ラナウェイズ、その後

「ラナウェイズ」という記事
https://gamayauber1001.wordpress.com/2010/11/28/1669/

を書いた頃は、まだあの奇妙に現実感がない破壊の王のような津波も、福島第一原子力発電所の事故も起きていなかった。
その頃でも日本人の友達たちは、馴染みのラーメン屋や、古本屋の本の匂いに後ろ髪をひかれながら、とにもかくにも、このまま日本にいてもダメだんべ、というので三々五々、あるいは国の税金で留学し、親のすねをくまなくかじりとり、あるいはなけなしの貯金をはたいたりして、みな他の国に移動していった。
そのあいだに、原子炉がスカになる大事故があったり、その事故への政府と社会の反応にがっかりしたり、驚いたりして、結果的には予定より長くいることになったひとが殆どだが、出ていったばかりのときには、3年くらいで日本に戻る予定だったひともいた。

何人かの友達は、このブログ記事とわしツイッタアカウントが直截の関係がある。
ずっと読んでいる人たちが熟知しているよーに、このブログ記事やツイッタには魔法の力があって、ときどき、はてな住民集団や2chのひとが食性がかわって獰猛になったバッタのごとく飛来します。
もしかすると誘蛾灯みたいなものなのかもしれむ。
むかしなつかしい「ガイジン死ね」の波状攻撃から始まって、はなから態度がド失礼なので、相手にしないことにして、ちょっとだけからかったらえらいことになったきんぴらな話や、ニセガイジン攻撃、日本語が下手で見苦しいからやめろ、おまえの下らない日本語なんかチラシの裏に書いておけ、というのがいっぱい来たとおもったら、今度は、わしが一生懸命平易に書きなおした英語が「下手な英作文で見るにたえない」からニセガイジンに違いない、という。
ショーセツカの「白豚○ね」もあったのい(^^)

そういう、いまとなっては懐メロのごとき、集団的悪意の攻撃を見て、いちばん傷ついたのは、わしの現実世界の日本人の友人達でした。

現実世界の日本人友人達、あんまりブログ記事とかで書かないけどね。
(あたりまえだが)結構たくさんいるのよ。
20代からトーダイおじさんたち40代50代。

義理叔父と従兄弟とは、どちらかというと、面白がって、ニセガイジンにされてしまったことなどは、腹を抱えて笑っておる。
従兄弟などは、英語が下手だ、というところでは、すっかりカンドーして、わざわざ翻訳して妹にちくりやがった。
妹は、欣喜雀躍であったが、ここでなぜ「英語が下手」という悪口に親戚中がうけまくるのか、きみにここで言う訳にはいかない、特別の理由があるのです。

大受けに受けてしまった。
かーちゃんにまで、受けた。
ちくそー。

身近に起こった巧妙で狡猾、なんのために磨いたんだか良くわからない修練のたまものの日本人集団イジメ技術の精華をみて、いろいろなひとが、じっと考えていたもののよーでした。

U子ねーさまは美人なのだからロスアンジェルスでも行ってカネモチひっかけて離婚して安泰な人生を送ればいいやんとゆーと、 日本以外にはハラジュクねーんだぞ、ガメ。なんで、わたしがロスアンジェルスみたいな田舎に行かなくちゃなんないのよ、 とゆっていたUが、ガメ、わたしロスアンジェルスに越すからな、近くに来たら遊びにこいよ、と突然電話をかけてきたりした。
なんでえー? ロスアンジェルスには、ハラジュクないぞおー、
とマヌケな声で聞き返すわしに、Uは意外にも涙声で「ガメの、おひとよし!バカ!」とゆって電話を切ったりしていたのでごんした。
そーゆえば、U子は、いつか「ガメは、日本人を、あーゆーヘンタイみたいなのとまるごと一緒くたにするなんて、ひどい」と怒っていたのだった。
いつもハラハラしながら読んでいたのに違いない。
言わないでいただけだったのだ。
わし、鈍感なんだよ。
ごめんね、Uさん。

