ヒロシマ

2005 年に製作されたBBCの「ヒロシマ」
http://en.wikipedia.org/wiki/Hiroshima:_BBC_History_of_World_War_II
は、恐ろしい番組だった。
描写がリアルすぎて、夢に出てきそうです。
なかでも、一家がそろって朝食を食べているときに原爆が爆発して家が瓦礫と化してしまう家族の話は、爆風で両親が家屋の外に吹き飛ばされ、子供だけが崩壊した家の下敷きに
なってしまう。
意識をとりもどして家屋のほうへ這い戻った母親に瓦礫の下の子供が「おかあさん、助けて、はやく助けて」と叫ぶ。
母親は瓦礫をどけようと必死になるが炎があたり一面から襲ってくる。
「息が出来ない。おかあさん、熱い。はやく出して。おかあさん 足が痛い」
「おかあさん、足が燃えてる 足が燃えてる。熱い。助けて、行かないで、おかあさん、行かないで。足が痛い」
結局、母親は、あきらめて、炎のなかを、昏倒した夫をひきずって川へ逃げてゆく。
どうして一緒に焼け死んであげられなかったのだろうという悔恨のなかで戦後の長い時間を生きてゆきます。

書いてしまうと、怖さがぬけおちてしまうが、わしはこんなに恐ろしいドキュメンタリを初めてみました。

戦後カナダ人の配偶者をもったせいでカナダに移住し、被爆者健康手帳をもらうために訪問した日本で海外に在住するヒロシマ被爆者にはがんとして手当を払おうとしない日本政府の冷淡な態度に衝撃を受けて、人前で話をすることに最後まで抵抗を感じながらそれでも「ヒロシマ」を講演しつづけた絹子ラスキーや、急病の子供の往診で夜中に揺り起こされて爆心地から6キロ離れた村まででかけていたせいで助かった、福島第一事故後ヒロシマを経験した医師として発言している肥田舜太郞も証言者として出てきます。

この番組のなかで最も恐ろしいシーンは、多分、海軍の艦船でおおぜいの若い士官たちと談笑しながら食事を摂っていた合衆国大統領ハリー・トルーマンが「ヒロシマ原爆投下成功」の電報をうけとって、「諸君、広島は一瞬で破壊された」と立ち上がって読み上げると、部屋いっぱいの若い士官たちが歓声を挙げ、抱き合って喜びあうところで、36万人の広島市人口のうち14万人を殺したウラニウム235の爆発とそれが引き起こした殺戮の報告を聞いて、みなが底抜けの歓喜に包まれてしまう。

集団的サディズムはそれによって引き起こされたより大きな集団的サディズムによって復讐される、というのは、歴史の常識であって、それをよく知っていたから、ローマ人たちは、完膚無きまでに破壊したカルタゴの瓦礫をどけて更地にして、その上に耕作ができないように大量の塩をまいて、カルタゴ人がどんなにあがいても復讐できないようにした。

トルーマンと若い海軍士官たちが「サディスト集団」日本人の大殺戮の成功を祝っているころ、16歳の志願看護婦絹子ラスキーは、動かなくなった下半身をひきずって、匍匐して病院の階段にたどりつく、そこで幸運にも知り合いの医師の手術で体中に埋め込まれてしまった大小のガラスの破片を取り除いてもらうと、立ち上がれない身体のまま這って(とすら言えない腕でにじりすすむやりかたで)駅へ行く。
そこで「隣の駅からでなければ電車は出ない」と聞かされると、この驚くべきひとは、数キロ離れた次の駅まで線路上を腕だけで匍匐していきます。
「ときどき気絶してしまうんです」と絹子ラスキーは言っている。
意識が戻って空をみると、青い明るい空が見えたり、真っ暗な空が見えたり、そのときどきで違う空が見えた。
何度も気絶しながら、線路のあいだをはって、隣の駅まで行きました。

