリカ人たちが最も耐えられなかったのは、日本兵が「降伏」ということをしなかったことで、これは、すでに皆が知っていた捕虜への虐待とともに、日本人が「自分達と同じ人間であるわけがない」という(戦争開始前ではなく)戦争開始後に明瞭に意識されてくることになった信念の根拠になった。 日本のひとから見れば、それこそ、西洋人の「おれさま理屈」なのだろうが、西洋人の最もおおきな迷妄は「人間ひとりひとりの生命が最も重要である」ということで、そのなかでも自分という人間の生命を徹底的に大切に思うことが文明の条件である。 文明というものは、自分の生命が最も大事であるということに疑いをもたない人間が集まってつくるものであって、どんなに一見して文明らしくみせかけてあっても個々の生命を国家や社会よりも大事であるという考えをもたない人間がつくったものは「文明に似た何か」であって、文明とは正反対の世界に属するものだ、という迷信のなかで西洋人は自分達が「文明」と呼ぶものをつくってきたのでした。 雑誌「ライフ」に掲載されて有名になったN.Nickolsonの戦場にいるボーイフレンドが送ってきたスーベニアとしての日本兵の頭蓋骨(よく見るとボーイフレンドのサインがしてあります)を眺めながら、お礼の手紙を書いている写真 http://www.rastko.rs/kosovo/istorija/ccsavich-propaganda/008.jpg や、1942年につくられたCarson Robinsonの曲、 「We’re Gonna Have to Slap the Dirty Little Jap」 http://www.youtube.com/watch?v=51kWDb2FDTEContinue reading

Posted in 福島第一原子力発電所事故 | 2 Comments