ズボンとパンツ


「ズボン」という言葉は死語なのかどうか調べてみたがよく判らなかった。
こういうときは従兄弟か義理叔父に訊くことになっているが、eメールを出しても返事がこないので結局、まだ判らないままである。

パンツという言葉に変わっていそうなものだが、記憶によれば「パンツ」は下着の意味で女びとの「ズボン」をパンツと言うだけだったような気がする。
英語世界には「キャプテン・アンダーパンツ」
http://en.wikipedia.org/wiki/Captain_Underpants
という有名なガキ読み物があるが、
日本語には「アンダーパンツ」という言葉はなかったと思う。

「パンツ」や「アンダーパンツ」のことをぐるぐると考えていたら、頭のなかの言葉に黄色いシミがついてきたので、部屋を出て、ホールウエイを歩いて台所へ行く。
VOGEL’Sのトーストを二枚焼きながら、小さい目玉焼き用フライパンに二個卵をいれてストーブに載せる。

と、ここでもう間違えている。
日本語では「ストーブ」はヒーターのことなので、コンロと言わねばならないが、わしの家は自分では使わないデカイほうの厨房にはガスがあるが、ふだん使うキッチンは電気なので、コンロとは言わないだろう。
日本でも電気で調理する電磁なんとかがあったはずで、電磁トップというのだろうか。
そうやってわけがわからん、と思っているうちに、めんどくさいから「ストーブ」と書いてすました顔でいる文章が、過去記事を見ると、いくつかあります。

もともと日本語を専攻にしたわけでもなく、それどころか日本でなにかをしようとか、日本人観光客相手の商売をしようとするのでもないので、わしの日本語は途方もなくいいかげんである。
もう何回も繰り返し書いたのでそろそろ止すが、日本の文化や社会をしってみたいという欲求もあまりなくなってきて、日本語で考えることによって生じる別人格を楽しむだけのために、この頃は日本語を書いている。

自分でもおもしろいと思うが、こうやってなるべく日本語の時間をつくる習慣を維持しようと思っても、まわりに日本語が判るひとがいるわけでもなし、無理は無理なので、だんだん日本語が衰えてゆく。
なにを面白がっているかというと、読み書きのうち、まず「読む」ほうが衰えだすことで、これは実は予想と逆だった。
まず、書くほうがダメになるだろうと思っていた。

わしは、威張ると、最盛時は一日に5冊、というような日本語の本が読めた。
いまはもう全然ダメで、一冊の本を読むのに、二ヶ月かかったりする。
何ページか読むと、くたびれる。
現代文よりも古文のほうが楽で、最も楽なのは現代詩である。
なんだかヘンな順番であるな、と自分でも考えたが、これは多分「音」によっている。
つながりの悪い「音」で出来た文は、読んでいてひどくくたびれる。
ぜんぜん外れているかもしれないが、英欧語の本はいくらでも読めるのは、「音」がつながっているからではなかろうか。
メンドクサイ、という酷い理由で、わしはむかしから外国語の本を読んでいても辞書なんかひいたことはないが、それは「別に書いてあることがわからなくてもいいのさ」と考えているからでもある。
書いてあることが判らなかったら本を読んだことにならないではないか、というひとが当然いると思うが、それはわしの途方もないええかげんな性格をしらないからなので無理もない、わしは音を楽しんでいるだけなのかもしれません。

Telugu語の鼻歌を歌っていると、ぎょっとしたような顔で傍らのインドのおっちゃんがわしの顔をみつめている、どーしてテルグが話せるんだ? という。
話せません。なんとなくおぼえているだけ、というと大笑いされる。
そういうことが、いままでにも何度もあったようだ。

以前は宗教的な禁忌のために録音が許されなかったチャンティングが録音できるようになったせいで、口承で伝えられるインド人のあの長いチャンティングに使われる言語の解析がすすむようになった。
最も研究者たちを興奮させたのは、いくつかのチャンティングに使われている言語に「意味」というものがまったくなかったことで、厳密に定まった抑揚や音程は、ただそれのみで聖性を保障している。
しかも、…そこでわしは、ほんとーですかー、とのけぞってしまったが…現存のどの言語よりも古い、という。

