Monthly Archives: March 2012

痛み

沖縄のひとは、「魂を落とす」という。 落とすと、わるいことが起きる。 気持ちが落ち着かなくなったり、ぼんやりしていたり、体調が悪くなったりする。 落としてしまったら、魂を落とした場所へ行って 「まぶやー、まぶやー、うーてぃくよおー」 とゆって魂を呼び戻すそーです。 現代では心へのアクセスを失ってしまうひとが多い。 自分の心や感情がどこか遠くにあって、ときどき帰りつこうとしても、もう自分の魂の住所がわからなくなっている。 他人の苦しみは文字通り「他人事(ひとごと)」で、なんとも思わない、というよりも、どうにも思えない。 他人の苦しみを思って泣く、などという人間は偽善者に違いない、と思い込んでいるひとまでいる。 もっと酷くなれば、実際に、自分の苦しみでさえ「他人事」になってしまうひともいるよーである。 人間にとっての最大の不幸は自分自身にアクセスできなくなってしまうことであると思う。 ヘンな例を挙げるなら、ちょうど自分のオンラインの銀行アカウントにアクセスできなくなったひとと同じで、パスワードもIDもちゃんとおぼえているのに、いざやってみると自分に見慣れた心象はあらわれないで、なんだかのっぺらした、自分のまわりにいくらでもある表情と顔にでくわしてしまう。 自分はいったいどんな人間だったかが思い出せなくなる。 シリアルキラー(連続殺人犯)に同じ問題を抱えたひとが多いのはよく知られている。 ベトナム以来、戦場で苛酷な戦いに曝されると、やはり同じ問題を引き起こすことも知られるようになった。 実際、海兵隊で、気の良い、やや単純な若者を殺人機械に変えるための訓練は、言葉を言い換えると自分の心に鍵をかけて自分自身から隔離するための訓練そのものです。 そういう眼で見直すと旧日本陸軍の習慣と訓練もやはり自分の心を虐殺することに特化されていた。 集団強姦や無抵抗な民間人を射殺するのが通常の軍隊生活の一部であった日本陸軍の軍紀の弛緩は、ようするに最低限の人間性まで兵士達から奪い取ったことの結果であるように思える。 中世の武士はびっくりするほどよく泣いたという。 感激してはおいおい泣き、友達が喧嘩して去ると悔しがって号泣した。 いまの日本人からは想像もつかないひとたちであったよーです。 わしがもつ、自由闊達で自分の心が自分自身に向かっていつもドアを開けっ放しであるような日本人のイメージは、どうやら俊頼髄脳と並んでわしが大好きな古典である「平家物語」から来ているらしい。何でも書いて自分でも飽きたが生田神社で箙に花の枝をさして戦場にかけもどる景季の後ろ姿は、わしが歴史のなかでなんども見送った日本人そのものの姿でもある。 日本は、空恐ろしいほど貧しい国だった。 豊かな濃尾平野で国をなした織田信長でさえ、多分、(印象では)軍事費が国費の半分をかるくこえていて、農民や商人は、くうやくわずに近い状態だったと思われる。 卓越したデザインセンスに彩られた鎧甲や兵器の美しさは別にして、戦国時代の争闘などは庶人の目からはいまのアフリカの内戦と同じようなものだったのかも知れません。 その程度の生産性しかなかったはずである。 江戸時代になっても貧しさが変わらなかったのは、一般に印象される中期までというようなことではなくて、現代の感覚からすると「ボロをまとっている」としか形容できない幕末の写真に残っている庶人の姿をみれば、文字通り一目瞭然、江戸時代もまたいまの常識では理解できないほどの貧しい時代だったでしょう。 明治時代にやってきたフランス人は、日本という国の貧しさに息をのんで、「この国には、しかも資源と呼べるものがなにもない。人糞だけがゆいいつの資源で、日本人という民族は人糞を畑にまいて食べた結果の人糞を畑に戻す、ただ人糞の循環だけで生きながらえている」と書いている。 周りからは海で隔てられ、十分な資源といえば石灰岩くらいしかなく少しの鉄と質の悪い石炭が採れるくらいの農業国に温暖なモンスーン気候が災いして人口ばかりが巨大に膨れあがった近代日本は、世界のなかでは、町外れによそ者として住み着いた貧乏な大家族に似ていた。 最も近い半島人から見れば文明の最低の基礎である礼儀すらわからない最低の隣人であり、中国にとっては、ほんとうに国として扱ったほうがいいのかどうかも判然としない島の集合にしかすぎなかった。 日本に個人主義が育たなかった理由を訝る本はたくさんあるよーだが、あんなに貧しい土地にあんなに人間がたくさんいて個人主義が発達したら、それこそ怪奇というべきで、日本が取りえた道はふたつで、強固な階級社会を形成して頂点の階級において個人主義らしいものを形成するか、乏しい富をわけあって、一種の情緒的な全体主義社会を形成するか、どちらかしかなかったでしょう。 近代日本は、革命の原動力が底辺の武士であった、という特徴をもつ。 後に支配層になったひとびとも、いまで言えばテロリストの、乱暴なだけで他に取り柄がないようなひとびとです。 いまの日本は江戸時代の薩摩藩にありようが似ていると思う事があるが、 人間性を弱さの証拠として否定し集団によるイジメが社会のなかで慣習化されていた薩摩藩の社会を、高度成長期からバブル時代の拝金主義に対するアンチテーゼのようにして徹底的に讃美したのは司馬遼太郎というひとでした。 大阪のひとだったので、ちょうど正反対と言えなくもない薩摩の「議を言うな」文化がひどく好もしいものに見えたのかもしれません。 薩摩は極端な全体主義国家だった。 軍事に特化したような「戦士の国」で、明治時代の最大の幸運はこの「戦士の国」の最後の戦士達が生きているときにロシアが侵略を決心したことだったでしょう。 他のタイミングならひとたまりもなかった。 … Continue reading

