砕かれた敬神

日本人が無宗教だというのはオオウソである。
葬式仏教だと自嘲するが、あの日本人が無宗教なら
「神様?はっはっは、神様だってさ!友よ、疲れているのか?頭はダイジョーブか?」
なニュージーランド人や連合王国人などはどう呼べばいいか判らなくなる。

もともと日本人の宗教的なアイデンティティを破壊したのは明治政府だった。
明治3年に起こった、廃仏毀釈がそうであると思う。
日本人の信仰の基盤であった仏教寺院はこのとき破壊されたものが多かった。
「仏教寺院の破壊をめざしたものではなく、政府の指示を誤解した民衆が勝手に寺院を破壊してまわっただけである」というが、それは日本の政府が常習する詭弁だろう。
国家の部品となってよろこんではたらくバカタレ国民に「空気」をつくっておいて、残りはバカタレ国民に政府の代行をさせ、「ぼくは、そーゆーつもりじゃなかったもんね」というのは日本政府が歴史を通じてバカのひとつおぼえ(ごめん)のように繰り返し用いてきた手口です。

標的になったのは誤魔化してもらうカネも人縁もない田舎の小寺が多かった
(鹿児島県一県で1616寺、という)が、天理の内山永久寺
http://www.d1.dion.ne.jp/%7Es_minaga/sos_eikyuji.htm
のような巨大な寺院も、このときに更地になってしまった。

理屈は国学の「からごころ排斥大和心礼賛」だったが、実際には当時、新興宗教に近かった近代神道の原理主義的運動の嚆矢と見えなくもない。
そう思って見た場合は、1941年12月8日に宣戦布告した戦争は、この原理主義運動の集大成で、大規模なタリバン・アルカイーダみたいなものなんちゃうか、と考えることも出来るでしょう。

ところで、ここで推奨されるに至った神道は、やがて国家神道に統合されることによって、かえって宗教であるよりは国家のイデオロギーになってしまい、1945年の国家崩壊によって元来の宗教としては一気に消滅してしまう。
そういう表層の記憶によって戦後日本人は「自分達は無宗教なのだ」と考えるに至ったと思われる。

つい最近おおきな地震で破壊された長野県の栄村から津南を通って、起伏の激しい山間の村へはいってゆくと、途中に鬱蒼と茂った密度の高い森がある。
ひとつではなくて、いくつかあります。
どの森にも社があって、神社の体裁をなしているが、どこをみまわしても「○x神社」という名前が掲げられていない。
数段の階段をあがっていっただけで、木々のあいだから精霊が囁きあう声が聞こえてくるような不思議な場所です。

鎮守の森、は、ややケーハクな学問であった国学がイデオロギーとしてでっちあげた新興宗教としての神道とは、まったく別の、言わば自然発生した神道だった。
実はこの言わば「本物」の神道のほうは、1906年に出された神社合祀の勅令によって破壊されてしまう。
特殊な事情があった京都や栄村や十日町のような政治的中心から遠い場所には生き残っているが、日本全国で13万以上、という数の鎮守の森が破壊されてしまった。
これも広く見れば神道タリバンの運動の一環とゆえると思う。

南方熊楠などは、ものごとの本質しか見えないあのひとらしく、猛烈な勢いで反対したが、地方に住む日本人は自分達の宗教心を発現する方法を奪われてしまう。

知性のはたらきのうち最高のものは「盲信への飛躍」であると、わしは思っている。
そういう言い方でわかりにくければ「狂信」と言い直しても、言葉の響きにとまどうひとはいるかもしれないが意味することの本質は同じであると思う。
日本語の機能の不思議さは、この大飛躍に向いていると思われることで、
 「たとい法然上人に賺されまいらせて念仏して地獄に堕ちたりともさらに後悔すべからず候。」というようなことを、あっさりと言ってのけられる言葉というものは、さまざまな言語のなかでも、そうたくさんはない。

日本人は主に神道タリバンであった国家神道によって、自分達の宗教心発現の場を破壊されてきたが、それはもと破壊されるに足りうる強烈で根の深い信仰心があったからである。