わしは、はてな住民のみなさんにお礼をゆわねばならない。
皮肉ではない。
あなたがたは、最低でも5人のはらからを救ったのだと思われる。
誰かが「日本」を体現してみせる、というのは大事なことなのだ。

オークランドにずっと住んでいる日本人のレイさんというひとが、
わしに、「海外在住日本人ものは人気があるからフォロワー多い」とゆっている。
そうゆわれてみると、気が付かなかったが、どの「海外在住日本人」もたくさんフォロワーがいるので驚いた。
すべりひゆ ( @portulaca01)などは日本人をよそおっているが、わしが前からにらんでいる通り、ほんとうはイタリア人なので、フォロワーが少ないのだな(^^)
定着して、あるいは元から日本語が母語なみに出来るが日本人ちゃいまんねんのひとたち、自分がマドリッドならマドリッドに住んでいるのがふつーだ、と感じているひとたちは、フォロワーの数が少ないもののよーである。
考えてみれば、あたりまえですね。
そういうひとほど、日本のひとと考える事に接点がない。
レイさんのように、意図して日本と自分が住んでいる国の違いをみいだして日本に伝えようとしている場合いがいには、日本のひとがコーフンする、あるいはタメになる話題などないわけです。

そうやって震災のまえに日本を出たひとびとは、わしにお礼を述べてくれることもあった。
ガメのおかげで、助かった、という。
わしは実は全然たすけていないが、お礼をゆわれるのがとても好きなので、お礼のほうは実態とは別に全部うけとって、わしのオモチャ箱にいれてあります。
開けると「ガメのおかげで助かった!」
「ガメは一生の恩人です!」と、いっぱい聞こえてくるので、日頃、妹その他にいじめられてシクシク泣きながら眠りにつくのが習慣のわしの大事な宝箱になっておる。
涙で濡れた毛布のなかからとりだして、箱をあけて暖かい声を聴くと、妹にいじめられて泣き伏した午後がどこかへ行ってしまう。
しあわせである。

余計なことをいうと、わしはガキの頃から「福の神」と呼ばれていて、本人は何もしないが、飴をあげたり、頭をなでなでしたりしていたひとは、みな幸福になる。
逆に、わしを嫌ったりすると、みな不遇非業の人生を生きて死ぬとゆわれておる(^^)
「本人は何もしない」というところに話の力点があるのであって、残りは単なる儀礼であるという学説も行われておるよーだが、邪説であると思います。

フクシマのあとに安全を求めて海外に移住したひとたちは、日本に戻らざるをえなくなったひとも多かった。
義理叔父は派手な街が好きなので、マンハッタンとシドニーに落ち着いたようだが、あのチョーえーかげんな当て推量をするときの確信に満ちた眼差しで
「マンハッタンもシドニーも日本人がすごく増えた」という。
こうなったら、おまえのおばさん(かーちゃんシスターのことね)に頼んで、ショーバイしなくっちゃ。
「ネーティブガイジンでないとわからないビジネス英語の書き方」とかさ、ほら、ボロイ商売いっぱいあるやん。
「日本人向け不動産販売」っちゅうのもいいな。
はっはっは。こーしてはおれん。
ツイッタアカウント開いて、フォロワー増やして、いっぱい海外移住に興味がある日本人だまさなくってわ、
とコーフンしていたが、ゆっただけで飽きたか、あるいはかーちゃんシスターに蹴られたかして、実行には及ばなかったもののよーである。
義理叔父の性格であるからして、間違っても同国人を欺してショーバイするなんて下品でいけないことを考えてしまった、というような内省によって思いとどまったのではないと思われる。
そんなこと、考えるだけでもとんでもないやつだ。
儲かるのかな。
海外在住日本人でもーかるのなら、日本語がへらへら、いや、ぺらぺら凍死家ガイジンならボロイやん。
テレビで、にっかり笑って、
「あなたも海外でキャリアをつみましょう。電話してね」
なんちて。
やってみようかしら。
けけけ。

日本のひとは、たいてい食べ物で挫折する、と聞いていたが、実際はやはり英語であかんくなることのほうが多いよーだ。
わしが観察していると、十年くらい住んでいても、ダメなひとはダメですのい。

