ノーマッド日記10

1 

伊皿子の坂と魚藍坂はてっぺんでつながっている。
あのどちらかの坂をあがって散歩すると、必ず「峠」という言葉を思い出した。
峠、という言葉は日本語をなつかしく思い出させる言葉と思う。
坂をのぼりきって、おりてゆく、というただそれだけのことに、わざわざ語彙をひとつつくって、あまつさえ漢字をでっちあげさえした。
中国の孟子という人は「森」という漢字にもうひとつ木を加えて「鬱蒼とした森」という言葉をつくりだしたが、峠も説明的な漢字の造形がそれに似ている。
峠というひとをくった漢字をこさえておいて恬淡としていたのは日本における漢字が中国の人達がいう「借り物の外来表記」などではなかったことの傍証かもしれません(^^)
そうして、その感情の移動についての何ともいえないこだわりが、いかにも日本の人だと考える。

義理叔父が高校生だった70年代は六本木は面白い街だったそーだ。
墓地のまわりにいろいろな店があって、ドンキホーテになっているビルはまるごと銀座のパブ・カーディナルの支店だったという。
都会のませたガキであった義理叔父が未成年飲酒をこいていると、黒鉄ヒロシや吉行淳之介、あとで軽井沢のホテルで自殺してしまった加藤和彦、というようなひとたちが屯していたそーです。
モニとわしが鳥居坂や芋洗坂をのぼって六本木にたどりついていた頃には、もう六本木という街は、ただの汚い、カメルーン人が風俗産業への客引きにうろうろする街に変わっていて、街としての魅力がなかった。

青山のほうがずっと好きで、ときどきでかけた。
ジャズ産業の金城湯池である日本らしく、あの街には3rd StのBlue Note
http://www.bluenote.net/newyork/index.shtml
の支店がある。
いかにもクラブっぽい大きさの本店に較べると、随分おおきくてコンサートホールみたいだが、ブルーノートはブルーノートで、モニとわしはカッチョイイひとやバンドが来ると、ときどき出かけることにしていた。
カンドーしてしまったので何度かブログに書いた「わたしは、もっと自分にやさしくしようと決めたんです」という穐吉敏子の、自分がなぜルー・タバキン・ビッグバンドを解散したかという説明を聞いたのも、ブルーノートだった。

本店は、実際にはそんなことはなくても、マンハッタンでは「おのぼりさんがいくところ」という事になっていて、猛烈な数があるジャズクラブのなかでもダサイクラブだということになっているが、東京ではブルーノートは質のよいほうのクラブで、商業主義的すぎる雰囲気がちょっと嫌でも、店として較べればマンハッタンよりも良いかもしれません。

ガキわし時代にやってきた記憶では東京は「歩くのによい街」だったはずだが、モニとわしがいたときには、もうシンガポールなみに暑い街で、夏が多かった日本滞在期間中は1ブロックあるいても気分が悪くなってしまうような街になっていた。
モニは日本があんまり好きではなかったが、そのおおきな理由のひとつは天候だったと思う。

だからほとんどの移動はタクシーに頼ったが、夜中には散歩することも多かった。
有栖川公園の上にある交番の若いお巡りさんが、
「この辺は悪い人間も多く住んでいるから気を付けてください」と言うので、アラゴンで生まれてメキシコで死んだフランスの監督、ルイス・ブニュエル
http://en.wikipedia.org/wiki/Luis_Buñuel
の映画みてー、と考えたりした。

シドニーのサリーヒルズで会ったオーストラリア人の女のひとは80年代の東京は素晴らしかった、という。
「なにもかもクレージーで、まともなことがなんにもない素晴らしい都会だったのよ」
それが、いまでは墓地のようだ。
あの街では、いったいなにが起こったのだろう。

わしが知っている東京は、もう静かな東京になってからの街で、それがわしの東京の印象になっている。
祖母の家の居間の雰囲気、というような表現が適当かどうか判らないが、賑やかだ、ということになっているおおきな交差点に立っていても、どうかすると、辺り一面がしいーんとしているような錯覚にとらわれることがよくあった。

