Daily Archives: February 22, 2012

ピザっ!

「冷えたピザが好きですねん」というとぎょっとした顔をする人がいるが、わしは好物です。 おいしいのよ。 現にいまこうやって書いているときも昨日ツイッタでだらしなくだべっておったら日本では同じものが3100円すると判明した300円のドミノスのピザを食べておる。 朝ご飯です。 ピザ、というものはわしにとってはどういう食べ物であったかというと、子供の時でいうと二ヶ月に一回くらい食べてもいいことになっている「悪い食べ物」「いけないもの」「禁断の果実」だった。 よーし、今日はプロジェクタのスクリーンを下ろして、本格的に怖い映画みるぞお、ポルターガイストでひいひい泣いてくれるわ、というような場合、妹とわしは、じっとかーちゃんの様子をうかがう。 ふたりでこそこそ相談する。 おもいきって訊いてみよう、と衆議一決すると、 たいていは妹が大使として派遣されて、 「ピザを食べてもいいですか?」と訊く。 妹が、それで一生の楽(らく)をつくっている、内面とは何のゆかりもない、わが妹ながら純真無垢な感じがする、天使のような笑顔を浮かべてもどってくると、わしも一緒に「いええええーい」 「極悪ピザ、ばんざあーい」と歓喜する。 カウチの上で跳ねます。 普段はコカコーラなど飲んだら座敷牢にいれられてしまうが、ピザを食べるときだけは飲んでもいいことになっていた。 イタリアはマジなピザがうまい国で、あたりまえだが、ドミノスとは違う食べ物です。 マルガリータ。 日本でもおいしいところがたくさんあるが、イタリアは、桁がふたつくらい違ってうまい。 都会の料理屋ではいちばん安い食べ物でもあって、テーブルとテーブルがものすごく近い、ガイドブックに載らない、でも町では有名な「おいしいピザ屋」で6ユーロ(630円)くらいと思う。 もちろんソースによるがパスタの半分くらいの値段。 わしが大好きな某村のピザ屋は、バジルもトマトも庭でとれたものを使う。 頼めばピザの上にのっけてくれる卵も裏庭で猫といつもにらみあいを続けている鶏一家のものである。 ソーセージも何もそういう調子の地元のものなので、ものすごくうまい。 イタリア人は食べ物に対する考え方が日本人とよく似ているところがある。 素材が新鮮でうまければ、それがいっちゃんいーだろー、という考えがそれで、イノシシのステーキでも仔牛でも、オリーブオイルで焼いてそれだけで食べさせたりするのが、うまい。 ピザも、同じ思想に拠っているもののようであって、だから、シンプルなマルガリータがひどくおいしいのだと思われる。 パスタは「アルデンテ」という考えがないので無茶苦茶まずいが、ピザはスペインもうまい。ツナとかタコとか訳のわからねーものが載ってるピザが特にうまいよーだ。 わしのバルセロナのアパートのすぐそばには、途方もなくうまい「スペイン式ピザ」の店があって、この店はたいへん有害である。 バルセロナにはカタロニアやスペインの他の地方のおいしい店が、これでもかこれでもかとあるのに、食べ物を考えるのがメンドクサイと、ついそこのクソうまいヘンタイピザを食べてしまう。 いつもひとが行列しているが、さばくのが速いので、そんなに待つわけではない。 食べ物のために行列するのが嫌いなわしでも、並ぶのが嫌ではありません。 便宜上、「並ぶ」と書いたが、実はスペイン人は並ばない。 なんだか、ぐじゃっ、とひとがいるだけだが、それがスペイン式の行列で、誰が誰のあとか客も店も厳密におぼえている。 観光客がそれと気づかず、先に割り込んで注文でもした日には、大顰蹙もいいところであって、店内が阿鼻叫喚の様相を呈する。 えええー、だって、そんなん店のどこにも書いてないからわかんねーじゃん、というひとがいそうな気がするが、目の前のひとびとを30秒も観察すれば頭が鶏でもわかることで、そういうことを当然と納得することを「文明」といいます。 「並んで下さい」というような張り紙は、したがって、その社会には文明が存在しないことを示している。 イタリア料理にマルガリータがあって、ピザハットにグリージイでべったべったな肉肉したピザがあるのだから、そのあいだには両者をまたぐミッシングリンクがあるのであろう、と考えるのがおとなの分別というものだが、実際、ミッシングリンクは現存していて、その店はブルックリンにある。 名前をど忘れしちったが、マンハッタンからブルックリン橋をぶらぶら歩いて行って、下りてすぐのところにある。 店の壁に、「アメリカピザ発祥の店」と麗々しく書いてある。 フランク・シナトラやマリリン・モンローがこっちをむいてニッカリ笑っている写真が飾ってあります。 えっ?おれの本に書いてある発祥と違うって? … Continue reading

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