家にひきこもって出不精になってしまう人は、やはり英語が理由という。
店やなんかで「気楽にスモールトークをする」というようなことが出来ないのがおおきなことだと悟るのかもしれません。

tattooの職人の(@Ukoh_rain)というひとが、わしのツイッタアカウントに来て不安がっていたが、そーゆー職業のひとは、ふつーに定着する可能性が高いと思われる。
手に職、はやっぱり、つおい。
職人の町フィレンツェで、洋裁店おばちゃんと話していたら、フィレンツェの職人の三分の一は日本のひとだというので驚いてしまったことがあった。

その後、どーもこのひとは日本人ぽいな、という職人さんにあたりをつけて訊いてみたら、「日本では、もう職人を大事に育ててくれる所がないんですよ」という、日本人側からの理由を教えてくれた。
わしは漠然と日本は職人の国、というイメージをもっていたので、どへえ、と思いました。
そーだったのか。

tattooのようなものは、日本はスーパー先進国で、最近は日本式極彩色tattoo

http://www.amazon.com/Tattoo-Japan-Illustrated-John-Harte/dp/393402064X/ref=pd_sim_sbs_b_2

に憧れる若い衆がたくさんいるので、この@Ukoh_rain は「定着」どころかオカネモチになってしまうだろうと思われる。
きっと友達も弟子もたくさん出来て、そういう現実の環境のほうが逆に @Ukoh_rain さんが不安がっている英語能力をつくってしまうでしょう。
わしからみると、条件がそろいすぎていて「ダイジョブに決まってるやん」というひとなのに不安がっているところが、オモロイ感じがしてしまった。
ひとのマジメな不安をおもしろがってはいけないが。

一方では、いわゆる知的な職業、特に人文系の職業についているひとはたいへんなよーで、小説家のような商売は才能さえあればどこに住んでも同じなので、中上健次のむかしから、日本以外の土地に住んで原稿を書いて暮らしているひとは少なくなかったが、研究者というようなことになると、英語が無茶無茶できなければ、当然どーにもならない。
定着もなにもドアが開いてくれないもののよーです。

医者というような商売は、どこにでも行けそうな気がするが、世の中には「将校医者」「ヘータイ医者」という嫌な言葉がありますね。
皮肉にもヘータイ医者は英語さえ出来れば、どこに行ってもなんとかなる。
現に、たとえば「国境のない医師団」に属して、自分の国に三ヶ月だけもどって医者をやっては現地での薬の購入代を稼ぎ、残りはアフガニスタンに帰って難民治療に専念する、という尊敬すべき女びと医師の話を聞いたりする。日本のひとです。
どーゆーわけか、女のひとが多いように見えるが、日本人で、医師であって、地震で30万人を越える数の人が死んだハイチ
http://en.wikipedia.org/wiki/2010_Haiti_earthquake

や、アフリカの奥地で医療にあたっているひと、というのはよく聞くし、
タイランドやオーストラリアで、ふつーに開業医をしている日本のひと、というのもたくさんいる。
ところが「将校医者」は、社会的にエライというようなくだらないことよりも組織と環境がないと仕事がやれないので、返って身動きができないよーだ。
会社員みたい、になってしまうのね。
現にニュージーランドでも台湾の外科の権威おっちゃんが、医師試験から研修まで、ニュージーランドの新米医者と同じコースをとれ、と言われてキレて無職のひととして暮らしている例がある。
あるいは中国の産科の教授がニュージーランドに来て、やはり同じ理由で引退してしまったりする。
専門的研究的な分野では医師のほうが移住定着は難しいよーです。

フクシマの前、「ラナウェイズ」の日本人友人たちから、よく相談されていたころ、わしが言う事は決まっていた。
「行きたい国の移民局のサイトをよく読むこと」
それからしか対策もなにも立たないに決まっている。
この段階で「ひとに訊いて情報を集める」のは、たいへんに危険なことでもあります。

