どこかで見たひと

特に日本に生まれたいとおもったことはないが、日本にうまれても、それはそれで何とかなっただろうとは思う。
義理叔父という従兄弟の父親がいて、このひとは年齢が離れていても友人であるとおもっているが、このおじちゃんは日本人でもあって、その割には気楽に暮らしてきたようにみえるからです。

話を聞いていると、どーも中学や高校はさぼってばかりいたよーだ。
学校をさぼって、渋谷の大盛堂書店やヤマハ、青山の根津美術館、京橋のフィルムセンター、銀座の旭屋書店、神保町の古本屋、そういうところにばかりいた。
その頃は、まだガキが街をうろうろすると、ときどきお巡りさんが追いかけてきたもののよーで、制服は着ていなくても、顔をみればガキとばれる義理叔父は、よく全速力で246号線を走ったりしたという。
ジョギングをしていたわけではなくて、後ろから警棒もったお巡りさんが追いかけてくるからです。
むかしのお巡りさんはマジメだったようだ。

「あれってさ、タバコ喫ってるとやばいのよね」と義理叔父は言う。
14歳から20歳までタバコを喫っていた。
ある雨の日、タバコを買いに行くのがめんどくさかったのでタバコをやめた。
このブログ記事を読む人が義理叔父とはわしのことではないかとおもうわけである。
似ている、と思います。

このひとは節目節目で難しい学校に(多分カンニングで)合格しているが、
「それが日本の社会の窮屈から逃れるゆいいつの方法だったんだよ。別にブランド主義じゃないのよ」と述べている。
実際、義理叔父の母親である鎌倉ばーちゃんに聞くと、当時は鎌倉でなくて渋谷区に住んでいたが、ひるまっからぶらぶらしていても、「あそこのXXちゃんは、頭がいいけど変わり者だからしょーがない」ですんだそーだ。
「有名校に行っていなければな、おまえ」と、義理叔父はよく酔っ払うと言う。
「いまごろはとっくに山椒大夫に売られておる」

長じて、トーダイに裏口入学した。
表からはいったわけではないのは、義理叔父のお友達がみな保証してくれるので、動かぬ事実であると思われる。

ほんとはバカなのに、とは、身内であるから、いくらなんでも言わないが、それからずっと「トーダイ出」で他人の目をくらませてきた。
もっとも、義理叔父の名誉のために言うと、まさか自分から学歴を言い出したりはしません。
おばちゃんやなんかにひつこく訊かれたときだけである。

ここから先は、あんまり詳しく書くと経験から言って張り倒されるのが判っているので、安全保障上書かないが、基本的に義理叔父のやりかたは他人と競争することなく「別リーグ」を設立して、そこのお山の大将で暮らすという方法であったようだが、日本の社会にいろいろ意地悪されかけたりしたものの、トーダイがものを言って、あるいはわしに似たチョーテキトーな性格が幸いして、比較的楽ちんな人生を送ってきたもののよーである。

日本の楽しみ方、のようなものは、すべてこの義理叔父から教わった。
わしが大学にはいってからは、休みがあると、ガメ、航空券代だしてやるから日本に来いよ、といって従兄弟と3人であったり、2人であったりしたが、あちこちに一緒にでかけたものだった。

だから日本人にうまれても、なんとなくやれたよーな気がする。
実際、義理叔父は30歳をすぎてからは、ほとんど午前中に起きたことがないよーだ。
とてもダメな人であって、それでもそうそう大変でもなく生活できているのだから、どんな社会でも苛酷を逃れる道はあるのだろう。

日本にうまれていれば、理学ではなくて工学をやったと思われる。
イギリスやニュージーランドより土壌として手をつかって工学をやるうえで恵まれた国だから。

英語とかは興味がなかっただろう。
ヘンなものばかりつくって、おまえは研究者じゃなくて職人かと苛められながら、ときどき銀座の鮨屋でへべれけになって、呂律もまわらず、まっすぐ歩けもせずに終電で逗子の家へ帰ったのではあるまいか。

たいしてインターネットも使わず、たまたま見つけた裕福そうなニュージーランドのクソガキの、しかも日本語で書きやがったブログを読んで腹をたてては、こおーのクソガキが、楽しやがって、と毒づいていたりしたものだと思われる。