社会の病弊の側からオウム真理教を眺めてゆくことが流行っているが、もう一方の観点からは「行き場を失った宗教心がパチモンでもなんでもいいから破壊されていない形のある宗教に向かったのだ」とも言えるだろう。
バカタレなこの「宗教」の性格と引き起こした惨禍のせいで、自然にも、オウム真理教に多少でも宗教の性格を認めるのはタブーになっているよーだが、(怒っちゃダメよ)あれはあれで宗教としての骨格は満たしている。

わしはむかし韓国人は、殆ど何の疑いもなくキリスト教を受け容れる人が多かったのに、日本人はほぼ本能的生理的と呼びたくなるような反発をもつひとが多かった、という日本でのキリスト教布教の歴史に興味をもったことがある。
調べてみる、というほどもなく、事情はすぐに判明して、日本人には宗教心をもつ資質が乏しいからキリスト教が普及しなかったという西洋人側の報告はオオウソであって、実際はすでに高度な宗教心を日本人が形成していたのではいりこめなかったのであると思われる。

それは「絶対」を必要としないばかりか、神の名前さえも必要としない宗教であって、全体の名前すら与えられず、「日本語」として日本人の心を満たしている。
国家権力と結びついて全能の権力を帯びていた神道タリバンたる国家神道がいったん蹉跌をみるや、あっというまに雨散霧消したのも、西洋のサルマネで絶対一神教の体裁をとったからでしょう。

西洋的な視点から見えない日本人の宗教は、まるで異なる角度から見直さなければ可視化されないのではないだろうか。
そうして、その浮きだしのように「日本人の神」が見えて、姿をあらわす角度を発見するには日本語そのものに拘泥しなければだめそーだ、と考えます。

(画像は、ほんちゃん「トルコライス」 無茶苦茶辛い新鮮なトマトのソースをかけて食べます 一口たべるとオイオイ、オイモイと泣きたくなるほどうまいんだぞ、これ。イスタンブルに行くと食べられます)

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10 Responses to 砕かれた敬神

  1. AK says:

    近代国家神道の急速な伸張には洋行帰りの明治の元勲達の意思もあったかもしれません。
    大帝国を目指すならイングランド国教会(アングリカン)みたいなのが日本にも欲しい、みたいな。

    コメント書かせていただくのは本当に久しぶりなのですが、なんとか生きております。サラリーマン(合衆国でも”Company Men”とか呼ぶらしいですが)なもので、ビンボー暇なしでございますが。

    ぶらりと旅行したロンドンの戦争博物館では「リトルボーイ」の現物(勿論ヒロシマに落とさなかった残りのヤツ)を見て驚きましたが、まさかその後3.11で我国が誇るフクシマ・ダイイチがダーティー・ボムと化し、ポポポーンと炸裂するとは思ってもみませんでした。
    あれGE製のMark-I型ですが、原子炉本体が妙に小型で不思議だったのですが、実は原子力潜水艦用に開発したけどWH製に負けたんで、コンクリートで覆って発電所に仕立てて開発費回収すんべ、みたいな経緯だったとか。
    しかも制御棒はなぜかお釜の下から出し入れするから、メルト・スルーしたら隙間から直ぐに地下に流れ出して危ないじゃん、いや待てよ、海の中の潜水艦ならむしろ合理的設計だったのだろうか、とかついいろいろ考えてしまうのです。
    このようなことを日本語では「後の祭り(あとのまつり)」と申します。

    というわけで、現在のフクシマ(もしかしたら東日本も)は、1957年イングランド(ガメさんの故国?)のセラフィールド並みにマズい状況、といえましょう。
    このような事態においては、地縛霊に縛られる原住民的生き方よりは根無し草的生き方の方が生存に有利なのですが、なかなか金縛り状態から脱却できません(私を含めて)。

    イスタンブール、本当に素晴らしいですね。私もまた行きたいです。
    ロカンタ(大衆食堂)で「イスケンデル」を頂きましたが、美味しかったです。
    身勝手な物言いかもしれませんが、できればトルコは原子力発電に頼らないで欲しいものです(現在計画中だそうですが)。