自分がやりたいことに基づいて、行きたい国がきまったら、その国の移民プログラムをよく読んで、どれなら自分が幸福にその国で暮らしていけるか、よく考えてみるのがいいと思う。

職業によってはTOEFLやIELTSで一定の点数を要求する国もあります。

東アジアからの移民に共通した特徴として、「自分が行きたい国のランクをつける」という、わしらのあいだで、よく話題になる習慣がある。
中国のひとなどは「イギリスは高嶺の花、アメリカがいちばんで、次がカナダ、3番目がオーストラリアで4番目がニュージーランド」などとニュージーランド人が聞いたら、一挙に人種差別主義者になりそうなことを言う。
「オックスブリッジを出たイギリス人と結婚するのが夢です」という、オソロシイことを言うひともいます。
そういうひととひさしぶりに会うと、ほんとうにオックスフォード大学を卒業したピーターにーちゃん(仮名)と結婚して乳母車を押していたりすることがあるが、わしなどは思わず、「ピーターくんピーターくん、きみは『オックスフォードを出たイギリス人』28号だったのを知っているかね?」とゆってみたくなったりする。

自分が行く国に偏差値をつけて第一志望第二志望をつくる、というこのアジア人の習慣は、どーも、「国というのは自分で参加してつくるものではなくて、オカミの完成品として存在して、自分に何かを与えてくれるものだ」という不思議な誤解に基づいているもののよーだ。
こーゆーひとが不思議なのは、ではなぜ「イギリス人はニュージーランドに移民するのか」という単純な疑問をもたなかったらしいことで、いちど訊いてみると
「それは下層階級のひとだからでしょう」と言うので、どひゃっ、と思った事があった。
実は、むかし「ニュージーランドに移住して税金を節約しよう」という隠れたベストセラーがあったアメリカ合衆国からはニュージーランドにオカネモチがたくさん移住してきているが、あのひとに理由を尋ねると今度は「きっとみんな犯罪者なのでしょう」と答えるのではあるまいか(^^)

わし自身がニュージーランドにいるのは「英語が下手だからだ」と思っているのかもしれむ(^^)

すごおおおく、あたりまえのことだが、タイランドに住むほうがアメリカに住むよりも、ずっと性にあっているひとがいるのは、「高給」で「安定」した医師になるよりもあんまり売れなくてもマンガを描いて暮らしているほうが、ずっと幸せな人がいるのと同じことである。
義理叔父の友達には、アニメを描いて暮らしたかったのに、親思いの性格が災いして、自分の性格に反して医師になったために自殺するに至った気の毒なひとがいた。

わしなどは、クライストチャーチが好きで、オークランドはクライストチャーチが近いのでまあまあ。なぜここにいるのかというと、モニがクライストチャーチよりもオークランドが好きだから、です。

アメリカのパスポートを一回もってしまうと、そのあと十年間おそろしいことがついてまわるので、カネモチは頼まれてもあんまりアメリカ人はやりたがらない。

自然とスペースが好きで、会社に行ったあとボートやカヤックやヨットで遊びたいひとやなんかにはニュージーランドがいちばん向いている。
オークランドなどにはボート遊びができる浜辺が、地形上、そこいらじゅうにあるからです。

ずっとブログを読んでくれているひとは知っているが、わしは「十全計画」に従って日本に5年間11回の大遠征を行ったほかは、だいたい「冬のクソ天気を避ける」のと「都会と田舎に半年づつ住む」のを方針にして、暮らしている。
わしが育った土地では冬は日本とは違って、強風が吹いて雨が降り続く、チクソーな天気が続くので季節ルールが出来上がったが、この頃は夏が全般に暑くなりすぎるので見直す余地あるよーだ。
都会と田舎については、マンハッタンのように気楽に質の高いオペラやバレエが観られるところでないとつまらないし、馬にも乗れなければ、だあーれもいない草原で寝転がって、あの雲、イギリスみてえー、あっ、あっちのはフランスに似てるぞ、モニ、が出来ないとくだらんので、今年のような特殊寿年を別にすれば、変わらぬ方針として維持されると思われる。

