フクシマ_サディズムの復権

東京にいた頃、街を歩いていて不思議に思ったことのひとつは、ドイツ料理屋とロシア料理屋の数の多さだった。
ドイツ人にゆったら目を剥いて怒るに決まっているが、公平に言ってドイツという国は、おいしいものがないので有名である、と思う。
なかでは「鯖の燻製」と「ソーセージ」がおいしいので有名だが、あとは塩漬けの肉にしてもなんにしても、パッとしない。
ドイツと並ぶ「ごはんが不味い」国の双璧(ほんとうはおいしいんだけどね)のわしが言うのだから、間違いがない、と思ってくれなければ困ります。

ロシア料理屋については、むかしの三流スパイ小説を読むと「おまえが失敗すると、私の東京転勤がフイになる。そうするとだな、私は世界でいちばんうまいロシア料理が出る東京のロシア料理屋に行くチャンスを失ってしまうんだ。わかってるのか」というKGBの上司がでてきたりして、またいろいろな話があるよーだが、ここでは本題に関係がないので置いておく。

BBCの歴史番組のなかで第一次世界大戦で日本軍の捕虜になったケテルというひとの孫が「祖父から日本人が残酷だなんて言葉が漏れたのを聞いた事がない。祖父は日本人が好きでした」と証言している。
ドイツ人たちは捕虜生活を楽しんで、日本人たちが文明人であるという強い印象をもった。コンサートを開き、ソーセージの工場までつくっていた。
東京や日本のおおきな街にたいていあるドイツ料理屋というものの起源が実は、この第一次世界大戦でのドイツ人と日本人との相互の敬意に根ざした愉快な記憶にあることをわしが知ったのはごく最近のことです。

ここまで書くと気が付くひとがいるかも知れないが、観念世界では日本人にひどい侮蔑を述べ続けたヒトラーがしかし、ドイツ人にとっては最悪のタイミングで真珠湾奇襲というドアを開けて「バスに飛び乗った」日本に大した怒りも見せず、最後まで同盟国たろうとしたのは、第一次大戦の経験をもとに第二次大戦前までドイツ人のあいだに言い習わされてきた「日本人は文明的な思考が出来る国民だ」という漠然とした印象があったからだ、とわしのドイツ人友達は言う。
穿ちすぎな感じもするが、案外、ほんとうのところもあるのかもしれません。

たった20数年のあと、日本人は、世界のひとびとが「日本人」という名前で知っていた、20世紀初頭の文明的な物腰のひとびととは、まるで違う民族、誰からも尊敬されず、ただ忌み嫌われるだけの民族として世界のひとびとの前にもどってくるが、あんまり日本のひとは、なぜそのような変化が起きたのか重要なことだと思っていないところがあるよーだ、と思って、この記事を書いています。

アニメが修正するまで西洋人の日本人に対するイメージは、「サディズムに酔いやすい非文明人」であって、それは世界中の誰もが常識として共有する知識だった。
西洋人に限らず、たとえば家に出入りしていたシンガポールの貿易商のおっちゃんは、ややうるさいくらいに、いかに日本人が戦争中にひどいことをしたか、日本人という民族が他の平和を愛するアジア人と異なるか力説するのが癖のようなひとだった。
中国人の友人達にいたっては、モニとわしが日本にいたときのことをいうと日本人の残虐性に徹底的なサディストぶりを言わないひとのほうが稀で、特に年をとったひとたちは、いまでも拳をふるわせて、涙をぬぐいながら話をするひともいる。