インド人は「アーリア」と名前のついた文化の範囲と生物学的な人種の広がりが一致しないひとたちだが、言語は最古の痕跡を残している。
一方で、サンスクリットはギリシャ語やラテン語と共通の語彙が豊富なことで有名である。
そのことによって判明することや示唆されることはいろいろあるだろうが、最も興味があるのは、地中海や黒海の周辺、トルコ、中央アジア、北インド、というような地域では「音」の根幹を共有していたと思われることで、学校で習った「思想の普遍性」というものは実は一個の根から伸びた音の伽藍の下にある可能性があることです。

servus ambulat.
とか
quam pulchra est puella! (^^)

というような「音」は、「普遍」の音として音の伽藍だけでなく時間の廻廊を伝ってもいまに続いているが、それはちょうど現世人類がわずか5万年前の「科学的イブ」のいた小さな村落の遺伝子構成をいまに保っているのと同じに、思想の遺伝子構成とでもいうべきものを保っているのかも知れなくて、そこから言語的に、というのはつまり意識のありようとして隔離されたものというと東アジアにしかないのかもしれません。

モニとわしの家の庭には、さまざまな鳥がくる。
キングフィッシャーは高い梢に止まってあたりを睥睨しているし、ファンテールはモニとわしのすぐそばまでやってきて、愛らしい声で鳴いて、一緒に遊んで欲しそうにしている。ツグミやブラックバードは、そういう鳥たちなので、庭のさまざまなものの周りを哨戒して、これはなんだ? というようにクビを傾げている。

仮に意味のない言語の時間が長かったとすれば、人間は「ひどく長い鳥の囀り」のようなものでお互いの存在を認識しあっていたわけで、イルカやシャチを考えるまでもなく、そーゆーものかも知れないなあー、と思う。

ぽん、と事象や意味が放り出されたような古代中国語がものたらなかった日本人は、その素っ気ない漢字と漢字のあいだに小さな文字で自分達の「音」を書き込んでいった。
その小さくて秘やかな「音の脚注」とでもいうべきものは、「日本語」というものに育って、とうとうこんなに長い間日本人の感情を保存してきた。
いまは荒っぽい扱われかたで、足蹴にされているようなものだが、そのうちにはまともに日本語を使える人間があらわれて、多分、少し後戻りした日本語を使って、日本という感情を修復するのではあるまいか。

フクシマのあと、覚醒した声がところどころ聞こえてくる日本語インターネットを眺めながら、もともとは垂直に書かれる習慣をもっていた、この言語が、本来の垂直性をとりもどして、独自の文明としてもういちど屹立する日がこないだろうか、と夢にみます。

(その日まで、日本語能力を保存しなければ)
(最近、書くのもちょっとメンドクサイけど)

(ぶー)

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6 Responses to ズボンとパンツ

  1. Akira says:

    >「ズボン」
    案外まだ使う世代があるでしょねー(^^)
    「長ズボン」て言いますよ。オイラが10歳くらい(小学5年くらい)の頃、新宿の伊勢丹に「長ズボンを買いに行きますよ」と母親に言われると「やった〜」なんて思ったもんです。
    店員に「長ズボンで、、」なんて言っちゃうと慌てて
    「パーンツで」って言い直したりする(^^)
    パに不自然なアクセントを入れる。入れないと下着の意味になる。

    >生じる別人格を
    やっぱそういうもんなんだね。。。 オイラも英語で話してるとカミサンから「別人だ」って言われます。
    多分オイラの場合は英語能力が低いからなんだと思うけど(^^;
    口から生まれたって言われるんですが、(余談:顔位ってあるんですhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%83%8E%E4%BD%8D)自分では日本語で話している様に英語で話したいのだ、というジレンマがあるんですが。。。

