jaane kaisi agan mein baban jale

織田信長は独裁者らしく猜疑心が極端に強い人であって、さまざまな罠をもうけて自分の部下たちの忠誠心を試した。
配下の部将たちは戦々恐々として暮らしていたのが、いまの人間にも記録を通してなまなましく伝わってくるよーだが、よく見るとひとりだけ例外がある。

前田利家は若いときには織田信長に手をやかせた。
同胞衆で信長の異母兄の拾阿弥が信長との血縁を傘に来た嫌がらせの数々に激昂して斬殺し出奔してしまったりする。
組織の長としての信長の面目はまるつぶれだが、結局は、帰参を許してしまう。
日本の歴史の世界では近代の強勢と繁栄を誇った加賀藩の立場に立った「史実」に従って信長が前田利家という人材を失いたくなかったということになっているが、前田というひとの価値は本を読むと人となりを信長に絶対的に愛されていたことにあるのであって能力ではなかったようにも見えるところが奇妙と思う。
信長が作った組織は日本で初めての「会社」とでもいうべきもので、最後期を除いては封土というものを与えないいわば雇用制だったので、人材登用が柔軟に行い得た。
前田利家くらいの能力のものは、たくさんいたようにみえる。

日本における同性愛が歌舞伎の女形にみられるような擬似女性のあいかたをもつのは江戸時代も後半からで、「衆道」と名の付いた男同士の恋愛は現代の「ゲイ・カップル」に近い自然なものだった。
男と男同士で対等な関係であって、同性愛の友人に訊いてみると、男と女のように精神的に組み敷いてしまうのではない、その「対等な感じ」がいいのだという。

高校生くらいのときは、昼間はマジメな顔で街を歩いていても、週末の夜ともなると文字で書くわけには到底いかないくらい滅茶苦茶なので、クラブのパーティで頭が石(いし)ってしまったあげく、わしの目の前で性交を始めてしまった同性愛のカップルを眺めていたことがあるが、あれは相手の背中を見る状態に限られるのかと思っていたら向かいあっている状態もあるので驚いてしまった。
考えてみればコンバーチブルなのだからあたりまえだが、役割を交換もするので、ぐじゃぐじゃな頭のなかで、同性愛というのは便利だなと考えたりした。

前田利家と織田信長は衆道の契りが深く、周囲の武将の憧れの的だったので有名だが、
信長の利家に対する無条件の信頼、底がない信頼というものをみてゆくと、あれはどうしても肉体的な信頼だったのだ、ということに思い至る。
前田利家が、155センチ程度がふつうであったという当時の日本人にしては、珍しいほど背が高い180センチを越える長軀をもっていたことを思い出せば、いくらか年長の主人信長との性的関係を考えるよすがになりそうである。

英語でケミストリというが、ケミストリは精神だけでなく肉体にもあるのは普通の育ちかたをした、おとなであれば誰でもしっている。
精神的には「嫌なやつだなあ」と考えても、身体の関係では、いちもにもなく、あっというまに自分が行きたいところにつれていってくれる「信頼」というものがある。
誰にとっても自分の欲望を決して裏切らない身体をもった人間、というものが存在する。

毛沢東は江青が政治的に無能で人格的に傲慢、他人を攻撃することにしか能がない人間であることをよく知っていた。
周恩来を標的とした「批林批孔」運動はあやうく毛沢東の生前に毛沢東を破滅させかねなかったが、これはどうやら江青が張春橋たちを使嗾して勝手に煽動したものだったことが最近の証言で明らかになっている。
文革に毛沢東が予期した以上の細部に及ぶ破壊的性格をつけくわえて軍の長老たちを怒らせる、という結局は文化革命を失敗にみちびく直截の理由となった「ムダな闘争」に力点をおいたのも江青だった。
遠くから距離をおいて、暗示やあいまいな示唆で周囲の人間たちをあやつり人形のように動かすのが毛沢東のやり方だったが、江青に関してだけは何度も自分で出馬して、失敗の修復に努めざるをえなくなることが何度もあった。

スターリンと並んで近代史上もっとも巨大な猜疑の固まりと呼べそうな毛沢東もしかし、江青の自分に対しての忠誠と献身奉仕だけは疑ったことがないので、これも経緯を観察して考えてみると、やはり身体というものが融合して生まれた信頼であるようにみえる。
毛沢東は政治的関係においてそうであったように性的関係においても極度にサディスティックであることを好んだというから、そういう扱われかたのなかで江青がみせた反応の何事かが毛沢東の魂をつかんでいたのだろう。

ときどき歴史の本を読みながら、人間のこれまでの来歴を考えていると、それが何かうわっつらにすぎなくて、日本語で、隔靴掻痒、という、なんだかピンとこないなあーという感じにとらわれることがあるが、歴史が人間によってつくられる以上、当の人間にとっておおきな要素である「性」がどこにも明然とした形で書かれないまま「歴史」だということになっているのだから当然である。

最近はコソボ紛争以来、先祖返りというべきなのか、兵士による集団強姦が敵に対する(ちょうど都市に対する無差別爆撃と同じ)恐怖による制圧の武器として意識的に使われるのがアフリカ諸地域、チベット、というような紛争地域の流行になっているが、ここで述べているのは、暴力としての性ではなくて、自然な性が人間の歴史を動かすことのほうを言っている。
言うまでもなく強姦は性行動ではなく性の破壊であって相手の人格の破壊である。
性とは、関係がない、というよりも相反する関係にある。