    • AKどん、

      >なんとか生きております。

      元気かなー、と思ってました。

      >まさかその後3.11で我国が誇るフクシマ・ダイイチがダーティー・ボムと化し、ポポポーンと炸裂するとは思ってもみませんでした。

      ほんまですのい。

      >近代国家神道の急速な伸張には洋行帰りの明治の元勲達の意思もあったかもしれません。

      あのひとたちて、もともとがテロリストとかで「神さまなんているわけねーだろ」のひとたちが多かったみたい。初めから「神」とかは愚民統治用と決めていたみたいなところがありますのい。

      >「リトルボーイ」の現物(勿論ヒロシマに落とさなかった残りのヤツ)を見て驚きましたが

      このあいだ初めて知ったが、あれって「離陸するときあぶないから」ちゅうんで、1回主要部をばらして、飛行中に再組み立てするんですのい。

      >まさかその後3.11で我国が誇るフクシマ・ダイイチがダーティー・ボムと化し、ポポポーンと炸裂するとは思ってもみませんでした。

      ほんにほんに。

      >原子炉本体が妙に小型で不思議だった

      おー、シブイ。そーなのか。

      >原子力潜水艦用に開発したけどWH製に負けたんで、コンクリートで覆って発電所に仕立てて開発費回収すんべ、みたいな経緯だった

      GEですのお。

      >しかも制御棒はなぜかお釜の下から出し入れするから、

      えっ?そーなのか?
      無茶苦茶やん。

      >このようなことを日本語では「後の祭り(あとのまつり)」と申します。

      うーん。「起きてはいけないこと」でした。
      わしが政府のひとでも、「どーするんだ。ウソついて乗り切るしかなーか」になるやもしれぬ。
      解毒剤が存在しない毒を間違ってのんじゃった、とか、そーゆー感じになってしまいました。

      >1957年イングランド(ガメさんの故国?)のセラフィールド並みにマズい状況

      シィーーー。

      >イスタンブール、本当に素晴らしいですね。

      このあいだ見てたらアジアンサイドに、よさそーな宿屋があったので、ここに3ヶ月くらい泊まって遊びてえ、と思いました。

      ガリポリも行きてえ。

  2. Ukoh says:

    私の一家は祖父母からカソリックです。
    戦中を生きた彼等が戦後にキリスト教に傾倒したのは、敗戦のショックが大きかったからかも知れないと思っていましたが、更にガメさんの推察する様に、大戦中に、既に宗教としての体を成していなかった神道が雲散霧消してしまったのも理由の1つだったんですね。

    日本(人?)はいつも極端だと思うのですが、江戸時代あれだけ庶民の間で盛んだった彫り物、TATTOOも、クロフネ来航、そしていざ開国となると、”野蛮な文化である”として、幕府が禁じてしまいます。
    禁じられたり否定されたりすると、一転して
    ”あれは悪い物だったんだ!”
    と過去を全否定してしまうのは悪い癖です。
    (こうなるとタトゥーは一気にアンダーグラウンドの道を辿ります・・・)

    話が反れましたが、私や兄弟はと言うと、記憶の無い頃から教会へ行かされていたにも拘らず、学校さえキリスト教系だったというのに、キリスト教嫌いです。何故かイカンのです。
    真剣に「キリスト教、止めるのにはどうすればいいんだ?!」と話し合った事さえあります。

    日曜毎に祖父母、両親に連れて行かれた教会に一種の“懐かしさ”は感じますが、それは信仰とは程遠い感覚です。
    あれが公園でも同じ様な懐かしさを持つでしょう。

    >本能的生理的と呼びたくなるような反発をもつ

    まさに。

    私達の上の世代は、西洋化(キリスト教を信じる事が西洋化とは言わないかもしれませんが、教会の”婦人会”なるものから各家庭へと伝わった西洋の文化、かぐわしきパンの香りは、確実に何かを変えて行きました)は良い事であると盲信した時期がある様です。
    母に何故入信したのか聞いた時も、そのような事を言っていました。
    「あの時は、それが1番いいと思ったのよ」と。