原宿の、人間が流砂のように溢れながら流れている窮屈な通りでさえ、おもいだしてみると無音であったような気がする。

だいたい夜の8時頃にでかけて、夕食を食べ終わると、11時くらいから、あちこちにでかけた。
あるいは週末は、夜の12時頃にでかけて、3時頃まで遊んで帰って来た。

義理叔父の話によると、70年代には、アメリカンクラブの高校性たちのパーティに行けば隣のソビエトロシア大使館の屋上から何人か並んで双眼鏡でこちらをじっと眺めている寂しげな大使館員たちがいる、という「詩的」と呼びたくなるような冷戦の風景や、デート相手の女の子が、そっと腕にさわって注意をうながすので、うながされた先を見てみるとデヴィッド・ボウイが、あの特徴のある歯をみせて笑っていたりしたそーである。

そういう国際性というようなものは姿を消していたし、なにより気候があわなかったが、しかし、東京はやはりなつかしい。

2 

言語をふたつ以上あたまのなかに持つと良い事がいろいろあると思うが、あまり意識されない良い事のひとつには、人間の思考を健全にする、ということがあるような気がする。
英語にしろ、日本語にしろ、あるいはロシア語、中国語でもかまわないが、たったひとつの言語にしがみついて思考するひとには、どことなく狂信的なところがある、といつも思う。

同じひとつの自転車なら自転車という物理的な同一の個体を見てもbikeと自転車では違うものだ、というのは複数の言語が頭にある人はふつーに知っていることである。
まして人間の感情などは、最も似ていそうなものをちょっと思い出してみても、sadnessと悲しみでは、似ていると思ってみれば似ているだけで、全然ちがう感情である。
よく使う語彙でも、たとえば、frumpy (^^) というような表現しているものがたいへん具体性を帯びた言葉になると、これを日本語で類似させる、どのような認識も日本語で認識された世界には存在しない、と思う。

複数の言語で考えることに精神の平衡を保ちやすい要素があるのは、多分、そういうことを通して言葉に頭脳を貸している当の本人が、考えているのは大半言葉の仕事であって、
自分のほうは言葉の橇にのっかって斜面を滑っているだけのことであるのを実感するからであろうと思われる。

日本語の存在意義の第一は、それが神を前提しないで成立したゆいいつの普遍語であることなはずである、と前に書いた。
いまは主に怠け者の文学者や作家たちによって、日本語は「地方語」とでもいうべき場所へ転落しつつある。
すでに日本語では現在世界で進行していることさえ、うまく説明できなくなりつつある、とわしは感じます。

わしはこのブログを死語すれすれの古い日本語で書いているが、「若い日本語」(若い人が使う日本語という意味ではないのよ)で世界を書き写そうと思っても、半分くらいしか表現できない、というのは、やってみればすぐ判ることです。
二葉亭四迷、夏目漱石や島崎藤村、森鴎外というようなひとびとは、日本語で近代事象が表現できるように、盛んに造語した。

いまwikipediaの夏目漱石の項をみると、
「新陳代謝」「反射」「無意識」「価値」「電力」「浪漫」は何れも漱石の造語だとあるが、それ以前に近代を描写するための「口調」を発明するのに、もっともおおきな困難と努力があった。

日本語の「口調」を戦争後くらいからずっと眺めてくると、世界を説明できそうな、いわば普遍語たりうる口調でひとびとが日本語を使っているのは、80年代までです。
90年代になると、当時の言葉でいう「軽い」ことしか表現対象として受け付けなくなっている。
多分、わしによく見えていない本質的な精神生活の変化が80年代のどこかで起きているのだと思う。

日本社会全体が狂気にとらわれているようにみえる、とわしが述べても、当の日本のひとたちは、(当然だが)「なんという失礼なことを言うのだ」と激昂して拒否するだけに決まっているが、しかし、やはり、わしには狂っているように見えてしまう。
その誰にも受け容れてもらえるわけがない物思いのなかで、その全体的な狂気の理由は、日本語が普遍語から地方語に位置を変えつつあるからではないか、と、ふと考えることがあるのです。

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4 Responses to ノーマッド日記10

  1. SD says:

    ガメさん、

    このブログを読んでいて夏目漱石が読みたくなった。「坊ちゃん」、英語を習得したかったので英語で読んだことがあるけど、やっぱりできるだけ翻訳じゃなくて原著を読むべきだよね。

    日本語世界は「真面目な話ができなくなっている」と思う。先日も、「日本の幸福な若者に期待はしないで、私たちは優秀な海外からの若者に老後を任せよう」という内容の文章を、をある人をまねて「暴言」として書いた、というバブル世代の文章を読んだけど(自分でまとめてて、この時点でわけがわかんないや)、もう自分たちの老後のことすら、こういう「軽薄」な見識をもとに「軽い」調子で書く人間が現われた。しかもこの人は40代だか50代の人間だ。