夜中にはときどき鎧摺の小径を抜けてチョージャガサキに歩いていったりしただろう。
低くて小さな、暗い山影をみあげて、日本はなんて良い国だろう、と考えたにちがいない。
それから、長者ヶ崎の小さな砂浜に腰を下ろして酒を飲む。
夜光虫って綺麗だなあー、と思いながら、少し眠ったりする。
もう30歳すぎちゃったけど、おれって結婚しないのかなあー。
なんだか女のひとが同じベッドで眠る生活なんて、現実じゃないような気がする。
セックスは体液があるから好きになれない。
男も女もワックスで、ただすべすべしていて、うめき声やあえぐ音もなくて、
静かで乾いたものだったら、どんなにいいだろう。

茅ヶ崎のアメリカ式の映画館で日本語がヘンな字幕の映画を観たり、境川のわきの道をずっとのぼって、ソニーの工場の跡にできたモールまで自転車で行く。
帰りにはシュクレアで、ハンバーグカレーを食べて帰る。

…..どうも、こうやって「日本人にうまれた、もうひとりの自分」のことを考えていると、英語を話したり、外国に旅行へ行ったりする人間であるように思えない。
どちらかというと、部屋のなかで、机が中心の生活をして、休みの日も、ときどき自転車やクルマで、せいぜい鎌倉、どんなに足をのばしても茅ヶ崎くらいまでしか出かけないで暮らすタイプの人間だったように思われる。
案外、もともとそーゆー人間なんだな、わしは、と思わなくもない。

月曜日になれば、電車に乗って、文庫本を読みながら東京へ行くだろう。
戸板康二の「中村雅楽」推理小説シリーズがお気に入りなのだ。
推理小説を読むのに逗子から東京までの一時間はちょうど良い時間である。
駅に着くと、栞をはさんで、丸の内の改札を出る。

壊されてしまった丸ビルのほうが、なんだか安普請の新しい丸ビルよりもずっと好きだった。
広い、螺旋階段をあがってゆくと文明堂があって、そこでよくカステラとお茶でのんびりした。
カステラは福砂屋のほうがうまいが、文明堂もわるくはない。
開発業者というのは、どうして良いものばかり、気が落ち着く場所ばかり狙って、ぶちこわして、落ち着かない安普請を立てたがるのか理由がわからない。

いちばんの痛手は丸ビルの裏っかわにあった「サラリーマン向け廉価版竹葉亭」で、本店や他の支店では2400円の鰻丼が1000円で食えたのに、なくなってしまった。
鰻も姿が悪いのが集まっているだけで、味も変わらない。
器が重箱のかわりに縁が欠けた丼だが、鰻丼、というくらいで、重箱いりより丼にはいっているほうが、ずっと好きだった。
仕事が終わって、 中年の整髪料の臭いをぷんぷんさせたおっちゃんたちに混じって、1200円の蒲焼きでビールをぐっとやる。
あんなに楽しいことはなかったのに、その一週間にいちどの楽しみもまるごとなくなってしまった。

もっとも、むかしつきあってたK子は、まだ20代のまんなかなのに、おっさんくさすぎて信じられない、とゆっておったな。
実際、そう思っていたようで、もっと流線型の地方からきた都会人の男と結婚してしまった。

いいわけはある。
ぼくは東京の山の手ガキだからな。
東京人は、すげーオジンくせーんだよ。
知らないんだな。

とはいえ、たしかに、もう生きた化石だよな。
まだ風呂敷が好きだし。
カブトガニみたいなものか。
中国人て、カブトガニを食べるんだって、なにかに書いてあったな。
どうしてあのひとたちは、ああなんでもかんでも食べるんだろう。

んー。飽きてきた。
モデルが義理叔父の友達なので、どうも生活が30代にならない。
あとは、どうしても日本の生活の底にある具体的な細部がわかってない。
頭のなかで「日本にうまれたわし」を作って日本の生活のよいところを楽しもうと思ったが、同じくらいの日本人友達をモデルにとると、どうしても青山のバーやなんかに偏って、なんちゅうか、ロンドンやマンハッタンのパチモンというか、わしの心にぐっとくるような日本酒やさびしい音の世界になってゆかない、ということもある。

5年にわたる11回の大遠征と威張っているが、やっぱり、ほんとうは何も見ていない。
特に仕事でかかわったわけでもなく、その国のガールフレンドがいたわけでもない国との関わりなど、一枚皮をむいてしまえば、そんなものなのかも知れないなあー、と思うと、いままで日本語でやってきたことはみんな砂場の遊びのようなもので、なんにも残らなくて、でもまあ、それはそれでいいか、と考えてみたりする。
実際、ここ以上には、1歩も先には行けないのかもしれません。

This entry was posted in 日本と日本人. Bookmark the permalink.

コメントをここに書いてね書いてね

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s