    ガメさんの書かれたように、廃仏毀釈や神仏習合によって、日本の宗教的アイデンティティは腰砕けになっていたと思いますが、戦中を生きた世代、そしてその下の世代の一部が、拍車を掛けた様な気がします。
    そして今、殆どの日本人が無自覚に「無宗教」と答えるのでは。

    私は、どの日本人にも“言霊”を信じる、八百万の神を信じる原始的な宗教感(と言っていいのか)が根付いていると思います。問題は日本人が自分でそれを把握出来ていないのです。
    結果、自己主張の乏しい国民性となっているのでは。
    (そもそも宗教という言葉は明治になってから作られた物で、概念的にも新しいのですが)

    だから、かどうか分かりませんが大手の記者は、フクシマの件について「もう手遅れ」「東京及び関東は全て汚染されている」「子供達、絶望的」等とは書きがたいのではないか。
    書いてしまったら、言葉には物事を成就する力があるので、本当になってしまうのではと、恐らく西洋圏から見ると全く論理的でない理由で、物事のマイナス部分を考えない様にするのです。
    (例として、契約書に失敗時の取り扱いが規定されていなかった為に、H2ロケットの打ち上げ失敗において、その費用分担の問題が民事調停にかけられたそう)

    興味ある内容だったので勢いで長々と書きましたが、これ、全然関係なかったら申し訳ないです。
    日本人、無宗教じゃないよ。というのを書いて貰って嬉しかった。

    • Ukohさま、

      >江戸時代あれだけ庶民の間で盛んだった彫り物、TATTOOも、クロフネ来航、そしていざ開国となると、”野蛮な文化である”として、幕府が禁じてしまいます。

      わしは、タトゥーしてる友達には、みんなに「日本に行くと刺青してお風呂にはいるの違法だから滞在中はシャワーも浴びてはいけないんだぞ。シャワー浴びたのばれると湯島聖堂の孔子像の前にひきだされて鞭打ち5回だかんね」と教えてあげて感謝されておりまする。

      >、戦中を生きた世代、そしてその下の世代の一部が、拍車を掛けた様な気がします。

      日本人には宗教心がない、というアメリカ人の呪文を信じちゃったんですのい。
      アメリカ人は、日本人がマジで天皇を信仰しているとおもってたみたい。
      自分達の信仰がケーハクなものなので、そう思えたのかしれん。

      >結果、自己主張の乏しい国民性となっているのでは。

      「日本語で出来た沈黙」を信仰しているのでしょうか。
      わし、まだ、よくわからん。

      >日本人、無宗教じゃないよ。というのを書いて貰って嬉しかった。

      日本のひと見て宗教心ないと思うひとて頭おかしいよね。
      一見して明らか、とおもうけど。

  3. じゅら says:

    ガメさんこんばんは。「建前に死す」の時はどうもでした。
    何日か前に外国の人が、初詣の名所で祈りを捧げる老若男女の姿をアップで撮った写真の記事を紹介してました。ぎゅっと目を閉じて手を合わせている写真を見ていると、「日本人は無宗教」ってほんと嘘っぱちもいいとこだわと思います。

    私の実家がある辺りでは、やたら歴史の古い神社がぽつぽつある一方、お寺はとても少ない気がします。父方も母方も神道だった影響もあり、家を出るまで「日本で一番多いのは仏教徒」という話を実感する機会がありませんでした。単なる土地柄かと素朴に思っていた。
    それが、以前帰省ついででちょっと有名な神社を訪ねた折、由来を見ていたら、明治に入って名前が変わるまでは寺院があって観音様も祭られていたと書いてありました。そこで仏教要素が完全に排除されたらしい。近辺にお寺がないのはひょっとして…と、怖くなりました。