    自分が日本語しかできなかった頃(今もそうだけど)のことを思い返してみても、ふつうの高校生がふつうに手に取るものの中に新聞とかはたぶんなくて、ライトノベルとかマンガとかアニメとかに限られているんじゃないだろうか。

    あと、「見える範囲がとても狭い」という気がする。たとえばこの前ガメさんに書いたメールで紹介した本は邦訳されていないようだけど、書かれていることのほとんどは、もう日本の学校では聞くことができない内容のもので、びっくりしてしまった。こういう状況ではたぶん邦訳しても、「ピンとこない」か「全面的に嘘が書かれている」と感じてしまうかもしれない(私もまだ信じられない)。

    言葉が語彙として定着するためには、たんにそこにある、というだけじゃなくて、うまくその言語集団のあいだに「広がりを持つ」のでないとダメなんじゃないだろうか。

  2. SDどん、

    >「坊ちゃん」、英語を習得したかったので英語で読んだことがある

    あれて英語で読むと不思議なくらいつまらない小説だから、日本語の方がいい。
    日本語で読むとオモロイよ。「三四郎」も面白かった。

    >日本語世界は「真面目な話ができなくなっている」と思う。

    そーね。深刻な問題ですのい。
    公の場で深刻な話題をきちんと話す言葉がないみたいにみえる。

    >しかもこの人は40代だか50代の人間だ。

    あの辺の世代のひとは、妙に深刻な調子でお気楽な意見を述べる人が多いから注意すべきと思う(^^)
    よっぽどラクショーな人生を歩いてきたのでありましょうな。

    >自分が日本語しかできなかった頃(今もそうだけど)

    いやポーランド語はわからんが、英語は、むちゃくちゃ上達した。
    上達した、というと道具みたいだが、英語が英語になってる。
    英語が英語になってる、もヘンか。
    なんちゆえばいいかわからんが、ときどきくれるメール、いまは長いのは英語のほうが読みやすい(内緒だが)。

    >高校生がふつうに手に取るものの中に新聞とかはたぶんなくて、ライトノベルとかマンガとかアニメとかに限られているんじゃないだろうか。

    新聞は別にして、まともな文章が読めるひととそうでないひとと極端に二極化して、読む方は全体の1割くらいか、という見積もりをするひとがいました。
    むかしは3割くらい、とも言っていたから、そういう印象があるのでしょう。

    >あと、「見える範囲がとても狭い」という気がする。

    ほんまですのい。

    >言葉が語彙として定着するためには、たんにそこにある、というだけじゃなくて、うまくその言語集団のあいだに「広がりを持つ」のでないとダメなんじゃないだろうか。

    ぬわるほど。
    なるへそ。
    そるなーへわーぬるほど

    ほんまだすな

  3. SD says:

    翻訳作品は、少なくとも、原作とは別の作品に変わってしまう。原作が日本語のものだと、原作との違いを推測したり確かめたりするのが、これはこれで楽しいんだけどね。

    言語世界そのものが、どのレベルにおいても、もう真面目な議論に向かなくなってきている、というところがあるのかもしれない。自分の不勉強を考えればぜんぶ言語のせいにするのは乱暴だろうけれども、言語世界という集団が構成員に与えるcollectiveな影響を無視することはできないとも思う。

    40代からうえの人々の「若者叩き」の動機が、彼らのどうしようもない他力本願にあったのだと知って、はっとさせられたよ。そしてそういう考えばかりダイアモンドなんかに載ったりして、同世代において共感が、若年世代で怒りが再生産される。思い出すだにうんざりする。

    私の言語能力に関するくだりは、喜ぶべきかどうかまだ迷ってる^^;
    母語は理解できた気がしやすいというところが落とし穴なんだよね。他の言語を習得してゆく中で、それに気づけるのだと思う。
    ほかの言語でもいつか話しようね。候補といえばスペイン語かなぁ。

  4. SDどん、

    >言語世界そのものが、どのレベルにおいても、もう真面目な議論に向かなくなってきている、というところがあるのかもしれない。

    そんなことはないと思う。

    >ほかの言語でもいつか話しようね。候補といえばスペイン語かなぁ。

    Latine loquamur!
    (冗談です)

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