そうやって這いながら、絹子ラスキーは親の家にたどりつく。
6ヶ月、病床につくが、両親の必死の看病で、恢復していきます。

原爆を投下したエノラ・ゲイの機長Paul Tibbets
http://en.wikipedia.org/wiki/Paul_Tibbets
は、大佐でありながらこの重大なミッションを自分の手で行うべく機長として飛ぶことを志願した。
死ぬまで自分が命令を遂行したことによって、たくさんの日本人とアメリカ人の生命を救ったことに誇りをもっていました。
原爆投下の決定をくだしたスタッフルームの最後の生き残りだった中尉も、「ヒロシマの責任は最終通告をうけいれなかった日本人にある」と明快に述べている。
日本では違うニュアンスになっているのにわしは気が付いたが、アメリカ側では、アメリカの最後通告が日本軍の解体を条件にして日本全体の解体を述べていなかったことをもって、「アメリカが日本側の勇戦で瓦解寸前になり弱気になっている」と誤解した傲慢に原爆投下の直接の責任を求めるのが普通の解釈になっている。

だから、やむをえず、原爆を投下した。

このBBCの番組のなかで、この見解に異議を唱えるのは肥田舜太郞医師ただひとりで、柔和な眼で微笑しながら、「アメリカは人体実験のために原爆を落としたんです。われわれには戦闘能力などもうないのは明らかだったことをアメリカは知っていたはずです。アメリカは原爆が人体に対して放射性物質がどういう影響をもつか、どうしても知りたかった。だから、広島に爆弾を落としたんですよ」と臆することなく述べている。

いま日本語wikiを見ると、
「広島に検査だけして治療はしない病院(原爆傷害調査委員会:ABCC)がつくられるとの噂から、依頼を受けて、治療もするようにと厚生大臣や連合国軍総司令部と交渉。結局断られ、理不尽な占領軍の傲慢さに憤って、アメリカの無法と闘うため占領権力に真正面から立ち向っていた日本共産党に入ろう、と決心し入党した」
と書いてあります。

若い医師だった肥田舜太郞は、村からキノコ雲を見て広島市内に自転車で急ぐ途中、
「真っ黒焦げに炭化した人間の形をしたもの」が自分に向かって歩いてくるのを目撃した瞬間から、66年という長い時間を放射線被害と格闘する人生を生きてきたことになる。

記録フィルムのなかで、もうひとつ示唆的なのは、関係する人間がみな緊張に包まれて、しかも離陸滑走中の爆発をおそれて飛行中の空中で最終組み立てを行うという慎重さで行われた緊迫した広島への原爆投下に較べて長崎への投下は緊張感がなくなっていたことが判ることで、プルトニウム239爆弾である「ファットマン」に、みなが笑いながら日本人に対する落書をするところがフィルムに残っている。
京都や東京に原爆を落としていって、日本全体を更地にするのだろう、と憶測していた爆撃隊員たちの、原爆投下が早くもルーティン化した、やや気楽な気持ちが見てとれる。
長崎の原爆投下は実は失敗で、目標から3キロも外れたところに投下してしまうが、この失敗の理由には伝えられる天候だけが理由ではなくて、他の理由もありそうです。

実は、わしは広島や長崎の原爆投下に興味をもったことはなかった。
理由というようなことはなくて、なんとなく、興味をひかれたことがなかっただけです。
iTunesで、なんかオモロソーなテレビ番組をダウンロードしてみてみるべと考えて、あんまり面白そうなものがないので、前後編にわかれたこのビデオをダウンロードしただけでした。

しかし、一度見始めると最後まで釘付けになってしまった。
いまさらなにを、といわれるだろうが、核分裂の力を解放してしまったときの破壊力のすさまじさは人間の感覚が想像する「破壊」というものの概念を遙かに越えている。

爆発の半径500メートルでは、あるひとは階段に影だけを残して肉体の全組織が蒸発してしまい。
ほとんどのひとは一瞬で炭化して人間の形をした炭になってしまう。
丘陵を隔てた6キロ離れた村にいた肥田医師も、爆風で家の反対側まで吹き飛ばされた、と証言しています。