なんだか、いっぱい書いてしまったが、外国に移動して住む、というようなことは、やってみれば判るが、全然特別なことでないので、テキトーにやってもなんとかなるものだと思う。
地位や専門や研究がある場合にはたいへんだが、世の中の99%の「その他おおぜい」にとっては、どこに住んでも本質的には同じよーなものでしょう。

それぞれの国の社会の特徴に応じて、たとえば英語社会の日本のひとは
「日本人を欺すのは日本人だから気を付けろ」というようなことを言うが、そっちのほうは、わしには全然わからない。

なんだか家出しているあいだに、家が火事になってしまったようなことになってしまったが、あの日本人のお友達は、よいことに、みなそれぞれ幸せそうに暮らしている。
ネットの友達も狐茶などはすげーカッチョイイ年賀状を送ってくれたが(まだお礼、言ってねー)、ラナウェイズのひとびとも、写真やそーゆーものを見ると、日本にいたときの一種の「曇り」がすっかりとれてしまった表情をしています。

あのひとたちが十何年かして、たとえば40歳に近くなったころ、日本に戻って日本の再建設に参加する日が、やはり日本の再出発の日になるのだと思う。

もちろん、ああいうひとたちが帰らないほうが、移住先の国にとっては大プラスだが、でも日本のひとは、なんだかいつも帰ってしまいそうな気がする。

そして、それは日本にとっては決定的に良いことだと思うのです。

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9 Responses to ラナウェイズ、その後

  1. dosannpinn says:

    はじめまして。
     このブログ記事を拝見して、ガメさんの日本語が達者なことに私は驚きました。ですから、罵倒の芸もろくに修められないような、ネットをうろちょろする連中の話を気にする必要はないと思います。
     ただ、口語の発音をそのまま文字にされると読みにくいとは思いました。そのあたりには気をつかったほうが良いかもしれないと思いましたので、ご参考にして頂きたく思い、ここにコメントいたします。
     一例を挙げますと、「言う」を「ゆー」と書くことなどが「発音をそのまま文字にする」にあたります。こうした表現はとても読みにくいですし、待遇表現(広い意味での敬意表現)としてかなり砕けた表現になります。
     どのくらい砕けた表現かというと、全身粉砕骨折くらいには砕けています。たまに人が死にます。まあ人死には冗談ですけれど、怒り出す人はいると思いますから、私にはお勧めできない表現法です。

     ただ、ガメさんの文章を拝読すると、意図的に表現を崩しているようにも思われますので、もしそうでしたらつまらないことを書いてしまって申し訳ないことです。

    最後になりましたが、面白い記事をありがとうございました。
     私は日本をでられるほどの度胸も金もありませんから、こういう話を聞いても「えらいことだなぁ」と思うばかりですけれどね。

    • dosannpinn様、

      >罵倒の芸

      ヘンな芸ですのい

      >口語の発音をそのまま文字にされると読みにくい

      わしは、話すときの日本語はもっと上品である(^^)
      こんな下品な日本語ちゃいまんねん。
      東山千栄子先生監修なんだぞ(ウソ)

      >私は日本をでられるほどの度胸も金もありません

      度胸も金もいらねっすよ。
      飛行機に乗ればいいだけです。

  2. 「こーして」「こーゆー」という語りは1980年代のスタイルで、90年代始めまでは残っていました。堅いことを分かりやすく話すために生まれたこのスタイルは、私には懐かしくて慕わしいものです。

    80年代の東京の空気をもう一度吸ったような気持ちになりました。あれはいい時代だったんだな。そして今、あれは「失われた古き良き日本」になったんだなと思いました。

    愛惜を持って自分の来し方を振り返ることができました。
    ガメさん、ありがとう。

    私は偶然ここに来たばかりで話しかけるのも初めてなのですが、懐かしい人に会ったような気がして、他人行儀な話し方ができません。失礼をご容赦下さい。

    私は昨年の原子炉事故で「ラナウェイズ」(この名のガールズパンクバンドも懐かしい)になった一人です。そして今まさに英語で苦労しています。

    後ろを振り返れば、国は巨大な泥舟と化して沈みかけていて、大丈夫じゃないかもしれないと思いながらみんなそこに暮らしている。他に行く場所がないと思っているから。

    不安と恐怖から身を守るために、何も起きていないふりをし、
    起きていることに目をつぶろうとしているように私には思える。そうやってみんなが、文字通り自分を殺し、子どもたちを殺していく。