日露戦争や明治維新を振り返って「栄光ある民族の近代史」に酔い、「だからわれわれは文明人だ」と考えるのは日本人が日本のなかだけでもつ習慣で、たとえば80年代にそれを外国で口にしたひとは、(いまでもそうだが)手痛い無関心か、大笑いで迎えられたことでしょう。
みな心の中で「あなたは、あなたがたが戦争中にやったことを忘れてしまったのか」と思っていたのに違いない。
いま日本人が「文明人」として認識されているのは、皮肉なことに60年代や70年代には、「国の恥だ」といってやり玉にあげられることが多かったマンガとアニメが描き出す「日本製の普遍的な感情や気持ち」によっているのであって、それ以外の理由はなにもない。繁栄した経済や自信を取り戻した企業戦士とは、なんの関係もないのです。
日本のひとに言えば、きょとんとしてしまうに違いないが、アニメとマンガとは、文字通り日本という国を救った「救国の英雄」(^^)に見えます。
わしらが日本のひとに悪感情をもたないのは、よく考えてみると、ラムちゃんや悟空、あるいは金田一少年のせいである。

日本のひとに最も一般的な誤解はアメリカ人たちが第二次世界大戦における日本人の勇敢さに感銘をうけて同じ人間として認めるにいたったという考えで、それでは話がまるきり逆である。
日本兵の獰猛で降伏を肯んじない戦いぶりは、そういう大上段にふりかぶった話が好きな日本人が信じているのとは真逆に、現実には大多数のアメリカ兵に軽蔑の気持ちを起こさせた。
Michael Witowichという海兵隊員だったヴェテランが、「日本人は戦いぶりが残酷でサディスティックだった。あいつらが天皇のために勇敢に死にたいのなら、それを助けてやるのが、おれたちの義務だと思ってたよ」と言っている。

アメリカ人たちが最も耐えられなかったのは、日本兵が「降伏」ということをしなかったことで、これは、すでに皆が知っていた捕虜への虐待とともに、日本人が「自分達と同じ人間であるわけがない」という(戦争開始前ではなく)戦争開始後に明瞭に意識されてくることになった信念の根拠になった。

日本のひとから見れば、それこそ、西洋人の「おれさま理屈」なのだろうが、西洋人の最もおおきな迷妄は「人間ひとりひとりの生命が最も重要である」ということで、そのなかでも自分という人間の生命を徹底的に大切に思うことが文明の条件である。
文明というものは、自分の生命が最も大事であるということに疑いをもたない人間が集まってつくるものであって、どんなに一見して文明らしくみせかけてあっても個々の生命を国家や社会よりも大事であるという考えをもたない人間がつくったものは「文明に似た何か」であって、文明とは正反対の世界に属するものだ、という迷信のなかで西洋人は自分達が「文明」と呼ぶものをつくってきたのでした。
雑誌「ライフ」に掲載されて有名になったN.Nickolsonの戦場にいるボーイフレンドが送ってきたスーベニアとしての日本兵の頭蓋骨(よく見るとボーイフレンドのサインがしてあります)を眺めながら、お礼の手紙を書いている写真
http://www.rastko.rs/kosovo/istorija/ccsavich-propaganda/008.jpg
や、1942年につくられたCarson Robinsonの曲、
「We’re Gonna Have to Slap the Dirty Little Jap」
http://www.youtube.com/watch?v=51kWDb2FDTE
のその後の流行は

日本兵の非人間的な戦いぶりにうんざりしたアメリカ人たちの日本人への侮蔑が、どの程度までひどくなっていったかをよく示している。
ここで「全部、人種差別のせいだろう」と言うのが日本の人の常識だが、いろいろなインタビューをひとつづつみていったり、本を読んで兵士達の発言を追ってゆくと、ふつーの人間には「人種差別」という観念的な区別はなかなか板につかないもののよーで、どちらかというと、彼らが心の底から冷え冷えとした気持ちをもったのは、20世紀の始まりから30年代の終わりのどこかで日本のひとがいつのまにか身につけていた「サディスティックで非人間的な考え」に対してであるように思えます。