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幸福ということ

あと1年で30歳なのかあー、と考えると、なんだか面白い気がする。 自分が年をとってゆく、ということくらいヘンなことはない。 人間の肉体は人間の意識の精細度が把握できる限界値よりもずっとゆっくり老いるので、人間はいつも「ある日、気が付くと年をとっている」というふうにしか年をとることができないが、精神のほうはもっと機能の低下が機能の変化と一緒に起きるので、両者がからみあって、ますます判りにくい、ということもある。 子供のときから、「将来は○○になりたい」というようなことを考えたことはなかった。 周りのオトナにも訊かれたことがなかったからだと思う。 考えてみればまだ十分に情報が頭のなかに出揃っていないチビガキに「オトナになったら何になりたいか?」と訊くくらいバカな質問もないので、オトナの暇つぶしあるいは悪趣味にしかすぎない。 オトナどもに分別があった、というべきなのかもしれません。 砂漠の英雄サラディンやジュリアス・シーザー、アレクサンダーのようなひとびとやもう少し大きくなるとガロアやディラン・トマスというようなひとびとに惹かれたが、ただ惹かれるだけで、特に劇的な一生を送ろうと思ったこともなかった。 昼間は運動ばかりしていて、朝と夜は机に向かっていることが多かった。 朝まで数学の問題を考えていて、いつのまにか外が明るくなって、鳥たちの声が聞こえる、というのが好きであって、夜更かしをしてもいいときには、いつでもそうしていた。 夢中になると時間は一瞬に過ぎて、楽しい時間ほどあっというまなのは不公平であると考えた。 新しい本よりも古い本のほうが圧倒的に好きだったので、ガリア戦記やプルターク英雄伝、ホメロスやヘロドトスを夢中になって読むことも多かった。 面白い本を手に取ると読み出してすぐにわかる。 わかると、なるべくゆっくり読もうとする。 わしの読書の欠点は「速読」をしなくても読むスピードが他人の何倍、というくらい速いことで、酒をがぶ飲みするひとと同じで燃費がわるい、というか、大量の本が必要になってしまう。 もったいないので、ゆーっくり、ゆーっくり読みます。 ところが夢中になりだすと、いつのまにかものすごいスピードで読み出していてあっというまに終わってしまう。 もう一回読んだり、途中の面白かったところを改めて拾い読みしたりすると、いやしいひとが皿に残ったソースを指ですくってなめているようで、われながらいじましい感じがしたりしたものだった。 先祖から親に受け継がれた財産で食べなくてもよいことになったのは良かった。 「発明」で稼いだときに、かーちゃんととーちゃんはガメらしいとゆって大笑いして祝ってくれたが、妹は、わたしはおにーちゃんは拾ったロットーが当たるとか、そーゆー稼ぎ方をすると思っていたがやや外れた、というようなことを言った。 そのうちに自分のもっている数学の知識がリスクの軽減やその他内緒なことに多少は役に立ちそうなことがわかったので投資ということに興味をもちはじめた。 カネモーケというような下品なことをくだくだしく述べても仕方がないが、オカネを稼ぐというのはいまの価値の日本円で言えば初めの1億円を稼ぐのが大変でゼロから始めて(余剰)1億円という金額が出来るまでの幸運と努力の総量は1億円から10億円に至る道程の4倍くらいであると感じる。 10億円から100億円は、もうちょっと楽である。 オカネの世界では何をするにも「適切なかたまり」という考えが大切で、たとえば住居用の不動産投資、というようなことを考えると、ニュージーランドではオークランドのような密集地の4つのアパートが1タイトル(タイトルは、多分日本の「一筆」というのと同じ)のブロックで70万ドル(5000万円)くらいから始まる。 4タイトルに分かれていれば90万ドル(6300万円)くらいからと思う。 20万ドルというかたまりで不動産投資を考えるのはポケットに30円しかないのにおいしいチョコをスーパーの棚に見いだそうとしているのと同じで、全然なくはないだろうが、無駄であることのほうが遙かに多い。 もっとアグレッシブな株式への投資のほうが安全であるはずです。 年齢とは直截関係がないが、世界の経済がどんどんどんどん危なっかしくなってゆく最中だったので、アグレッシブな投資から利益がうまれるたびにチョーコンサーバティブなほうへオカネを移し替えて行く事が多くなっていった。 気が付いたひともいたが、このブログ記事を見ると、あちこちうろうろしてばかりいるのには投資上はそういう意味があった。 いまニュージーランドとブログ記事には移動しても、なあああーんとなくごまかしているので出てこないがオーストラリアにいることが多いのも、下品な理由がないとはいえない。 家の、日本にはない、不思議な開け方をするドアを開けて、なだらかな傾斜になっている芝を横切ってモニがそこで本を読むのが好きなガゼボまで歩いていく。 手には紅茶とビスケットが載ったトレイをもっておる。 記事には書きにくいが、オトナになってしまったので、わしの家にも両親の家と同じに家の手伝いをするひとが増えた。 子供が生まれる前後からは、小さな会社みたい、と自分で考えて可笑しくなることがあります。 でもこの家は、こういう事態になったときのために考慮して改造してあるのでたとえば台所もふたつある。 小さいがチョー機能的な台所のほうはモニとわしが自分たちでデザインしたもので、使いやすい。 ビスケットをひと口たべたモニが眼をまるくして「うまいな、これ」という。 ガメが、自分でつくったのか? そーですねん、と、わし。 小麦粉を変えてみたのね。 … Continue reading