よく知られているように、広島に落とされた原子爆弾は、50キログラムのウラニウム235を使った原始的なもので、いま世界中にばらまかれつつある核兵器とは世代も破壊力も桁が異なっている。

もっと切迫した問題である福島第一原子力発電所の事故と向き合っている日本のひとびととは違って、英語世界では、フクシマへの日本政府と日本社会の反応がもたらしたふたつの事柄への危惧が小さなサークルのなかでひそひそと話し合われている。
ひとつは、「日本人が事故後もたいしたことがなかった、と言っているのだから、原子力をこれまでと同じにチョー危険であると見なすのはやめて、汚くないエネルギーとしてもっと推進したらどうか」というひとびとが力をもちつつあることであり、もうひとつは、更に深刻で、日本人がつくった「放射線被曝の新基準」が仮に認められるとすると核兵器使用の心理的な障壁がなくなって、タブーではなくなってしまう。
いままでは核兵器を使用することは、そのまま(放射線被曝の二次被害によって)人類の終わりと意識されていたのが、そうでもないのだということになると核兵器を使用する大統領なら大統領の個人の決心の閾値が低くなってしまう。
ただの破壊力のおおきな通常兵器だというように意識されてしまえば、少なくとも局地的な核兵器の使用は実際に頻発してゆくかもしれません。

もともと核分裂反応による発電は技術として筋がわるいのは常識なので、1番目の危惧は、たいしたインパクトをもてずに終わりそうだが、2番目のほうは、結局は人類全体を滅ぼすことになるかもしれない。
地球上の核兵器管理全体が歴史上はじめて、というレベルで緩くなってしまっている現状では、もう案外と切迫した問題になってしまっているのかもしれません。

ちょうど、(特に増殖炉において)きわめて原子力発電の現状が危険な状態であるのを知りながら、それを放置していた自分達の「慣れ」による無責任が、今度は核兵器において追究されることになるのだろうか。

考えると、ユーウツな気分になります。

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11 Responses to ヒロシマ

  1. SD says:

     自国の外の世界との関係が希薄であることの問題のひとつは、こうして、自国の身勝手な基準が投げかける波紋がどれほど深刻か、考えられないことにあるのかもな、とこのブログを読んで思った。日本政府はむかしから無責任であったわけから、それに世界の人々は今更驚かないだろうが、個々の日本人も同じような意見を持っていることには改めて驚いただろうね。どんなに急進的に原発の将来的な撤廃について述べる人でも、チェルノブイリから教訓を見出すために、人々がなしてきた(昔の自国の人々のさえ!)努力を台無しにしてしまう、ということの愚かさについて言及するひとはあんまりいないと思う。

     たまにガメさんブログは見返すんだけど、ガメさんの記事は深刻な中にも、日本人の日本語話者とは異なる「希望」のようなものを感じて、明るくなる。なにしろ、日本人で深刻に何かを述べる人の半分くらいは、嘲笑であるとか、見栄をほのめかすところがあって、気を付けていないと引き込まれそうだと感じていた。あるいは、深刻とか悲観なんてものは、しょせんその程度のものなのかもしれないな。でも感染性のビョーキなんだ。しかも致死率が高い。そうやって私と年齢の近い同胞はたくさん死んでいった。
     ずっと未来について考えて落ち込んでばかりいないで、また、英語のほかにも、ロシア語やスペイン語も勉強してみようかな、という気分になった。ポーランドだとヨーロッパ言語で書かれた新聞や雑誌が手に入りやすいんだ。

    ありがとう。

    • SDどん、

      >明るくなる

      妹によく、そんなにへらへらしてていーと思ってるのか、と怒られる。モニさんがいつも「ガメは何も考えないのが取り柄なんだから」とりなしてくれます。

      >ポーランドだとヨーロッパ言語で書かれた新聞や雑誌が手に入りやすいんだ。

      いまは世界中どこでもそーだべし。
      わしがNYCアパートのそばの小さな新聞スタンドも12カ国語くらいの新聞売ってるち。
      (NZは田舎なので英語の他は中国語と韓国語くらいきゃ売ってないけど)