    実家では、ちょっと高い所に祖父母たちの写真を飾って、毎度水とお茶とごはんを備えていました。蓮の花が描かれた専用の小さい食器があるんです。夕食前に準備して、お盆に乗せて「仏様に持って行って!」と言われるのが毎日のことでした。備えたごはんは、後から炊飯器の残りご飯に戻して食べてしまうのが本来らしいけど、忙しさにかまけて忘れられることも多かったですね。本当は榊の枝も飾るんですが、正月くらいしか余裕がありませんでした。
    近所には小さい道祖神みたいな何かがあります。いつも前に湯のみとか置いてある。さらに、田んぼの広がっている中にぽつんと、神社と言うより祠のような物があって、もくもくと茂った木に囲まれ、そこだけ小さい島のようになってる場所もあります。
    こういうの、同じ内容がどこか遠い国の話として英語で書いてあったら、私でも「相当迷信深いどっかの部族」みたいな印象を受けるかも。
    宗教というと、何か経典とか聖典とか、定期的な集会とか難しい儀式とか議論とか戦争とか、そういうものだと思ってました。そうでもないのかなと最近は思い始めています。日常の習慣や風景の一部として現れる物事も、水面からほんの指先だけが出ているような、巨大な何かの尻尾がちらりと見えた程度のことなんだろうな。

    • じゅらどん、

      >外国の人が、初詣の名所で祈りを捧げる老若男女の姿をアップで撮った写真の記事を紹介してました

      その写真撮ったひとに、そーゆー失礼なことすると祟られてち○ちんが腐って死ぬことになっているとおせーてあげるといいですのい。

      >由来を見ていたら、明治に入って名前が変わるまでは寺院があって観音様も祭られていた

      神宮寺、とかも多かったんですのい。

      >備えたごはんは、後から炊飯器の残りご飯に戻して食べてしまうのが本来

      えっ、そーなんですか?
      知らなかった。

      >同じ内容がどこか遠い国の話として英語で書いてあったら、私でも「相当迷信深いどっかの部族」みたいな印象を受けるかも

      そー。日本語じゃないと描写できないんだよね、あれ。
      英語で書くと、未開土人の穢れない生活、みたいになっちゃうのね。
      その通りです。

      >宗教というと、何か経典とか聖典とか、定期的な集会とか難しい儀式とか議論とか戦争とか、そういうものだと思ってました。

      中東人スタイルの「宗教」だけが「ほんものの宗教」ということになったのは、実はそれが西洋人にとっては衝撃的だったからですのい。当時は、中東のほうがはるかにはるかにはるかにはるかに先進的な地域だったので、カッチョイイから、これにすべ、ということになった。

      >日常の習慣や風景の一部として現れる物事も、水面からほんの指先だけが出ているような、巨大な何かの尻尾がちらりと見えた程度のことなんだろうな。

      そー。そー。
      じっと見ていると、もっと大きなものが水面の下にあんのね。
      わしもそれが見たいです。

      • じゅら says:

        >そーゆー失礼なことすると祟られて
        わはは。

        >備えたごはんのこと
        おー、ガメさんでも知らないことがあったとは。
        母親が「共食って言うんだよ」とか言ってた覚えがあったので、ちょっと検索してみたら、「日本では直会がこれに相当する」と書いてありました。日本だっちゅーねん。
        ご先祖様と一緒の物を食べるって設定ですよね。ますます「未開土人」らしくなる(笑
        英語で書かれてるとやっぱり印象が違うんですねぇ。

        >中東人スタイルの「宗教」だけが「ほんものの宗教」ということになった
        そうか、なるほど。言われてみれば…。

  4. 廃仏毀釈って日本をキリスト教を基盤とする帝国主義国家にできないから、キリスト教の代わりに国家神道という人造宗教に近いものに置き換えて日本的帝国主義国家をつくろうとした試みだと思っている。その傷はいまだに疼いている。

  5. じゅらどん、

    >英語で書かれてるとやっぱり印象が違うんですねぇ。

    そー。すごく、そー。天皇の「現人神」もそうだけど、英語で日本の風習や慣習を書いてみると、まるでどっかの未開土人公国の話みたいに見えてしまう。「翻訳」ちゅうもんは、すげえもんだ、といつも思います。太平洋戦争の展開の最大の原因なんだすのい。

    >中東人スタイルの「宗教」だけが「ほんものの宗教」ということになった

    中東人と友達になると、「キリスト教て、全然世界宗教じゃないやん」て実感で判る(^^;) 
    キリスト教的とおもっていたことに、ただの「中東風」だっちゅうこといっぱいあんねん。

    びっくりします。

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