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のおんびりした時計

ニュージーランドと日本という国の最もおおきな違いは「時間」であると思う。 ニュージーランドは言わずと知れた英語国でもチョーのんびりで有名な国で、テキトーなのとのんびりなので、アメリカ人たちなどは毎日気が狂いそうにしている(^^) でも「時間」が違うというときの違いは実は速さではなくて時間のまとまり、というか、時間の扱い方が最も違うよーです。 のんびりと海辺のベンチに腰掛けて海を見る。 もってきたクリームバン http://www.flickr.com/photos/41187064@N03/3805465086/ をほっぺにクリームをくっつけながら食べて、カモメというのはどうしてあんなに眼付きが悪いのだろうと考える。 カモメが街灯の上にとまろうとして争っている。 見ていると終いにはカモメの上にカモメが重なって立ったのでコーヒーをふきだしてしまいそうになる。 明るい生姜色の髪の毛のチビガキ娘がでっかいラブラドールと一緒に波のなかへ走ってゆく。 「きゅわあああああーい!」と叫んで波から走り出てくると、犬さんとふたりではあはあしておる。 ランギトトの島は、やさしくて、たおやかで、不思議な事にどの方角から見ても似たような山容である。 ベンチの後ろに小さくついているプレートには、「サカグチ」さんという日本人の寄贈者の名前がついていて、1996年になくなったと書いてある。 どんなひとだったんだろうなあー。 きっと会社を退職して、ニュージーランドにやってきて、いつもこの浜辺を散歩していたのではあるまいか、としんみりしたりする。 ニュージーランド人の時間には「余計な時間」がいっぱいあって、ベンチに座っている、という時間のかたまりでも1時間くらいある。 そのくらいは座っていないと、なんだか落ち着かない感じがする。 15分で立っていってしまうと、おいしいお菓子を大切に食べていたのに半分欠けて道におっこちてしまったような、中途半端でやりきれない気持ちになってしまう。 日本にいたときはペースが速い、というよりも時間のひとかたまりが何だか中途半端に短くて、つんのめるような感じだったのを思い出す。 食事というようなものを考えると、日本のひとは食べるのが超人的に速いが、それを別にして、店の閉店が10時であると、10時になればもう日本人の友達は腰が浮いている。 ガメ、もう10時だぞ、という。 わしは、そーだね、とかマヌケな返事をしてます。 せっかくおいしいものを食べたのだから、ちびちびとポルトを飲みながらのんびり話をしたいと思うが、店のひとに悪い、と思うのでしょう、お友達はもう上の空である。 クライストチャーチのミラベルという所にある、いまはもうなくなったレストランで、 友達8人で食事をしたことがあった。 友達の誕生日だったので、シャンパンやワインがどんどん空いて、午後6時にみなでやってきたのに、楽しくて、11時頃まできゃあきゃあゆって笑い転げながら遊んでしまった。 閉店は10時半です。 店のマネージャーの女びとがやってきて、レジをもう締めて鍵をかけてしまったので、お支払いを受け付けられなくなりました、という。 じゃ、どうしますか?と訊くと、店のおごりですね、と笑っています。 もちろん、わしらは、その店が大好きになって、ことあるごとにそこへ出かけた。 マネージャーが、今日はタダじゃないぞ、とビルを払うたびに冗談を言ったりしていた。 マンハッタンでも無論、のんびり客のモニとわしが時間のかたまりを最後まで味わいつくして、どおりゃ、ほんじゃまあ、バーにでも向かうとするか、アメリカ人は「Check,Please!」という不思議な英語を使う、「お勘定」に呼ぶまで、片付けものをしたり、あるいはもっと高級なところなら壁際にじっと立って、待っていてくれる。 ビレッジの小さなレストランなら、店がひけたあとに自分のデートの約束があれば、 「今日は、ガールフレンドとデートの約束してるんだ。もう閉めるしたくしてもいいかい?」と訊きにくるだろう。「バーを片付けるから、あと30分くらい」という。 そーゆーときは、もちろん、心の準備をして30分しないうちに帰る。 日本という国では、なんだかみんなが慌てている。 子供のときは妹とふたりで見ていていつも可笑しがった。 横断歩道を渡るのにも小走りに渡る。歩き方も、ちょちょことしたオモシロイ歩き方で、忍者の影響だろーか、と考えたりした。 あとでトーダイおじさんたちに聞いた知識によるとお侍は右手と右足を一緒にだす、というもっと超絶不思議な歩き方をしていたそうで、重い刀を二本差しにすれば他の歩き方は出来ないという解説だった。 だとすると、あの日本のひと特有で、ミルピタス … Continue reading