      >知ってる言語は三つ以上あったほうがいい

      他言語のひとはどんどん増えるべな

  2. AK says:

    ユーウツな現実、でもありますし、これをイデオロギー面で解釈しようとしても限界があるように思います。
    (ああまた、リトルボーイを思い出してしまった)

    「連邦政府によるマンハッタン・プロジェクトなるものの巨額な出費を正当化する唯一の方法が、まだ交戦中の日本に投下することであった。」
    という説は合衆国内の一部に根強いわけですが、関連予算が巨額過ぎて実際のところよくわからない、って、それ単なる使途不明金ですけど。
    私は、官僚機構が一旦動き出すとプロジェクトを完遂することが自己目的となり途中で止まれない、という一例であるとも思います。勿論それは大陸から撤退できなかった日本の軍事官僚も同様です。明治の元勲が自分の手足として造り、その元勲亡き後の日本の官僚機構は、制御棒を失ったリアクター、みたいなものだったのでしょう。

    ヒロシマの犠牲者をもって、プロジェクトは完遂されたのでございましょう。
    それに比べてファットマンは事前に爆発実験を行いましたので気楽なものです。

    さて現在進行中の対イランには、どのようなプロジェクトが進行しているのかも気になりますが。

    • AKさま、

      >これをイデオロギー面で解釈しようとしても限界があるように思います。

      そりゃそーだすな。

      >という説は合衆国内の一部に根強い

      知りませんでした。

      >官僚機構が一旦動き出すとプロジェクトを完遂することが自己目的となり途中で止まれない、という一例であるとも思います。

      ぬわるほど。

      >明治の元勲が自分の手足として造り、その元勲亡き後の日本の官僚機構

      そりゃオモシロイ観点ですのい。そういう私兵的な意味合いがあったかしれません。へえー。AKて、オモロイこと考えるひとなんだのい。

      >ファットマンは事前に爆発実験を行いましたので気楽なものです。

      フィルムを見ると、それとは別の「慣れ」がうかがえます。
      実際は3発しかなかったんちゃうか、と思いますが、操縦士のほうは通常爆撃から原爆にきりかえていって、どんどん日本のひとをぶち殺すんちゃうか、とおもってたみたい。
      すげー楽しそうなんですのい。

      >現在進行中の対イランには、どのようなプロジェクトが進行しているのかも気になりますが。

      わしのイラン人友達、キンチョーしてる。
      やだろーなー、と思います。

  3. SD says:

     追記追記。ポーランド語はどうするねん、と思ったかもしれないが、なんとなく書かなかっただけのことで、ポーランドにいるんだからポーランド語を習得するのは当たり前と思ってますねん。
     この国には東欧出身者が多く集まってくるんだけど、英語よりはロシア語かポーランド語が、この国の「公用語」として機能しているようだ。この二つが英語よりも優先されるので、やっぱり知ってる言語は三つ以上あったほうがいいな、と実感した。
     つくづく、楽しい国に来ちったなぁと思う(ほんとよ)。
    (ガメさんのまね^^)

  4. Akira says:

    >「ファットマン」
    オイラは長崎の熱帯医学研究所に学会で行った時、原爆資料館に赴いた。「>階段に影」を見、フニャフニャの電柱やらを見ても「うむむ、、」としか思っていなかったが、奥に有ったコイツを直視した時、突如「オエー」っとなってしまった。嘔気はすぐに収まったが自分でも予想していなかった現象に、原爆投下の瞬間を背筋に感じました。そりゃあもう、嫌〜〜な感覚。。