第二次世界大戦の終わり、ちょうど日本と同じように絶望的な戦いを戦っていたドイツ人たちはアメリカ第8空軍の重爆撃機B17に対して
Sonndekommando Elbe
http://en.wikipedia.org/wiki/Sonderkommando_Elbe
体当たり部隊を組織するが、この部隊の生き残りのひとびとのインタビューを観ていて、やや突出した印象として残るのは「日本のカミカゼとは違う」ということを強調することで、体当たりをしてパラシュートで生還するのは、危険ではあるが、カミカゼのような軽蔑にあたいする攻撃とは違うということをみなが強い調子で述べている。

太平洋戦争では、アメリカ兵は45口径を死んだ日本兵の口に突っ込んでぶっ放しては折れ飛んだ金歯を袋にいれて戦利品にするのが常だった。
戦場の描写が日本の人が目にするものと英語人が見聞きするものとでは、到底おなじ戦争の話をしているとは思えないほど異なるのは広い意味での「翻訳文化」の弊害だろうと思います。

わしが、こーゆー、ユーウツきわまる話をしてみようと考えたのは、福島第一原子力発電所の事故への反応が、いきつくところにいきついて、案の定、というか、やっぱり、というべきか、低被曝放射線は将来を待たなくても安全だということに決まってしまい、まだ判らないことを判ったということにして、「日本の未来」のために、「非科学的な恐がり方をやめよう」という方針で社会全体がまとまっていく先行きが見えるようになったからでした。
日本の初期の「マンガ」には
「人間ひとりの生命は地球よりも重い」
「ひとりひとりが生きてゆくということが、なににもまして大事なんだ」というセリフが、あちこちに、何重にも輻輳した響きのようにちりばめられている。
その声は戦後民主主義、という名前の、世界のなかでも理想主義的であることに際立った特徴がある民主主義をめざした日本の戦後社会において、戦争に負けて押しつけられた「アメリカ主義」だという「理性の声」を押し切って、夢中になって「鉄腕アトム」を読み耽る子供達の全身にしみわたって、日本という文明の基礎をなしてゆきます。
その「戦後民主主義」のなかで育った子供たちがまだ死なない短いあいだに、日本はまた
「きみの生命より大事なものがある」という声がおおきく反響する国にもどってしまった。

外国人たちの、東北震災に対する腰折れたような奇妙な反応は、マンガやアニメを通じて、当然のように自分達と同じ価値観をもった人間なのだ、と思っていた日本人たちが、
突然、「放射能を正しく恐れる」というような訳のわからない理屈をいいだして、困惑しているからだと思う。

日本の人は遠くから見ていると「絶対に嘘と証明できない嘘」を全精力で築きあげる、という世界に有名な悪癖を発揮しだしたようにみえる。
放射能を恐れて、右往左往してみえる「愚民」たちを、「科学的な事実」や「国への責任」をふりまわして、こづきまわすひとびとの口調は、わしらにとっては、いつか見た光景、倒れた敵兵の捕虜を足蹴にし、銃剣の練習台にして虐殺し、若い女とみれば強姦して、実はお互いのあいだでも徹底的な暴力の恐怖をもって対しあっていた戦争中の軍服を着たサディストそっくりです。

なんだか、友達だと信じていたひとが、自分には到底理解できない人間だったとわかってしまったときのような、奇妙な、まだどうしても信じられないような、寂しい感じがしているのだと思います。

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2 Responses to フクシマ_サディズムの復権

  1. いわせた says:

    今の日本は国全体がモンサント社やカナダの鉱山会社、ミドリ十字、チッソのように見える。
    欧州人が自分たちではあり得ないといっても、どんなに文明を装っても全て人間の中に非文明性があると思う。
    私は海に突撃していくレミングの群れの中で方向転換できるように少しでもどうにかします。

  2. いわせた殿、

    >欧州人が自分たちではあり得ないといっても、どんなに文明を装っても全て人間の中に非文明性があると思う。

    ふつーの欧州人は自分の「うちなる非文明性」よく知ってるとおもうけど。

    >レミングの群れの中で方向転換できるように少しでもどうにかします。

    ここまで来てしまうと、たいへんですのい

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