Daily Archives: January 20, 2012

ステルス税

わしは初めのオカネのかたまりをチョーくだらない発明でつくった。 中松博士みたいである。 あの溜池にあった看板は、よく見ると眼が動くところが天才中松です。 看板の文句。 えーと、なんだっけ、「世界の天才、中松博士」だったっけ。 ほんとうは発明なんかしてないんだよ、あのひと、と耳打ちする日本人友達がいたが、いーじゃないそれでも、それも、こころごころやさかい、と綾倉聡子もゆーておる。 義理叔父がガキのとき義理叔父学校にやってきて、 「きみたちはいくら頑張っても秀才にしかなれないから、天才のわたしになるのは無理ですが..」と話し始めたそーです。 延々と延々と自分がいかに天才か絶賛してから、最後は自分が「発明」したスプリングがついたパチモンのバッタの足みたいなやつに乗ってステージの端から端まで、汗まみれでぴょんぴょん跳びくるってみせたそうである。 偉人であると思う。 本人からすると宝くじにあたったのと何も変わるところがなかったが、わしはカシコイので、それまでにかなりの額になっていた妹からの借金を返すようなバカなことはせずに、踏み倒して、凍死することにした。 なにしろ、もとが賭博好きの、朝までブラックジャックテーブルに貼り付いているクソガキだったので、賭博にあてようかと思ったが、あれは「金を稼ごう」と考えると必ず敗北する遊びなので、怠けるための殖財には向いておらん、と考えて、銀行に預けてほうっぽらかしにして暫く忘れることにした。 へろへろと地球の表面を徘徊しながら、あーでもないこーでもない、と凍死方法を考えました。 なんでも、のんびりやるのが習慣なんですのい。 わしが凍死というと株の売買をすると思うひとがいるよーだが、そんな下品なことはしません。 ときどき、するけど。 ファンドグループみたいに投資家をつのったりもしない。 ひとりでできるもん(註)の世界を生きてきたんですのい。 たいへんコンサーバティブな凍死をする。 ときどきサンスー上、かっこいいと思われる曲芸的なアグレッシブ路線をとります。 それが職業上のささやかな楽しみなのだと思われる。 オカネというものは、得体のしれないものであって、あっても幸福にならないのは、よく知られている。 数量であらわすのはバカっぽいが、だいたいひとの一生における5%くらいだろーか。 でも、この5%は嫌な5%であって、ないとはなはだしく苦労することになる。 ニュージーランドは、もとはオカネの神様が罪滅ぼしに作ったような国で、オカネというものがいらなかった。 ちょうど、20世紀の終わりまでそうだった。 前世紀の終わり、わしが小学校の頃、南半球の夏に欧州からやってくると、何もかもぶちとぶくらい安いので、いったいこの国はどーなってるんだ、と考えた。 おぼえているもので言うと、ケンタッキーフライドチキンのいまもあるクオーターパックの鶏さん3個入り http://www.kfc.co.nz/menu/boxed-meals/quarter-pack が、5ドル。当時の日本円で280円だった。 クライストチャーチのパパヌイという中流程度の家庭が多くある住宅地の、日本式に言えば3LDKの一戸建てが15万ドルから19万ドルで、これは日本円で言うと830万円から1000万円ちょっとです。 クライストチャーチは伝統的にオークランドの住宅価格の7ー8割くらいなので、クライストチャーチに較べて変動が激しいオークランドでも1200万ちょこっとで家が買えたでしょう。 大学を卒業したばかりのカップルは、いちゃいちゃもんもんしてみたり、朝まで、きゃっきゃっとゆって笑い転げて話したり、いろいろふたりでやってみて、こいつでいいや、ということになると、まず初めにホームローンを組んで一戸建ての家を買った。 ホームローンの利率は、当時で9%くらいではなかろーか。 いまは、ずっと低くなって6.5%やなんかだが。 ニュージーランドに限らず、西洋文化圏から来ると、日本の家は「年数が経つと安くなる」ので、怪訝な気持ちになる。 欧州などは「築200年」なんちゅうのは、ごろごろあるからです。 ニュージーランドは近代の歴史として、ほぼ日本と同じくらいの若い国なので、煉瓦や石で出来てエラソーな家でも、100年、とかいう歴史しかないところが日本と同じだが、 違うのは「築何年」という考えがないことで、家というのは、通常、買ったときよりも売るときの方が価格が高いはずのものである。 逆に言えば、15年して価格が倍にならないような家を買ってはいけない、という。 … Continue reading

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