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Lost In Paradise

1 宇宙が想像を遙かに超えて美しい存在であるのは別に宇宙船に乗ってでかけてゆかなくても自分の知っている調和的な数式を思い出してお温習いに証明してみればわかる。 数学という言語に縁がなければピアノの鍵盤の蓋を上げて、なるべく簡単な音階の組み合わせで出来たチューンを弾いてみるだけでも、どんなひとにも、この宇宙それ自体が一個の美でなければ、そもそも存在するはずがない旋律であるとわかるだろう。 その音楽はどんな人が耳を澄ませても地上のどこかから聞こえているのではなくて、天上から聞こえてくるものだからです。 人間という存在の傷ましさは一個の巨大な美にすぎない宇宙のなかに生まれ落ちながら、肝心の美を発見することを拒絶したまま、ありもしない意味を求めて自分に与えられた「一生」という名前の時間を浪費してしまうことにある。 咲き乱れる花の下で、輝かしい夏の太陽に反射する芝の緑の上で、この世界に存在するどんな愛撫よりも巧妙なやりかたで肌にそっとふれてゆく、暖かいそよ風が吹き抜ける午後に、宇宙にまっすぐ連絡する透き通った青空をみあげてきみは、Breathless、という言葉を思い出す。 2 人間の一生に意味や価値を求めるのは、壁のしみに見知らぬひとの顔の形をみいだすのに似ている。 天国も地獄も、あるいは現世の正義も、人間が「意味」の泥沼であがきまわって夢にみた、ありもしない空想であることはわかりきっているのに、ただ生まれて死ぬということが、ただそのままのものとして受け取ることが出来ないばかりに、この世界には「正しさ」があるはずだと思いつめて、その正しさにたどりつくための知恵を求めて、きっと届かない叡知に必死に手をのばしてみる。 ところが宇宙は、そうしている人間にはまるで無関心なまま、人間が意味への渇望を捨てるまでは決して見ることができない巨大で圧倒的な美の調和の具現として立っている。 その壮麗な、ただ美としてある現存は、人間の意識に幽かな灯明がともると、すっ、と姿を消してしまう。 音楽の場合でも科学でも、宇宙の姿にたどりつけるのは人間の意志を越えた手の動きだけであるのは、たくさんの人が経験して知っていることであると思う。 3 友人の仕事場をたずねて、腐敗してウジ虫がわいた屍体が解体されてゆくのを見つめていた午後がある。 それまでに見なれた死体とは異なって、激しい腐臭を放って崩壊してゆく過程の腐敗死体は、あの解剖学教室の死体特有の「なつかしさ」あるいは「親愛」のようなものを失って、どんな形でも「敬意」のようなものをもちえない何かに変わっていた。 人間には魂の死だけではなくて、形の死、とでもいうべきものがある。 そして、その形象が魂に優位していないとどうして言えるだろう。 保存された死体がもっている慎ましさは意味と価値の追究をあきらめて、そっと横たわっているのに、腐敗がおこると、また意味を鼻先につきつけて勝ち誇り始める。 崩壊する肉体は生きている人間などより遙かに雄弁に沈黙を侮蔑する。 腐敗した肉体はむきだしの憎悪に似ている。 4 宇宙が想像を遙かに越えて美しい存在であるのは別に数式をながめてみなくてもわかる。 ほんとうは、心の片隅にうずくまっている、小さな「沈黙」に気が付けばよいだけである。 何者かによって生かされているのだ、というような心を落ち着けはするが虚しい考えをやめて、自分の意志で生きてゆけばいいだけのことである。 自分の足で歩いて、大気をかきわけて、他人や自分の意識に由来する意味を拒絶して、筋肉の運動と感覚器に起こる電気信号に依存して時間を過ごせば良いだけのことである。 もちろん、この宇宙には神などはなく、天国も地獄も、正しさも価値の体系もありはしない。 須臾といい永劫というが、どちらも同じだろう。 でかけていってみるしかないのだから。 心の奥の薄暗い片隅にある、あの「沈黙」めざして。