    戦中に知識人達は政府、軍部を批判せず肯定して来た。そういう輩が戦後もヌケヌケと生きている。それを加藤周一は死ぬまで指摘していたし、死ぬ数年前に東大でも弁論したんだけど、それは大多数の東大生には響いていなかったと思う。(全く勿体ないことでやんす、、、涙)どうせならこの忌まわしい太っちょ爆弾を旧帝大の中庭に据えたらどうだろう?
    「お前ら一回吐いとけ」と。偉そうな事ヌカスのはそっからだろう。白黒と解釈も大事でしょうが、話を展開して実際に行動しない事には現実世界に「ただちに影響は」無い。いいとこ「うちの教室ではね〜。。」的な東大マトリックス世界で遊泳(お茶会?)するようなものだろう。それで小出版社から本とか出しくさって血税から給料貰ってるモグラはオイラはどうかと思います。

    オイラの爺さんが加藤周一と同い年で、戦争にも行き、原爆には異議アリマクリでいつも声を荒げていたけど5年前に亡くなりました。彼らはしかし幸せだろうとホント思います。原発の惨状を知らないで死んで行った訳ですから。。
    でも、彼らは「原発」は容認していたんだよね(^^;

    オイラはSDさん(初めまして、なんちゃって専門医のAkiraと申しますm(__)m )が書かれた「>日本語話者とは異なる「希望」」〜とはちょっと異なる印象があります。小っ恥ずかしいですが、ガメさんの文章には背中を押される熱〜い風を感じます。そんで堅っ苦しいこと抜きにして面白いですヨ。
    楽観砂糖は無し、悲観塩スプーン大さじ少々、、希望の油よりもまず ”ぶっ倒れたまま起きれない” カフカの尻に淡々と火を点けて行動開始せにゃならんと思うてます。「こいつも感染してるな、ヨシヨシ、、」と思わせといて(誰に?笑)、
    「凸」然ちゃぶ台をひっくり返すべく目下筋トレ中っす。

    批判してくる暇でウンコな日本人ども(ホントに日本人なのかな??苦笑)や、逆に「素晴らしいですね、どうぞ執筆、頑張って下さい、この後ワタクシお茶会ですので宜しく」的な、渋谷区松濤在住、”東京は大丈夫って言ってネ!お願ぐわ〜い” 的 エセセレブ奥様じゃ、
    >「おかあさん、助けて」と叫ぶ命は数多と犠牲になるだろう。
    そーーんなことは許されない。

    「長崎、広島、忘れちゃいけない記憶 by NHK(再放送みたいですが、Liveです。)」って言ったって人間なんて忘れるようにできてるんだから8月6日朝8時15だけじゃなくって、少なくとも目の前にいつも置いていないとダメだろうと思う訳です。スカイツリーじゃなくてキノコタワーかなんか作らんといかん。(余談だけどスカイツリーはどう見ても美しいとは思えまへんな。。。せめて機能だけでも50種くらい放射性物質測れマスとかしないと。。。ねえ)
    最近「ピラミッド5000年の嘘」っていう「嘘」映画があるらしいけど、http://eigaotoko.pokebras.jp/e201693.html
    クフ王のあれをX-rayしてみたら、『石段は前世期の電波塔が崩れた鉄骨をベースにしていました!』のかも知れやせんね(^^) 
    「ピラミッドは実はツーバイフォーでした! by 三井ホーム」、アインシュタインは知ってたんでしょう。

    ”今回の人類” 、では3度目の原発事故がフクシマで、やはり3度目が起こってしまえば、そっからはもう日常茶飯事になってくる。外務省の渡航案内で、「今月はどこそこは線量が高いので渡航は自己責任でお願いします。」なんてなってくると、これはもう世も末の末だ。しかし現実的にそれは迫っていると思われる。

    今日は画像健診のバイトなのですが、「MRIはCTと違って被爆はありません」と言うのがホンっト、嫌になります。

    ああ誰かファットマンを日本刀で試し切りする心有る居合い名人はおらんのかいな??(@@) 数日前NHK居合いの特集で(注:再放送ではない)師範が、「居合いは、”勝つ!” のではなくて、”負けない” という心が重要」と言っていた。
    「放射能に負けない心と体」ってか??? 