    とても悲しくて悲しくて悲しくて腹立たしい。自分の父も母もきょうだいも友達も、静かな虐殺の列に加わって、静々と歩を進めているように思えて、どんなに叫んでも声が届かない。
    まるで海潮音の中に自分の声が吸い込まれてしまうように。

    海面に木の葉一枚浮かべてそれに乗っているのも同然の私は、列から離れてこちらに来いと言えるほど確信がない。

    泥舟より先に沈むかもしれないから。これからどうしたらいいのか、何ができるのか途方に暮れてしまっているから。自分が何者なのかも分からなくなりかけているから。過去の全てが間違っていたのかもしれないという思いで混乱しているから。

    無力感と手をつないで歩く私が声もなく事態に見入っていて、
    いや叫んでいるのかもしれないけれど自分の声すらよく聞こえなくなっていて、つぶやきを漏らそうにも声の届く人がいない。

    そんな時に片耳に入れておいたヘッドホンから違う周波帯のラジオがいきなりはっきり聞こえてきた、みたいな気持ちで今これを書きました。

    ありがとう。

    • DoorSaidHello殿、

      >「こーして」「こーゆー」という語りは1980年代のスタイル

      そーなのか。もっと古いのかと思ってました。

      >この名のガールズパンクバンドも懐かしい

      はっはっは。知っていたのか。
      英語国では80年代ミュージックFM局の定番ですのい。

      >国は巨大な泥舟と化して沈みかけていて

      どーして、瓦礫を国土中にばらまくなんてバカなことをしたのでしょうのい。
      ぜんぜん、わからん。

      >海面に木の葉一枚浮かべてそれに乗っているのも同然の私は、列から離れてこちらに来いと言えるほど確信がない。

      初めの二年間が、頭がぼおおおーとして、なんだかよく判らなくて、まわりとのとっかかりがなくて、いちばん大変なんだ、という。
      「毎日でかけて誰かと話す」とか小さいルールだけつくるといいと聞きました。

      >無力感と手をつないで歩く私が声もなく事態に見入っていて、
いや叫んでいるのかもしれないけれど自分の声すらよく聞こえなくなっていて、つぶやきを漏らそうにも声の届く人がいない。

      わしは、ひとの苦労ちゅうよーなもんが全然判らない人間(全面的に運に頼り切った人生で、苦労ということをしたことがないからですのい)で、へえええー、とかゆっているだけで、どーしよーもないが、わしのツイッタとかコメント欄には、古人として、じゃねーや、個人として生きてゆくのに必要な技量を身につけたひとがいっぱいやってくるよーだ。
      外国に長い間住んでいるひとも多いのね。
      話しかけてみればよいのではないだろーか。

      >今これを書きました。

      考えつめて暮らしているひとの文章はカッコイイな。
      観念のレベルが高いというのは姿勢をまっすぐにする。

      ときどき、紅茶にミルクをいれて、
      ときどきはブランディを大量にいれて、
      やすむとえーだよ。

      ほんとよ。

  3. dosannpinn says:

    >DoorsSaidHello さん
    >「こーして」「こーゆー」という語りは1980年代のスタイルで、90年代始めまでは残っていました。

    そういえば、「昭和軽薄体」という文体がありましたね!恥ずかしながらすっかり失念しておりました。指摘に感謝いたします。

    >ガメさん
    狙って文体を操作しているのなら、私がとやかくいうのはとても失礼なことでした。申し訳ありません。

    >>罵倒の芸
    >ヘンな芸ですのい

    ヘンな芸ですのい。
     「相手の人格をなるべく攻撃しないように気をつけながら、必要なところだけを批判する」というヘンな芸が、一部のネット住民はどうも下手すぎます。
     ただの罵倒をやめてブラック・ジョークにしてみるとか、いろいろとやりかたがありそうなものなのですが。悲しいことですよ。