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decency

英語でdecencyという。 いまオンラインの研究社 新英和中辞典 http://ejje.weblio.jp/content/decency を開いてみると、 1 「(社会的基準からみて)見苦しくないこと、(言動・服装など)きちんとしていること、礼儀正しさ;品位;体面 とぜんぜんピンとこない日本語の訳が書いてあります。まだるっこしそうに意味がたくさん並んでいて、どれでもうまく言えないでいらいらしているよーに見える辞書の説明があるときは、その単語に該当する単語が自国語に存在しないときで、ここでもそれがあてはまりそーである。 研究社新英和中辞典のまねっこをしながら強いて日本語で表現しようとすれば、きっと、 1 (社会的基準からみて)ひとを見苦しくさせない力をもつなにか、( 人に言動・服装などを)きちんとさせるなにか、人を礼儀正しくさせる力;品位を保たせるなにか;結果として体面というような外見にもあらわれてくる何らかの力 とゆーふーだろーか。 日本語には概念そのものがない言葉だと思います。 もうひとつのcommon sense http://en.wikipedia.org/wiki/Common_sense のほうは、ちゃんと訳語を新しく作ってあって、あるいは半島語でも中国語でもベトナム人の言葉でも同じ単語を使うので仏教語かなにかから転用したのかもしれないが、意味を新装して西洋語のcommon senseをあらわすように定義しなおしてあって、日本語の「常識」がそのままあてはまる言葉であると思う。 このブログでもツイッタでも何回も書いたが、日本語を書いているときは日本人になったつもりで西洋的な考えを翻訳したようなことは書かないことにしている。 日本人になりきるのが本人の楽しみだからです。 でもたまには英語頭が考えたことを日本語に変換して書いてみると、日本への5年間11回に及ぶ大遠征中には、common senseとdecencyということを考えることが多かった。 「陽はまた昇る」 http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD1924/index.html という2002年に公開されて評判がよかったらしい映画を観ると、期待したVHSの具体的技術的な困難の克服については一秒も出てこないが、日本の社会って、こーゆー感じかなあー、とぼんやり想像させるところはいくつも出てくる。 ぶっくらこいてしまうシーンもたくさんあって、最大の「ぶっくら」は主人公の日本ビクターの事業部長が若い社員を自分の部下を思う気持ちのあまりぶんなぐるところがあります。 頭で考えてみてもわかりにくかったが、第一、字幕もないDVDだったので、懸命に頭を日本語頭に調整して観ていて、それでも「ありゃあー、殴っちゃったのね、このひと。すげー」という感想しか起きようがない。クビだなー、当然、事業半ばでタイヘンである、と思って観ていると事業部長が懲戒免職になるどころか、殴られた若い社員は殴られたことによって事業部長の情熱を感じる、という全然わけのわからない展開で、海兵隊(マリーン)でも、こーゆーことはありえねー、という不思議にものすごい物語りの展開でした。 平たく言えば、なんじゃ、こりゃ、と考えた。 ほかに、思いようがないであろう。 おもいきしグーで殴られた若い社員が松下幸之助に事業部長の熱誠について手紙を書いて、それを読んだ松下幸之助が主人公に「あなたは良い社員をつくられた」っちゅーよーな返信を書くが、もう終盤のその頃になると、わしは眼が点になりきっていて、あんまりこーゆーDVDを観ていると眼がちっこくなってヘンな顔になってしまうのではないかと危惧されるほどだった。 社会はdecencyとcommon senseで維持されている。 decencyがなくなれば、社会は一瞬で人間性を失い、社会の側で要求するままに個人の人間性を蹂躙することになる。 common senseが失われた社会では、不毛で詭弁的な修辞にみちた議論が横行し、理屈にさえあえばどんな奇妙な考えでも大手をふって輿論として大通りを行進することになる。 野田首相が「痛みをわかちあう」という西洋ならばツアーリが農奴たちに述べるような言葉を述べたり、閣僚が放射性物質がてんこもりのおにぎりにかぶりついてみせたりというような名状しがたい品の悪さは、映像を観た世界中のひとをびっくりさせた。 失笑、という反応が多かった。 ああいうパフォーマンスを政治家がやろうとする国の社会というものに、どの程度のdecencyがありうるだろーか、ということに直覚的に頭がいってしまうからです。 福島県人を一年間もほとんどホームレスと変わらない生活のなかに閉じ込めて、ほうったらかしにしておいて、将来のエネルギー政策について夢中になって議論する、などという途方もないことが起きるのは、やはり単純に社会が後進的で、社会がもっているべきdecencyというものが欠片もないからだ、と感じられる。 放射能と隣り合わせの生活なんて、たとえ安全だって嫌に決まっている、と誰だっておもうが、 いつのまにかそう思うためには放射能が危険であると証明しなくてはいけないことになっていて、それではまったく話が逆で、そんなに「痛みをわかちあう」というような無茶苦茶なことを言って放射性物質を全国に流通させたければ、放射能が安全であると100%間違いなく証明するのは、むろん放射性物質をぶちまくほうの仕事であるのに、理屈で考えてこの程度の放射能はダイジョーブだ、と焦点が狂った、トンチンカンな議論をして得々としている人間がおおぜいでてきてしまうのはdecencyの欠落に加えてcommon senseもなくなってしまっているからである。 … Continue reading