    • Akiraさま、

      >パに不自然なアクセントを入れる。入れないと下着の意味になる

      ツイッタにもう書いちゃったけど、これ、おもしろい。
      柿と牡蠣もようわかりひんわしには使い分け無理な感じする。

      >顔位

      出てくるところを思わずビジュアルに想像してしまったので懺悔に行きたくなりました

      >英語で話してるとカミサンから「別人だ」って言われます。

      人格って言語に依存してるよーですのい。
      もうちょっと観察しないと、わからないが。

  2. Akira says:

    ガメさんへ
    オイラもカミさんに必要以上の日本語力を要求してしまうことがありますね。本当はこうして日本語喋ってくれてる時点で土下座しなきゃいけないんだろうけど。。。(^^;
    カミさんは日本語能力試験1級を3度目の正直で何とか目出度くパスできたけど、あれっていい加減です。特に日本語のアクセントについての質問は殆ど無い。ガメさんならきっとブラックベルトだろうね。
    昨日カミさんに「柿と牡蠣」についても聞いてみたけど、まあ言えるけど根本的には分かって無いみたいです。時々とんでもない発音をしてオイラは脳味噌が止まりそうになる時が有る。指摘しても「あーハイハイ」ですから。そんなもんなんでしょう。
    以前、フランスとアメリカのハーフという、価値観が頭の中で絶えず喧嘩していて超 heavy smoker な女性と交際していた時があって、「アナタはCIAの方ですか?!」ってくらい日本語が上手であったけど、発音がダイナミックでした(^^)
    「だから」が「ぢゅえからあ〜」
    「ほんとに」、「ほーーんトニ〜」
    。。
    「え?トニー?」

    でもÉcole Normale Supérieureのフランス人先生は、「トイレにC’est bon」な日本語の発音で、マサシく日本語は芳香していたのです。前述のハーフさんは仏語は流暢に話せるのに、日本語の発音はフランス人とは違ってた。何でなんだろう?

    最初はその発音が愛おしかったのに、段々鼻に付いてしまって仕方なくなった。そういう面は日本人も同じなんだと思います。まあ「え?」「何だって?」「分からん(と肩を上げる)」なんて阿漕な物言いはしないけどね(^^;

    それと余談ですが、以前薙刀をやっていた時に東京外語大学からよく外国人が来ていて、当初は敬語しか教わっていないもんだから武道に興味も有るみたいだし、とっても上品な人間にみえた。しかし上手になってくるとタメ語がでてきて、その内汚い言葉も話せるようになると「なんだお前嫌な奴だったんだな?」なんてことも良くありました(笑)
    ガメさんは発音はどう覚えたの? 叔父さんから?

  3. アキラさま、

    >カミさんは日本語能力試験1級を3度目の正直で何とか目出度くパス

    す、すげー、あれて難しいんだぞ。
    わしは淵野辺まで受けにいったことがあるが、前の日に酒のみすぎて起きたら試験が終わっておった(^^)

    >指摘しても「あーハイハイ」ですから。

    そーゆー指摘されると頭ではわかっててもアタマにくんだよね

    >フランスとアメリカのハーフという、価値観が頭の中で絶えず喧嘩していて超 heavy smoker な女性と交際していた時があって

    えっ?ありっ? ひょっとするとわしが知っているおばちゃんかな?やばい。
    わしの話をしてはいけません。
    美人で声がデカイ。

    >仏語は流暢に話せるのに、日本語の発音はフランス人とは違ってた

    「母音」のせいですね。

    >ガメさんは発音はどう覚えたの? 叔父さんから?

    従兄弟からだが、ガイジン日本語なので、滅多に日本語でものをゆわない。

  4. Cypraeaidae says:

    > 仮に意味のない言語の時間が長かったとすれば、人間は「ひどく長い鳥の囀り」のようなものでお互いの存在を認識しあって

    すばらしいなあ、それ。
    其処にとどまれていたら70億に増えたりはしなかったことでしょう。

    > ツイッタにもう書いちゃったけど、これ、おもしろい。
    > 柿と牡蠣もようわかりひんわしには使い分け無理な感じする。

    いまさらですが、
    下着の意の「パンツ」と
    ズボンの意の「パンツ」は、
    「トヨタ」のアクセントで言うと下着で、
    「ホンダ」のアクセントで言うとズボン。

    「狸」だと下着で「狐」だとズボン。
    「熱海」だと下着で「箱根」がズボン。
    「目黒」が下着で「秋刀魚」がズボンです。

    でも、当初は使い分けてたのが、今は前者の方にまとまりつつあるように感じます。たぶんですけど。

    京都とかだと、例も含めてぜんぶ後者かもしれません。

    「ズボン」自体はぜんぜん死語ではないですよ。

    • Cypraeaidae says:

      あっ違った。声に出したら全然ちがいました。京都云々のくだりは、間違いです。

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