Daily Archives: January 17, 2012

30歳の方向に歩く

29歳になった。 えらいこっちゃ。 去年の終わりのことだけど。 子供の時に「29歳のひと」というのは、落ち着いていて、オトナであって、静かに微笑していて、棺桶に片足つっこんでいるひとであったが、自分がその年齢になってしまった。 むかしの心理学は、年齢と才能の開花の関係をうるさく追究したりした。 学問としてやることがなくてヒマだったからでしょう。 まだ医者たちのほうは、犯罪者の頭をパカッと開けて、電極刺して、ここに電流を流すとどうなるかなあー、あっ、怒りよった、というような楽しい、…あっ、失礼しました、 人間として許されない実験をして遊んでいたころの話です。 詩や数学は、たしか、20代のまんなかにピークがくることになっていた。 絵を描く才能がもっとも息が長くて、延々延々延々と70代80代90代とピークに向かってのぼりつめてゆく。 道理で画家の友達というのは20代からボケロージンみたい、…あっ、いやいや、天真爛漫であるわけである。 今年は天気が悪いのでクリケットをあんまりやらないが、あれはベースボールと似ていて、上手になる頃には身体の反射スピードが遅くなって下手になってゆく。 スポーツとして判ってゆくにつれて成績は低下する、という悲しい宿命にあります。 自分のことを考えると、十代中盤が我ながら最もコントロールに厄介な頃であって、ボリショイサーカスのクマの躾より厳しいとゆわれておるとーちゃんとかーちゃんのサディスティックな…あっ、また間違えた、厳格な躾によって、乱暴なことをゆったりふてくされたりはしなかったが、しかし、ブードゥー教に入信してはどうか、と考えたりした。 あまりにバランスをとるのが難しいので、オベンキョーに熱中したり、週末には朝まで遊んだりしていた。 誰でも、そういうものだろうが、わしの二十代は奇妙にマジメな情熱と野放図で爆発的な放蕩の混淆であって、しかもヒマさえあれば世界中をほっつき歩いて、先ずとにもかくにも発散的で情けない欲求にしたがってねーちんたちと仲良くなり、ねーちんたちやおねーさまの手引きにより、その土地に詳しくなっていった。 そういうことは、わしだけの特徴ではなくて、英語人一般のセーシュンであると思います。 わしは株の売買というようなことは忙しそうであるし、何をみても株価にみえるようになりそうなので嫌いだが、その頃は、オンラインの株の売買で、あと一週間の生活費を稼いだりすることもよくあった。 ブラックジャック、という手もつねにあったが、賭博は金を稼ぐ方法として「つきや勝ちという戦果を拡大できない」という致命的な欠点がある。 昨日の勝利が今日の有利にならないのね。 たいていのテーブルには上限があってカネモチ相手のクラブでも一回の賭け金が5000ドルとか3000ポンドとか、そういう制限が多いと思うが、制限がないテーブルも世の中にはあって、そこでワン・シューではなくて、ただ一回の賭けに60万ドルかけてしまった人を見たことがある。 ストゥールにすら座らないで、たったままです。 ピクチュアが出て、恐れ入ったことにエースがその上に乗って90万ドルを手にすると、合計150万ドルをもって、そのひとはすたすたすたとまた行ってしまったが、考えてみれば、あれは正しい態度であって、賭博の本質を知っている、というべきなのでした。 ラスベガスでひと晩で46ミリオンダラー勝ったおっちゃんも、だらだらとやれば負けるさ、とゆっていた。 そうやって勝てるのはサー・アスピナルのようなカードカウンタだけの特権であると思う。 それも6デックシュー(ひとつのシューがトランプ6組で出来ている)が限度であると聞いている。 人間の一生には「安全」というものはない。 保障を求めるな、と、とーちゃんによく言われた。 人生に保障を求めるのは愚かなもののすることである。 収入の安定を求めて職業を選択するような人間になってはいけません。 失敗しないような人間は見込みがない。 自分にみあった課題にとりくめば初めは失敗すると決まっている。 将来を予測してはならぬ、何が起きても大丈夫なように自分をつくっておきなさい。 親というものはエラソーなもので、おもえば両親などというものは他のひとに言われればえらそーにタメグチ利いてんじゃねーよ、と思うようなことをマジメに述べることがある大変人のふたり連れだが、子供なので、おとなしく聴いていたものだった。 公平に言って、わしは有利だった。 100メートルを走るのに、「あっ、きみはここから走っていいからね」とゆわれてゴールの手前5メートルくらいのところにスタートラインを引かれたようなものです。 そういう境遇を嫌うひともいたが、わしはらくちんが好きなので、ラッキーと思って安んじて95メートルの息を詰めた疾走を省略させてもらった。 身体がおおきく強かったことも学校生活を楽にしたと思う。 空気が読めないひとの極みのようなものであったが、しかし、わしを苛めようと考える根性のあるバカタレはいなかったもののようである。 後年、酔っ払って、あちこちの国からやってきた友達と夜中の広場を歩いて横切ったりするときに、スキンヘッッズというハゲの一団に囲まれたりすることがあったが、最大に根性があるにーちゃんで、わしの腕に手をかけるくらいで、それでも、わしがひとに自分の身体をさわられるのが嫌いなのを発見して、あのバカタレ特有の殺意がこもった眼でじっとわしを見上げる程度で終わってしまった。 … Continue reading

Posted in 近況報告 | 8 Comments