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「真実」という厄災

真実ほど厄介なものはない。 たくさんの人間を短いあいだ欺すことはできる。 少数の人間を長いあいだ欺すことも可能であるのは現実の歴史が証明している。 だが、たくさんの人間を最後まで欺すのは容易ではない。 遠くの空にかかる月と地球とを見えない力が結びつけている、と考えるのはながいあいだ人間には難しいことだった。 両者を連関させている力が「見えない」からであると思います。 地球が球形である、ということを信じるのも難しいことだった。 どう見ても大地は扁平で、どこまでも広がっていて、ものの形を扱うのに長じている人にしても、仮に水平線や地平線の湾曲が錯覚でないとしても、それが球形の一部ならば、ばかばかしいほど、というよりも、非現実そのもののバカげた大きさの球体を考えなければならなかったからです。 では、その巨大な球体が「浮いて」いるのか? 何に? どうやって? あなたには神を畏れる気持ちがないのか? 太陽が地球のまわりをまわっているのは歴史上なんども科学的に証明されてきたし、そうではなくて地球が太陽のまわりをまわっていると述べるのは、科学者や社会的権威者の嘲笑をまねくだけでなく自分の生命にとって危険なことでもあった。 フィレンツエの頑固な男が「それでも地球が太陽のまわりを周回しているのだ」と述べて周囲を呆れさせたのは有名です。 杞憂、という。 空が落ちてくると心配した杞の男に似ている、という文脈でそのひとのことを思い出すのでなければならなかった。 真実は、ゆっくりと、だが確実に姿をあらわしてしまう。 われわれが塩基情報に基づいて産生されたタンパク質の構造体であり、意識が電気信号であり、微小な粒子は通常知覚されるような法則とは途方もなく異なる法則に従った存在であり、どんなに富を傾けても人間は死ぬしかないものだ、とわれわれはもう知っている。 前にも書いたように「人種」という概念そのものが「時間」を把握する感覚に著しく劣る人間の直覚の欠点に基づいた迷妄であり、遺伝子構成上、肌の色や身体の形の違いは実は「日焼け」の程度の違いに生物学的には近いものだ、というような人間の直覚を正面から嘲笑うような「真実」もすでに遺伝子解析の進歩によって判っている。 日本では不思議なことが起こっている。 支配層が挙げて「現在日本を覆っている放射能は人間にとって安全だ」という信念をもっている。 では大学構内や研究所内、あるいは病院のなかで、日本では他国よりも遙かにルースな基準で放射線が扱われてきたかというと、事実は反対で、ほとんど福島第一事故をはさんで一日で放射能が安全であることに宗旨が変わった。 遠くから見ていると菅直人という日本ではいかにも受けなさそうな人柄の首相を事故の当時あたまに戴いていることは事故後数日の風向きとあわせて国ごと破滅させることすら出来た大災厄のなかのささやかな幸運であるように見えた。 日本には理系文系という不思議に厳密な人間に対する線引きがあって、たとえば政府機構のなかでは同じ1種合格でも理系出身者はあくまで「技官」で、文系の人間よりも劣ると見なされる。 その結果、日本では微分方程式ひとつ扱えない「経済学専攻」が現実に存在する。 そういう不自然な、というよりは現代世界の在りようへの適応を欠いた教育体制なので、「文系」出身者が原子力発電所事故へ適切な理解や対応を行うことは、まったく望めない。 当て推量と当の事故を隠蔽したい一心の官僚の耳打ちに従って決定を下すことになるが、バックグラウンドに原子力科学どころか科学の系統だった知識もないのに科学からほとんど遮蔽されて成長した日本の「文系」人に、「当て推量」という、その推量を支える勘などあるわけがない。 ところが菅直人は、あんまりベンキョーはしなかったよーだが(^^)、応用物理科の出身で、原子力技術を理解するに十分なだけの知識はもっているはずだった。 経歴を見ると後で弁理士の資格をとっていて、弁理士という職業は技術に対する一般的な勘を育てるのには良い職業なのでもあります。 現場にヘリコプターを飛ばしたとき、遠くから観ていたわしは、「あっ、やってるんだな」と考えた。 周囲の官僚への不信から自分の目で現場をみなければと判断したに決まっていて、適切な、というよりもやむにやまれぬ判断でしょう。 日本の政府が考えるエネルギー行政の要である原子力発電所が事故を起こして、状況を正直に話すと考えるひとは子供でもいないだろう。 もちろん、都合のわるいことはひた隠しに隠すに違いない。 そのときに隠蔽しようとする官僚よりも技術に対する勘がある首相が、官僚達の胡散臭さ、というべきか、もっと簡捷にゆってしまえばオオウソをかぎ取らないわけはなくて、菅直人というひとはかなり早くから自分が真実の情報から遮断されているのを知っていたに違いない。 だからヘリコプターで現地に飛んだ。 だから東京電力の本社に直接のりこんでいった。 状況は絶望的、と呼んでもよいくらいだったが、巨大な行政組織が迅速に動くことは期待できなくても、日本はゆっくりと放射能を封じ込める政策に動いてゆくように思われた。 その頃の自分のツイッタに書いたことを思い出すと、初めは半年、あとでも一年くらいたてば日本を訪問できる状態になっているだろうから、それまで待たなければ、と書いている。 封じ込めが出来ていなくても、当時の政府の動きならば段々官僚の抵抗が押し切られて、どこにどんなふうに放射性物質が存在しているか「可視化」されていきそうだと判断していたからです。 放射性物質がどこにどの程度の濃度で存在しているかが精確にわかれば食料や瓦礫の拡散禁止とあわせて、放射性物質が安全だと決め込んでいる日本の科学者の意見は尊重してセシウム漬けになったまま放射脳を嗤う悪態をつかせて放っておくとして、放射性物質が危険だと判断するほうは、自分で判断して危険を避けて生活すればよい。 … Continue reading