    ###
    参考: ウィキペディア「昭和軽薄体」: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%AD%E5%92%8C%E8%BB%BD%E8%96%84%E4%BD%93

    • dosannpinnさま、

      >狙って文体を操作しているのなら、私がとやかくいうのはとても失礼なことでした。申し訳ありません。

      ケーハク体というのも知りませんでしたが、本人はふつーに書いているだけなのね。なんなんでしょうね、わしの日本語。

      >私がとやかくいうのはとても失礼なことでした

      失礼だと思ったらゴミ箱にいってますから、そんなことねーですよ。

      >必要なところだけを批判する

      わしの文化では「批判」もニコニコしながらやることになっているので、どうもよくわからんよーです。

  4. やさしいお返事をありがとうございました。

    この九ヶ月、事態が深刻であることを何とかして伝えようと、家族、友人、隣人にことばを尽くして来ましたが、私以外に避難を試みた人はいませんでした。自分の力のなさを感じます。

    ことばが届いていない心許ない感触をずっと味わいながら、どうすれば届くのか、あるはずの隘路を探しながら努力を続けています。

    いつか、普通の話を普通にできる生活が戻ったら、いろいろな人に話しかけてみたいと思います。

    昭和軽薄体。
    出現は70年代ですね。
    私もマンガや小説では1975年頃から目にしていましたが、女子中高学生はみんなそのことばで手紙書いてましたから、どっかのおじさんがまねして小説書いてても別に驚きませんでした。

    「これはすごい」と思ったのは、このことばで考えを組み立てた評論集「花咲く乙女たちのキンピラゴボウ」(橋本治、1979)を読んだ時です。話し言葉が「書き言葉」として立ち上がったのは衝撃でした。自分たちの話し言葉で考えを組み立てることができるなんて!

    この本のあと軽薄体で評論する方法は普及して、誰もが使うようになりました。「80年代のスタイル」と言ったのはこの普及状態のことでしたが、個人的見解かもしれません。

    • DoorSaidHelloどの、

      >軽薄体で評論する方法は普及して

      本人(わしのことね)は軽薄体ということばも知らなかったので、軽薄体で書いているつもりはない(^^)
      頭のなかで鳴ってる日本語を書いているだけなので、きっと根がケーハクなのですのい。

      • 私も「軽薄体」という言葉、そういえばあったなーそんなの、30年ぶりに聞いたなー、と思いました。

        ところで汚染瓦礫のこと、どうして? とお尋ねだったので、蛇足ながら、私の思うところを申し上げますね。

        1、311以前から、都市のゴミ処理は大問題でした。住民の反対で焼却場の増設ができないからです。トラックや鉄道で遠く離れた民営の焼却場(「産業廃棄物業者」と呼ばれる)に運び、焼いてもらっていました。業者にとっては1トン当たり数万円の補助金が支払われる、たいへんもうかる商売でした。そのため殺人を含む非合法な手段で受注が争われるほどでした。汚染瓦礫はでこのルートに乗ったようです。

        2、政府、または東電には、全国のがんの罹患率を上げることにより、福島および近県の放射能汚染によるがんの罹患を証明できないようにしたいという思惑があります。これは放射能汚染地を抱える国で広く行われてきた手法であるようです。

        3、産廃業者、政府、東電三者の利害が一致して汚染瓦礫の拡散が進められています。311直後からすでに日本各地の産廃業者は汚染瓦礫を燃やし続けてきたのですが、それを公に認めて、さらに高濃度の汚染瓦礫を拡散しようとしているのが今の「瓦礫問題」であろうと思います。環境や健康ではなく「もうかるから」という理由で行われているのは、除洗と同じ構図です。

        東京の報道陣の前に最初の瓦礫を運び込んだ時、それは既に鉛製のコンテナに入っていました。コンテナの用意まで済んでいたことを思うと、そう簡単には止まらないかもしれません。
        私も抗議のメールを書いたり、できることをしています。

        ああ、長くなっちゃった。

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