    ガメさんは武道のご経験は?(^^)
    刀振り回す暇が有るならまずペンを振り下ろして欲しいものです。

    • Akiraさま、

      >原爆資料館

      わしは「原爆の熱風でねじれた酒瓶」が造形的に「美しい」ことに「おえー」になりました。
      かなり混乱した気持ちになった。
      そのときはじめて、「ゲンバクはこえーな」と考えたのをおぼえてます。

      >戦中に知識人達は政府、軍部を批判せず肯定して来た。そういう輩が戦後もヌケヌケと生きている。

      そー。
      そして、案の定、その息子や孫の世代は戦中知識人の主張を正当化しだしている。加藤周一(あんまし読んでないけど)が危惧していたことは杞憂ではなかったことになります。

      >ちゃぶ台をひっくり返す

      かんけーないけど、あの「卓袱台をひっくりかえす」っちゅう家父長的パフォーマンスは、見ていてもいかにも快感ありげで良いですな。現実世界でも、たくさんやっていたおとーさんたちがいたに違いない(^^)

      >「長崎、広島、忘れちゃいけない記憶 by NHK(再放送みたいですが、Liveです。)」って言ったって人間なんて忘れるようにできてるんだから8月6日朝8時15だけじゃなくって、少なくとも目の前にいつも置いていないとダメだろう

      ほんまですのい。
      それに原水協と原水禁みたいになってしまったのは、日本のひと自身にとって痛かった。
      政治運動シンボル化して、分裂でいちばん嬉しかったのはアメリカの「どんどん核おっちゃん」たちでしょう。
      アホみたい、ですのい。

      >スカイツリーじゃなくてキノコタワーかなんか作らんといかん

      スカイツリーのデザインひどいのはみなそう思ってるから、あれに着ぐるみできのこ雲着せてしまえばよいのではなかろーか。
      (名案ですのい)
      (われながらいい考えである)

      >石段は前世期の電波塔が崩れた鉄骨をベースにしていました

      人類は実は戦争中の核攻撃で死に絶えていて、いま「世界」と思っているのは、ただの死者の夢だ、というひともいますのい(^^)

      >ガメさんは武道のご経験は?

      ないです。
      ボクシングは趣味でやってましたけど。

  5. SD says:

    >他言語のひとはどんどん増えるべな
     きっとそーだよね。
     今は英語以外の言語を読むとき、初めて洋書に取り組んだときのような「しんどさ」があんまりない。「わかんねーや、ははは」みたいな感じで、どんどん読んでる。kochasaengさんがこの前「判じ物」みたいだ、って言ってたよね。「わからない」のが普通だと、何かの間違いですんなり文章が理解できちゃったときの感動がひとしおなんだよね。

     世界のどこに住むのか考えるなかで、「言葉」の方はできるようになってきたが、「何がしたい・何ができる」の方は分からなくて、それで落ち込むこともあるけど、でも今はこうして言語を少しづつ覚えることとか、いろんな言語の雑誌・新聞が読めるようになることが楽しくて仕方ないや。

    • SDどん、

      >「わかんねーや、ははは」みたいな感じで、どんどん読んでる。

      わしはまんなか50ページくらいへーきで飛ばすからな。
      (問題が別だな)

      >kochasaengさんがこの前「判じ物」みたいだ、って言ってたよね

      狐茶はアジア語学天才だからゆってることを真に受けると失敗すんねん。天才の言う事は割引して聞かねばなりません。

      >いろんな言語の雑誌・新聞が読めるようになることが楽しくて仕方ない

      それで食えるやん

  6. AK says:

    AK

    >明治の元勲が自分の手足として造り、その元勲亡き後の日本の官僚機構
    そりゃオモシロイ観点ですのい。そういう私兵的な意味合いがあったかしれません。

    ガメさんも鋭いキーワード出してますよね、「私兵」とか。

    もし、その「私兵」の養成学校として
    トーダイ(通称:東京大学)が造られたのだとしたら。。。

  7. AKどん

    >トーダイ(通称:東京大学)が造られたのだとしたら。。。

    トーダイおじさんたちを観察すると、あれが私兵なら麻薬シンジケートもいきなり全滅だと思います。
    コンジョなしやもん。

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