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言語と伝達

1 世界でただひとり生き残って、自分が死ねばこの宇宙に人間がひとりもいなくなる、という状態で小説を書くひとはいないが、詩を書くひとはいるに違いない。 詩と散文の「魂の定型」になじんで言葉が並んでいるかどうかという重大な違いのほかの、もうひとつの違いが伝達を目的としているかどうかで、詩を書く人は散文を書く人のような直截な伝達を念願しているわけではない。 頭が考えて表現を探して考えているような文章はどだいダメな文章と決まっているが、詩ではもっとダメ、というか、それでは詩になるわけはない。 詩は、手が書いている。手が書いている文字をみつめている頭のほうは、自分の手が書いているものを批評しているだけであると思われる。 言語表現における「批評」というのは主に自分が自分に対して行う。 言語は自律的に自分を表現する能力に恵まれているので、羊の群れを規制するシープドッグではないが、ときどき方向を定めてやらないと言語が自分で行きたい方角のほうへ勝手に歩いていってしまう。 批評能力がないひとは、だから、うまく自分を表現できないが、簡単に言って「自分でなにを言っているかわからない」のだから、あたりまえと言えば言える。 2 子供のときは、わしがあまりに口を利かない子供だったので、この子は知恵が遅いのではないか、と思う人がおおかった。 「だって、ほんとうじゃない。おにーちゃんを賢いと思うひとなんて、わたし考えられない」という妹のような意見もあるが、却下する。 家でも外でも、たとえばかーちゃんと妹が話すのを聞いていて、話を一生懸命理解して、 あ、じゃ、わしはこー思うな、えーと、こーで、あーだから、こういうふうに言えばいいんだな、と決めて発言しようとすると、もうかーちゃんと妹の話はふたつもみっつも先に行っている。 わしは確かにバカっぽいが、頭の働きがチョーのんびりなだけで、普段の生活には支障があるほどではないよーだ、とおとなたちが気がつくのは、ずっと後のことである。 子供のときの自分の写真をみると、どれも、なんだかつまらなさそーな顔をして、いまにもタメイキをつきそうな顔をして映っている。 ふつー英語ガキは、そーゆーとき、にっかり笑ってみせるものだが、小さいときは著しくサービス精神に欠けていたよーです。 運動も大好きだったが、家にもどれば、年がら年中紙を広げて、あるいはかーちゃんのおさがりのApple SE30の9インチ画面にしがみついて、なにか書いたり、(コンピュータ言語の)ロゴの亀を動かしたり、あるいは鉛筆をにぎりしめて算数をしたり、絵を描いたり、あるいはあるいはあるいは、全然板の長さがあってない傾いた犬小屋を製作して犬に嫌がられたりしていた。 トゥリーハウス、という。 http://tree-house-pictures.blogspot.co.nz/2011/04/backyard-project.html 庭の木の上にでっちあげたガキの私用に供するための家にたてこもって、それをはくと空が飛べるようになるという聖なるパンツを探す旅に出た勇者ガメ・オベールの冒険の物語を書こうと志したこともあったが、一行も書くとだいたい眠くなってねてしまうので無理だということになった。 