トルコ人の友人達は、英語世界の「トルコによるクルド人弾圧」の記事をみつけるたびに、「トルコの内閣にはクルド人と結婚している大臣が何人もいるのに、どうして、英語人はこんなに単純なんだ!」と怒るのが常だった。
若いのに、やらしいおっちゃんのような顔になって、「もしほんとうに旦那がクルド全体を目の敵にしていたら、どうやって夜、眠りにつくんだよ」とゆってウインクしたりしていた。

人間の男も、動物の雄と同じで、若いときにはなんの工夫もなくむやみに攻撃的で相手をくさらせるが、成長してゆけば、「征服」というような考えが不毛であることを学んでゆく。人間の雄の成熟の過程は、性と密接な関係があるのは、たとえばローマ人は、あたりまえのことだと思っていた。
父と子のあいだで性についておおっぴらに語り合う習慣はキリスト教が原理化した形で欧州を暗黒時代にたたきこむ中世まではふつうの習慣にしかすぎなかった。

活字をとおして、われわれがうしろを振り返ったときに、歴史にはみえない部分やちぐはぐな部分が多いのは、西洋においてはキリスト教、東洋においては儒教、ふたつの観念で人間を抑圧することに主眼をおいた宗教が、人間の欲望を蹂躙していたからと思う。

アメリカ合衆国のフラワージェネレーションの運動は、性との結びつきが特に意識された運動だった。
グレース・スリック
http://www.jeffersonairplane.com/the-band/grace-slick/
はインタビューで、その頃は「ふだんつきあう、顔を知っている男とはほとんど全部やった。もちろんバンドのメンバーとは全部やったわよ。あの頃はみんなそうだった」というような恐ろしいことを言っていたりする(^^)
アメリカの田舎の立場から言えば、これは性の解放であり、都会の立場から言えば、いままで口にされなかった現実が話してもいいことになった、ということだったようでした。

そのあたりからやっと、この世界には「性」という強烈な影響力をもったものが存在するのだとひとびとが思い出して政治や社会を考える上でも意識するようになったように見えるのは、考えてみると、ここまできてようやく人間は「宗教」という軛から逃れだしたのかもしれない、と思います。

自分のことを考えても、十代の終わりまでは、自分の性をコントロールするどころか、女の子に誘惑されればひとたまりもない、というようなていたらくで、あんまり、そんなことばかりやっているので、ひどいときには女の子の匂いがするだけで嫌になるほどだった。

そういう性にふりまわされる何年かを無事に終わって、完全とは言えないが、どーにかこーにか、自分を制御運転できるようになったのは、(こういうとモニは、そうだったのか、と怒るに違いないが)「知らないひとといちゃいちゃもんもんしたら、モニに悪い」
「モニが悲しむ」という、ただそれだけの強迫観念に禁止されているからで、仮にモニにぶちすてられて、通りに放し飼いになると、また性がふきすさぶ毎日にならないとも限らない。

一方で、こんなに人間の精神のなかでおおきな比重を占めるものが、ながいあいだただ正体も見極めずに抑圧だけされていたなんて、人間の自分に対する理解というか理解への努力は、なんちゅうええかげんなものだろう、と考えて、呆れてしまいます。

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4 Responses to jaane kaisi agan mein baban jale

  1. ppqq says:

    いつも愛読しております。

    「同胞衆で信長の異母兄の拾阿弥<が>信長との血縁を傘に来た嫌がらせ<の>数々に激昂して斬殺し出奔してしまったりする。」

    この助詞「が」と「の」の使い方は、助詞「の」が重ならないようにするためのご苦心と思います。とはいえ、この「が」の使い方は少し古いものであり、現代語では文意がとりにくくなりはしないかと存じます。

    とはいえ、この「が」と「の」の古風なリズムは捨てがたいので、激昂しての後に「そやつを」などと補うのも面白いかと存じます。「異母弟の」を「異母弟なる」としますと芝居がかりますが、音が6.4.6.4になるので面白いです。

    珍しい文章でしたので、つい、失礼いたしました。

  2. ppqqどの、

    >この「が」の使い方は少し古いものであり、現代語では文意がとりにくくなりはしないかと存じます。

    なんにも考えないで耳にヘンでなきゃよかんべで書いているので、いっぱいおかしなところがあるでしょうね。はっはっは

    (笑ってる場合じゃないのか)

    古い新しいについては古ければ古いほどよい、というイーヴリン・ウォーの意見に従おうと思います。
    800歳くらいに見えたらかっこええやん、と思う。

    >珍しい文章でしたので、つい、失礼いたしました。

    いやみなやつ。

  3. ppqq says:

    大庭様 お気に障りましたら、どうぞご海容くださいますよう

    古語で使う連体修飾格の「が」の用法だと気づきまして、びっくりしました。助詞「が」が連体修飾格であったり、主格であったり、日本語の古語はとても不思議です。わたしは日本で生まれて、日本語を母語にしていますが、自分でもいまだに文法をうまく説明できませんし、日本語は標準文典も句頭の打ち方も正則がなく、もどかしく思っています。

    言葉の不思議さに打たれて、少しコメントして見ました。あしからず。

  4. ppqqさん、

    >大庭様 お気に障りましたら、どうぞご海容くださいますよう

    ぜんぜん、「気に障」りませんよ。わしは、このひとはダイジョーブだと思ったひとには言葉遣いがあらっぽいだけです。

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