ところで、ここでヘンなのは、このわしガキという子供は文章を書いても誰かに見せたいとは思わなかったようで、見せるのが恥ずかしい、というのではなくて、なんだか言葉が自分の頭のなかだけで完結しているとでも言うような、子供らしくない、という考え方もありえなくはない、引っ込み思案ぶりを発揮していたことです。 日記を書くのは誰のためか、あるいは日記をなぜ書くのか、というのはむかしからよく知れ渡った問題で、かしこげでもっともらしいがくだらない心理学上の「定説」が、たくさんの心理学者の手で書かれている。 言語は純粋に思考するためにある、というひともいるが、言語はもともとが伝達の道具として開発されたために、他人が内蔵されてしまっているので、もともと「純粋」ではありえない困った構造になっている。 純粋に思惟することができる言語は数学語だけでしょう。 うるさいことをいうと、数学も実は純粋というわけにはいかないが、いまここで述べようとしていることを考えるためくらいならば「純粋」ということにしても十分と思われる。 3 アイザック・ニュートンは、多分、プリンキピアを他人にみせるつもりはなかったという話、あるいはケンブリッジとオックスフォードのふたつの大学に伝わる伝説については前にも述べたことがある。 1684年の夏、ハレー彗星の名前になっているエドモンド・ハレーがオックスフォードからかつての不逞学者たちが歩いた道をえっちらあっちらおっちらたどってケンブリッジにニュートンを訪ねて、自分の彗星についての仮説を聞いてもらおうと話しかけてみると、ニュートンは、引き出しからチョーうすい紙の束をだしてみせて、ぼく、こういう証明のやりかたでずっと前にきみがいま述べた着想を証明してみたことがあるんだけどね、というのでハレーはぶっくらこいてしまう。 話してみると、ニュートンは彗星の運動の仮説へのアイデアどころか、とっくに宇宙を説明しおわって、知性が、いわば、ひまをこいている状態であったからです。 なにが書いてあるんだか、さっぱり訳の判らない、ヘンタイなみたいなやりかたと表記で当時から知れ渡っていた「ニュートン語」をニュートン自身がふつーの数学者や物理学者にわかるような形に書き直した(といっても、それでも無茶苦茶読みにくいが)のが、いまに伝わる「プリンキピア」(第一巻)です。 よく考えてみると「科学」という言葉の概念や科学者をとりまく環境が現在とはうんとこさ違った当時ですら、ニュートンの態度は異常なことで、ふつーのひとは、せめて自分のまわりの小さなサークルでは、「ぼく宇宙をぜーんぶ説明しちゃったもんね、いえーい」くらいは言いそうなものだが、ニュートンは「偉大」というのもバカバカしいくらい偉大な科学史上最も重大な考えを自分の引き出しにほうりこんで、ほうってあった。 エドモンド・ハレーが自腹をきって私費で出版しなければプリンキピアは日の目を見なかったかもしれなかった。 途中を全部はしょっていうと、アイザック・ニュートンというひとが、広義の言葉による伝達ということを信じていなかったのが判ります。 4 I did not enter silence, … Continue reading

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